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雑誌目次

雑誌文献

精神医学64巻12号

2022年12月発行

雑誌目次

特集 死別にまつわる心理的苦痛—背景理論からケアおよびマネジメントまで

特集にあたって

著者: 明智龍男

ページ範囲:P.1571 - P.1572

 超高齢社会を迎えた現在のわが国は多死社会とも言われており,その多くが疾病罹患による死である。したがって,多くの死別に医療が関与する。患者の死は,医療者にとっての治療の終結であっても,遺族にとっては死別の苦しみの中で生きてゆくことの始まりを意味する。最愛の家族を失うことは,多くの人にとって,人が経験するライフイベントの中で最もつらい出来事である。たとえば,がんは患者のみならず家族にとっても大きな苦しみとなるため,サイコオンコロジーでは,がんを「家族の病」として捉え,家族もケアを提供されるべき存在として「第2の患者」と呼ぶ。家族や遺族のケアに際して最も重要なものの1つがグリーフケアである。
 グリーフ(grief)とは,近親者の死を代表とする喪失によってもたらされるさまざまな反応を包含した概念であるが,一般的には深い悲しみや苦悩などのこころの状態に焦点をあてられることが多い。愛する人との死別によって悲しみを経験することは,人間にとってごく自然で普遍的なこころの動きでもある。一方で,死別は遺族の考え方や価値観のみならず身体的な健康にも影響を及ぼし,時として自死という悲痛な結末に関連する。

死別にまつわる心理的苦痛—通常の悲嘆の概念とそのプロセス

著者: 瀬藤乃理子

ページ範囲:P.1573 - P.1579

抄録 遺族の多くは,愛する人との死別後,時間の経過とともに悲嘆が和らぐ「通常の悲嘆(normal grief)」の経過をたどる。しかし,そのような通常の悲嘆であっても,死別後早期の心理的苦痛は非常に強い場合があり,「通常ではない悲嘆」との区別が難しいことも少なくない。多くの影響因子が,死別後の悲嘆反応,プロセス,予後に影響を与えるため,両者を混同せず,より適切なケアや治療を行うためには,それぞれの概念をよく理解し,アセスメントの方法や留意点を知っておく必要がある。本稿では,遺族の悲嘆のモニタリングの方法,心的外傷性の苦痛が強い場合の留意事項とともに,死別後の対処行動や家族全体をみていく重要性についても言及した。

死別による悲嘆をケアすることの大切さ

著者: 坂口幸弘

ページ範囲:P.1581 - P.1586

抄録 死別による通常の悲嘆は正常な反応である一方,病理性の高い悲嘆が新たな精神障害として位置づけられ,死別に伴い,他の精神疾患や自殺,死亡のリスクが高まることも知られている。遺された者のニーズやリスクは個人差が大きく,決して均一ではない。そのため適切にアセスメントし,それらに応じた多層的なケアを提供することが重要となる。死別を経験した人へのケアは精神保健の専門家のみが担うものではなく,身近な人によるインフォーマルなサポートから治療的介入まで,それぞれの立場で果たすことのできる役割がある。今後,遺された者のニーズやリスクに応じた多様なサービスやサポートを,必要とする人すべてが受けられる体制を構築していく必要がある。

死別後にみられる精神症状の評価と診断—DSM-5とICD-11の相違も含めて

著者: 岡村優子 ,   篠崎久美子

ページ範囲:P.1587 - P.1595

抄録 死別は,精神障害の発症または悪化を引き起こす主要なストレス要因の1つである。多くの遺族が通常の悲嘆反応を示し,臨床的介入を必要としないが,一部の遺族はうつ病,適応障害,複雑性悲嘆などを生じ,強い精神心理的苦痛や機能障害が引き起こされる。
 複雑性悲嘆と他の精神疾患は本質的には異なるものと考えられており,複雑性悲嘆は,大うつ病性障害や心的外傷後ストレス障害,適応障害とは独立した疾患概念として診断基準化が検討されてきた。米国精神医学会が定める精神疾患の診断・統計マニュアルと世界保健機関が定める国際疾病分類において悲嘆に関する診断基準が設けられているが,診断基準に含まれる症状や持続期間などについて差異があり,議論は現在も続いている。
 遺族の抑うつや複雑な悲嘆,心的外傷後ストレス障害の評価には診断基準や評価尺度が用いられるため,診断基準を示すとともに本邦でも使用可能な評価尺度について概説した。

大切な人との死別を経験した遺族の「成長」に関する一考察—死別を経験することにより人は成長し得るのか

著者: 大岡友子 ,   清水研

ページ範囲:P.1597 - P.1604

抄録 死別経験の当事者であり,同時に死別の悲嘆に苦しむ遺族をケアする専門家でもある立場から本稿を執筆した。本稿では,上記の視点から「大切な人との死別経験により人は成長し得るのか」について考察する。
 近年,死別など困難な出来事により生起される人間的成長に関する研究が進められており,それらは心的外傷後成長(PTG)と呼ばれている。PTGが生起するメカニズムとしてPTGの包括的モデルが発表されており,このモデルの中ではPTGは喪失の意味の再構築後に生じるとされている。しかし,一方で,PTGが生じるのは意味の再構築後には限定されないという仮説も提示されており,このPTGモデルには批判もある。
 医療者側は遺族に対して,「成長」,すなわち死別経験という苦難を肯定するような概念を提示するべきか,慎重に考える必要がある。

死別のニューロサイエンス

著者: 吉池卓也 ,   栗山健一

ページ範囲:P.1605 - P.1611

抄録 同じ動物種の2つの個体間に形成される愛着や絆は,種の保存を支えるのみならず,生涯にわたり個体の適応に影響を与える点で,哺乳類にとって重要な社会的機能を担っている。社会的絆は親子,パートナー,グループメンバーなどの間で形成・維持され,その調節にはオキシトシン系,ドパミン系,オピオイド系の相互作用が重要な役割を持つ。愛着対象の喪失は社会的絆の破綻を意味し,これはヒト以外の動物種においても著しい行動反応を引き起こす。死別はその最たる例であり,ヒトでは死別が短期的に遺族の総死亡リスクを高め,長期にわたり心理学的,精神医学的影響をもたらしうる。死別に対する悲嘆反応は抑うつ反応とは異なる神経基盤を有すると推測され,痛み,愛着,報酬の制御機構の関与が示されている。さらに,悲嘆反応の遷延にかかわる神経生物学的知見が見出されつつあり,遷延性悲嘆症に特有の認知構造や背景生理機構の解明が待たれる。

死別を見据えたがん患者の家族ケア

著者: 竹内恵美

ページ範囲:P.1613 - P.1618

抄録 がんによる死別は,事故や自死などの突然死とは異なり,ある程度死期を予測できるため,家族が遺族になる前から予防的に心理的支援が行える。また,死別前から,家族は患者同様に苦痛や負担を抱えながら患者を支援している。そこで,死別を見据えた家族へのケアが有効と考えられるが,エビデンスはまだまだ少ないのが実状である。しかし,死別後精神状態の悪化が見込まれるハイリスクの家族をスクリーニングすることや,適切なタイミングに死を迎えるための丁寧な情報提供を行うことは有効であると考えられる。しかし一方で,状況を受け止めるのが難しい家族に対して,死を迎える準備を促すことは大きな負担になり得る。医療者側の一方的な支援にならないよう,家族の気持ちや状況に配慮しながら適切な支援を行う必要がある。

自死遺族のケア—遺族から臨床精神科医に望むこと

著者: 岡知史 ,   田中幸子 ,   齋藤智恵子

ページ範囲:P.1619 - P.1624

抄録 全国自死遺族連絡会は,約3千人の自死遺族の交流の場になっているが,そこで蓄積された自死遺族の体験的知識から,臨床精神科医の自死遺族へのサポートあるいは配慮として次の3点を望みたい。第1に死別直後から,遺族には食欲不振,不眠,頭痛などの重い身体症状を含む,生きていくのに困難な状況が続くことがあり,その軽減のための治療を行うことである。第2に,愛する家族を自死で喪った悲しみは,長く続くものであり,それを安易に「病気」と捉えないでほしい。第3に,自死遺族の自助グループとの連携を考えてほしい。自死遺族は,上記の身体症状だけではなく,法的問題,経済的問題などで苦しんでいることがあり,そのときは自助グループとの連携が,遺族の助けになる。アルコール依存症の治療では,精神科医と自助グループの協働が実現している。同様の協力関係を自死遺族の自助グループは求めている。

親との死別を経験した子どものケア

著者: 亀岡智美

ページ範囲:P.1625 - P.1630

抄録 親との死別は,子どもにとって大きなライフイベントとなる。大部分の子どもは,親の死後約1年で,親との死別以前の機能を回復していくが,高いレベルの不安,社会的引きこもり,社会的スキルの欠如,自尊心と自己効力感の低下を引き起こす子どももいることが指摘されている。また,自殺の長期的なリスクを高めるという報告やその後のさまざまな社会的機能に悪影響を与えるという報告もある。そのため,遺された養育者とのオープンなコミュニケーションや一貫した支援が必要とされている。その際,子どもの発達年齢によって,死の概念の捉え方に差があることを考慮した支援が必要である。また,遺された養育者へのサポートが,子どもの回復に有効であるとされている。

統合失調症患者は,死別をどのように体験するか?

著者: 岡島美朗

ページ範囲:P.1631 - P.1636

抄録 すでに発症している統合失調症患者の死別に関する精神医学的・心理学的知見は少ない。そこで,死別を対象喪失と捉える一般理論をもとに,統合失調症患者の死別体験について症例を提示して検討した。まず,統合失調症患者は発症以来さまざまな喪失にさらされており,そのうえで死別という喪失を経験していることを考慮する必要がある。死別に際して,統合失調症患者が激しい感情的反応を示すことは少なく,むしろより的確に状況を認識し,現実的にふるまうことがある。その一方で,喪失に関連して幻聴などの精神病症状が生じることがあるが,主体が喪失という事態を自らの世界に組み込む営みと理解できる場合がある。また,高齢化が進む中,高齢の家族に庇護されていた患者が,家族との死別によって生活が破綻する場合があり,その対策も今後の重要な課題である。

グリーフケア外来での遺族支援

著者: 伊藤嘉規 ,   三宅康子 ,   利重裕子 ,   明智龍男

ページ範囲:P.1637 - P.1643

抄録 大切な人を失う体験は非常に大きな精神・心理的苦悩をもたらす。喪失に伴う感情的な反応はグリーフと呼ばれ,自然な反応であるが,人によっては身体的,心理社会的な障害を引き起こし,精神疾患として治療が必要な場合もある。医療機関においてグリーフケアを専門的に扱っている施設は数少ない。本稿では名古屋市立大学病院で行っているグリーフケア外来での,遺族への心理支援の取り組みについて紹介をする。

遺族の精神心理的苦痛に対する非薬物療法のエビデンス—精神保健専門家が実施する遺族ケアプログラム

著者: 浅井真理子 ,   竹内恵美

ページ範囲:P.1645 - P.1654

抄録 本稿では,2022年に日本サイコオンコロジー学会と日本がんサポーティブケア学会が編集し出版された『遺族ケアガイドライン』の中で,遺族の精神心理的苦痛に対する非薬物療法のエビデンスとして採用された国外の研究を紹介する。また,その中から精神保健専門家が実施する遺族ケアプログラムを10件選び,それらで採用された理論や方法についての概要を紹介する。遺族ケアプログラムとしては,死別後の対処行動の学習,反芻や回避の軽減を促す曝露などの支援,行動活性化を含めたセルフケア支援,メタ認知的信念の修正,実存的行動療法,意味再構成に基づいた介入といった行動や認知を標的としたものが多く含まれた。

死別後うつ病,複雑性悲嘆に対する薬物療法のエビデンス

著者: 阪本亮 ,   蓮尾英明

ページ範囲:P.1655 - P.1659

抄録 愛する人との死別によって,遺族の一部に悲嘆をはじめとする心理的苦痛が生じる。心理的苦痛の疾患としてうつ病,複雑性悲嘆があり,積極的な治療・ケアが必要である。これらの疾患に対して薬物療法が一般的に行われているが,薬物の有効性について不明確な点が多い。実施したシステマティック・レビューでは質の高い研究は限られていた。死別後うつ病ではランダム化比較試験でのノルトリプチリンの有効性が示唆されたが,うつ病の特徴に言及されておらず,抗うつ薬の投与は個々の患者の状態に応じて判断する必要がある。複雑性悲嘆では,前後比較試験,ケースシリーズのみであるがエスシタロプラムの有効性が示唆された。

遷延性悲嘆症に対する認知行動療法

著者: 中島聡美 ,   伊藤正哉

ページ範囲:P.1661 - P.1667

抄録 急性期の悲嘆が長引き,心身に有害な影響をもたらし社会生活機能の障害が起こる状態は従来,複雑性悲嘆と呼ばれてきた。近年,ICD-11やDSM-5-TRの中で遷延性悲嘆症(prolonged grief disorder)として精神疾患に位置づけられ,診断基準が示されるようになったことで,今後は精神科医療でも治療の対象となっていくことが考えられる。遷延性悲嘆症の治療では,薬物療法では十分な有効性が示されておらず,複数のメタアナリシスで,心理療法,特に悲嘆に焦点化した認知行動療法の有効性が報告されている。本稿では,その中でも米国のShearらが開発したPGDT(prolonged grief disorder therapy)を紹介し,治療の目的,技法の意味などを通して,日本の精神医療における遷延性悲嘆症への支援や治療の導入につながることを期待するものである。

家族・遺族の心理的苦痛に対する診療ガイドライン

著者: 松岡弘道

ページ範囲:P.1669 - P.1675

抄録 日本サイコオンコロジー学会と日本がんサポーティブケア学会の合同事業として,『遺族ケアガイドライン』を作成したので紹介する。
 まず,本ガイドラインの大きな特徴は,総論,コラム,用語集が充実している点にある。これは,遺族の経験する心理状態や精神症状については,国際的にも考え方に差異が大きいため,現状を整理する必要が大きいと考えたためである。また,がんのみではエビデンスに乏しいことから,「がん等の身体疾患」とより広く対象を設定して作成しており,広く身体疾患の遺族ケアに役立てることが可能であろう。
 臨床疑問としては,うつ病,複雑性悲嘆への非薬物療法,薬物療法について取り上げたが,薬物療法では,うつ病と複雑性悲嘆では推奨の方向が異なることに留意したい。
 今後の課題は表にまとめたが,特に文化差の重要な本領域において,海外と比べても本邦独自のエビデンスに乏しい点は大きな課題であり,今後の研究が必要である。

試論

再任用制度下のメランコリー親和型うつ病

著者: 秦毅

ページ範囲:P.1679 - P.1685

抄録 メランコリー親和型うつ病について,臨床現場で確認される頻度が減少しつつあると報告されて久しい。ただ一方では,DSM-5に「メランコリアの特徴」の附則1)が加えられたことを踏まえて,同型うつ病が時代性や地域性を越えて一定の普遍性を有する病型として再評価される可能性も議論されている2)。本論考においては,定年退職後の再任用制度という新規の労働環境にあってうつ病を初発した60代の男性症例を提示し,同型うつ病の退潮という昨今の観測に疑問を提起する。うつ病の類型診断にあたっては,過度に道徳化された病前性格論から離れて,発症状況論に基づく本来の診断が試みられるべきと考える。

書評

—日本臨床精神神経薬理学会医学教育委員会 編集 古郡規雄,稲田 健 責任編集—そこが知りたかった! 精神科薬物療法のエキスパートコンセンサス

著者: 稲垣中

ページ範囲:P.1677 - P.1677

 若手から教授級の重鎮まで,大学病院,総合病院精神科から単科精神科病院,精神科診療所まで,日本臨床精神神経薬理学会の専門医が総力を結集して構築されたうつ病,双極性障害,および統合失調症の薬物治療に関するコンセンサスについて解説する『そこが知りたかった! 精神科薬物療法のエキスパートコンセンサス』が発刊された。
 精神科領域でもこれまでに数多くの臨床試験が行われ,さまざまなエビデンスが蓄積されてきたが,今なお明確な結論が出ていない臨床上の疑問(clinical question:CQ)は少なくない。そこで日本臨床精神神経薬理学会の教育委員会はうつ病,双極性障害,および統合失調症の薬物治療に関する61の主要なCQに関するウェブ媒体のオピニオン調査を行い,その結果に基づいて,当該状況に対して最初に試みるべき「一次選択治療」,一次医療のなかでも特に推奨される「最善の治療」,一次選択治療が副作用のために継続できなかったか,効果が不十分であった場合に用いられる「二次選択治療」,一般的には不適切であるが,よりよい選択肢が効果不十分であったか,副作用の問題で実施できなかった場合にのみ検討される「三次選択治療」などといったランキングづけをして,各治療選択肢の推奨度をわかりやすく本書に提示した。

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次号予告

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バックナンバーのご案内

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奥付

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精神医学 第64巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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