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雑誌目次

論文

精神医学65巻2号

2023年02月発行

雑誌目次

特集 精神医療・精神医学の組織文化のパラダイムシフト

特集にあたって

著者: 福田正人

ページ範囲:P.139 - P.139

 本特集『精神医療・精神医学の組織文化のパラダイムシフト』は,2019年に日本精神神経学会に設けられた「精神医学・精神医療に関するパラダイムシフト調査班」の先駆的な取り組みに学び見習いたいと希望して構成したものです。
 精神医療は当事者や家族に,精神医学は若手や学問に,よりよい変化をもたらすことを目指しています。そうした治療・教育・研究に携わる専門職の組織には,精神機能や精神疾患の特徴に対応した「組織文化」があります。それは,長年の経験に基づいて自然に形作られたものもありますし,また組織に携わる人々の考えや指導的な理念に基づいて意識的に作りあげられたものもあります。

日本精神神経学会のパラダイムシフトをめざして

著者: 神庭重信

ページ範囲:P.141 - P.145

抄録
 日本精神神経学会は,当事者・家族あるいはその支援者の意見,視点を学会運営に取り入れる方策を調査することを目的として,「精神医学・精神医療に関するパラダイムシフト調査班」(以下,調査班)を設置した。これまで当事者・家族あるいは当事者研究や当事者学に詳しい方々から話を聞く機会を設けてきた。また,先進的に取り組んでいる英国の精神医学会とオーストラリア・ニュージーランドの精神医学会の取り組みを調査してきた。本稿では,調査班設立の背景と海外2学会の現状を紹介する。日本精神神経学会はその基本理念に「精神保健・医療・福祉の質的向上に貢献しなければならない」と掲げている。当事者やケアラーらの声を聴き,経験を知ることで,よりよい貢献のしかたを考えることができるに違いない。

医療と医学のパラダイムシフト—総論

著者: 熊谷晋一郎

ページ範囲:P.147 - P.154

抄録
 1980年前後に起きた根拠に基づく医学への転換と,社会の多様性と包摂を求めるマイノリティ運動は,個人の変化ではなく社会環境の変革によって,個人と社会の間のアンマッチを少なくしようという,障害の社会モデルへのパラダイムシフトを引き起こした。この新しいパラダイムの下で,医療や医学もまたこれまで周縁化してきた障害などの少数派性をもつ医療ユーザーや同僚を包摂すべく,その物理的環境や人的・文化的環境の変革を求められている。特に,障害のある人々の健康格差を是正し,誰一人取り残さない医療を実現する上で,医療者の中に障害などの少数派性をもつ人々が参加できるような環境を整えることが不可欠である。

共同創造に向けた精神医療・精神医学のパラダイムシフト

著者: 綾屋紗月

ページ範囲:P.155 - P.161

抄録
 近年,自閉スペクトラム症に関する研究やサービスの在り方に対して,当事者から異議申し立てがなされるなど,共同創造に対する意識が高まってきた。しかし共同創造を実践する上では障害者などのマイノリティグループに対して専門家および当事者が持つスティグマが障壁となる。スティグマ低減に関する先行研究では,異なるグループ間での集団レベルの対等性と個人レベルの対等性の両方が必要だとされている。前者を実現するには,当事者コミュニティと専門家コミュニティが,それぞれ独自に持つ歴史・文化・知恵を互いに同等なものとして尊重する必要がある。また後者を実現するには,当事者のみならず専門家も自らの個人史を振り返り,わかちあう必要がある。このスティグマの除去に加え,当事者コミュニティと専門家コミュニティの共同においては,それぞれのグループの代表者と双方をつなぐ仲介者の果たすべき役割が大きいと言える。

医療人類学から見た精神医療の組織文化とデザイン

著者: 狩野祐人

ページ範囲:P.162 - P.168

抄録
 本稿では既存の医療人類学的研究を参照し,精神医療の組織文化を,デザインの観点から検討する。20世紀半ば以降医療者は,精神医療とそれが実践される環境を,患者の社会的な生の回復を目的としデザインし直してきた。ただし既存のエスノグラフィが示すのは,リカバリーという拡張された意味においてであれ,医療者の視点から治療に中心的な価値を置きデザインされた環境は,当事者を作り変えるものとして働き,当事者のニーズとすれ違うリスクを温存するということだ。これに対し現在着目されつつあるのは,当事者をも精神医療の「デザイナー」と捉え協働する可能性である。

組織文化のパラダイムシフトと経営改革—都立精神科病院の場合

著者: 齋藤正彦

ページ範囲:P.169 - P.175

抄録
 1931年生まれの米国の経済学者,フィリップ・コトラーは,事業体のマネジメントを行う手段として,ソーシャル・マーケティングという方法を提唱した。コトラーの考え方は,営利企業のみならず,NPO,大学,公的病院,政府や自治体が,有効なサービスを効率的に提供するマーケティング手法としても発展を遂げた。筆者は,2012年7月から2021年3月までの間,東京都立松沢病院の院長を務めた。在任中,「民間医療機関の依頼を断らない病院になろう」(2013年度),「患者に選ばれる病院になろう」(2014年度),「働きやすい職場を作ろう」(2016年度),「地域に支えられ,地域を支える病院になろう」(2018年度)という4つのビジョンを掲げた。本稿ではこれらのビジョンの実現過程をコトラーの理論で説明し,公的医療機関の経営に必要なことは何かについて論じた。

D-OODAで取り組む診療パラダイムシフト—“抱えこみからつなぐ医療”へ(精神科病院編)

著者: 渡邉博幸

ページ範囲:P.177 - P.184

抄録
 小中規模の単科精神科病院で,少ない人員と時間の制約の中で,収支バランスを悪化させず,診療構造や組織文化を転換するためにはどのような方法があるだろうか? 既存の方法論と到達目標が明確に定まっており,複数の取り組みを並行する必要がある場合は,PDCAサイクルをもとにしたプロジェクト管理が選択されるであろうが,この方法は計画と評価に時間を取られ,グループ内に管理階層性を生じる弊害がある。小規模の組織で行うパラダイムシフトには,不測の事態に対応可能で柔軟性に富むD-OODAループのほうが適していると言える。筆者の所属する民間単科精神科病院では,6年間で双方の管理手法をもとに,100床の病床削減・地域移行をはじめとした“抱えこみからつなぐ医療”への転換を果たし,支援者-当事者がともに取り組む共同創造(co-production)によって企画・運営を行うショートケアや共同作業所を実現している。

精神科診療所の機能のパラダイムシフト

著者: 上ノ山一寛

ページ範囲:P.185 - P.191

抄録
 精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築にあたって,全国に展開した精神科診療所を,有力な社会資源と位置づけた,わが国独自の精神保健医療福祉体制の構築が望まれる。今日いじめ・不登校,母子保健・子育て,高齢・介護,生活困窮者支援などのさまざまな領域において,メンタルヘルスの問題が表面化してきている。精神科診療所は多様な精神疾患への医療サービスの提供にとどまらず,保健予防サービスや障害福祉サービスを含めた幅広い領域をカバーし連携していくことが期待される。
 わが国にはキャッチメントエリアは存在しないが,精神科診療所医師はゆるやかなキャッチメントエリアを設定し,アウトリーチやケアマネジメント技能の革新を通して自分たちの活動する地域に責任を持つことがパラダイムシフトにつながる。そのことが市町村の責任と相まって,コミュニティメンタルヘルスチームの創出につながることを期待したい。

多職種アウトリーチチームの組織文化—理念に基づく支援達成のために

著者: 高野洋輔 ,   高野かさね

ページ範囲:P.193 - P.199

抄録
 地域に新しく精神科在宅医療を専門とするクリニックと訪問看護ステーションを立ち上げ,約10年間運営してきた経験をもとに多職種アウトリーチチームの組織文化について考察を行った。組織文化の中心となる理念については,スタッフ全員が共有でき,かつ具体的な内容であることが好ましい。さらに理念を軸とした支援の実践や人材育成には,管理者が現場のスタッフとともに相談しながら実際の支援にあたりつつ,組織運営についても丁寧にコミュニケーションをとりながら決定していくプロセスが重要である。一方でスタッフの交代などがあっても持続的で一貫性のある支援を維持するための体制や組織文化も必要である。このような取り組みを通じて組織文化の深化を図ることが,ユーザーである本人・家族にとって真に有益な組織となり,そこで働くスタッフも幸福感・満足感をもってよい仕事をできる組織へと成長していく鍵となると考えられる。

総合病院精神科における機能の変化—多様化と専門性

著者: 佐竹直子

ページ範囲:P.201 - P.206

抄録
 総合病院精神科(GHP)は,近年コンサルテーションリエゾンや身体合併症医療,身体科・精神科との連携,救急医療拠点での精神科介入から,災害医療,多職種チーム医療における心理的なコンサルティングや職員のメンタルヘルス,患者の意思決定への関与など,総合病院全体の機能のレベルアップ,さらには地域医療におけるコンサルテーションリエゾンの広がりなどにより,その機能は多様化かつ専門化し,医療全体の中で重要な役割を果たしている。
 一方で,GHPは診療報酬や医師の偏在化などの問題から人材の確保が困難で,閉鎖・休診を余儀なくされた施設が増えてきている。「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」を含む地域包括ケアの中で,その力が十分に発揮されるための医療政策などの検討が今後必要になると考えられる。

社会福祉法人で取り組んだ組織文化

著者: 近藤伸介 ,   田尾有樹子

ページ範囲:P.207 - P.213

抄録
 社会福祉法人巣立ち会は,1992年の発足から一貫して「支援がないなら作り出す」という精神で利用者のニーズに応じたサービスを創出してきた。病院からは退院は無理と言われ,家族からは退院を拒まれて,地域に住むところを探しても見つからないという長期入院者に対して,まず住む場所を確保するところからスタートした。現在では87室のグループホームを運営し,これまでに330名以上の長期入院者が当法人の退院支援を受けて実際に地域へと退院した。その後,急増するうつ病患者への地域資源が不足していることから,うつ病専門の事業所を設立した。さらに,早期介入を目指した若者支援や,福祉サービスモデルを脱却したリカバリーカレッジの運営にも挑んでいる。こうした組織文化を支えているのは,精神障害があっても自立して地域で生活できる,という信念であり,支援を求めてくる人を断らないという基本姿勢である。

医学生の精神医学教育のパラダイムシフト

著者: 赤松正規 ,   藤田博一

ページ範囲:P.215 - P.221

抄録
 従来の医学教育は,一方向の講義形式の授業,見学型の臨床実習,筆記試験で卒業を判定し,最後は医師国家試験に合格することが一連の流れであった。一方,最近の医学教育では,グループ学修などを軸とした能動型の学修形式(いわゆるアクティブ・ラーニング),診療参加型臨床実習,知識だけでなく,患者に接する態度や診察の進め方,基本的な診療技能の修得度を客観的に評価する能力試験など授業や評価の方法が大きく変わってきた。またそれらの教育は,学生だけで完結するのではなく,臨床研修や専門医研修へ連続性を持ったつながりが重要視されている。そうした医学教育のパラダイムシフトを意識しながら,精神医学教育をどう展開していくべきか考えていきたい。

研修医・専攻医の精神医学教育におけるパラダイムシフト

著者: 松崎朝樹

ページ範囲:P.223 - P.228

抄録
 精神科に対する社会の期待が高まる中,精神科で研修する初期研修医は増加している。その意義を考えれば,初期研修医および精神科専攻医に対する教育を考える上で,診断から治療に至るまで,精神医学の初学者にも理解できる用語や理論を用いつつ臨床医学を実践すること,過度に難解でないモデルを提示すること,および,その教育すべき内容を,その短い研修期間に合わせて選択することは,重要となる。また,初期研修医や専攻医に向けた書籍,インターネット上の動画の活用についても配慮すべき点がある。教育の効率と効果を上げることで,よりよい専攻医への教育が将来の精神科臨床の水準を高めることも期待される。精神科医が過度な誇りを胸に過剰な期待を寄せれば教育効果は落ちかねず,その方法や内容につき吟味を要すると思われる。

和文学会機関誌のパラダイムシフト—学問の殿堂から学問の広場へ

著者: 大森哲郎 ,   細田眞司

ページ範囲:P.229 - P.236

抄録
 英文論文が重視される時代となって,基礎医学系和文誌は原著掲載を取りやめ,臨床系和文機関誌も役割が狭まっている。精神医学・医療においては,日本語を媒介とする診療,人文科学系との接点,多職種や当事者・家族との連携などの観点から,和文論文の意義は他の臨床医学領域以上に大きい。それにもかかわらず,『精神神経学雑誌』の原著掲載数は激減してきた。もはや専門家による専門家のための学術性のみを志向する雑誌として存立するのは難しい。精神医学と精神科臨床に携わる幅広い関係者のための,学術的価値と臨床的価値を併せ持つ雑誌へと脱皮する必要がある。そのために『精神神経学雑誌』編集委員会では,投稿の門戸開放,電子ジャーナルの無料アクセス化など一連の改革に取り組んできた。その方向性を比喩的に表現すれば,「学問の殿堂」から「学問の広場」への変貌である。

精神医学研究におけるパラダイムシフトの可能性

著者: 柳下祥 ,   金原明子

ページ範囲:P.237 - P.242

抄録
 医学研究は医療専門家がアウトカムを設定し,特にヒトの生物医学的特徴に着目して研究するのが一般的である。ところが最近,当事者の望む回復であるパーソナル・リカバリーを目指すアウトカムモデルや,当事者の研究への参加が注目を集めている。このような医療モデルの見直しや研究の推進体制の見直しは精神医学研究を新たな形で発展させる可能性がある。このような変化は臨床研究にとどまらず,脳の中に生物学的病態を見出すことを目指してきた基礎研究のパラダイムにまで影響を与え,新しい研究の発展を促す可能性がある。本稿では最近の研究パラダイムの見直しとなるこのような背景について紹介し,筆者らがかかわる実践の途中経過を紹介したい。

「疾患学会」のあり方のパラダイムシフト—日本統合失調症学会が挑戦する社会実験

著者: 福田正人 ,   村井俊哉 ,   笠井清登

ページ範囲:P.243 - P.252

抄録
 学会名に疾患名を冠した「疾患学会」の1つとして,日本統合失調症学会は学会のあり方についてパラダイムシフトを試みている。「研究者が学問を発展させる学会」と「当事者や支援者に貢献できる学会」を両立できる学会として,研究者や研究成果の概念を問い直し,大会への参加や大会での発表や学会の運営において当事者や家族との共同創造を促し,学会の組織変革を目指すものである。そこには,従来型の学会のあり方との両立や学会財政の共同創造について,学会員の意見をどう汲み上げるかという課題がある。こうしたパラダイムシフトの取り組みは,疾患学会のあり方についての社会実験としての意味があり,本稿はその中間報告である。

短報

アスパラギン酸カリウムから塩化カリウムへの変薬によって低カリウム血症とアルカレミアが正常化した神経性やせ症過食排出型の1例

著者: 枝雅俊 ,   工藤大観 ,   佐藤安貴 ,   黒川健

ページ範囲:P.253 - P.257

抄録
 自己誘発性嘔吐を伴う神経性過食症ではしばしば低カリウム血症がみられ,これは時に致死性不整脈,呼吸筋を含む全身の筋力低下,非可逆性腎機能障害を引き起こすため,臨床精神医学の課題となっている1)。従来わが国ではこの種の低カリウム血症の補正にアスパラギン酸カリウムやグルコン酸カリウムが用いられてきたが2, 3),これらの薬剤によるカリウム補給は慢性重症例ではしばしば難治性となる4)。今回我々はアスパラギン酸カリウムから塩化カリウムへの変薬によって,難治性の低カリウム性代謝性アルカローシスが改善した症例を経験したので,報告する。

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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