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雑誌目次

論文

精神医学64巻9号

2022年09月発行

雑誌目次

特集 学校で精神疾患を「自分のこと」として教育する

特集にあたって

著者: 福田正人

ページ範囲:P.1187 - P.1188

 学習指導要領が改訂され,2022年度から高校の保健体育において精神疾患についての教育が始まった。ユース世代にとって最も重要な健康がメンタルヘルスであることを踏まえた前進である。半世紀前には,教科書においてさえ精神疾患について誤解と偏見に基づく記載があったが,社会は学校教育がメンタルヘルスの現状に追いつくことを求めている。
 がんや生活習慣病と比べて,精神疾患についての学校教育には大きな特徴がある。それは,教育を受ける生徒や同級生が精神疾患を持つ場合があることである。いずれ関係するかもしれない病気として知識を提供するだけでなく,「今の自分や友達のこと」として実践に結びついた教育が必要となる。

学校における精神疾患教育の意義

著者: 鈴木道雄

ページ範囲:P.1189 - P.1196

抄録 わが国における精神疾患の生涯有病率は約20%と報告されている。その多くが若年(小児期から思春期を中心)に発症する。精神疾患の症状の始まりから治療開始までの未治療期間が長いと回復が困難になるので,若年者における早期発見・早期治療が重要である。しかしながら,若者は自らの精神疾患を自覚しにくく,たとえ気づいても援助希求行動を取らないことが少なくない。2018年に告示された新しい学習指導要領では,高等学校における保健体育教育に,1970年代から排除されていた精神疾患に関する内容が含まれることになり,2022年度入学生から実施のスタートを切ったところである。学校における精神疾患教育の充実により,若者のメンタルヘルスリテラシーが向上し,精神疾患の早期発見と早期治療・支援の促進および精神疾患へのスティグマの低減が実現することが期待される。

教科書における精神疾患に関する記載の変遷—1950〜2002年までの保健体育の教科書にみる記載とメンタルヘルスリテラシー教育

著者: 吉岡久美子 ,   中根允文

ページ範囲:P.1197 - P.1206

抄録 本論文では,1950年から2002年までの教科書における精神疾患に関する記載の変遷について紹介し,メンタルヘルスリテラシー研究の示唆も踏まえて検討した。その結果(1)昭和25(1950)〜40(1965)年に入るまでは,精神疾患に関する記載として,精神障害(者)は理解し難い言動をとったり問題行動をとる人のように記載されていたこと,社会との関連として,優生手術の対象となるような記載がきわめて多くみられたこと,(2)昭和50(1975)年代に入ると記載内容が大きく変わるが,1980年代以降になると精神疾患にかかわる記載が消失していたこと,(3)メンタルヘルスリテラシー研究からの示唆として,精神疾患に関する正しい知識と適切な理解,そして態度と行動を身につける上で学校教育が果たす役割が大きいことについてまとめた。

高校における精神疾患授業のあり方—日本学校保健会による精神疾患に関する指導参考資料の紹介

著者: 小塩靖崇

ページ範囲:P.1207 - P.1214

抄録 高等学校保健体育の新学習指導要領に「精神疾患の予防と回復」の項目が加わり,公教育を受けるすべての高校生が精神疾患について学ぶ機会を得た。「精神疾患に関する指導参考資料」は,各学校で新学習指導要領に基づいた学習を進めることができるように作られた。本稿では,精神疾患に関する指導参考資料の紹介を通じて,学校教育における「精神疾患の予防と回復」の学習の目的とその具体的な内容を述べた。学校での学習をきっかけに,高校生が精神疾患に関心を持ち,生徒自身,家族・友人の精神疾患に関する課題に気づき,適切な対処行動をとれること,また手を差し伸べられるような態度や行動が望まれる。今般の教育改革を機に,地域精神保健医療の中でどのような対応ができるのかを含め,地域全体での周囲環境の整備が求められる。

こころの健康出前授業と,授業教材の作成

著者: 金田渉 ,   森島遼 ,   岡田直大

ページ範囲:P.1215 - P.1223

抄録 思春期(AYA期)の精神的健康や,学校での精神保健教育への関心の高まりと並行して,筆者らは「こころの健康出前授業(出前授業)」を実施してきた。また,学校教諭や保護者と共同して,保健体育副読本などの授業教材を作成してきた。
 本稿ははじめに,AYA期の精神的健康の意義,および本邦の精神保健教育の現状を概説する。次いで,出前授業や授業教材の内容を,作成の背景や実践の具体的な様子を交えて紹介する。最後に,精神保健教育の効果検証や,望ましい精神保健教育のあり方など,学校精神保健における今後の課題の抽出を試みる。

アットリスク支援の視点からみた学校精神疾患教育

著者: 桂雅宏

ページ範囲:P.1225 - P.1232

抄録 多くの精神疾患は人生の早期に始まるが,治療開始は遅れやすく,それが若者のQOLや予後に悪影響を及ぼす。そのため,精神疾患の早期発見・介入は若者を主な対象として発展してきた。当然,学校教育においてもノウハウの活用が期待される。とりわけ,この領域を牽引してきたアットリスク研究はエビデンスが豊富で,精神疾患の予防を理解するのに有用な枠組みを提供してくれる。しかし,その概念や活用法を理解するのは容易であるとは言い難く,学校教育にそのままの形で落とし込むことは困難で,誤用されないための注意も必要である。学校教育においては,精神疾患を予防し,発症後も未治療期間を長期化させないために,主だった精神疾患に対するリテラシーを高めること,専門家や医療機関への相談の障壁をなくすこと,スティグマ形成を予防すること,精神疾患全般に対する非特異的な効果が望める心理・環境要因,生活習慣などの改善を促進することが重要であると考えられる。

英国における中高生に対する精神保健教育

著者: 吉村優作

ページ範囲:P.1233 - P.1241

抄録 思春期・青年期は誰しもが不安,感情の揺れを呈しやすい時期であり,精神疾患の好発年齢でもある。しかし,不調を抱えた際にも適切なタイミングで援助希求が行われない場合は多い。こうした援助希求の遅れの背景に心の健康に関する正しい知識の不足があるとされる。学校教育の場は正しい知識や考え方を育むのに最適な場であり,英国などの西欧諸国では,学校で精神保健教育が行われてきた歴史がある。英国では精神保健教育が2020年9月より義務化され,より重要視される流れにある。英国では,学校での精神保健教育はwhole-school approachの一環として行われ,教職員や保護者も含めた学校環境全体への介入,学外の支援機関と連携し進めることが推奨されている。また,精神疾患へのスティグマを軽減するために「精神疾患は他人事ではなく,誰もがなる可能性がある」というメッセージ,「心の健康に関し皆でオープンに話し合える」環境作りが重視されている。

教育現場に赴いて

著者: 宇田川健

ページ範囲:P.1243 - P.1250

抄録 学校における精神保健教育の対象は子どもだけではなく,教育の場にいる大人も含めた全員であることを経験から述べる。当事者参画により教育現場全体への精神保健教育ができることを述べる。
 トークニズムとは何かを述べ,精神疾患の教育における当事者参画の意義について述べる。当事者参画の文化が熟成していない現実を経験から述べ,精神疾患の教育においてどんな提案があるか,またその提案の問題点も述べる。

学校における精神疾患教育に家族が望むこと

著者: 岡田久実子

ページ範囲:P.1251 - P.1257

抄録 精神障害者家族会の20年来の希望でもあった学校教育における精神疾患教育が,高校保健体育の授業の一環として始まった。なぜ,私たちが学校教育において精神疾患教育が必要だと考えるのか…,それは,多くの家族が何の知識も情報もなく家人の精神疾患の発症という体験をしたことから,事前に精神疾患の知識をもっていたら…,という後悔ともいえる思いを抱いているからである。新型コロナウイルス感染症パンデミックにより,メンタルヘルスはまさに国民的課題であることを改めて突き付けられている。精神疾患について適切に学び,精神疾患を他人ごとではなく自分自身にも関係のある身近な病気として捉え,抵抗なく話題にしたり,困った時には躊躇せずにSOSを出すことができる社会を願って,これからの学校教育における精神疾患教育について考察する。

学校における精神疾患教育にきょうだいが望むこと—兄弟姉妹の立場から

著者: 木村諭志

ページ範囲:P.1259 - P.1266

抄録 学校における精神疾患教育にきょうだいが望むことは,精神疾患を持つ当事者や家族を孤立させず,既に孤独に陥っている当事者や家族を救済することである。特にきょうだいは,思春期が精神疾患の好発時期であり,同世代を生きるきょうだいは生涯を通して病気のきょうだいとかかわることになる。社会のスティグマ(差別や偏見)ときょうだい自身が抱くセルフスティグマ(自分への偏見)の解消がなければ,きょうだいはその後の人生においても孤独を抱える。思春期の生徒が,学校における精神疾患教育を通して自らのことのように考えられること,そこに携わる学校関係者がSOSを出せないきょうだいに気づく力を得ることで,きょうだいが社会とつながり続けることができる。子どもの時からの孤独は,人生に大きな影響を与える。同世代を生きるきょうだいが,人生の選択肢を失わず,きょうだいの人生を歩めるよう教育していく必要がある。

学校における精神疾患教育に養護教諭が望むこと

著者: 吉田真弓

ページ範囲:P.1267 - P.1273

抄録 保健室を訪れる子どもたちは,体調不良の背後に心の問題を抱えているケースが多い。特に中高生は精神疾患発症の好発年齢に該当すること,心身ともに発達途中であること,などから適切な見立てが難しい。養護教諭に精神保健の知識が必要なことはもちろんだが,子どもたち自身も精神保健に関する基礎知識を身につけることの必要性を感じる。ただ,教科「保健」で一律に精神疾患について学ぶ際には,個人の置かれた状況によって受け止め方がさまざまになることに配慮しなければならない。また今後は,医療や保健所など専門職との連携がより必要となってくるだろう。養護教諭が専門職と学校をつなぐHUBとなっていくことが望ましいと考える。授業をする教諭に必要な情報を提供し,生徒にとってよりよい学びとなるような連携をしていきたい。

教師と精神科医で創る「心の授業」—教育医療連携による児童生徒のメンタルヘルス支援の実践報告

著者: 藤平和吉 ,   福田正人

ページ範囲:P.1275 - P.1283

抄録 教師と精神科医の連携による「子どもたちのメンタルヘルス支援」の実践活動を報告する。教師の問題意識に精神科医が応じる形で連携が始まり,精神心理学的知見の共有が学校教育現場に波及した。精神心理学な理解の向上と事例対応能力の向上は,教師のメンタルヘルス支援にも寄与し,医療機関の受診トリアージにも好影響を与えた。教師と精神科医が協同して創る「心を題材にした授業」の取り組みは,精神科の日常診療のエッセンスを学校教育に応用した「教科書の教育のその先」を見据えた実験的な試みで,児童生徒のさまざまな気づきを促した。教育医療連携で果たすべき精神科医の役割は,学校からの期待に「どう応じるか」であり,児童生徒と学校教職員の「自己存在」への支援が重要と考えられた。

短報

脳葉・深部(混合型)脳卒中と多発性微小出血を認めた脳小血管病—脳小血管病による多彩な臨床症状と脳画像所見の検討:1症例報告

著者: 林眞弘 ,   小林克治

ページ範囲:P.1285 - P.1295

抄録 今回,脳小血管病(cerebral small vessel disease:CSVD)による多彩な臨床症状を呈した60代男性症例を報告した。本例は繰り返す脳卒中と頻回なてんかん発作を呈し,次第に認知・運動機能障害や精神症状が顕著となった。近年CSVDの特徴的所見の1つである脳微小出血(cerebral microbleed:MB)は,一定数の出現と認知機能障害,脳卒中などの臨床症状との関連が指摘されている。本例は当初より多数のMBを認め,その後のMB拡大・増大と連動する形で脳卒中やてんかん発作を繰り返し血管性認知症に至った。MBはCSVDの症状・経過の把握・予見につながる重要なバイオマーカーと思われる。

書評

—千葉一裕 監修 堀内圭輔 著—医学英語論文 手トリ足トリ—いまさら聞けない論文の書きかた

著者: 齋藤琢

ページ範囲:P.1296 - P.1297

 このたび僭越ながら,『医学英語論文 手トリ足トリ いまさら聞けない論文の書きかた』(堀内圭輔先生 著)の書評を書く機会をいただいた。著者は慶大のご出身であり,慶大整形外科で活躍されたのち,現在は防衛医大と慶大の両方で後進の指導にあたっておられる。著者は留学先でADAM17など細胞外ドメインの切断プロテアーゼを研究し,帰国後も素晴らしい分子生物学研究をされていた。私はポスドクの頃に骨格形成や関節疾患においてNotchシグナルを扱っていたが,NotchとADAMの関係が深いことから,著者から遺伝子改変マウスをご供与いただき,さまざまなご指導をいただきながら共同研究を進める幸運に恵まれた。整形外科で分子生物学をたしなむ人は非常に限られている。著者は私より4学年先輩であり,整形外科医でありながら分子生物学に精通し,精力的に研究を続けておられる姿は,所属する医局こそ違えど常に励みであった。
 英語論文の執筆に関する本は数(あま)多(た)出版されているが,本書は単なるハウツー本ではない。もちろん論文の構成に関して第Ⅲ章で十分に説明されており,ここを読むだけでも論文とは何かが明確に理解でき,初めての人でも論文を書こうという気になるだろう。第Ⅱ章の様式に関する知識も秀逸である。たかが様式と思う若手もいるかもしれないが,私も査読をしていて,優れた研究内容がいい加減な様式で叙述された例をみたことはない。第Ⅳ章ではFigureの作成,画像データやReplicationの考え方が記載されているが,誰もが抱く疑問を取り入れつつ,非常にわかりやすく記載されている。

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目次

ページ範囲:P. - P.

次号予告

ページ範囲:P.1298 - P.1298

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.1299 - P.1299

奥付

ページ範囲:P.1304 - P.1304

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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