icon fsr

雑誌目次

論文

精神医学65巻1号

2023年01月発行

雑誌目次

特集 精神医学における臨床研究のすゝめ—わが国で行われたさまざまな精神医学臨床研究を参考にして

特集にあたって

著者: 數井裕光

ページ範囲:P.3 - P.3

 悩める患者さんに,よりよい医療を提供するために,研究活動が行われ,現在は常識となっている知見や治療法が確立されてきた。そして我々はこのような知見や治療法を学び,またこれらをまとめた診療ガイドラインなどを活用して日常診療を行っている。このような先人から後進への知の伝承活動は今後も継続する必要がある。しかし近年,研究活動に参画する若手医師が減っており,今後のわが国の精神医学の発展が危惧されている。そこで若手医師に研究活動に興味を持ってもらいたいという願いを込めて,さまざまな形式の精神医学研究活動を採り上げ,それぞれを実践されたわが国の研究者の方々に執筆をお願いする特集を考えた。その際,研究内容にとどまらず,どのように発想したか,どのように計画したか,またデータの収集と解析はどのように行ったのか,論文執筆や論文投稿の際にどのようなことに留意したかなどについても触れていただきたいと思った。さらに研究を通して得られた喜びや達成感,反響などについて,逆に苦労したことなどについても盛り込んでいただこうと考えた。本誌編集会議にて,若手医師が研究する際に重要となる,研究倫理のミニマムエッセンスと現在,非常に重要となっている研究成果を日常臨床に実装させるポイントについて,最初と最後に配置してはどうかとの助言をいただいた。その結果,非常に多彩であり,かつまとまった構成になったと思っている。
 臨床研究の最前線で活躍されている医師は,診療場面でも最前線で活躍しており多忙である。そのような先生方に寄稿いただき心から感謝申し上げる。どの原稿も,臨場感あふれ,ワクワクする内容で,他に類を見ない本当に素晴らしい特集になったと思っている。是非とも多くの若い精神科医に読んでいただき,臨床研究に興味を持ってもらえたり,憧れたりしていただけたら幸いである。

研究倫理面のミニマムエッセンス

著者: 藤原雅樹 ,   稲垣正俊

ページ範囲:P.5 - P.10

抄録
 症例報告や医学研究などの学術活動は,少なくとも定められた研究倫理の指針等を遵守し,倫理的に十分配慮して行う必要がある。近年,臨床研究法の施行,個人情報保護法の改正,人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針の施行とその後の一部改正など,学術活動にかかわる法や指針等が毎年のように更新された。これらを遵守して学術活動を行うためには,知識のアップデートを続ける必要がある。細かな規則の理解も必要であるが,その前提として背景にある研究倫理の原則,理念の理解が肝要である。

症例報告のポイント:臨床神経病理学的研究

著者: 入谷修司

ページ範囲:P.11 - P.20

抄録
 臨床神経病理学的研究は,個々の患者の症例の臨床所見と病理所見の報告の積み重ねによってその病態を理解し,最終的には臨床技量を向上させる研究手段である。その症例蓄積の結果として,疾患単位や診断基準が提唱され,それらが揺るぎのない確たる医学的進歩をもたらした。臨床と病理が両輪として医学の進歩に貢献したことは,アルツハイマー病やレビー小体病の疾患単位が見出された経緯を振り返ればわかる。病理学的な症例報告のポイントは,最初に丁寧な臨床観察がスタートであり,そこから,目の前の患者の脳にどのようなことが起きているかを想起することが重要である。その上で,既報を渉猟し共通項と相違点を整理し,最終的に病理において診断学的検証を行い,新しい知見を見出すのが臨床神経病理学の醍醐味である。症例報告のポイントはまさにこの興味を臨床場面で持ち続けることである。

症例報告のポイント:希少疾患研究—ウィリアムズ症候群

著者: 木村亮

ページ範囲:P.21 - P.29

抄録
 近年,遺伝的な背景が明確な希少疾患の精神症状の研究を通じて,精神疾患の病態解明を目指す研究が行われつつある。ウィリアムズ症候群(Williams syndrome;OMIM#194050)は,2本ある7番染色体のうち,25〜27個の遺伝子を含む片側の一部分(7q11.23領域)が欠失することによって生じる疾患である。その発症頻度は約1万人に1人で,妖精様と称される特徴的な顔貌,心血管の異常,精神発達の遅れ,視覚認知障害などさまざまな症状がみられる。特に,カクテルパーティー様と言われる高い社交性は特徴的で,多弁・陽気で,見知らぬ人にでも気後れなく近づく傾向がみられる。その症状は,自閉スペクトラム症と真逆であることから,社会性の機序解明の観点から近年注目を集めている。本稿では,このウィリアムズ症候群について私たちが進めてきた研究を紹介したい。

家系例研究のポイント—ベッドサイドからの精神疾患の遺伝子解析

著者: 中村雅之

ページ範囲:P.31 - P.36

抄録
 精神疾患は遺伝学的にも症候学的にも不均一な集団であり,遺伝子解析の際には大きな障壁となっている。精神疾患の遺伝子解析と聞いた時に,何千,何万というサンプルの集積を要する国際的な大規模共同研究や不鮮明な解析結果を思い浮かべる臨床家や研究者も少なくないと思われる。実際に,精神疾患のリスク遺伝子を求める研究においては,確かな結果を導くために非常に多くのサンプル数が必要とされ,結果として得られたリスク遺伝子多型の一つひとつについては,疾患に与える効果量が小さいものがほとんどであった。国際的な大規模共同研究に参画して貢献度の高い結果を導くことは魅力的である反面,これから研究を始める若手にとっては実際に研究に手を付けるという意味ではハードルが高く感じられるであろう。本稿で述べる遺伝子解析は,多くの臨床家が日常臨床のベッドサイドで遭遇しているであろう,精神疾患の家系例を用いた解析である。対象を臨床的に絞り込めば,たとえ一家系であっても,効果量の高い病因遺伝子にたどり着ける可能性があり,日常臨床とも深く結びつき,若手医師が研究に参画する際に非常に魅力的な分野と考えている。

後方視的研究のポイント:症例対照研究

著者: 森下千尋

ページ範囲:P.37 - P.45

抄録
 症例対照研究は,既にアウトカム(例:疾患)が発生しているケースと発生していないコントロールに対して,過去にさかのぼって特定の曝露因子を有する割合を比較し,因果関係を検討するという研究デザインである。比較的コストが少なく済むという利点があり,若手が最初に実施しやすい研究デザインの1つであるが,後方視的研究の1つであり測定バイアス(アウトカム発生の有無や曝露因子の有無の評価におけるバイアス)や選択バイアス(症例と対照の選び方におけるバイアス)といったバイアスが入り込みやすいという欠点がある。症例対照研究実施にあたっては,これらのバイアスが結果に影響する可能性について慎重に検討し,綿密に研究計画を立て,より正確なデータを収集し,そのデータに適切な統計解析を行うことが肝要である。今後質の高い症例対照研究が積み重ねられることが望まれる。

後方視的観察研究のポイント:連続症例研究

著者: 井藤佳恵

ページ範囲:P.47 - P.54

抄録
 後方視的観察研究の最大のデメリットは,データ収集の段階で研究がデザインされていないことである。そのため,必要な項目が抜けていたり,臨床データの場合は担当医によって収集されたデータの質・量ともに不均一ということが往々にしてある。また,長期間のデータを扱う場合,研究期間中に診断基準が変わっていたり,診療科の運営方針が変わって患者背景が不均一になることもあるだろう。
 一方,後方視的観察研究の大きなメリットは,すでに蓄積されているデータを解析するため,効率がよいことである。また,研究フィールドやコホートを維持するための費用がかからない。研究予算の確保は常に大きな課題であり,低予算で実施可能であることは,後方視的研究の非常に大きなメリットと考えられる。

前向きコホート研究実践の道しるべ

著者: 松岡豊

ページ範囲:P.55 - P.61

抄録
 一般住民コホートを利活用して,魚介類・n-3系脂肪酸摂取とうつ病との関連を縦断的に調べた前向きコホート研究論文を紹介する。前向きコホート研究は曝露が一定期間後のアウトカムに与える影響を明らかにできる観察研究である。研究発想に至った経緯,研究計画からデータ解析,論文執筆や投稿雑誌選定の裏側,研究費獲得の必要性,論文発表後の予想していなかったご褒美など,筆者自身の経験に基づき紹介した。テーマは何であれ,自分が関心を持っていることを大切にして,その探求を怠らず,人と接する機会を増やし,耳を傾けて何でも吸収する姿勢を持ち続けていれば,チャンスが到来することがある。本稿が,読者の行動を変化させるきっかけになれば幸いである。

海外の検査の日本語版作成研究のポイント—統合失調症認知機能簡易評価尺度(BACS)およびMATRICSコンセンサス認知機能評価バッテリー(MCCB)の日本語版開発

著者: 兼田康宏

ページ範囲:P.63 - P.70

抄録
 統合失調症認知機能簡易評価尺度(BACS)およびMATRICSコンセンサス認知機能評価バッテリー(MCCB)の日本語版開発の経験を通じて,海外の検査の日本語版作成研究のポイントについて述べる。通常の手順に従い,1)原著者から日本語版を作成する許可を得る,2)日本語訳を作成する,3)信頼性および妥当性を検討する,4)標準化を目指すのであるが,各段階において注意すべき点がいくつかあり,それらについても言及する。

医師主導ランダム化比較試験のポイント—自閉スペクトラム症中核症状に対する初の治療薬開発の試み

著者: 山末英典

ページ範囲:P.71 - P.78

抄録
 医師主導ランダム化比較試験は,最高レベルのエビデンスを提供する最も厳密にデザインされ実施される臨床研究と位置づけられる。筆者らは,オキシトシン経鼻薬を自閉スペクトラム症中核症状初の治療薬候補として,臨床症状に加えて,視線・表情・発話などの定量解析や脳機能画像指標を評価項目に,複数の自主臨床試験と医師主導治験を無作為割付二重盲検プラセボ対照デザインで行ってきた。そして,オキシトシン経鼻薬の有効性に加えて,症状評価方法の改良,治療効果発現の脳内メカニズム解明,個別化医療実現のための効果予測法の開発,治療効果の時系列変化,用量反応関係などについて多くの発見をし,『JAMA Psychiatry』,『Molecular Psychiatry』,『Brain』などの学術誌に繰り返し掲載される成果を得てきた。本稿では,これらの成果やその背景の取り組みについて簡単に紹介した。

システマティックレビューとメタアナリシスを用いた精神科薬物治療

著者: 岸太郎 ,   野村郁雄 ,   佐久間健二 ,   三治聖平 ,   寺田彬浩 ,   西山熙登 ,   正木百香 ,   岩田仲生

ページ範囲:P.79 - P.87

抄録
 現代の医療現場では,医師は科学的根拠に基づいた医療(evidence-based medicine:EBM)を実践することが求められている。特に精神科医療において,科学的根拠に基づいた精神科医療(evidence-based mental health:EBMH)が注目されており,個々の患者の病状や合併症,患者の価値観や社会的要因も取り入れ,患者とともに診療方針を決定することが求められている(shared decision making:SDM)。本稿では,最もエビデンスレベルが高い研究手法であるシステマティックレビューとメタアナリシスの意義や研究手順について述べ,具体的に2021年に私たちが報告したネットワークメタアナリシスの論文を用いて,連続変数および二値変数のアウトカムの見方を解説する。また,効果量や異質性などのメタアナリシスの結果を理解する上で必要な専門用語について解説する。

海外留学をきっかけにした研究の経験

著者: 品川俊一郎

ページ範囲:P.89 - P.94

抄録
 筆者の留学期間は2年弱と短いもので,客員研究員という立場でもあり,研究留学として決して十分なものとは言えない。しかし,だからこそ「普通の臨床医の研究留学日記」として,等身大に若手医師に届くことを期待して,本稿を記した。海外留学での研究の経験は,ほかでは得難い貴重な体験であり,実際的な意味でも,モチベーションの意味でも,現在の研究生活につながっている。若手医師にはぜひ海外留学を経験していただきたい。

診療・治療ガイドライン作成のポイント—『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』の経験から

著者: 稲田健

ページ範囲:P.95 - P.101

抄録
 現代の医療において必要不可欠となった診療ガイドラインの定義や作成方法については,日本医療機能評価機構Mindsが,ガイドライン作成の手引きを公表している。ガイドライン作成の手引きに従った診療ガイドラインとして,『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』があり,これは2015年に作成された初版の改訂版である。ガイドラインの作成においては,作成メンバーの選定,臨床疑問(clinical question:CQ)の設定,システマティックレビューとエビデンスの統合,推奨決定,ガイドライン本文の作成といった過程を経る。この工程の中で,システマティックレビューやメタ解析といった研究が成り立ちうる。さらに,統合失調症薬物治療ガイドラインでは,ガイドラインの普及活動「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究:Effectiveness of GUIdeline for Dissemination and Education in psychiatric treatment」(略称 EGUIDEプロジェクト)が行われており,多くの論文を公表している。

保険収載を目指す臨床研究のポイント—治療抵抗性うつ病に対する経頭蓋磁気刺激療法のエキスパートとしての経験を踏まえて

著者: 野田賀大

ページ範囲:P.103 - P.110

抄録
 治療抵抗性うつ病に対する経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation:TMS)療法は,過去四半世紀にわたる一連の広範な臨床研究を経て,現在欧米を中心に臨床現場においても幅広く使用されている。しかし,TMS療法を臨床的にどのように適応するべきかについての知識や経験は,精神科専門医の間でも大きなギャップがある。さらに,精神科分野では他診療科と異なり,画像診断や電気けいれん療法以外の場面では医療機器をほとんど使用しない診療科であることもあり,医療機器に関する薬事承認や保険収載にまつわることで普段頭を悩ませることもないのではないかと考えられる。これまでの精神科は十年一日のごとくであったが,今後は冒頭で述べたTMSをはじめとしたニューロモデュレーション技術が診断や治療戦略にとって重要な位置を占めてくる可能性が出てきた。そういった意味において,今後,特に医師研究者にとっては,さまざまな医療機器を駆使した新規医療技術開発は,精神医学や精神科医療の発展にとって,切っても切り離せない営みになってくる可能性が高い。本稿では,筆者が専門とするTMSニューロモデュレーション技術の進展と表裏一体である当該技術のレギュレーションに関するポイントについて,筆者自身がこれまで経験してきたことも踏まえ,概説したいと思う。

研究成果を日常臨床に実装させるポイント

著者: 藤原雅樹 ,   島津太一

ページ範囲:P.111 - P.118

抄録
 エビデンスに基づく介入(evidence-based intervention:EBI)が個々の介入研究で開発・検証され,個々の研究のエビデンスを統合して診療ガイドラインなどで推奨される健康関連サービスが提示されるようになった。しかしながら,受動的なアプローチだけではEBIが日常の診療やケアに取り入れられにくく,エビデンス・プラクティスギャップが課題となっている。明らかになったエビデンスを“どのように”すれば実装できるのか,すなわちち現場の日常診療やケアに取り入れられるのかという問いに答えるために,実装科学が新しい学問領域として体系化され,注目されている。本稿では,実装科学の手法に沿って,「どのようにすれば統合失調症患者にがん検診受診を届けられるか」という問いに対して進めてきた臨床研究を事例として紹介する。

ミニレビュー

腸内細菌叢の自閉スペクトラム症への影響—治療介入を中心に

著者: 三上克央 ,   渡邉己弦 ,   木本啓太郎 ,   栃尾巧 ,   赤間史明

ページ範囲:P.119 - P.129

抄録
 自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)の重症度にはさまざまな要因が関与しており,腸内細菌もその要因の1つと考えられている。ASD児は,臨床症状として,便秘や下痢,便秘と下痢を繰り返すなどの消化器症状を併存する頻度が高い。また,定型発達児と比べ特徴的な腸内細菌叢を認め,消化器症状はASDの中核症状と相関することが示唆されている。近年,治療介入として,プロバイオティクスやプレバイオティクス,さらには,腸管への便微生物叢移植が注目されている。ASDの腸内細菌叢への治療介入は,消化器症状とASD症状の緩和とそれらによる社会的機能障害の軽減をもたらす可能性がある。ただし現在のところ,ASDの腸内細菌叢への治療介入は,2重盲検プラセボ対照試験が乏しく,ASDの中核症状への治療法として推奨されてはいない。治療法として確立するかどうかは,今後の臨床研究による有効性と安全性の評価を待たねばならない。

学会告知板

第17回日本統合失調症学会

ページ範囲:P.29 - P.29

--------------------

目次

ページ範囲:P. - P.

次号予告

ページ範囲:P.130 - P.130

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.131 - P.131

奥付

ページ範囲:P.136 - P.136

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?