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雑誌目次

論文

精神医学65巻11号

2023年11月発行

雑誌目次

特集 精神疾患回復の時間経過を見通す

特集にあたって

著者: 福田正人

ページ範囲:P.1465 - P.1465

 精神疾患患者にとって最大の関心は,「“いつ頃に”“どのくらい”回復できるか?」という見通しだろう。後者の改善の程度は予後というキーワードで臨床や研究のテーマに取り上げられるが,前者の時間経過の見通しは臨床家の経験に委ねられることが多い。回復の時間経過の見通しは当事者に安心と希望をもたらし,生活と人生についての心構えを可能にする。
 医療におけるクリニカルパスは,標準化された治療の内容を患者と共有できるツールという役割に加えて,それを時間軸に沿って示すことで見通しを提供できることが有用性のポイントである。このクリニカルパスが精神医療で普及しにくいのは,「時間軸に沿った回復の見通し」の提供が精神疾患については難しいためである。

うつ病の回復過程

著者: 中川伸

ページ範囲:P.1467 - P.1472

抄録
 うつ病は中等度のストレスが持続した後に発症する場合が多い。個人のストレスコーピングとレジリエンスにより,発症する閾値は異なり,回復過程も異なってくる。一般的には当事者の40%で発症後3か月以内に抑うつエピソードからの回復が始まり,80%の人が1年以内に回復し始める。重症度,抑うつエピソードの長さ,精神症性の特徴や不安性の苦痛を伴うなどは回復時間に大きな影響を与える。治療介入後の経過時間はさまざまであるが,目安は報告されてきている。診断基準には含まれない認知機能障害は,「寛解」の状態においても残存する可能性はあり,生活の支障と見なされる。多くの治療手段が開発,発展はしてきているが,慢性化や不完全回復の状態が長期間に及ぶ人は一定数認められる。

双極症—3つの回復の視点と再発予防

著者: 藤村俊雅 ,   加藤忠史

ページ範囲:P.1473 - P.1480

抄録
 双極症の治療では,各エピソードの寛解および再発予防が重要であるが,これらは患者の心理社会的機能および生活の質の改善と必ずしも一致しないことが知られている。そのため,近年は,治療ゴールにおいて,症状アウトカムである「寛解(remission)」だけではなく,患者視点での「回復(recovery)」を重視するようになっている。「回復」は,「臨床的回復(clinical recovery)」「社会的回復(social recovery)」「その人自身の回復(personal recovery)」と大きく3つに分類されることがあり,時間経過を考えると,短期の経過(概ね1年程度)では「臨床的回復」が,長期の経過(概ね10年程度)では「社会的回復」が,一生涯の経過では「その人自身の回復」での視点が重要となってくる。治療者は常に各「回復」の視点をもって,患者の一生を支えていく必要がある。

統合失調症の経過

著者: 孫樹洛 ,   村井俊哉

ページ範囲:P.1481 - P.1488

抄録
 統合失調症の経過は急性期と慢性期と呼ばれる2つの段階に分けられる。統合失調症における急性期の期間は一般的に1か月〜数か月程度とされており,幻覚,妄想などを代表症状とし,病識欠如をしばしば伴い,社会機能が大幅に損なわれる。抗精神病薬による薬物療法でこれらの症状および社会機能は大幅に改善するが,その後,情動表出の減少,意欲低下などの陰性症状が目立ってくる。慢性期(安定・維持期)には,エピソード記憶,作業記憶,注意機能,遂行機能などの認知機能の障害が目立つようになり,薬物療法以外に,認知行動療法,認知リハビリテーション,個別就労支援プログラムなどの心理社会的介入が重要性を増してくる。これらの治療を,患者個人ごとに最適化することが,治療効果を最大化する上で重要となる。

不安症回復の時間経過—長期予後をふまえて

著者: 藤井泰 ,   朝倉聡

ページ範囲:P.1490 - P.1497

抄録
 不安症は慢性経過をたどることが多い疾患である。治療の第1選択としては,薬物療法であれば選択的セロトニン再取り込み阻害薬,精神療法では認知行動療法が挙げられる。治療介入を行った場合に10年後に治療を終了し完全寛解しているのは多く見積もっても半数程度と推察され,多くの患者が程度の差はあれ,社会生活に不安症状の影響が残存していると考えられる。一方で,QOLがベースラインより改善しているとの報告がほとんどであり,年代にかかわらず治療介入の意義はあると考えられる。不安症患者の受診率は低く,調査で把握されていない患者も多く存在するため,治療介入を行わない場合の寛解率は不明であるが,さらに低い可能性がある。

強迫症—その発症から回復までの過程

著者: 中尾智博

ページ範囲:P.1498 - P.1505

抄録
 強迫症(OCD)は,強迫観念と強迫行為を主症状とする疾患である。10代前半と20歳前後に二峰性の発症のピークがあり,生涯有病率は約2%と精神疾患としては頻度が高く,慢性化による生活機能障害を来しやすい。男性では10代早期に発症のピークがあり,遺伝負因・家族歴が濃厚で,チックや自閉スペクトラム症を併存しやすい。一方,女性の発症のピークは20歳前後と男性より遅い。成人発症例は進学や就職,転居,結婚,出産といったライフイベントに伴うストレスと環境変化が症状の成立に関与することが多く,うつ病や不安症の併発も多い。発症から受診までに比較的長期間を要するのも特徴である。適切な治療が行われなければ長期慢性化し,難治化するリスクが高い。早期に症状に気づき,早めに受診し,薬物療法や精神療法による適切な治療介入を行うことで症状と生活機能の速やかな回復を目指し,長期的な回復の維持につなげることが大事である。

解離症—治療における時間経過

著者: 平島奈津子

ページ範囲:P.1506 - P.1513

抄録
 解離症は,その発症に患者自身がしばらく気づかない場合があり,正確な発症時期を同定することが難しい疾病である。そのため,治療開始まで数年以上かかることがある。
 また,解離症は異種性を孕んだスペクトラムであり,その治療研究は限定されている。下位診断の中では解離性同一症の治療研究が比較的盛んであり,トラウマに焦点づけられた段階的治療の時間経過に関する研究も報告されている。それらの先行研究では,解離性同一症は,治療が適切であれば,その時間経過につれて改善していくことが示された。しかし,その時間経過は,併存症や再被害体験,ストレス因などに影響されるため,治療の時間経過は一概に言えないことが明らかになった。

身体症状症は消えず,ただ身体症状になるのみ

著者: 小林聡幸

ページ範囲:P.1514 - P.1520

抄録
 DSM-5の身体症状症は,身体症状があり,症状についての過剰な思考,強い不安,それに費やされる過度の時間と労力があるという診断基準であり,その裏面には思考・感情・行動に関わる多様な基礎的病態があると思われる。身体症状症の回復の時間的な見通しはただこの基礎的な病態に依存するであろう。早期の回復が望めるのはうつ病を背景にする症例であり,これは抗うつ薬に対するうつ病の治療反応と同等のタイムスパンで改善する。他方,パーソナリティの問題や発達の問題を抱えており,容易に改善しえない環境状況に対して適応不全を呈している場合には難治である。それでも年余の経過で身体症状に対する過剰な思考・感情・行動がなくなれば,たとえ身体症状は残存しても,もはやそれは身体症状症ではない。

認知症疾患の長期経過

著者: 繁田雅弘

ページ範囲:P.1521 - P.1528

抄録
 アルツハイマー型認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭葉変性症,血管性認知症などを取り上げて長期経過に関する知見を概観した。ビタミン欠乏症や甲状腺疾患,身体疾患,薬物などに伴う認知機能低下といった,いわゆる“治療可能な認知症(treatable dementia)”ないし“可逆性の認知症(reversible dementia)”は取り扱わなかった。本特集のテーマである「回復過程の時間経過」という表現には馴染まない内容となったが,認知症疾患が本来,慢性・進行性の不可逆的経過をとるものなので,やむを得ない。また長期予後を考える場合,認知機能低下の進行程度や行動心理症状の重症度,日常生活動作の喪失程度に加え,生命予後と施設入所を指標とすることができるが,調査ごとに測定指標や測定方法が異なるので,一定の指標について複数の疾患を比較することは困難であった。

高次脳機能障害における回復の時間経過

著者: 藤川真由 ,   斎藤文恵 ,   黒瀬心 ,   三村將

ページ範囲:P.1529 - P.1536

抄録
 高次脳機能障害の病態と日常生活について,短期間と長期間の時間経過の中での変化を対比して検討した。症例は交通事故による外傷性脳損傷によりびまん性軸索損傷を生じた40代の男性である。もともと優秀なエンジニアであったが,受傷後の早期に復帰した職場では,不眠,意欲低下,体調不良を生じ,適応反応症として就労継続が困難となり退職した。短期的経過では,上記の症状の持続とともに,高次脳機能障害として,特有のこだわり・固執傾向に伴う収集行動とため込み行動を認め,自宅内はほとんど寝るスペースもなく,日常生活に支障が生じた。長期的経過では,症状自体には大きな変化を認めなかったが,公認心理師やソーシャルワーカーを含めた治療チームの介入により,生活の質は大幅に改善した。高次脳機能障害においては長期にわたる多職種による介入・関わりが重要である。

私の考える,大人の発達障害の「つまずき」と「回復」

著者: 青木省三

ページ範囲:P.1537 - P.1545

抄録
 大人の発達障害の「つまずき」(適応障害や二次障害)とその「回復」について記した。経過は,持って生まれた発達特性に,心理社会的な負荷が加わり,特性と負荷が組み合わさって,その人独特の困った状態となり,反応性に精神症状が出現した,と考えると理解しやすい。短期的には,生活の回復と精神症状の消失とは連動していることが多く,現実の生活の困難に気づき支援することが大切となる。長期的には,反応性に起こった精神症状を,一回一回,短期間で終わらせるような支援が大切となる。生活の困難が続くと,それに反応するように精神症状も長期化・慢性化していくことがある。支援においては,生活相談を通して少しでも平和で安定した生活となることや,職人や趣味人というような生き方などが大切になると考えた。

睡眠障害の回復過程を考える

著者: 井上雄一

ページ範囲:P.1546 - P.1554

抄録
 睡眠障害は,治療によって回復した後にも,疾患の病態に応じたケアを行うことが,治療成績を安定させる上で肝要である。特に不眠症については,非機能的認知の変化につれてレジリエンスが変化していくことが回復のカギを握るし,中枢性過眠症では症状の抑制のみならず,周囲からのサポートが重要である。睡眠覚醒相後退障害では,その好発時期においては睡眠衛生を保ち再発予防の治療を長期間行うことが求められる。また,パラソムニアでは,服薬中止後も睡眠不足,飲酒,発熱などの危険因子に注意すべきであるし,閉塞性睡眠時無呼吸では体重管理が予後管理の上で最重要課題となる。治療終結の判断が拙速にならないように十分配慮すべきであろう。

摂食障害(摂食症)の慢性化と回復の分岐点

著者: 永田利彦

ページ範囲:P.1555 - P.1563

抄録
 摂食障害(摂食症),特に神経性やせ症は本来,大多数が早期に寛解する精神疾患でありながら,10年以上の長期予後調査で慢性化率は10%を超え,さらに死亡率は10%に近い。そうならないために,まずは「18歳以下,病歴3年未満」という,家族をベースとする治療のエビデンスの範囲での寛解が目標である。次の分岐点として,おおよそ病歴7〜10年以上が慢性とされ,それを越えると重症遷延性神経性やせ症(SE-AN)となり治療は複雑化するので,そうならないように外在化などによって治療動機を高め,個別の慢性因子にも焦点を当てつつ治療を進める。一方,SE-ANに対しては,臨床的に意味のある完全主義(負けず嫌い)を理解し,摂食障害症状の改善を急がず,まずは生活の質の向上に重きを置き,絶望死を防ぐ介入が求められている。

物質使用症—正直に話せる治療関係を目指して

著者: 武藤岳夫 ,   比江島誠人 ,   杠岳文

ページ範囲:P.1564 - P.1571

抄録
 近年,物質使用症はより軽症の状態を含む診断基準に変更され,わが国でも予防を含めた切れ目のない支援体制の整備が図られているが,実際の臨床では依然として重症の依存レベルでの受診が大半である。
 物質使用症は,「否認の病」と伝統的に表現され,回復のプロセスに入るまでが非常に長く,その間の家族などへの支援が重要である。また,「治らないが回復は可能な病気」とも表現され,慢性疾患として,特に初診時はまず治療関係の構築に力点を置く必要がある。
 回復初期は,心理社会的治療を中心とし,絶えずうつろう変化への動機づけに対応した,具体的できめ細やかな支援が必要であるが,長期的には断酒・断薬よりも併存疾患や本人の抱える「生きづらさ」へのアプローチが中心となる。
 治療プログラムや介入技法はツールにすぎず,何でも正直に話せる居場所の1つ,人間の一人となることが,短期・長期を問わず,物質使用症患者の回復を促すための「付き合い方」であると考える。

リエゾン診療における精神疾患の時間経過とその対応

著者: 赤穂理絵 ,   西村勝治

ページ範囲:P.1572 - P.1579

抄録
 リエゾン診療で高頻度にみられるせん妄,適応反応症・うつ病,器質性精神障害について,時間経過とその対応をまとめた。これらの精神疾患の時間経過は,基盤にある身体疾患の種類,経過によって規定されるところが大きい。せん妄に関しては,原因となる直接因子が解除可能かどうかによって経過が異なってくる。適応反応症・うつ病は,身体疾患療養に関連するストレスをきっかけに出現することが多く,身体疾患の経過によって増悪・軽減することが多い。器質性精神障害は,急性期には意識障害,亜急性期には気分症状や精神病症状,慢性期には認知機能障害と人格変化が主症状であり,時期に即した対応が求められる。身体疾患療養が長期にわたるうちに,上記の精神疾患のみならず,心的外傷後ストレス症の症状や,心的外傷後成長が認められることがあるため,これらについても解説する。

短報

治療に難渋したpsychiatric-onset DLBに対し右片側配置超短パルス波電気けいれん療法が有効であった1例

著者: 五十嵐江美 ,   神田慧一 ,   佐熊惇 ,   飯塚邦夫 ,   富田博秋

ページ範囲:P.1581 - P.1585

抄録
 治療に難渋した,精神症状から初発したレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)に対し右片側配置超短パルス波電気けいれん療法(ultra brief right unilateral electroconvulsive therapy:UB-RUL-ECT)が有効であった症例について報告する。事例は当初精神病性うつ病を疑われたDLB患者で,抑うつ気分および微小妄想,不安焦燥が前景に立っていた。治療経過中に認知の変動性および幻視,動作緩慢・寡動のパーキンソニズムが出現し,改めて脳画像検査を施行しDLBへ診断を変更した。薬物治療に難渋し最終的にUB-RUL-ECTを施行した結果,精神症状・寡動症状とも改善し,有効性が示唆された。

書評

—神庭重信 編集主幹 池田 学 担当編集 松下正明 監修—〈講座 精神疾患の臨床〉5—神経認知障害群

著者: 天野直二

ページ範囲:P.1587 - P.1587

 DSM-5,ICD-11では認知症を呈する疾患を神経認知障害群と表現している。認知症は認知機能低下の病態を表し,神経認知障害群は構成する疾患群を意識した用語でもある。今後はこの神経認知障害群に慣れ親しむ必要があるだろう。さて認知症に関する書物は数多くみられるが,本書では認知症のすべてが語られている。その内容はとても斬新であり,臨床家が取り組むべき課題を網羅している。
 認知症学はあらゆる方面で目覚ましい進歩を遂げており,うかうかしていると取り残されてしまう勢いである。アルツハイマー病に端を発し老化というテーマと切磋琢磨しながら普遍化されてきた。その背景にはアミロイドβ,リン酸化タウ,αシヌクレイン,TDP-43等の蓄積蛋白に基づく脳変性に対する研究があり,認知症を考える原動になってきた。

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目次

ページ範囲:P. - P.

今月の書籍

ページ範囲:P.1589 - P.1589

次号予告

ページ範囲:P.1590 - P.1590

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.1591 - P.1591

奥付

ページ範囲:P.1596 - P.1596

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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