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雑誌目次

論文

精神医学64巻10号

2022年10月発行

雑誌目次

特集 精神・神経疾患に併存する過眠の背景病態と治療マネジメント

特集にあたって

著者: 栗山健一

ページ範囲:P.1307 - P.1307

 精神・神経疾患には高率に睡眠障害が併存する。過眠は不眠症状に比し,注目されることの少ない睡眠関連症状であるが,遭遇頻度は決して稀ではなく,患者の日常生活・社会機能を低下させる重要な臨床症候である。しかし,過眠の背景病態評価に関するコンセンサスが乏しく,過眠に対する治療手段が限られることから,適切な診断・治療方針を導き出すことに難渋する場合が多い。
 近年,神経発達症に関連する過眠症状に注目が集まっている。しかし,同じ神経発達症診断カテゴリにある注意欠如・多動症と自閉スペクトラム症においても,疾患間で過眠の背景病態が異なり,適切な治療アプローチが異なる可能性が指摘されている。他の精神疾患においても,併存する過眠症状は原疾患の病態・治療と関連して生じることも多く,さまざまな場面において患者の日常生活・社会機能の障害要因となる。このため,精神・神経疾患に併存する過眠の診療においては,原疾患の病態特性や二次的に過眠を生じうる睡眠障害の併存特性を含めた背景疾患ごとの病態理解が必要である。

過眠(病的眠気)の特性・定義

著者: 田ヶ谷浩邦

ページ範囲:P.1309 - P.1317

抄録 「眠気」はさまざまな徴候・状態で訴えられる。睡眠医学の分野では「過剰な眠気」は睡眠不足がないにもかかわらず,覚醒していなければならない状況で居眠りが出現し,客観的に日中の平均睡眠潜時が基準を上回った状態と定義され,確定診断には専門的検査である終夜睡眠ポリグラフィと反復睡眠潜時検査が必要である。
 睡眠障害専門外来に「過眠」で紹介されてくる症例の中には,過眠ではなく,「主観的眠気・倦怠のみ」「臥床がち」「治療薬剤による眠気」のほか,「過眠」は存在するが,「睡眠不足」「閉塞性睡眠時無呼吸」など,問診や簡単な検査で診断できるものが多く含まれている。
 「覚醒していなければならない状況での居眠り」があるかどうか?,日常の睡眠時間は7〜7.5時間以上確保されているか?,眠気を引き起こす薬剤・物質を服用・摂取していないか? など確認が必要である。

ナルコレプシーにおける過眠の病態基盤

著者: 本多真

ページ範囲:P.1319 - P.1326

抄録 ナルコレプシーは睡眠覚醒中枢の機能異常に起因する中枢性過眠症の代表で,情動脱力発作を伴う典型例(ナルコレプシータイプ1:NT1)と伴わない亜型(ナルコレプシータイプ2:NT2)に分類される。NT1の病態基盤は覚醒性オレキシン神経の変性消失とされる。NT1の眠気は通常あり得ない状況下での居眠り反復という特徴をもつ。これは覚醒維持の障害に起因し,睡眠覚醒の位相が分断化を反映する。NT1に特徴的な情動脱力発作は,レム睡眠関連症状の1つであり,レム睡眠における筋弛緩機序が覚醒状態でも生じてしまう症状とされる。睡眠覚醒切り替えがオレキシン神経機能低下により不安定化し,覚醒とレム睡眠の中間的状態が生じやすくなることが病態基盤となる。

特発性過眠症の診断を巡って

著者: 井上雄一

ページ範囲:P.1327 - P.1337

抄録 古典的な特発性過眠症(IH)の典型例は,若年期に発症して長期間持続的に昼夜にわたる長時間睡眠と覚醒時の睡眠酩酊を呈する。IHは,治療薬となる精神刺激薬の反応性が低く高用量投与を余儀なくされることが少なくない。また,診療上重要なのは,長時間睡眠者,概日リズム睡眠障害,発達障害,気分障害の一部の症例で,IHときわめて類似した症状を呈する点である。これらを鑑別する上では,患者の症状経過,生活習慣,精神症状の評価を行うとともに,睡眠ポリグラフィ,反復睡眠潜時検査,アクチグラフィなどの検査を組み合わせて実施する必要がある。IHとこれらの周辺疾患の病態上の類似点と相違点を明らかにすることは,各疾患の理解と治療の向上につながるものと考えられる。

気分障害に併存する過眠

著者: 大槻怜 ,   鈴木正泰

ページ範囲:P.1339 - P.1346

抄録 気分障害に併存する過眠は,性別や年齢,気分障害の亜型によっても頻度が異なる。過眠は,不眠同様に前駆症状から残遺症状まで幅広くみられ,発症や再発・再燃の危険因子となりうる重要な症状の1つである。これまでの知見から,気分障害患者において過眠の訴えがきかれた場合には,1)薬剤の影響ではないか,2)夜間睡眠は十分にとれているか(不眠のほか他の睡眠障害の合併には注意が必要),3)過眠のタイプはどれか(長時間睡眠or日中の眠気),4)実際の睡眠なのか臥床なのか,を検討し,適切な対応をとる必要がある。気分障害の過眠に対する治療方法は,季節性感情障害に対する高照度光療法など一部の気分障害亜型や類縁の疾患に対して有効性が示された方法が少数あるのみで確立していない。本稿では,気分障害に併存する過眠について,これまでに得られている知見を整理した上で,その対応について筆者らの私案を含め述べる。

認知症における過眠症状の評価とモニタリング

著者: 小笠原正弥 ,   三島和夫

ページ範囲:P.1347 - P.1352

抄録 認知症では過眠(日中の眠気,昼寝)がしばしば認められる。認知症患者自身が訴えることもあれば,介護者から「1日中眠っている」「昼夜逆転している」といった訴えによって明らかになる場合もある。加齢変化によっても日中の眠気はみられるが,認知症患者は非認知症高齢者と比較しても過眠が多くみられることが示されている。最近の知見では,過眠症状は認知症に併存するだけでなく発症に先行する早期徴候として出現することが示唆されている。過眠症状のモニタリングは認知症の早期診断や予後予測に有用である可能性があるが,認知症患者における過眠は介護負担にはなりにくい場合もあり不眠や不穏などの他の周辺症状よりも見過ごされやすいと考えられる。本稿では認知症と過眠症状に焦点をあて,そのメカニズムとモニタリング方法について概説する。

不安症・ストレス因関連障害・解離症に併存する過眠

著者: 内海智博 ,   栗山健一

ページ範囲:P.1353 - P.1363

抄録 不安症・ストレス因関連障害・解離症に併存する過眠の病態に関する系統的なエビデンスは乏しいが,本稿では主たる病態機序に即し①夜間の睡眠不良による二次的な過眠症状と,②不安症・ストレス因関連障害に伴う睡眠発作様症状に分け,その病態特徴と治療アプローチを検討する。前者は併存不眠や中途覚醒の結果として生じる睡眠効率低下による二次症状としての過眠であり,原疾患の治療と並行し,併存する夜間睡眠不良に対する治療を実施することが有効と考えられる。他方で,後者は不安や心的負荷により生じる「葛藤」や感情の調節障害が過眠の背景病態と考えられ,適切な精神医学的評価を行うとともに,主に非薬物的心理介入が治療上有効であると考えられる。

統合失調症に関連した眠気について

著者: 水木慧 ,   小鳥居望

ページ範囲:P.1365 - P.1371

抄録 統合失調症と睡眠の関連は100年以上前から指摘されており,近年では統合失調症患者における紡錘波の減衰という疾患特異性のある終夜睡眠ポリグラフィ(PSG)の異常所見に関するさまざまな知見が集積されている。一方で,不眠とは表裏一体の関係にある眠気に焦点を当てた研究は少ない。統合失調症そのものの病態は過覚醒に親和性があるが,抗精神病薬による過鎮静や,統合失調症に合併しやすい睡眠覚醒リズム障害や睡眠時無呼吸症候群などの併存は二次的に日中の眠気を引き起こす。こうした眠気は社会参加への大きな阻害要因となるため,睡眠衛生指導や薬物調整などの対策を講じていくことが重要である。

摂食障害と過眠

著者: 都留あゆみ ,   松井健太郎

ページ範囲:P.1373 - P.1380

抄録 摂食障害は神経性やせ症,神経性過食症,過食性障害に分類される。神経性やせ症がやせ願望を背景とした極端な体重減少を主症状とする一方,神経性過食症,過食性障害はいずれも持続的なむちゃ食いを主症状とし,不適切な代償行動の有無(神経性過食症では嘔吐や下剤の使用などの排出行動がみられる)で鑑別される。摂食障害は,いずれの病型であっても睡眠障害が生じやすいことが示されてきた一方,摂食障害患者の過眠症状について評価した研究は少ない。神経性やせ症で体重の減少に伴って生じる茫洋とした様子は飢餓反応によるものと考えられる。逆に過食性障害による体重の増加は閉塞性睡眠時無呼吸による二次的な日中の眠気を生じうる。本稿では,摂食障害患者に生じる睡眠の問題や睡眠構築の変化,概日リズムとの関連について概説するとともに,摂食障害で特異的に生じうる日中の眠気について考察する。

自閉スペクトラム症に併存する過眠

著者: 北島剛司

ページ範囲:P.1381 - P.1389

抄録 日中の眠気(過眠)を訴える患者の中に,自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)の併存がみられることがしばしばあり,就学や就業において支障をきたす。ASDでは睡眠障害を生じる頻度が非常に高く,日中眠気は種々の形の睡眠障害に伴って生じ得る。特に多くみられるのが概日リズムの乱れや睡眠不足であり,これにはASDの行動特性に関連した睡眠衛生の問題や,社会参加場面でのストレス・疲労・動機づけの問題も加わる。生物学的には,メラトニンや時計遺伝子を含めた概日リズム機構,報酬系を含めたドーパミン系がASDと睡眠障害の双方に共通して病態に関与する可能性が考えられ,睡眠制御機構全体との関連も視野に入れての解明が望まれる。マネジメントとしては,睡眠の問題の適切な評価,ASDの特性を踏まえた睡眠衛生および社会適応の指導,概日リズムもしくはドパミン系に作用する薬物療法などが鍵となる。

ADHDに併存する過眠

著者: 伊東若子

ページ範囲:P.1391 - P.1397

抄録 成人の注意欠如・多動性障害(ADHD)への関心の高まりとともに,睡眠外来にも思春期〜成人期のADHD患者が睡眠の問題を訴えて来院することが増えている。ADHDではさまざまな睡眠障害を高率に合併することが報告されているが,特に日中の眠気を合併する割合が高い。ADHDの眠気の原因として,閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)の合併が多いことは以前から言われてきたが,それらの睡眠障害とは関係なく,ADHDでは眠気を訴えることが多い。ADHDでは約半数が眠いことが報告されており,一方で過眠症の約半数がADHD症状を有していると報告されている。これはADHDと過眠症に共通の病態が想定され,それゆえに両者の合併が多いことが考えられる。今後はADHDの睡眠の問題にも注目し,両者に対するアプローチや治療がますます必要となってくる。

パーキンソン関連疾患に併存する過眠

著者: 藤田裕明 ,   鈴木圭輔

ページ範囲:P.1399 - P.1407

抄録 パーキンソン病(PD)では約3割で日中の過度の眠気(EDS)がみられ,疾患の進行とともに増加する。EDSは疾患の進行に伴う脳幹-視床下部のオレキシン,コリン,モノアミン系神経の変性のほか,PDの運動症状や非運動症状,併存する睡眠障害による睡眠分断,使用する抗PD薬の影響などさまざまな要因によって生じる。PDにおいてEDSは認知機能低下や精神症状など不良なアウトカムと関連する。PD治療薬では複数のドパミンアゴニストの使用やレボドパ換算量の増加はEDSのリスクとなる。夜間のPD症状や併存する睡眠障害による睡眠分断がある場合にはそれらに対する治療介入を優先する。多系統萎縮症では睡眠関連呼吸障害によるEDSに注意する。進行性核上性麻痺では睡眠効率の低下が顕著であるが,しばしば主観的な睡眠評価と実際の睡眠状態との乖離がみられる。PD患者においてEDSは生活の質に関連するとともに,睡眠発作は身体の安全を脅かすため注意が必要である。

脳炎・腫瘍・外傷における過眠

著者: 小野太輔 ,   神林崇

ページ範囲:P.1409 - P.1416

抄録 中枢性過眠症とは日中の過剰な眠気を主症状とし,その原因が夜間睡眠の障害や概日リズムの乱れによるものではない睡眠障害の一群である。中枢性過眠症で,身体疾患・神経疾患によって過眠症状を呈する疾患のうちナルコレプシーの診断基準を満たすものを「身体疾患によるナルコレプシー」,満たさないものを「身体疾患による過眠症」と呼ぶ。中枢性過眠症は,その大部分において発症機序が判明しておらず,そのため根治療法も存在せず対症療法のみが行われている。しかし,身体疾患によるナルコレプシー/過眠症は原疾患により視床下部のオレキシンニューロンが障害されることにより過眠症状が出現すると考えられている。そのため早期発見・早期治療により症状を軽減させることが可能であり,原因疾患によっては根治可能である。症候性のナルコレプシーおよび過眠症の研究を通じ,中枢性過眠症の病態生理が解明されることを期待したい。

資料

精神科診療所の外来患者における睡眠障害および睡眠薬処方の現状と不眠の自己評価

著者: 赤坂史 ,   赤坂邦 ,   赤坂正 ,   岡田和丈 ,   貞廣荘太郎

ページ範囲:P.1417 - P.1424

抄録 精神科外来において,不眠症状の治療は重要である。ベンゾジアゼピン(BZD)系睡眠薬はさまざまな有害事象のために異なる系統の薬剤への変更が推奨されている。そこで薬剤変更に際しての情報を得るため,外来患者381人を対象として,睡眠薬処方の有無,薬剤系統別の不眠の自己評価をアテネ不眠尺度を用いて調査した。睡眠薬は226人(59%)で処方され,睡眠薬使用者は非使用者に比較し,中途覚醒,早朝覚醒,総睡眠時間の3項目で不良評価の割合が高かった。BZD系睡眠薬,非BZD系睡眠薬,オレキシン受容体拮抗薬間には入眠までの時間,中途覚醒,睡眠の質に差がみられた。非BZDはBZDに比し,入眠までの時間,中途覚醒,睡眠の質,日中の活動で評価が不良であった。オレキシン受容体拮抗薬はBZDに比し中途覚醒の評価以外は同等であった。

学会告知板

第7回日本「祈りと救いとこころ」学会

ページ範囲:P.1317 - P.1317

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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