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雑誌目次

雑誌文献

精神医学64巻7号

2022年07月発行

雑誌目次

特集 Withコロナ時代の精神医学教育の進歩—卒前教育から生涯教育まで

特集にあたって

著者: 井上猛

ページ範囲:P.947 - P.947

 精神医学は昔のような精神科病院に限られた診療ではなくなっている。がん診療,産科,職場の産業精神保健において精神医学と精神科診療の導入が必要とされている。このように,精神医学は広く社会に浸透してきたため,精神科医だけでなく,すべての診療科の医師,コメディカルにとって精神医学を生涯にわたって学ぶことが求められている。さらに,精神科専門医,指導医も,若手精神科専攻医の指導だけでなく,精神科以外に従事する人たちへの啓発,教育が必要になってきている。したがって,精神科医は卒前教育から,広範囲の卒後教育を担当し,つねにその専門知識,教育手法をアップデートしていく必要がある。30年以上前の大教室での精神医学教育から,最近はアクティブラーニングを取り入れた教育に変わってきている。「門前の小僧習わぬ経を読む」のような観察型の教育では不十分であり,ロールプレイ,シミュレーションなどの積極的な教育的かかわりが教育者には求められてきている。厚生労働省臨床研修指導医講習会やがん緩和ケア研修会での研修内容もそのような時代の流れを反映している。
 さらに2020年2月から新型コロナウイルス感染症が猛威をふるい,医学生の講義はWeb講義となり,臨床実習も実際に病院で受けることはできなくなった。幸い,Webを介した通信技術が飛躍的に進歩したため,講義はWeb会議ソフトやオンデマンド動画を使ってなんとか実施することができたが,臨床実習は十分に実施できないため,課題が残る。医学生教育のみならず,研修医教育においても,新しい方法論を使った精神医学教育の技術革新が必要とされている。

精神医学教育の役割と変化

著者: 村松太郎 ,   三村將

ページ範囲:P.949 - P.956

抄録 脳科学の進歩,医学教育国際標準化への圧力,IT化への流れ—精神医学はこれらを追い風として急速に発展を遂げつつある。しかしながら精神医学には,他の医学領域で汎用されている科学的手法が適用困難な伝統芸能とでもいうべき領域があり,そこにはむしろ逆風が吹いている。臨床の叡智が蓄積されているこの領域の発展も,当事者の恩恵となる精神医療のためには必須である。そしてそこには真に新しい地平を切り開く斬新な方法論のヒントがあり,それを掴んだとき精神医学は,他の医学を先導する役割を持ち得るであろう。科学性を追求しつつも,いまだ伝統芸能の要素を残すという精神医学の限界と,未来に開かれた可能性を伝えることが,これからの精神医学教育には強く求められる。

医学生に提供することが望ましい精神医学教育の模索

著者: 市来真彦

ページ範囲:P.957 - P.966

抄録 精神医学は今やすべての医療者にとって生涯にわたって学ぶことが求められる時代になっている。しかし精神医学に苦手意識を持つ学生は少なくなく,また,一般的に精神疾患に対しては偏見をもつ人が多く,将来精神科医にならない学生にとっては,学生時代の学習が精神科に対する一生のイメージを決めてしまうと言うこともできるだろう。東京医科大学精神医学分野(メンタルヘルス科)では「精神科医になるわけではない多くの学生を意識して,精神疾患に対する偏見があればそれを減じ,履修後には精神医学に生涯関心をもてるように提供されること」を目標に,2015年より教育体制の見直しを図り,屋根瓦式を根幹とする五重塔を意識した5層の教育プログラムを構築した。本稿ではその中から医学生の精神医学教育のツールとスキル(アクティブラーニング,グループワーク,eポートフォリオ,精神科OSCE)の実際を紹介してみたい。

インターネットを用いた精神医学教育—医療系学生を主な対象として

著者: 松崎朝樹

ページ範囲:P.967 - P.973

抄録 感染症の流行を契機に感染リスクを減らすことを目的として,多くの教育機関でeラーニングが活用されている。筆者は医療系の学生を対象とした精神医学の教育にYouTubeの動画を主に用いたeラーニングを活用してきた。動画を制作するにあたり,学ぶ者の孤独感を減らし注意集中を保つため,分節化し,視認性の高い大きな字で資料を提示し,生きいきとしたプレゼンテーションを心がけるなどの工夫に努めた。精神医学をYouTubeで扱うにあたり,興味本位の視聴を誘う不適切な扱いが精神障害者への偏見を強め得るなど注意を要する点も少なからずあった。YouTubeで公開された動画は学生の教育以外にも,臨床で患者への説明の補助にも使用でき,精神医学的な知識の普及は国民の心の健康の保持・増進や精神障害者への偏見の減少などを通して社会的に貢献し得る。本稿では,eラーニング動画を用いた精神医学教育の手法,意義および課題について報告した。

初期臨床研修における精神科研修の課題と精神科医の役割

著者: 内野俊郎 ,   比江嶋啓至

ページ範囲:P.975 - P.981

抄録 2004年に開始された現行の医師臨床研修制度は2020年に改定が行われ,精神科研修は再度必修化となった。同時に病棟での研修は必須ではなくなり,専門外来ないしリエゾン・チームでの研修の必須化,さらに8週間以上の研修が望ましいとされた。直後のコロナ禍で臨床研修もさまざまな制限を受けたが,オンライン会議ツールを利用した研修機会などを積極的に増やすことや各研修施設間での協力を増やすことで研修内容の均てん化の改善にもつながることが期待できる。また,メンタルヘルスの観点から,ハイリスクである臨床研修医の支援も精神科医の役割として大きく,今後は発達障害の課題を持つ研修医の支援なども役割となっていくかもしれない。

卒前・卒後のシームレスな精神医学教育

著者: 藤田博一 ,   黒江崇史

ページ範囲:P.983 - P.990

抄録 近年の医学教育において,医学教育分野別評価,医師臨床研修制度の見直し,臨床実習における医学生の法的な位置づけなど,さまざまな変革が起きている。新型コロナウイルス感染症が流行し,国民から医療に対するさまざまなニーズがあることが改めて浮き彫りとなり,地域医療や公衆衛生の現場をはじめ,さまざまな現場で活躍できる後進の育成は,我々にとって重要な役目となっている。大きく医師養成課程は,卒前教育と卒後教育に分けられるが,本来は卒前と卒後といった区別なく,連続性を持ったもの(シームレス)であることが望ましい。精神科領域では,医師臨床研修制度において再び必修化されたことによって,すべての医師が精神科で一定期間研修を行うことになった。これを機に,シームレスな精神医学の研修について見直してみたい。

精神科専攻医教育の課題と今後

著者: 上野修一

ページ範囲:P.991 - P.998

抄録 Withコロナ時代かどうかに関係なく,精神科医であるための最低要件として,日本精神神経学会の精神科専門医を取得することを挙げたい。精神科専門医は,精神科医療のプロフェッショナルオートノミーとして,お互いに情報を共有し,適切な治療を行い,また,利用するユーザーからも信頼できる資格として立ち上げられた。そして,日本専門医機構の基本領域学会の専門医として認められたものである。精神保健指定医が,特に患者の入院における基本的人権を守るために設定された資格であるのに比して,精神科専門医はその臨床技能を担保するものである。もちろん,精神科専門医を取ればそれで良いのではなく,生涯学習として定期的な知識や技術の取得のための更新が必要である。ここでは,日本精神神経学会が認定する基本的な考え方に基づく,精神科専門医研修の最低要件および試験の具体的ポイントについて,研修する専攻医と指導医を意識しまとめてみる。

精神科専門医・指導医の生涯教育の課題

著者: 紫藤昌彦

ページ範囲:P.999 - P.1006

抄録 「日本精神神経学会専門医」は2021年度の更新から「日本専門医機構認定専門医」に移行した。2021年度以後更新予定の専門医は,必修共通講習3単位(医療安全,感染対策,医療倫理)を含めた40単位を充足することが求められている。日本専門医機構認定専門医の特徴は,「専門医すべてが持つべき共通の能力」と「各診療領域において備えるべき専門的診療能力」の両者を公平に評価することにある。専門医制度は多くの医師のボランティア精神によって維持されているが,医学生・研修医・専攻医の教育にかかわることは専門医にとっても貴重な生涯学習の場になっている。さらに,COVID-19の感染拡大は精神科医の生涯教育にも多大な影響を及ぼしているが,未曾有のパンデミックにおいても生涯教育体制をある程度維持できたことは大きな収穫であった。

子ども・発達領域における精神医学的知識の普及啓発

著者: 篠山大明

ページ範囲:P.1007 - P.1015

抄録 近年,発達障害を中心に児童の精神科診療のニーズが著しく増加しており,日本における児童精神科医の育成は急務である。それを受けて,2022年度には子どものこころ専門医制度の研修が本格的に開始され,日本各地で専門性の高い研修が実施できる状況が整備された。一方で,児童精神科医の不足を解消するには,一般精神科医や小児科医に対して児童精神医学的知識の普及啓発を行い,プライマリー医として対応できる医師を育成することも必要である。本稿では,発達障害のプライマリー診療を行える医師を育成するプログラムの一例として,長野県発達障がい診療医・専門医育成カリキュラムを紹介し,さらに,withコロナ時代の対応も含めて,子ども・発達領域における精神医学的知識の普及啓発に関する現状と課題について検討する。

産業精神保健における精神医学的知識の普及啓発—特に個別事例対応について

著者: 吉田契造

ページ範囲:P.1017 - P.1024

抄録 産業精神保健領域における個別事例対応は,臨床精神医学の知識があれば行える,というものではない。その技能を高めるために利用できる資源は豊富ではなく,筆者の場合は,相当に試行錯誤を重ねることが必要であった。
 効率的に事例対応能力を向上させることを目的として,筆者は,産業保健総合支援センターおよび県医師会において,実地形式の産業医研修会を行っている。また,産業保健総合支援センターにおいて,産業医からの産業保健相談に応じている。
 コロナ禍の発生により,集合討論形式の実地産業医研修会を施行することができない事態に直面した。しかしながら,WEB形式であれば,都道府県などの垣根はなくなり,全国規模で多くの医師が参加する事例検討会を開催することも可能となる。克服すべき実務上の問題はあるが,コロナ禍を背景として,産業精神保健に携わる医師が事例対応能力をこれまでよりも速やかに向上させることが可能となるかもしれない。

がん診療における精神医学的知識の普及啓発

著者: 明智龍男

ページ範囲:P.1025 - P.1031

抄録 がん治療の進歩に伴い「がん=死」というイメージは払拭されつつある一方で,約半数の患者にとっては依然としてわが国で最も頻度の高い致死的疾患であることに変わりはなく,がん患者の多くに多彩な精神症状に対するケアのニードが存在する。このような時代背景を受けてサイコオンコロジー(精神腫瘍学)という学問領域が産声をあげた。精神医学的診断の観点からは,がん患者の経験する精神疾患としては,適応障害とうつ病,せん妄の頻度が高いことが示されている。またがん患者からの精神症状緩和のニードはきわめて高く,国策としてがん医療の充実が推進されており,がん医療の現場では,これら患者の苦痛を和らげるために,「精神腫瘍医」に高い期待が寄せられている。加えて,「精神腫瘍医」といった専門医の養成のみならず,多くの医療者ががんという疾患に関連するため,より早期の学生教育,初期研修医教育の現場においても,サイコオンコロジーに関しての知識の普及啓発が求められている。
 本稿では,一般精神科診療とは異なり,さまざまな配慮が必要となり,チーム診療が基本となるがん患者の精神症状緩和推進のために求められているがん診療における精神医学的知識の普及啓発に関して,筆者の私見を交えて現状を概説した。

妊産婦診療における精神医学的知識の普及啓発

著者: 根本清貴 ,   鈴木利人

ページ範囲:P.1033 - P.1038

抄録 精神疾患を抱える女性が妊娠・出産する際に,精神科臨床で役立つ知識として,向精神薬と妊娠・授乳,プレコンセプションケア,要保護児童対策地域協議会について紹介する。向精神薬は一部の薬を除いて先天異常を引き起こすリスクが少ないことが明らかとなっている。また,授乳に関しても,ほとんどの薬が内服と授乳の両立が可能である。プレコンセプションケアは将来の妊娠のための健康管理を促す取り組みを指す。精神科においてのプレコンセプションケアでは,妊娠する前に,日常生活や向精神薬が妊娠にもたらす影響や授乳について話し合う。これにより,妊娠した際に患者への円滑な対応が可能となる。要保護児童対策地域協議会は,精神疾患を抱える妊産婦に対して多職種連携によるサポートをしやすくするための枠組みである。この枠組みを上手に活用することで,精神科医はソーシャルワーカーや行政の保健師などと連携しながら患者を支えることができる。

研究と報告

成人期注意欠如多動性障害(attention deficit-hyperactivity disorder:ADHD)におけるsluggish cognitive tempoの検討

著者: 岩見有里子 ,   林若穂 ,   花輪洋一 ,   青柳啓介 ,   中村暖 ,   佐賀信之 ,   小島睦 ,   宇野宏光 ,   長塚雄大 ,   田中有咲 ,   岩波明

ページ範囲:P.1039 - P.1049

抄録 注意欠如多動性障害(ADHD)は主要な神経発達障害である。ADHDの約半数に併存し,より深刻な機能低下を起こす症状の一群としてsluggish cognitive tempo(SCT)がある。本研究ではADHD成人におけるSCTと,ADHD症状,自閉症スペクトラム障害(ASD)症状,および知的プロフィールとの関連を調査した。DSM-5でADHDと診断された38名にSCT尺度,CAARS,AQ,ADOS-2,WAIS-Ⅲを施行し,SCT尺度とその他の尺度の相関を求めた。ADHDの成人はSCT得点が高く,SCTは不注意症状と相関を示したが,多動性やASD症状とは相関しなかった。SCTと各症状との関連について考察する。

短報

二人組精神病(感応精神病)の幼児例

著者: 水馬裕子 ,   神崎洸一 ,   田宮聡

ページ範囲:P.1053 - P.1056

抄録 統合失調症の母が精神病症状を悪化させたのを機に,母の妄想に影響された二人組精神病の幼児例を報告した。患児が5歳になる頃に母の妄想が顕在化し,妄想に左右され母子だけでひきこもるという母子密着状態となった。母子の生活環境を分けた後,患児の妄想的確信は徐々に消退した。母が寛解後,母子は徐々に良好な関係を再構築したが,その回復過程は,マーラーの分離個体化理論に沿った情緒的成長過程の繰り返しであった。

書評

—勝俣範之,東 光久 編集—ジェネラリストのためのがん診療ポケットブック

著者: 上田剛士

ページ範囲:P.1032 - P.1032

 ジェネラリストにとって心強い味方ができた。『ジェネラリストのためのがん診療ポケットブック』である。2人に1人はがんに罹患し,3人に1人はがんで死亡している時代において,がん診療はジェネラリストにとって避けることのできない分野である。患者・社会からのニーズも高く,この分野に臨むことはやりがいがあることは言うまでもない。その一方で,がん診療は壮大な学問であり,ジェネラリストが挑むにはいささかハードルが高かった。本書ではがん診療のメインストリームであろう薬物療法についてあえて深く踏み入らないことで,このハードルを一気に下げた。その代わりにジェネラリストが知りたい内容が盛りだくさんとなっており,がん薬物療法を普段行っていないジェネラリストのために特化した一冊である。
 たとえばがんの予防については患者からの質問も多く,ジェネラリストにとって知らなければならない知識の1つであるが,「がんの19.5%が喫煙による」「適度な運動はがん死亡リスクを5%下げる」などの具体的な記述は患者指導におおいに役立つであろう。また,がんのリスクとなる食品,リスクを下げる食品についても言及されている。がんを疑う徴候に関しても,たとえば,Leser-Trélat徴候は3〜6か月以内の急性発症で瘙痒感を伴うことが脂漏性角化症との違いなど,臨床的に重要な知識が詰め込まれている。

—村井俊哉 担当編集—〈講座 精神疾患の臨床〉6『てんかん 睡眠・覚醒障害』

著者: 菊知充

ページ範囲:P.1051 - P.1051

 日本国内の最近の調査によると,てんかんの有病率は0.69%であった。さらに睡眠・覚醒障害の有病率は10%以上と報告されており,ごく「ありふれた」疾患である。これら2つの疾患群「てんかん」「睡眠・覚醒障害」は,精神科だけの領域とは言えないことから,国際疾病分類表第11版(ICD-11)では,「精神,行動または神経発達の疾患」とは別の分類をされている。つまり,この2つは,精神科医が,複数の診療科の医師が連携して治療にあたる頻度の高い疾患群である。たとえば,「てんかん」においては一般救急の現場でも,精神科医が他科の医師と連携して見立てにあたることが多い。睡眠・覚醒障害については,そのものの見立てだけでなく,併存する精神疾患の見立てと治療において,精神科医としての専門性が求められることが多い。いずれの疾患群においても,治療方法が急速に発展し,複数の治療選択肢から治療方法を選べるようになってきた。さらに,疾患分類が改変されつづけている。それゆえに,治療する側としては,個々に最適化された治療戦略を組むために,たえず知識をアップデートしていく必要がある。
 てんかん診療を行っていて痛感するのは,最近10年あまりで,使用できる薬剤の選択肢が急速に広がったことである。日本では2022年現在,20を超える抗てんかん薬が使用できる。そのため薬剤選択において,知識と経験が問われるようになった。たとえば,てんかんの発作型のみならず,内服薬間の相互作用,薬の副作用プロフィールと患者の背景(精神症状の有無など)との相性などが重要になる。本書は治療薬選択においても,図や表を用いて初期研修医にも分かりやすく解説されている。さらに,突然死,自己免疫性脳炎,高齢者のてんかんなど,最近のトピックについても解説されている。

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目次

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次号予告

ページ範囲:P.1058 - P.1058

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.1059 - P.1059

奥付

ページ範囲:P.1064 - P.1064

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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