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雑誌目次

論文

精神医学64巻3号

2022年03月発行

雑誌目次

特集 精神神経疾患の治療とQOL

特集にあたって

著者: 栗山健一

ページ範囲:P.253 - P.253

 精神神経疾患に対する治療効果は,疾患病態に基づく特異的症状評価指標を用いて評価されることが多く,しばしば患者本人の主観評価と乖離する。さらに,疾患特性から病識を得ることが困難である場合や,精神神経疾患自体が改善しても罹病期間の長期化に伴い生じる二次障害が改善しない場合もしばしば認められ,これらも治療効果の主観-客観差を生む要因となる。さらに,人生観や宗教的信念,疾患発症の危険因子となる性格特性や人格傾向なども,治療ゴールを設定する上で混乱因子となり,こうした価値観・特性・傾向自体が二次障害の出現にかかわる場合,治療が奏功しても主観的改善度に十分反映されない場合が少なからず存在する。
 近年,心身症や心疾患,膠原病,神経難病などの病態評価において,生活の質(quality of life:QOL)評価が重視されつつある。さらに,抗悪性腫瘍薬や疼痛緩和薬の開発においては,治療効果の評価にQOL指標を導入する機運が高まりつつある。認知症を含む各種精神神経疾患においても,QOLの向上が重大な治療目標であるが,複雑な病態構成要素を勘案すると治療効果の評価に導入する上でさまざまなハードルが存在する。しかしQOLを意識した治療介入は,治療に対する意欲を向上させ,治療アドヒアランスを高める効果が期待できる上,病識獲得にも直接的に寄与することも期待できる。

精神疾患とQOL

著者: 木下裕久 ,   大塚俊弘

ページ範囲:P.255 - P.262

抄録 生活の質(quality of life:QOL)という用語が日常的に使われるようになって久しい。医療・保健・福祉の分野では,現状よりも高い次元のサービスを目指す指標として長く用いられてきた言葉だが,2010年代からは,政治・経済の分野でも,GDPに匹敵する指標として,社会の豊かさを表す言葉として使われることも増えた。しかし,日本の社会において,平成から令和に時代が移り,現在のコロナ禍,毎年の台風や大雨災害,そして少子高齢化による人口減少などによって,果たして日本の社会は,これまでよりQOLが高いと言えるのか疑問に思う場面が増えた印象がある。また広く世界に目を向けてみると,アフガニスタンやミャンマーなどでは,政治的な混乱の中で,人権問題に関連して,QOLの低下が言われるようになった。研究においては,医療・保健・福祉の分野に留まらず,たとえば,気候とQOLの関係の論文など,これまでなかった分野の研究がみられ,医療分野においても,たとえば,喫煙とQOL,神経発達障害のQOL,多汗症のQOLなど目新しい研究もみられるようになっている。QOLの概念が主観的な評価に留まらず,地域,国,さらには地球レベルの環境にまで広がってきている感がある。本稿では,精神障害の分野を中心としたQOL研究の現状をレビューするとともに,長崎大学がこれまで行ってきたQOL研究の結果の要約を紹介し,今後のこの分野の発展を期待したい。

統合失調症治療とQOL

著者: 大森哲郎

ページ範囲:P.263 - P.269

抄録 統合失調症の治療では,長期的には安寧感,健康感,日常生活能力,社会的能力などを視野に入れた治療と支援が必要となる。すると状態把握として症状評価のみでは不十分となり,quality of life(QOL)評価が有用となる。QOL評価には,安寧感,健康感などを評価する主観的QOLと,日常生活能力,社会的能力などを評価する客観的QOLがあり,両者は同じくQOLといっても全く異なった側面を評価している。前者は抑うつ症状の影響を受けやすく,後者は陰性症状と認知機能の影響を受けやすい。QOLの向上のためには,過不足のない薬物療法とともに,生活上の能力障害(disability)に対するさまざまな心理社会的取り組みと,福祉的観点からの生活支援や就労支援などが有益である。能力障害の改善が疾患の改善にフィードバックされることも期待できる。

うつ病治療におけるQOLの位置付けとその特徴

著者: 越川陽介 ,   嶽北佳輝

ページ範囲:P.271 - P.281

抄録 うつ病に罹患することは,当事者のその後の生活の質(quality of life:QOL)に大きく影響を与える。このため,うつ病におけるQOLの特徴やQOL改善のための治療的介入について把握することは,抑うつ症状を改善した以降の治療目標の設定に重要な示唆を与えるものと考えられる。近年,精神的健康に困難を抱えながらも自分なりの意味を見つけながら活き活きと過ごしていくパーソナルリカバリーという概念に注目が集まっている。QOLはこのパーソナルリカバリーを構成する大切な一要素であり,治療目標としてQOLを評価することの重要性が高まってきている。また,QOLの評価には当事者の主体性を十分に反映する必要があり,その点でSchedule for the Evaluation of Individual Quality of Life-direct weighting(SEIQoL-DW)は有用な評価尺度であると考えられる。今後はSEIQoL-DWを用いたパーソナルリカバリーの改善に関する検討がなされることが期待される。

双極症の治療とQOL—心理社会的側面から

著者: 阿部又一郎

ページ範囲:P.283 - P.293

抄録 双極症を生きる人は,症状のみならずさまざまな側面でQOLを低下させている。近年,実臨床の見地から気分症状の改善よりもQOLの改善に関心が向けられるようになった。本稿では,双極症関連QOLに焦点を当てた心理社会的な実証研究や治療アプローチについて概説する。前半部では,QOL研究の概略を述べた後,双極症特異的QOL尺度(QoL. BD)を開発したカナダのMichalakを中心とするCREST-BDの動向に注目する。後半部では,双極症寛解期(euthymia)における認知機能障害のQOLや病識への影響にふれ,治療面から双極症患者の睡眠問題や不安に各焦点を当てた心理社会的介入法について紹介する。最後に,双極症を生きる人の科学と生き様をめぐり,QOL研究から幸福を見出せるよう医療倫理学的観点から提言する。

認知症治療とQOL

著者: 寺田整司

ページ範囲:P.295 - P.301

抄録 QOLは本来,主観的なものであるが,認知症疾患においては客観的な評価も重要である。認知症を対象とした,疾患特異的なQOL評価票は多数あるが,その内容は相互にかなり異なっており,解釈に当たっては慎重を要する。本稿では,QOL-AD,DEMQOL,DQOL,QOL-D,QUALIDを紹介する。後半は,認知症者のQOLに関連する要因を検討する。評価者が誰かによって大きく異なるので注意が必要である。最後にQOL改善を目指した介入研究を概観する。根本的な治療薬がなく,長期の経過を辿ることも多い認知症疾患の治療においては,QOL重視という視点は臨床上も重要かつ不可欠である。

QOLの向上に向けた若年者への不安症治療

著者: 舩渡川智之 ,   根本隆洋

ページ範囲:P.303 - P.310

抄録 不安症は頻度が高く,多大な機能障害と経済的負担をもたらす疾患の1つである。不安症はその種類にかかわらずQOLの低下を来すが,その低下は認知行動療法などにより軽減することが示されている。精神科早期介入において,社交不安症状は精神病前駆期から社会的・学業的病前機能の低下をもたらし,顕在発症への重要なリスクファクターとなり,発症後の社会機能の障害やQOLの低下に関与することから,重要な介入の標的と考えられている。本稿では,東邦大学医療センター大森病院のユースデイケア「イルボスコ」での認知行動療法的アプローチを通して,社会復帰を達成した社交不安症の若年者の治療経過を報告した。本邦においても不安症を有する若年者への,社会機能障害やQOL低下にも十分に配慮した治療的アプローチの普及啓発が望まれる。

強迫症治療とQOL

著者: 向井馨一郎 ,   松永寿人

ページ範囲:P.311 - P.317

抄録 強迫症(obsessive compulsive disorder:OCD)は,WHOによって苦痛や負担の著しい10大疾病の1つに挙げられているが,強迫症状の内容や重症度のみならず,精神科的併存症やDUIなどさまざまな臨床的要因がQOLと密接に関連している。さらに巻き込み症状を介し,家族の社会的機能や健康,そしてQOLにも著しい影響を及ぼすものである。このため,QOLのアセスメントを治療的評価基準として捉え実施することは,複雑であるOCD患者個々の病理・病態のより多角的な理解を促し,社会的・日常的機能や家族関係などでの治療的変化を反映するより実際的なアウトカム指標として,治療の最適化,さらに再発予防の点からも有効となる。一方で,二次的アウトカムであるQOLを向上させるための方策に関して,残遺症状の把握や適切な対処,曝露反応妨害法以外のCBT技法の導入や,ソーシャルサポートなど社会資源の活用方法など,OCDを巡る臨床には,まだまだ解決すべき課題が多々残存していると考えている。

身体症状症・疼痛性障害治療とQOL

著者: 西村勝治

ページ範囲:P.319 - P.326

抄録 身体症状症・疼痛性障害は慢性,難治性であることが多いため,治療の主眼は症状の消失よりも症状への対処,QOLの改善に置かれる。その意味でQOLを治療ゴールとして設定することの意義は大きいが,この疾患群の異種性の高さから疾患特異的QOL尺度の開発が難しいなど,限界もまた大きい。線維筋痛症など一定の均一性を有する疾患では,疾患特異的QOL評価が可能となっており,その知見は参考になる。加えて,身体症状症・疼痛性障害の解釈モデルである破局的認知を中心とした恐怖回避モデルをQOLの視点で読み換え,回復への指標をすることは治療上,有用であると思われる。

摂食障害とQOL

著者: 井野敬子

ページ範囲:P.327 - P.332

抄録 摂食障害は精神疾患のうちでも死亡率の高い疾患であり,著しいQOL低下を来す。摂食障害は治療によってQOLの向上を認めるものの,体重・食行動の回復後もQOLの低下が持続するのが特徴である。病理の残存とQOLは関連しているために,体重,食行動の回復後も長期的に摂食障害の病理に働きかける必要がある。摂食障害患者は体重増加に抵抗感を示すが,神経性やせ症においてはBMIの改善はQOLに寄与しているという研究が多い。日常診療において摂食障害患者のQOLの向上について話す際には,「痩せていないと価値がない」と考える症状を外在化しながら患者と価値観について話し合い,体型・体重以外の領域を拡大することは有用であると思われる。また窃盗は実刑を受けると生活基盤を失ってしまうという点で深刻な症状であり,適切な食事指導を進めることで改善を目指したい。

不眠医療とQOL

著者: 伊藤結生 ,   綾部直子 ,   三島和夫

ページ範囲:P.333 - P.340

抄録 不眠症は不眠症状に起因する種々の日中の機能障害が存在する疾患と定義付けられる。抑うつや不安,精神運動機能の低下,疼痛の増悪,倦怠感など精神および身体的健康に悪影響を与え,患者のQOLおよび認知社会機能を著しく低下させることから,不眠症の病態の本質はQOL障害であるとも言われる。現在では睡眠障害に起因するQOL障害に用いることのできる複数の評価尺度が作成されており,QOLへの影響を勘案しながら不眠医療を行うことが可能である。個々の症例ごとに適切な薬物療法,非薬物療法を選択することでQOLを含む日中機能の向上に努めるべきである。

物質使用障害治療とQOL

著者: 松本俊彦

ページ範囲:P.341 - P.348

抄録 本稿では,依存症・嗜癖性障害の中で特に物質使用障害を取り上げ,その治療とQOLとの関係に関する先行研究を概説するとともに,物質使用障害治療に関する課題と展望を述べた。先行研究は,物質使用障害の治療がおおむね患者QOLを改善させる効果がある一方で,治療に対する反応性が乏しい者,ならびに,社会的孤立や併存精神障害を抱える者にとっては必ずしもQOLを改善させない可能性があることを示唆している。そのような者に対しては,ハームリダクション・アプローチや,そのより先鋭的な支援手法であるハウジング・ファーストがQOLの改善のみならず,物質使用の低減にも効果的であるかもしれない。最後に,わが国の薬物使用障害を抱える者に対する厳罰政策そのものが,当事者を社会的に孤立させ,QOLを低減させる可能性があることを指摘した。

児童青年期の神経発達症の治療とQOL

著者: 辻井農亜

ページ範囲:P.349 - P.355

抄録 これまで注意欠如・多動症を中心に,精神薬理学的治療によって生活の質(quality of life:QOL)の向上が得られることがプラセボを対照としたランダム化比較試験によって確認されてきた。近年,QOLの概念は注意欠如・多動症や自閉スペクトラム症といった神経発達症の臨床評価法,また治療効果判定法の1つとして重要性が認識されるようになっている。神経発達症の長期的な治療目標は,その症状の消失ではなく,神経発達症を持つ患者個人のQOLの向上であると言える。一人ひとりの患者に合わせた最適な治療法を選択するためにも,QOLの概念を用いた治療計画の策定が重要になる。

展望

デジタルバイオマーカーを用いたメンタルヘルス研究の現状と展望

著者: 高橋史也 ,   橋本里奈 ,   安達滉一郎 ,   黒沢拓夢 ,   太田一実 ,   滝沢龍

ページ範囲:P.357 - P.368

抄録 近年,メンタルヘルス領域において「デジタルバイオマーカー(digital bio-marker)」という指標が注目を集めている。デジタルバイオマーカーとは,デジタルデバイスを介して取得する日常の行動,生理状態,社会活動などのデータである。リアルタイムで継続的に取得可能な客観的指標であることから,従来の「自己報告に基づいた評価」の課題を乗り越え,メンタルヘルス不調の早期把握や正確性の向上に役立つことが期待されている。しかし,デジタルバイオマーカーを用いたメンタルヘルスケアの取り組みは世界的にも萌芽期にあり,今後のさらなる研究の蓄積が望まれる。本論考では,メンタルヘルス領域におけるデジタルバイオマーカーの活用に関する先行研究を概観し,今後の展望について述べた。

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ページ範囲:P.376 - P.376

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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