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雑誌目次

雑誌文献

精神医学64巻6号

2022年06月発行

雑誌目次

特集 認知症診療の新潮流—近未来の認知症診療に向けて

特集にあたって

著者: 數井裕光

ページ範囲:P.833 - P.833

 2021年6月に,アルツハイマー病に対する抗アミロイドβ抗体薬aducanumabの製造販売が米国食品医薬品局によって迅速承認された。本薬剤によってアルツハイマー病の人の脳内アミロイドβの蓄積が減少することが確認されたからである。本邦では臨床効果に関するデータが不十分と判断され,継続審議となった。しかし米国における本薬剤の承認はアルツハイマー病の人と家族に大きな希望を与えるとともに,認知症治療薬の開発をあらためて活気づけた。
 近年,さまざまな認知症の脳内病理を評価できるPET検査や脳脊髄液バイオマーカー検査が開発されてきた。そしてアルツハイマー病と考えられていた人の中にアミロイドマーカー陰性の人が存在することが明らかになってきた。したがって抗アミロイドβ抗体をはじめとする疾患修飾薬が使用可能になると,認知症の原因疾患の正確な診断がこれまで以上に重要になる。一方,疾患修飾薬の存在が世の中に啓発されると,認知症が疑われる早期受診者が増加すると思われる。関連学会では専門医,準専門医の育成に注力しているが,充足は難しいと考えられており,認知症スクリーニング検査の必要性が高まっている。血液バイオマーカー検査,機械学習や深層学習を活用して脳波デジタルデータを解析する方法などが期待されている。また情報通信技術(ICT)を用いて神経心理検査を遠隔で実施する取り組みも始まっており早期診断と生活支援に役立つと考えられている。

認知症に対する治療のこれまでと現在—薬物治療を中心に

著者: 寺田整司

ページ範囲:P.835 - P.848

抄録 本邦において,抗認知症薬4剤が臨床現場で使えるようになってから10年以上になる。その使用については賛否両論さまざまであるが,抗認知症薬の特性や副作用をよく知っておくことは,認知症診療に当たる医師にとって絶対に必要なことである。アルツハイマー病の根本治療を目指した取り組みは盛んであるが,成果が臨床の現場にはなかなか出てこないというのが現状である。認知症に対する治療のこれまでと現在の状況について,薬物治療中心にまとめる。

アルツハイマー病に対する疾患修飾薬の現状と期待

著者: 布村明彦

ページ範囲:P.849 - P.857

抄録 アルツハイマー病(AD)の疾患修飾療法確立に向け,脳の蓄積蛋白質であるアミロイドβ(Aβ)やタウを標的にした薬剤の開発が進んでいる。昨年,抗Aβ抗体アデュカヌマブが米国食品医薬品局(FDA)によって,ADによる軽度認知障害(MCI due to AD)ならびに軽度ADに対して迅速承認された(わが国では継続審議中)。さらにFDAがブレイクスルー治療薬に指定したドナネマブやレカネマブなどの開発も有望視されている。
 他方,多元的な治療標的の探索も行われ,現在治験中のAD疾患修飾薬候補のうちAβやタウ以外を標的とする薬剤が約7割を占める。その標的には,炎症・免疫,シナプス可塑性,代謝・生体エネルギー,蛋白質恒常性,血管系要因などが挙げられる。
 今後もAβやタウ標的薬を中心に有効性と安全性が追究され,これらに多元標的療法も組み合わされ,近い将来にAD疾患修飾療法が確立されることが期待される。

近未来の認知症診断における神経画像検査

著者: 安野史彦

ページ範囲:P.859 - P.866

抄録 Positron emission tomography(PET)は,陽電子放出核種で標識した放射性薬剤を体内に投与し,その分布を断層画像に撮像することにより,生体の機能情報を非侵襲的に定量できる診断技術である。PETにおいて,認知症の原因となる病的蛋白質凝集体に結合する放射性薬剤を用いることで,それらの生体内における定量が可能になる。本稿において,アミロイド,タウイメージングを中心に,これまでの開発過程と,それを用いた研究について概観し,その日常診療にもたらす可能性について言及した。また,αシヌクレイン/TDP-43イメージングの開発についても記述を行った。近未来の認知症診療においては,血液バイオマーカーを用いたマススクリーニングを実施の上で,必要性を認めた患者に対して,PETイメージングによる精密診断がなされる診療システムの構築が期待される。

血液検査によるアルツハイマー病診断の可能性

著者: 徳田隆彦 ,   建部陽嗣

ページ範囲:P.867 - P.875

抄録 アルツハイマー病(AD)の客観的な診断および脳病理のみが存在して認知症がいまだ発症していないプレクリニカル期の診断には,バイオマーカー(BM),特に画像BMと体液BMが不可欠である。また,認知症疾患に対する画像BMと体液BMは,合理的に考えれば,単独で用いるべきものではなく,それぞれの長所と短所を補完して統合した多項目BMシステムの確立が必要である。また,画像BMと相互補完的な体液BMとしては血液BMが求められているが,従来は脳脊髄液でしか定量できなかったADの体液BMが,最近は血液中でも正確に定量できるようになってきている。さらに,現在のADに対するBMシステムであるATNシステムは,従来のADのコアBMを基本にしていたが,今後は,多種多様な認知症性疾患の脳病理をより包括的に診断・層別化ができる次世代のBMシステムが求められている。

アルツハイマー病(AD)に類似した非AD認知症疾患

著者: 山田正仁

ページ範囲:P.877 - P.884

抄録 臨床的にアルツハイマー病(AD)と考えられる例の2割前後はアミロイドマーカー陰性で非AD病態と考えられる(suspected non-AD pathophysiology:SNAP)。SNAPの病理学的背景にはタウオパチーである原発性年齢関連タウオパチー(primary age-related tauopathy:PART)と嗜銀顆粒病(argyrophilic grain disease:AGD),TDP-43蛋白異常症である辺縁系優位型年齢関連TDP-43脳症(limbic predominant age-related TDP-43 encephalopathy:LATE)が含まれる。神経原線維変化型老年期認知症(senile dementia of the neurofibrillary tangle type:SD-NFT)はPART病理による認知症である。本稿ではこれらについて概説した。

認知症診療における脳波検査の新たな役割への期待

著者: 畑真弘 ,   宮﨑友希 ,   池田学

ページ範囲:P.885 - P.891

抄録 増加を続ける認知症患者に対して,専門医が不足している地域の高齢者や,コロナ禍での外出制限や,身体的な問題で病院を受診できない施設入所中の高齢者などに対して,簡便で安価で高精度な認知症疾患のスクリーニング検査が必要とされている。脳波は非侵襲,低コスト,アクセスのしやすさ,脳の神経活動への鋭敏さから,認知症診療で期待されるバイオマーカーの1つである。本稿では,認知症疾患に関するこれまでの神経生理学的な知見や,脳波データに機械学習や深層学習を適応した自動解析の試み,手軽に測定できるパッチ式脳波計を用いた取り組みを紹介する。これらの新しい技術を駆使することで,認知症疾患のスクリーニング検査への活用など脳波検査の新たな役割が期待される。

認知症診療における遠隔神経心理検査の現状と今後

著者: 江口洋子

ページ範囲:P.893 - P.900

抄録 認知症診療における遠隔で実施する神経心理検査(遠隔神経心理検査)は,専門家が相対的に不足している地方のみならず,今後は都市部で急増する外出が困難な高齢者の認知症の早期診断や在宅支援のためのアセスメントやモニタリングにおいても重要性が増すものと考えられる。本稿でははじめに,遠隔神経心理検査は,複数のメタレビューにおいて,対面で実施する検査と同等の結果が得られるとする報告について述べた。本邦でも,改訂長谷川式簡易知能評価スケール,時計描画検査,Montreal Cognitive Assessment日本語版,Alzheimer's Disease Assessment Scale日本語版が遠隔で実施され,対面と高い精度で一致したとの報告がある。次に,遠隔神経心理検査を実施するための留意点について述べ,最後に,遠隔神経心理検査を通じて,日常生活・社会生活にわたる包括的な支援にも繋がる可能性について述べた。

若年性認知症の人に対する事業所における治療と仕事の両立支援

著者: 小長谷陽子

ページ範囲:P.901 - P.908

抄録 65歳未満で発症する若年性認知症の人には,認知症高齢者とは異なる課題がある。働き盛りの年代であるため,発症により休職あるいは退職すると,経済的な変化が生活に大きな影響をもたらす。また,居場所がなくなり,社会的な役割を果たせなくなることは個人の尊厳にもかかわり,本人や家族の生活や精神面に大きな影響を及ぼす可能性もある。したがって,就業している場合は,それを継続することが望ましく,支援が重要である。しかし,事業所側の理解や配慮を含め,公的あるいはインフォーマルな支援もまだ不十分であり,課題が多い。本稿では,若年性認知症の人の就業における現状と課題,就労継続に関する事業所の対応,社会制度やサービスの内容,支援体制における若年性認知症支援コーディネーターの役割などに関して述べた。

自動運転時代の認知症の人の自動車の利用

著者: 上村直人

ページ範囲:P.909 - P.918

抄録 認知症の人の運転は2002年よりわが国においてはすでに実質禁止され,以降わが国では高齢者の事故対策を中心にさまざまな法的対応が整備されている。同時に近年自動運転や安全運転サポート車(サポカー)など科学技術の発展によりさまざまな機器支援の開発がなされ,2022年度からは事故経験者では疾患に関係なく,実車評価が導入されようとしている。一方,認知症の人や認知機能低下を来している人でも技術革新により自動運転が可能となり得る時代となりつつある。しかしながら認知症あるいは認知機能低下と自動車運転,事故予測,事故予防の問題は,医学的検討という観点からは十分な検討がなされているとは言いがたく,認知症という状態像で運転の可否が判断されているのが現状であるが,今後の著しい技術革新により自動運転の時代を迎える近未来が実現しそうである。そこで今回,認知症や認知機能低下を来した人の自動運転を実現するために克服すべき課題や,健常高齢者への応用の可能性への期待と課題について述べた。

認知症の人に対する財産管理支援

著者: 樋山雅美 ,   成本迅

ページ範囲:P.919 - P.925

抄録 認知機能が低下するなどして,自分ひとりで財産管理を行うことが難しくなった場合,日常生活自立支援事業や成年後見制度を利用することが推奨されている。ただし,日常生活自立支援事業は,保険の加入や解約などの高度な契約は支援の対象とはしておらず,それぞれの契約に必要な能力が不十分であれば成年後見制度の利用が必要となる。ところが,成年後見制度の利用は進んでいるとは言えず,多くは家族からの支援を受けている。家族による財産管理は,支出の切り分けが煩雑となりやすく,経済的虐待に繋がる場合もある。こうした中で,金融機関は,高齢顧客への対応の柔軟化を図り,認知機能の状態にかかわらず,日常生活上不可欠な使途への預金の払い出しに応じる方法や判断能力の評価の実施を検討している。今後は,財産管理能力や契約能力の評価がより重要になると考えられ,日常診療の中でも,積極的な状況確認や助言が求められるようになると言えよう。

研究と報告

大学生におけるうつ病自己評価尺度(CES-D)のうつ病の判別精度とカットオフ値

著者: 高階光梨 ,   佐藤寛

ページ範囲:P.927 - P.935

抄録 本研究の目的は,抑うつ症状を測定する自己評価指標であるCenter for Epidemiologic Studies Depression Scale(CES-D)の判別精度とカットオフ値を受信者操作特性(ROC)分析と層別尤度比(SSLR)を用いて検討することであった。一般大学生195名を対象にCES-D日本語版とMini-International Neuropsychiatric Interview(M.I.N.I.)を用いた簡易構造化面接を実施した。本研究の対象者のうち,うつ病(大うつ病,気分変調症,小うつ病)の診断に該当したのは17名(8.7%)であった。ROC分析の結果,大学生を対象としたCES-Dのうつ病の判別力は中程度であり,最適なカットオフ値は感度と特異度を同程度に重視した場合,および感度をより重視した場合は32点,特異度をより重視した場合は36点であることが明らかになった。Stratum-specific likelihood ratios(SSLR)を算出したところ,0〜15点で0.12,16〜31点では0.41,32〜60点は9.07であった。つまり,従来のカットオフ値を満たしていても,本研究で示されたカットオフ値の32点に満たない場合にはうつ病の陽性確率が低くなることが示された。

「精神医学」への手紙

所見と診断の乖離について

著者: 細川清

ページ範囲:P.936 - P.936

 所見から診断への思考過程において,その間になにか不可解な乖離を覚えることがあります。精神科診療においては稀ならず経験されるでしょう。今回,本誌10月号(63巻10号,2021年)に『非けいれん性てんかん重積が想定された,統合失調症として経過をみていた1例』を拝読し,感想をお送りしたいと思います。
 いきなりで恐縮ですが,本報告の説明的なやや長い診断のタイトルが気になりました。筆者のためらいともどかしさがそのまま表現されています。当初から,「診断ありき」のようです。問題を簡潔にすると,意識障害と思われるエピソードに強い脳波異常を見出し,複雑部分発作の重延を想定され,NCSE(non convulsive status epilepticus)を疑われたのでしょう。ここでこのNCSEを論じる紙数がありませんので,拙著1)を参考にしてください。

細川 清先生へのお返事

著者: 山越尚也

ページ範囲:P.937 - P.937

 このたびは拙稿につき,ご指摘大変ありがとうございました。
 長いタイトルについては,ご指摘のとおりでございます。統合失調症の診断基準を満たしていたかなど,当時のカルテ情報がすでにないこと,また,一般的に言われているてんかんにおける精神症状の発現の有り方と経過が異なる点,さらには脳波所見が断続的である点などから,戸惑う部分もあり,このようなタイトルにさせていただいた次第です。当初から「診断ありき」という形ではなく,どのように解釈すべきか苦慮した結果でございました。その意味で「私のカルテから」に受理していただき,むしろご意見をいただけたことは大変ありがたいことと思っております。

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奥付

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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