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雑誌目次

論文

精神医学65巻10号

2023年10月発行

雑誌目次

特集 DSM-5からDSM-5-TRへ—何が変わったのか

特集にあたって

著者: 鈴木道雄

ページ範囲:P.1337 - P.1337

 DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)のテキスト改訂版(text revision)であるDSM-5-TRが2022年に出版された。2013年にDSM-5が出版されてからの9年間における精神医学研究の知見を盛り込んだ改訂である。日本語訳は2023年6月に出版されている。テキスト改訂版の性質上,改訂の中心は各疾患についての詳しい説明(テキスト)の部分であり,診断分類や診断基準の変更などは基本的に行われていない。しかし,例外として,「心的外傷およびストレス因関連症群」に新たにprolonged grief disorder(遷延性悲嘆症)が追加され,「臨床的関与の対象となることのある他の状態」にsuicidal behavior(自殺行動)およびnonsuicidal self-injury(非自殺性自傷)のコードが追加された。また,他の多くの診断基準にも明確化のために小改訂がなされた。序文に書かれているように,各疾患のテキスト部分の改訂は広範囲に及んでおり,中でも「有病率」「危険要因と予後要因」「文化に関連する診断的事項」「性別に関連する診断的事項」「自殺念慮または自殺行動との関連」「併存症」の項目がアップデートされている。また,人種主義・差別の体験などの危険因子や,非差別的な用語を使用することに対して,適切な注意が払われるように配慮がなされている。

DSM-5からDSM-5-TRへ—その背景と動向

著者: 髙橋三郎

ページ範囲:P.1338 - P.1344

抄録
 DSM-Ⅱ(1968年)からDSM-Ⅲ(1980年)への改訂は一大転機であった。現代統計学の導入による,診断基準,多軸診断の採用は,大規模な症例研究を促して,以来,蓄積されたデータを基にした10年ごとの改訂が,DSM-Ⅳ(1994年),DSM-Ⅳ-TR(2000年),DSM-5(2013年),DSM-5-TR(2022年2月)と行われDSMは大きく成長した。すでにDSM-Ⅲ以来40年を経過しているが,わが国においてもようやく診断基準や診断信頼性を検討することが常識となっている。DSM-5の翻訳出版(2014年)から日本精神神経学会が標準的な訳語の検討を行い,積極的にICD-11に準拠する姿勢も生まれてきている。しかし,DSM-5-TRでは,診断基準など直接診断に関連する部分は15%に過ぎず,それよりも本文改訂の10項目「症状の発展と経過」「有病率」「危険要因と予後要因」「文化に関連する診断的事項」「性別に関連する診断的事項」「自殺念慮と自殺行動との関連」「疾患の機能的結果」「診断マーカー」「鑑別診断」「併存症」が日常の診療に役立つ有用な情報を記述している。いわゆるMini-Dだけを参考にしているのはもはや時代遅れである。また,DSM-5-TRでは精神科診療の課題の裾野を広げて,各地域,各個人の背景文化の違いにも精神科医はもっと関心を持つべきであり,たとえば,苦痛の文化的概念では同じ“うつ”と言ってもその人の文化的背景によって内容が異なることに注意すべきだと強調,これが誤診を避け治療の有効性を上げることに役立つと述べている。

神経発達症群—DSM-5からDSM-5-TRへの変更点

著者: 小川しおり ,   岡田俊

ページ範囲:P.1345 - P.1351

抄録
 本稿では主な神経発達症について,DSM-5-TRへの改訂で追加・修正された箇所を取り上げて,その意味合いについて考察する。
 精神障害の診断と統計マニュアル第5版テキスト改訂版(DSM-5-TR)は,DSM-5と同様,精神保健に対する生涯にわたるアプローチを特徴としている。小児期の病態を整理することで,それらが人生の様々な段階においても現れ続け,多くの障害に影響を及ぼす発達の連続性によって影響を受ける可能性があることを強調している。DSM-5-TRでは,DSM-5と同様に,どのような医学的な問題であっても,慎重かつ包括的な評価なしに診断されるべきではないことが強調された。DSMの基準の多くは,両親または子どもと定期的に接する他の人が症状を観察することを要求しているため,養育者はこのプロセスにおいて不可欠な役割を担っている。DSM-5-TRでは,既存の基準がより正確な記述に更新され,過去10年間の科学的進歩と臨床経験を反映している。
 神経発達症,特に知的発達症の併存がなく,社会適応が比較的良好なASDでは思春期から成人期になると特異的行動が曖昧になり特異度が低下する群があり,成人期の確かな診断と支援を行うためにも,特異的行動の発達過程を成人期まで追跡し,それを根拠に成人の診断が行われることが今後の改訂での課題であろう。

統合失調スペクトラム症及び他の精神症群—DSM-5からDSM-5-TRへの変更点

著者: 尾関祐二

ページ範囲:P.1353 - P.1357

抄録
 Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders(DSM)の改訂は精神医学における節目の1つとなってきた。本稿は「統合失調スペクトラム症及び他の精神症群」を担当するが,その範囲内で見た場合,本文の改訂は新たな情報提供および診断基準運用の明確化を目的とした部分が多い。さらに,文化や宗教などへの記載も増えており多様性の視点が強調され,一部現象の境界に関する記載が追加されている。こうした変更は診断基準の信頼性を高めることになるが,筆者を含め使用する立場としては,変更点を踏まえ信頼性の担保の一翼を担うよう診断基準を運用する必要を再認識させられる。

双極症及び関連症群—DSM-5からDSM-5-TRへの変更点

著者: 松尾幸治

ページ範囲:P.1358 - P.1363

抄録
 DSM-5からDSM-5-TR(以下,TR)となって,診断基準については大幅な変更はないものの,DSM-5の解説欄で曖昧な表現だった箇所が,新しいエビデンスや細かい解説が追加されたりして,より明確になった。TRで目立った変更点としては,双極症Ⅰ型の診断の抑うつエピソードについては触れられなくなったこと,解説で極性が追加されたこと,うつ病との鑑別がより詳しくなったこと,抗うつ薬による躁エピソードは双極症を疑うとする傾向が強まったこと,抗NMDA(N-methyl-D-aspartate)受容体脳炎に少し触れられていること,特定用語では双極症Ⅰ型,Ⅱ型,躁エピソード,抑うつエピソードと分けて記載を求めるようになり,より細分化されたこと,あたりだろう。

抑うつ症群—DSM-5からDSM-5-TRへの変更点

著者: 竹林実

ページ範囲:P.1364 - P.1369

抄録
 抑うつ症群は,悲しみあるいは易怒的な気分が存在し,その人の機能において,身体・認知が有意な変化を伴う疾患である。双極症に近いものから重篤気分調節症,うつ病,持続性抑うつ症,月経前不快気分障害,物質・医薬品誘発性抑うつ症,他の医学的状態による抑うつ症,他の特定される抑うつ症,特定不能の抑うつ症,特定用語に分けられており,変更はない。全体的には,有病率,遺伝率,環境要因,特に幼少時トラウマ・性別・差別に関する内容のアップデートが行われている。うつ病に関しては双極症の鑑別,他の医学的要因として膵臓がんが追加されている。さらに,うつ病の軽症エピソード,死別反応,身体疾患罹患による意気消沈,マタニティブルーなど,疾患と正常の境界に位置する用語について,注意が払われているのも大きな特徴と言える。

不安症群—DSM-5からDSM-5-TRへの変更点

著者: 塩入俊樹

ページ範囲:P.1370 - P.1375

抄録
 DSM-5-TR(2022年)の序文では,その主な改訂点を,①有病率,②危険要因と予後要因,③文化に関連する診断的事項,④性別に関連する診断的事項,⑤自殺念慮または自殺行動との関連,そして⑥併存症,の6項目としている。
 本稿では,分離不安症,場面緘黙,限局性恐怖症(SP),社交不安症,パニック症(PD),パニック発作,広場恐怖症,全般不安症(GAD)の8つの不安症群(ADs)を代表する疾患・特定用語の改訂点をまとめた。
 今回のADsの改訂で最重要ポイントは,章の初めに追記された以下の内容である。「不安をもつ人は,不安をもたない人に比べて,自殺念慮をもち,自殺を試み,自殺によって死亡する可能性が高いかもしれない。PD,GAD,SPは,自殺念慮から自殺企図への移行に最も強く関連するADsであると同定されている」
 DSM-5(2013年)から9年間で新たに得られた情報の質・量は各ADによって異なるものの,改訂内容は臨床上非常に有用であり,実臨床での応用を期待したい。

強迫症及び関連症群—DSM-5-TRで何が変わったか

著者: 松永寿人 ,   向井馨一郎

ページ範囲:P.1376 - P.1381

抄録
 DSM-5の改訂から10年が経ち,ここに新設された「強迫症及び関連症群(OCRD)」に関しても新たな知見の集積が進み,また臨床的に有用な情報に関するニーズが高まっている。これらを反映するため改訂されたDSM-5-TRにおいて,OCRDに新たに追記あるいは修正された事項を概説した。この中では,疫学データの改変に加え,自殺リスクや性差に関する記述が増し,この間になされた研究成果が示されている。さらに強迫症(OCD)における感覚現象や「巻き込み」症状の取り上げ,あるいは身体醜形症(BDD)の特定項目である筋肉醜形症に関してのより詳細な情報の追加など,臨床的有意性を高める工夫もなされている。ただOCRDに関する知見は,現時点でも決して十分とは言えず,例えば有効な治療法など今後さらに研究や臨床経験を重ねる中で,明らかにしていくべき課題がいまだ山積していることも明白である。

心的外傷及びストレス因関連症群

著者: 飛鳥井望

ページ範囲:P.1383 - P.1389

抄録
 DSM-5は,心的外傷後ストレス障害(PTSD)と急性ストレス障害を「不安障害群」から分離し,それに適応障害と子どもの反応性愛着障害および脱抑制型対人交流障害を加え,新カテゴリーの「心的外傷及びストレス因関連症群」として独立させた。DSM-5-TRにおいても本群に含まれる各病態の診断基準に特に変更点はない。またDSM-5-TRでは,DSM-5では試行的診断であった持続性複雑死別障害を,遷延性悲嘆として公式診断化し,本群に加えた。また,PTSD症状が部分的に6か月以上持続した場合に,他の特定される心的外傷関連症として新たに定義づけている。

解離症群—DSM-5-TRの変更点とその意義

著者: 金吉晴

ページ範囲:P.1390 - P.1394

抄録
 DSM-5-TRの解離症診断では,DSM-Ⅳ以降に強調されてきた心的外傷との関係がさらに明確に記載され,外傷性脳損傷と対比され,トラウマモデルが強調された。解離性同一性障害の解説では,歴史的に解離とは異なった文脈で研究されてきた離人症状としての体外離隔体験が含められた。解離性同一性障害に生じる幻覚妄想様体験の記述は詳しくなり,シュナイダーの一級症状との異同の詳しい紹介,統合失調症との鑑別の手引きが追加されたが,幻覚・妄想という用語が注意深く避けられていることはDSM-5と変わらない。DSM-5で用いられていた転換症状という用語は,鑑別診断における機能的神経学的症状症(変換症)の項目となった。解離性障害は要素的な精神機能の統合の喪失として定義されており,人格の一部が主たる人格との統合を失って自動症的に活動をするというシャルコーやジャネの定義は反映されていない。

身体症状症及び関連症群—心身二元論からの脱却

著者: 関口敦

ページ範囲:P.1395 - P.1399

抄録
 DSMの改訂は,精神医学の知識と理解が進歩するにつれて,その反映として行われてきた。「身体症状症及び関連症候群」の最近の改訂は,これらの変化を端的に示している。特に,DSM-ⅣからDSM-5への改訂では,「身体症状症」という新たなカテゴリーが作成され,それまで「身体表現性障害」「虚偽性障害」と称されていた疾患群が再定義された。DSM-5-TRでは「心因性」や「転換性障害」といった概念から離脱し,心身二元論からの脱却がより明確になった。この枠組みは,身体症状は単なる精神疾患の表現型との理解を超えて,身体的苦痛と精神的苦痛は密接に関連していることを認識し,身体症状の訴えが,意識的または意図的なものであるかを問わないという考え方に基づいている。
 本稿では,DSM-5-TRでの「身体症状症および関連症群」における改訂点について,身体科(心療内科)医としての視点も意識しながら,見解を述べる。

食行動症及び摂食症群—DSM-5-TRでの変更点

著者: 鈴木太

ページ範囲:P.1400 - P.1405

抄録
 米国精神医学会の診断基準はDSM-5-TRとして2022年に改訂された。DSM-5-TRにおける食行動症及び摂食症群の記述は,疫学的な研究,神経生物学的な研究の進展を背景として,いくらか変化した。このカテゴリの精神障害は臨床家によって見逃されていることが多いが,DSM-5-TRでは,異食症,反芻症,神経性やせ症,回避・制限性食物摂取症,神経性過食症,むちゃ食い症の有病率が新たに記載されて,これらが稀な状態ではないことが啓発され,その一方で,過剰診断や過小診断を防ぐための工夫がいくつか盛り込まれた。成人のBMIが19.0 kg/m2以上であるとき,児童や青年のBMIがその年齢におけるBMI中央値よりも大きいときに神経性やせ症の診断を除外するように明記されたことは変化の1つである。神経性やせ症に関するゲノムワイド研究や神経画像研究が紹介され,神経性やせ症,神経性過食症,むちゃ食い症における自殺関連行動の危険が強調されたことは摂食症と他の精神障害との関係を示唆している。

排泄症群—DSM-5からDSM-5-TRへの診断基準の変更点

著者: 呉宗憲

ページ範囲:P.1407 - P.1409

抄録
 排泄症群の章について,DSM-5からDSM-5-TRで定義,下位分類,構成に大きな変更は認めない。覚醒時の遺尿と睡眠時の遺尿(夜尿症)では,身体生理学的に病態を異にする部分があることが知られている。DSM-5-TRでは,主語を遺尿症から夜尿症に一部置き換えた上で,疫学・病態に関する具体的内容が盛り込まれた部分を認める。便秘と溢流性失禁を伴う遺糞についても,診断・除外のための診察・検査に関して,DSM-5-TRではより具体的な評価と意義について盛り込まれている。これは当該症候に関わる治療者に対し,身体的評価と介入の重要性が強調されたものと推察される。

DSM-5-TRにおける睡眠覚醒障害分類の特徴

著者: 本多真

ページ範囲:P.1410 - P.1415

抄録
 DSM-5-TRにおける睡眠覚醒障害分類は,国際標準の睡眠覚醒障害分類(ICSD-3,ICD-11)と異なり,包括的分類ではなく興味ある10疾患のみを対象とし,「不眠,過眠,寝ぼけ,リズム」という4症状に基づく伝統的分類法からも一部逸脱している問題がある。DSM-5-TRの改訂でも大枠の変更は皆無であった。一方で,睡眠医療非専門家を念頭に用語・概念の解説や病態生理・睡眠検査結果に基づく重症度判定の目安など,診断基準以外の解説は充実しており,DSM-5-TRでは用語解説コーナーが新設された。この診断体系で特筆されるのは,精神疾患,身体疾患,他の睡眠覚醒障害が伴う場合でも,「独立した医療上の留意を要する」重篤な症状がある場合(不眠障害,悪夢障害),「重症度や症状の特徴が精神疾患・身体疾患で予測される程度を超える」場合(過眠障害)には,独立して睡眠覚醒障害の診断ができる点である。併存症の概念を幅広くとることは1つの見識ではあるが,過剰診断リスクが懸念される。

性機能不全群,性別違和—DSM-5からDSM-5-TRへの変更点

著者: 康純

ページ範囲:P.1416 - P.1422

抄録
 DSM-5が2013年に発行されてから約10年を経て2022年にDSM-5-TRが発表された。DSM-ⅣからDSM-5までは約20年の間隔があり,診断基準自体を含めてかなり大きな変更がなされたが,今回はテキスト改訂版であり,診断基準自体に大きな変更はなされていない。しかし,性機能不全群と性別違和という性を扱う分野においては,性の多様性を精神医学の中でどう扱うのかという本質的な部分を含めて大きな変化があった。性機能不全群においては多様な性を表現する人たちの性機能の問題について言及するようになった。性別違和に関しては,ICD-11が診断名を性同一性障害から性別不合に変更して,精神疾患の枠組みから外すという非常に大きな変化があったことや,子どものデータが集積してきたことから,新しい用語や知見を反映するような変更が行われた。

秩序破壊的・衝動制御・素行症群—DSM-5からDSM-5-TRへの変更点

著者: 大原伸騎 ,   小松静香 ,   高橋秀俊

ページ範囲:P.1423 - P.1427

抄録
 秩序破壊的・衝動制御・素行症群は,情動や行動の自己制御の問題に関する状態を含む。具体的な障害としては,反抗挑発症,間欠爆発症,素行症,反社会性パーソナリティ症,放火症,窃盗症,「秩序破壊的・衝動制御・素行症群,他の特定される」および「秩序破壊的・衝動制御・素行症群,特定不能」である。一般の精神科診療では馴染みが少ないかもしれないが,児童精神科診療や司法精神医学では重要な障害が多い。
 DSM-5からDSM-5-TRへの変更点として,これらの障害のカテゴリー分類や診断基準に関してはほとんどない。各障害の補足解説において,「自殺念慮または自殺行動との関連」といった新たな追加項目や最近の疫学研究などの成果に基づく部分的な変更や追記がなされた。本稿では,これらの障害のうち,反抗挑発症,間欠爆発症,素行症の3つの障害を中心に,各障害の概要と補足解説の主な変更点を概説する。

物質関連症及び嗜癖症群—DSM-5-TRでの変更点

著者: 宮田久嗣

ページ範囲:P.1428 - P.1432

抄録
 「物質関連症及び嗜癖症群」では,DSM-5において,物質依存症に代わって物質使用症が新たに診断名として採用され,また,行動嗜癖症のギャンブル行動症が初めてこの疾病カテゴリーに組み入れられたという2つの画期的な変更があったためか,DSM-5-TRではほとんど変更はみられない。ほぼDSM-5を踏襲している。しかし,その裏では,インターネットゲーム嗜癖,性嗜癖,運動嗜癖,買い物嗜癖と称される反復性行動が行動嗜癖症の基準を満たすのか,エビデンスの集積が行われている。DSMはICDと異なり,エビデンスをベースに診断基準を変革していくことに躊躇しない立場をとっているため,今後とも目の離せない領域と言える。

神経認知障害群—DSM-5からDSM-5-TRへの診断基準の変更点

著者: 松﨑朝樹 ,   新井哲明

ページ範囲:P.1434 - P.1438

抄録
 2022年に精神疾患の診断・統計マニュアル第5版の本文改定版(DSM-5-TR)が発表された。DSM-5-TRはDSM-5が改訂されたものであり,その改訂内容は主に各疾患についての解説文章だが,診断基準もわずかに変更された。日本語への翻訳にあたり,用語も変更された。本稿では神経認知障害群(せん妄,認知症/軽度認知障害)におけるDSM-5からDSM-5-TRへの変更点について解説する。せん妄の診断基準では失見当識の表現が変更された。認知症/軽度認知障害の診断に付け加えられる行動・心理症状について記載する特定用語が細分化され,用語に変更があった。物質・医薬品誘発性認知症/軽度認知障害にアンフェタミン型物質およびコカインによる軽度認知障害が追加された。特定不能の病因による認知症/軽度認知障害の項目が新たに追加された。これらの変更点はいずれも,大きな変更ではなく,臨床や研究に混乱を招くことなく連続性をもって使用できるものであった。

パーソナリティ障害(症)群—DSM-5-TRで本文説明の最適化

著者: 井上幸紀

ページ範囲:P.1439 - P.1442

抄録
 パーソナリティ障害(症)の診断は臨床的に行われ,治療は心理社会的治療を中心とし,対症療法的に薬物療法も行われる。パーソナリティ障害の診断方法には時代とともに移行が認められる。DSM-ⅣからDSM-5への改訂ではこれまでの多軸診断が廃止され,パーソナリティ障害も主診断に含まれるようになった。DSM-5のセクションⅡではDSM-Ⅳ同様,パーソナリティ障害が質的に異なる臨床症候群であるというカテゴリー(類型)分類的な観点であった。カテゴリーによる診断基準には多くの欠点が,特に研究方法としての弱点が指摘されてきた。カテゴリー分類的観点の代替案として,DSM-5のセクションⅢではディメンジョン(次元)分類的観点からパーソナリティ障害群代替DSM-5モデルが提案されている。DSM-5-TRではDSM-5と同様に10種類のパーソナリティ障害が定義され,改訂は本文説明の最適化が中心である。

パラフィリア症群

著者: 太田敏男

ページ範囲:P.1443 - P.1447

抄録
 パラフィリア症群は,DSM-Ⅳ-TRからDSM-5へは大きな改訂があったが,DSM-5からDSM-5-TRへの改訂では,説明のテキストの一部に追補があるだけで,診断基準に変化はない。そこで,本稿では,まずこうした改訂の流れの背景,すなわち本群がしばしば犯罪と関連して法医学で扱われることや疾患と非疾患の線引きが重要となる分野であることなどの点に触れ,次にそれを踏まえてDSM-Ⅳ-TRからDSM-5への大きな改訂の要点を説明し,さらにDSM-5(およびTR)中での本群の分類構造などを概観し,診断基準までのガイドとした。そのあと,診断基準について,各文言の着眼点を述べた。最後に,DSM-5からDSM-5-TRへのテキスト部分の変更点や追補について,要点を紹介した。

医薬品誘発性運動症群及び他の医薬品有害作用,臨床的関与の対象となることのある他の状態—DSM-5からDSM-5-TRへの変更点

著者: 山田和男

ページ範囲:P.1448 - P.1454

抄録
 精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)が,第5版テキスト改訂版(DSM-5-TR)へ改訂された。本稿では,第21章の「医薬品誘発性運動症群及び他の医薬品有害作用」と第22章の「臨床的関与の対象となることのある他の状態」における主な変更点について概説する。医薬品誘発性運動症群および他の医薬品有害作用では,列挙されている疾患に差異はないが,一部の診断名で名称変更がされた。また,DSM-5では説明文の記載のない,または不十分であった疾患において,疾患の特徴や鑑別診断などが追加された。臨床的関与の対象となることのある他の状態では,大項目の数が9から14に増えるとともに,一部の診断名では属する大項目の移動がみられた。また,DSM-5-TRでは,「自殺行動」,「非自殺性自傷」などの診断名が新設されたり,DSM-5の診断名が細分化されたりした。

書評

—向川原充,金城光代 著—トップジャーナルへの掲載を叶えるケースレポート執筆法

著者: 皿谷健

ページ範囲:P.1455 - P.1455

 向川原充,金城光代両先生の執筆による本書は,タイトルの通りトップジャーナルへの掲載を叶えるケースレポート執筆法を述べた書籍である。究極的には「論文を書くこと」を通じて「臨床能力をさらに高めるための本」だと言える。向川原先生が研修を受け,金城先生は現在も診療を行う沖縄県立中部病院には,今に語り継がれる数々のクリニカル・パール(教訓)がある。その多くはcommon diseaseのuncommon presentationを一症例ずつ大切に語り継ぐ土壌があって残るのだろう。本書でも,教訓をストーリーに即して提示する意義が強調されているのは,同院のそうした風土を基に執筆されているからではないか。大学院で「英文でのCase reportの書き方——How much is enough?」と題した講義を毎年行っている評者も,本書の随所に感じられる両先生の症例報告執筆に対する信念に深い共感を持った。
 そもそも臨床医が症例報告を書きたい,形に残したいと思うのはなぜか。その理由は,圧倒的な熱量を注いで診療した患者には,患者自身あるいは患者-医師間のストーリーがあり,それを残したいと思うからだ。臨床経過上の困難を教訓として残し,次にその症例に出合った時に遅滞なく解決するためでもある。ストーリーに臨場感のある症例報告は,他施設で同様の困難に直面している医師のプラクティスを変えることに必ずや貢献するだろう。

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次号予告

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バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.1457 - P.1457

奥付

ページ範囲:P.1462 - P.1462

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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