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雑誌目次

雑誌文献

精神医学64巻8号

2022年08月発行

雑誌目次

特集 ジェンダーをめぐる諸課題を理解する

特集にあたって

著者: 鈴木道雄 ,   太田順一郎

ページ範囲:P.1067 - P.1067

 我が国では,2004年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(性同一性障害特例法)が施行された。それ以来,この法律に基づき戸籍上の性別を変更した人は約1万人に達するという。性同一性障害(gender identity disorder)の名称は,DSM-5では性別違和(gender dysphoria)となり,ICD-11では性別不合(gender incongruence)となった。これらの医学用語とは別に,多数派とは異なる性の要素を持つ性的マイノリティを表現するものとして,LGBTやLGBTQ+,トランスジェンダーなどさまざまな呼称が用いられている。また,性的マイノリティをも包含する共生社会の思想の普及とともに,「性同一性障害」を疾患とせず,sexualityにおける多様性の表れとする考えが一般的となっている。DSM-5では精神疾患に含まれていた「性別違和」が,ICD-11では「性別不合」として,第6章「精神,行動および神経発達の疾患群」ではなく,第17章「性の健康に関する状態群」に含まれるに至った背景にも,疾病性に対して多様性,病理化に対して脱病理化を主張する共生社会や人権尊重の流れが指摘されている。このような多様性とインクルージョンの意識の高まりの一方で,性的マイノリティの人は日常生活においてさまざまな生きづらさを経験しており,メンタルヘルスの不調に陥ることが少なくないことも注目されている。また,「性同一性障害/性別違和/性別不合」に対して,ホルモン療法や外科的治療が行われる場合に,その入り口である診断を行うことは精神科医の役割である。このような状況下で,精神科医療に従事する者が性的マイノリティの人に向き合うために,ジェンダーをめぐる諸課題を整理し理解することは重要と思われるので,本特集を企画した。

LGBTQ+の生きづらさとメンタルヘルスの諸課題

著者: 石丸径一郎

ページ範囲:P.1069 - P.1073

抄録 出生時に割り当てられた性別と性自認との組み合わせにおける少数派をジェンダー・マイノリティと呼び,性自認と性的指向との組み合わせの少数派をセクシュアル・マイノリティと呼ぶ。両者は性的なあり方についてのマイノリティでありLGBTQ+と総称される。いくつかの日本における研究によると,トランスジェンダーでは自殺関連行動やメンタルヘルスの悪化が多くみられるようである。医療機関を受診したトランスジェンダーでは,トランス男性よりもトランス女性のほうがメンタルヘルスが悪化している。米国心理学会は2015年に,トランスジェンダーとの心理臨床実践についてのガイドラインを発表しており,ジェンダーの二分法以外のあり方,他のマイノリティ性との併存,小児期・青年期・老年期といった発達段階との関連,パートナーや性的関係,家族形成・子育てといったトピックについて網羅されている。

—当事者の意見(1)—LGBTユース支援の現場から

著者: 遠藤まめた

ページ範囲:P.1074 - P.1080

抄録 トランスジェンダーが抱える困りごとについて,出生時に割り当てられた性別に違和感を持つ本人の個人的問題とだけ捉えるのではなく,性別によって執拗に区分する現行の社会のあり方について問う視点が不可欠である。トランスジェンダー当事者の支援を考えるにあたっては,他の当事者と交流できる居場所の存在は重要である。交流の場は,単に悩みを打ち明けられる場というだけでなく,自分がどうしたいのかを言語化して他者に伝える力を育んだり,トランスジェンダーの存在を前提とせず設計されてきた社会のあり方そのものについて目を向けたりする機会を作る。近年では性別にかかわらず制服を選べるようにしたり,履歴書から性別欄をなくしたり,といった動きがある。多様性にひらかれたルールづくりや知恵が重要である。

—当事者の意見(2)—性同一性障害の当事者が置かれている社会の現状と課題

著者: 近藤歩 ,   山本蘭

ページ範囲:P.1081 - P.1087

抄録 戸籍の性別を変更した当事者は2022年現在,1万人を超えている。当事者をめぐる状況は年々変化し中学・高校での性別の枠組みを超えた制服選択制度が広がるなど,学業の場で当事者が生きやすくなってきていると言える。その一方,長年の課題である子どもを持つ当事者の戸籍変更や性別適合手術をめぐる公的保険制度など解消していない問題もある。雇用の場ではまだまだ課題が多いと考えている。「性同一性障害」の名称は変更されるが,当事者の状況が急激に変化することはない。現状と課題を明確化することで当事者が精神的・身体的性別違和の苦しみを軽減・削減でき折り合いのつけられる生活を送れることを願っている。

性的マイノリティの子どもをめぐる諸課題

著者: 佐々木掌子

ページ範囲:P.1089 - P.1095

抄録 本稿では,「性的マイノリティかもしれない」と思う子どもたちが直面する課題の1つとして,アイデンティティ形成を取り上げる。自我同一性は,「私が私である」という本人の認識と「私は他者・社会によって承認されている」という認識の両方がそろって成立するもの12)とされるため,いかに学校や家庭が男女二分法・異性愛主義を取り払い,子どもが自由に試行錯誤を繰り返せるような鷹揚な環境を作れるかが要とされる。なお,アイデンティティ形成には,認知発達の成熟を待つ必要があり,さらに幼児期の性別違和が持続するケースが少ないという報告も相次いでいるため,早期に社会的性別移行をすることへの世界的な議論がわいている。目の前の子どもにはさまざまな発達の軌跡があることを念頭に「今のこの時点で性のあり方を固定化しない」視点を当事者,保護者など周囲の人々と共有していく働きかけが求められていると思われる。

精神科臨床のさまざまな場面における性的マイノリティ

著者: 林直樹

ページ範囲:P.1096 - P.1102

抄録 この10数年,さまざまな形で性的マイノリティ(LGBTQ+)の人たちを目にするようになった。自治体による「同性パートナーシップ」制度の広がりや海外での同性婚の法制化,学校での性的マイノリティの児童・生徒への対応の変化,あるいはマスメディアやSNSなどを通じてより等身大の性的マイノリティの姿が伝わるようになったことなどが背景にあるが,それに伴い一般の精神科医療・心理臨床などの現場にも,すでに多くの性的マイノリティが援助を求めて,現れてきている。筆者はこれまで性的マイノリティを対象とした電話相談と診療所,そして都市部にある一般の精神科病院などで,性的マイノリティの人と出会い,治療や支援をしてきた。それらの経験から,性的マイノリティの支援にかかわる時に,心にとどめておいたほうがよいことなどを,ケースを通して提示した。

ジェンダーの脳科学

著者: 康純

ページ範囲:P.1103 - P.1110

抄録 脳の性差に関して最初に提唱されたのはその大きさである。直感的に分かるように男性の脳が大きい。しかし,人間より大きな脳を持つ動物が存在するため大きければ能力が高いとはいえない。19世紀から重さや,さまざまな領域,fMRIを使った脳の活動などの研究で脳の男女差を示してきたが,現在までの知見では,男女で有意差のある部分でも男女で重なり合う領域が多いというものである。また,脳はホルモンやストレスによってその構造が変化し,変化は男女によって違いがあり,男性的な特徴が女性的な特徴に変化したり,男女に二分化できないような変化を生じることも報告されている。さらに,最新の研究としては,男女で有意差のある部分を個々の人の脳に当てはめると男性的な部分と女性的な部分が全体としてモザイクになっているという説が提唱されている。

国際診断基準における性別違和・性別不合

著者: 針間克己

ページ範囲:P.1111 - P.1117

抄録 LGBTはかつて,精神医学からは病理的に捉えられていた。同性愛は,その後脱病理化された。性同一性障害に対しても,脱病理化の議論が起きた。DSM-5では,「性別違和」として,精神疾患のリストに残った。ICD-11では,精神疾患の章から,新たな章へと独立し,精神疾患としてみなされなくなった。精神医学は,多様なセクシュアリティを尊重する理解へと変化している。

日本精神神経学会「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」について

著者: 松本洋輔

ページ範囲:P.1118 - P.1126

抄録 日本精神神経学会「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」は,性別違和を持つ人に対する身体的治療を行う医療機関で標準的に使われている。策定された理由に性別適合手術の違法性を阻却することが含まれていたため,比較的厳密に運用される傾向にある。複数診療科によるチーム医療の実施を一貫して求める一方,臨床の実際や社会的な状況に応じて柔軟に改訂されてきている。2018年4月からガイドラインに沿って行われた性別適合手術は保険診療化されることになった。保険診療化にあたってGID学会認定医が医療チームの中心となることが求められており,ガイドラインに日本精神神経学会以外の学会が認定する医師について記載されるようになった。2019年に採択されたICD-11で性同一性障害はgender incongruenceと改称され精神疾患のカテゴリーから外れることになったこともあり,精神科医の役割は依然として重要であるものの,ガイドラインの策定は他の学会との共同で行うことが望ましい状況となっている。

精神科における性同一性障害/性別違和の診断とかかわり

著者: 織田裕行 ,   松岩七虹 ,   山田妃沙子

ページ範囲:P.1127 - P.1133

抄録 1998年に埼玉医科大学総合医療センターで性別適合手術が行われてから四半世紀が経とうとしている。筆者は1999年に性別違和の医療に携わる機会を得た。これまでの間に,この領域の医療を取り巻く環境にさまざまな変化があった。「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」の改訂,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の施行,GID学会認定医制度の創設と手術療法の保険適用などである。
 本稿では,これらの変化をふまえながら精神科医の果たす役割について,診断と鑑別,かかわり,ガイドラインに沿った構造の設計,期待されていること,について述べた。
 少しずつではあるがこの領域の医療に携わる医師が増え,医療チームが誕生している。しかし,ジェンダー外来を受診するために遠くの医療施設まで通院することを余儀なくされている状況は今も解消されたとは言い難い。今後は新たに携わる方々に向けたコースや,より専門的なコースを設定するなど,研修会の質と開催回数の両面において改善が期待されている。

性別不合のホルモン療法

著者: 中塚幹也

ページ範囲:P.1135 - P.1141

抄録 トランス女性ではエストロゲン製剤が使用され,陰茎の勃起抑制,乳房の腫大などの体型の女性化などがみられるが,ひげの減少や声の高音化は限定的であるため脱毛やボイストレーニングが行われる。トランス男性ではアンドロゲン製剤が使用され,月経は停止,ひげや体毛は増加,身体は筋肉質となり,陰核は腫大し,声は低音となるが,乳房の縮小は限定的であるため乳房切除術が行われる。
 不可逆的効果や副作用もあるため,ジェンダークリニックなどでの適切な診断後,血液検査などによりホルモン療法の可否を確認してから開始する。また,血栓症などの副作用の予防のため,喫煙者には禁煙,肥満者には体重管理を指導する。
 思春期に性別違和感が増強する場合には,GnRHアゴニストなどによる二次性徴抑制療法が行われる。専門的な観察を続け,性別不合の診断が確定されれば,エストロゲン製剤,アンドロゲン製剤の投与に移行する。

性同一性障害/性別違和の外科治療(性別適合手術)

著者: 難波祐三郎

ページ範囲:P.1142 - P.1148

抄録 性同一性障害/性別違和(GID/GD)に対する性別適合手術(SRS)は,疾患に対する根治性を考慮すると緩和外科治療といえる。それでも乳房切除術を行った自験例でのアンケート調査では,術前後で,うつ症状,性別違和,QOLのスケールで明らかな改善を認めた。WHOのICD-11ではGIDは精神科疾患から除外された。しかし,SRSを行う上で最も重要なことはGID/GDの診断確定であり,性別違和を生じる他の精神疾患を除外する必要があるため,精神科医の介入は必須である。「特例法」によりSRSが法的にも正式な治療法であると認められたが,断種手術を強制するものであると国内外から手術要件排除の声が上がっている。また2018年には乳房切除術を含むSRSの保険適用が認められたが,混合診療の問題が発覚した。このようにGID/GDに対するSRSには現在もいくつかの問題が残されている。

性的マイノリティに関する法政策の現状と課題

著者: 谷口洋幸

ページ範囲:P.1149 - P.1155

抄録 性的マイノリティに関連する世界の法政策を比較すると,他国に比べて日本における法整備の進展が遅いことは否めない事実である。性別記載の変更については,2003年のいわゆる性同一性障害者特例法の制定により一定の解決は図られているものの,性自認の尊重という基本理念から再検討の余地がある。同性同士のパートナー関係の法的保障については,自治体によるパートナーシップ認定制度の広がりや,法的保障の不備に関する2021年の札幌地裁による違憲判断などの進展はみられるが,国レベルの議論は遅々として進んでいない。また,性的指向・性自認に基づく差別の解消について,2021年のLGBT理解増進法案の頓挫は記憶に新しく,各省庁や自治体における継続的で地道な取り組みに期待が寄せられているところである。

性別不合への精神分析学的アプローチ

著者: 及川卓

ページ範囲:P.1156 - P.1163

抄録 本論文の目的は,フロイトの古典的発想に導かれたものとはいえ,1950年代に,早くも生物学的「性」(sex)とは異なる心理・社会的「性別」(gender)研究と臨床に取り組んだ,米国の精神分析医Stoller RJの実証的・客観的ジェンダー研究を指針として,これまで「性別不合」(性別同一性障害/性別障害/性別異和)に対して,約半世紀にわたり,精神分析的精神療法の立場から臨床的な関与と支援を行ってきた私の臨床経験を総括したものである。とりわけ精神医学的診察・診療とは異なる精神分析学的アプローチを,次の2点に絞り紹介した。それらは,「ジェンダーを交差させるような転移-逆転移」(cross-gender transference=counter transference)と「相互主体的なジェンダー状況」(psychoanalytic intersubjective gender situation)の視点である。

精神医学・医療における「性の問題」—「ジェンダー」と「ダイバーシティ」,そして差別・偏見

著者: 山内俊雄

ページ範囲:P.1165 - P.1172

抄録 精神医学は「性の問題」に不慣れであった。長い間,性対象や性行為のあり方について,あるべき姿を想定して正常か異常かを判断し,異常の原因を“精神病質あるいは精神病質人格”として捉えてきた。このような流れにインパクトを与えたのが「同性愛」であり,「性同一性障害」であった。そこから“ジェンダー”という視点が生まれ,“性のあり方の多様性”という発想へと発展したといえよう。
 そのような一連の流れの中で,精神医学もまた,“ダイバーシティ”という捉え方にどう向き合うかという課題に直面しており,このような問題を正しく受け止め対処することは,長い間,誤解と偏見に悩まされてきた精神を病む人たちにどう向き合うかという課題にも通じるものがあろう。

短報

COVID-19感染を契機に急性一過性精神病性障害を発症し,自殺企図し措置入院した1例

著者: 黒岩創 ,   福田陽明 ,   三角純子 ,   阪下健太郎 ,   正木秀和

ページ範囲:P.1173 - P.1177

抄録 COVID-19流行下において,精神科既往歴のない若年男性が,COVID-19を発症した。自宅療養中に病状悪化への強い不安などを誘引に急性一過性精神病性障害を発症し,希死念慮から自殺企図を行い措置入院に至った症例を経験した。COVID-19による肺炎が認められたものの,身体症状の改善に伴い精神症状も急速に改善を認めた。COVID-19の患者の中には,感染を契機に重大な精神症状を発現する患者が存在するため,経過観察期間には精神科的な評価と適切な介入が求められる。

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奥付

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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