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雑誌目次

雑誌文献

精神医学65巻3号

2023年03月発行

雑誌目次

特集 災害精神医学—自然災害,人為災害,感染症パンデミックとこころのケア

特集にあたって

著者: 中尾智博

ページ範囲:P.267 - P.267

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが発生してから早3年が過ぎた。発生当初の身体疾患の重症化や死の恐怖に加え,度重なる緊急事態宣言に代表される社会活動の制限によるストレス,経済不況の心理的影響,そしてLong COVIDといわれる罹患後症状としての精神症状など,COVID-19が私たちのメンタルに与えた影響は計り知れないものがある。
 今回のような感染症パンデミックによる甚大な被害は,5億人が感染し数千万人規模の死者を出したおよそ百年前のスペイン風邪の流行まで遡るが,実は私たち人類の歴史は,感染症以外にも,地震,津波,火災,さらには戦争,テロ,放射能汚染など,自然災害,人為災害を含むあらゆる種類の災害との闘いの歴史と言ってもよいであろう。そこには常に,災害が人々のメンタルに与える深刻な被害があり,現代精神医学の発展とともに災害精神医学も発展を遂げてきた。災害精神医学における代表的な介入方法にはサイコロジカルファーストエイド(PFA)と呼ばれる心理的応急処置介入があり,医療関係者だけではなく防災,教育,治安,行政,産業の従事者,ボランティア関係者にも広く普及しており,これまで2001年の米国同時多発テロなど,多くの災害場面で活用されている。多くの人々の心理面に強い打撃を与える災害への対応は,今後も精神科医療が取り組むべき重要なテーマの1つと言えよう。

災害精神医学総論—災害精神医学の概念,歴史,今後の課題

著者: 高橋晶

ページ範囲:P.269 - P.278

抄録
 日本は多くの災害を経験して,乗り越えてきた国である。自然災害,人為災害,放射線災害,感染症災害など種類も多い。災害時の精神的な支援,対応,精神医療保健福祉は粛々と行われてきている。災害派遣精神医療チーム(DPAT)ができて,よりシステマティックな支援が進んできている。一方,課題もまだ多い。被災者が多く,ポピュレーションアプローチと,ハイリスク者へのアプローチが必要である。これに関するパブリックメンタルヘルスの視点と精神症状,疾患の発症とその治療の確立が望まれる。未病,予防の観点から,精神疾患の発症を減らすための取り組みも必要である。またサイコロジカル・ファーストエイド(PFA)などの,災害など,困難なことに巻き込まれた人々を心理的に保護し,これ以上の心理的被害を防ぎ,さまざまな援助のためのコミュニケーションを促進することを目的とした人道的な介入手法の開発,啓発も必要である。また災害精神医学研究の発展により,より効率的な災害時の精神支援技法が向上してきている。

災害時の心理的応急処置(psychological first aid:PFA)

著者: 金吉晴 ,   大沼麻実

ページ範囲:P.279 - P.284

抄録
 災害は多くの住民に精神的な不調をもたらすが,多くの場合は一過性で重症化しない。しかし一部では重症化,慢性化がみられる。急性期の有効な予防的医療介入は未確立だが,調査研究からは心理社会支援の不足と生活ストレスの重要性が示唆されている。そこでこうした支援を二次被害をもたらさずに効果的に提供するために,被災住民と良好な関係を築き,基本的な社会心理支援を提供するための手引きとして,WHOなどが心理的応急処置(psychological first aid:PFA)を開発し,国立精神・神経医療研究センターはWHOとの契約の下,普及に努めてきた。WHO版PFAはアジア,アフリカで難民支援に取り組んで来たNGOスタッフらを交えて作成されており,「見る,聞く,つなぐ」といった基本方針に従った活動が簡明,具体的に述べられており,実用性が高い。今後の災害対策の柱として,多くの支援者の間に普及することが望まれる。

トラウマ・災害と家族・教育・社会と脳

著者: 山岸美香 ,   金原明子 ,   笠井清登

ページ範囲:P.285 - P.291

抄録
 人間存在は,その脳により精神と行動を生み出し,他者や社会・環境(世界)と相互作用する。個人が世界と相互作用する際の,間にある比較的小さい集団単位として主要なものが家族である。また,世界との相互作用を比較的構造化された枠組みで学習・経験する主要な集団単位が学校教育である。こうした個人-世界相互作用の場に,個人トラウマとしての家族内虐待や学校でのいじめや,集団トラウマとしての災害や戦争などが,ライフコースに沿って急性・慢性の出来事として切り込んできて,個人の精神・脳に体験され,影響が生じる。トラウマ・災害と脳の関係を個体脳-世界相互作用の視点から学際的に研究することを,「多様性と包摂のための個体脳-世界相互作用にインフォームドな神経科学」(world-informed neuroscience for diversity and inclusion:WINDI)と呼び,このような研究を推進するために家族,教育現場,社会に関連した小児・思春期の出来事や体験を評価するために筆者らが開発・標準化した尺度を紹介した。

人為災害・CBRNE災害がメンタルヘルスに及ぼす影響

著者: 重村淳 ,   黒澤美枝

ページ範囲:P.293 - P.301

抄録
 日本社会では「災害」=「自然災害」というコンセンサスがあるが,実際には人為災害など他の災害形態が存在する。特に,化学・生物・放射性物質・核・爆発物(chemical, biological, radiological, nuclear, and explosives:CBRNE)が原因となるCBRNE災害は「特殊災害」とも称され,深刻な社会混乱を引き起こす。人為災害・CBRNE災害ともに,メンタルヘルスへの影響は自然災害のそれと比べて多大かつ複雑である。人為災害では,被害者の二次被害,法的対応,経済的苦境への負担が多大である一方で,全被害者への包括的なケア体制が構築しづらい。CBRNE災害では,目に見えない脅威物質に対して情報が錯綜し,猛烈な不安と不確実性,生活環境の激変,被災者のスティグマ化などの問題が生じる。人為災害・CBRNE災害で影響を受けた人々へのメンタルヘルスケアにあたる場合は,対象者に二次被害を与えず,十分なアセスメントを行い,多方面的支援体制を構築した上で専門的介入を行うことが求められる。

東日本大震災後の活動を振り返って—岩手県での取り組みを通して

著者: 大塚耕太郎 ,   赤平美津子 ,   三條克巳

ページ範囲:P.303 - P.309

抄録
 2011年に発生した東日本大震災における大地震と巨大津波から12年目となる。岩手県沿岸の被災地では発災当初より現在までこころのケアの活動が被災地自治体や岩手県こころのケアセンターにより行われている。大規模災害被災地では長期的なこころの健康の危機にさらされている。長期的な取り組みにより被災地のこころのケアを行っていく必要がある。岩手県沿岸は保健医療資源の少なさや,生活の回復の途上であることなど,地域の課題が積み重なっている。したがって,保健医療計画や県民計画の「復興推進プラン」にも重要課題として位置づけ,支援が継続的に行われることが重要である。

被災した子どものケア

著者: 宇佐美政英

ページ範囲:P.311 - P.317

抄録
 わが国は地震,台風,水害などの自然災害の多い地理的特徴を有している。誰も災害がいつ起こるのかは予測することができず,目の前の子どもたちもある日突然被災するかもしれない。子どものこころの問題に触れる臨床医たちは,被災した子どものこころのケアについての基礎的知識を持つべきだろう。被災した子どもたちにとってその体験による正常反応の1つとしてトラウマ関連症状を認めるかもしれないが,多くの子どもたちは時間経過とともに回復していくことからも,臨床医たちは安易にトラウマという言葉で子どもとその保護者の不安を刺激しないことがよいだろう。それと同時に,被災した子どもの中から確実に精神医学的な支援が必要な子どもを見抜く慧眼も求められる。臨床医たちは,被災した子どもの健全な情緒発達を促していくためにも,安心・安全を社会全体で担保していくためにも,地域連携は欠かすことができないと考えている。

東北メディカル・メガバンク事業—コホート調査の災害精神医学における役割

著者: 富田博秋 ,   庄子朋香 ,   長神風二

ページ範囲:P.319 - P.324

抄録
 東日本大震災が発生した翌年,東北大学に東北メディカル・メガバンク機構と災害科学国際研究所が発足した。前者は岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構とともに15万人からなるコホート調査を行う中で,被災に伴うメンタルヘルスへの影響の把握,支援活動を行った。後者の中に設置された災害精神医学分野は七ヶ浜町と共同で同町の大規模半壊以上の家屋被災者を対象に年1回の健康調査を10年間にわたって継続したほか,前者の事業の中でメンタルヘルスの評価や調査によるハイリスク者へのサポートを担当した。これらの被災地域のメンタルヘルスに関する調査と支援を組み合わせた取り組みは,災害精神医学に関する知見の蓄積とエビデンスに基づく災害後のメンタルヘルス支援の向上に有益であることが期待される。

災害時におけるDPATの活動

著者: 高尾碧 ,   大鶴卓

ページ範囲:P.325 - P.332

抄録
 過去の災害対応の知見をもとに,災害派遣精神医療チーム(DPAT)が設立された。災害時に各災害支援組織との共通言語となる「CSCATTT」について紹介し,DPAT活動について報告する。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)については,CBRNE災害の1つと捉えることができ,災害としての覚知を行い,迅速に組織体制を構築して対応することが求められる。

西日本豪雨災害の経験から

著者: 野口正行

ページ範囲:P.333 - P.339

抄録
 2018年の西日本豪雨において,岡山県では倉敷市真備地区に被害が集中した。このため,岡山県ではこの地域に対する災害派遣精神医療チーム(DPAT)活動を行った。具体的な支援としては,避難所における適応障害への巡回チームによる診察が多かった。支援ニーズは,避難所の保健師からの依頼が中心であった。実際のDPAT活動の調整に際しては,情報の錯綜と混乱が著しく,支援調整には苦慮した。こうした困難の要因としては,①災害対応体制の準備の不足,②活動拠点本部の設置など役割分担が十分にできなかったこと,③情報の収集,共有と指示に関する混乱,④支援機関が多く,連携体制が十分にできなかったこと,などがあった。災害に対する準備と訓練をすることで,こうした課題を改善することは可能である。しかし,災害では想定外の事態が生じうるため,不測の事態が起きうることを念頭に置きつつ,対応を準備することが大切である。

熊本地震の被災者メンタルヘルスケア

著者: 矢田部裕介

ページ範囲:P.341 - P.346

抄録
 熊本地震では,発災直後から災害派遣精神医療チーム(DPAT)が活動し,被災した精神科医療機関の入院患者転院搬送支援や避難所での精神保健医療支援に従事した。その後,被災者が避難所から仮設住宅に移行する期間にはローカルDPATが支援を継続した。さらに,発災から半年後には熊本こころのケアセンターが設置され,アウトリーチや健康調査,地域支援者向け研修などを通して被災者のメンタルヘルス課題への対応を中長期的に行った。DPATや心のケアセンター事業は過去の災害における課題をもとに発展してきた支援システムであり,熊本地震ではその有用性が確認された。進歩した支援にマッチした受援体制の構築や多様化した支援システム同士の連携が今後の課題である。

COVID-19とメンタルヘルス—女性・若者・高齢者のメンタルヘルスおよび職場のメンタルヘルスへの影響

著者: 本橋豊 ,   金子善博

ページ範囲:P.347 - P.353

抄録
 日本の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックは,働き盛りの女性,子ども・若者,高齢者などのハイリスク群に影響を及ぼしたことが知られている。パンデミック開始直後に一過性の自殺率の低下が認められたが,その後,自殺率は増加傾向を示した。特に,雇用環境悪化に伴う女性非正規雇用労働者の自殺者数が増加し,影響には男女格差が認められた。外出機会や社会的接触機会の減少により,孤立の深まる高齢者のメンタルヘルスへの影響が懸念され,医療・介護者への負担が増加した。また,COVID-19パンデミックは若者の不安,うつ,ストレスの有病率を高めたことも報告されている。感染機会の減少を目的として進められたリモートワークの労働者のメンタルヘルスへの影響については,大きく悪化しなかったとの報告が多かった。産業保健の現場でオンラインによる面接指導が導入されたが,その評価を含めて今後のさらなる検討が必要である。

RAPID PFAによるメンタルヘルス問題への対応

著者: 大矢希

ページ範囲:P.355 - P.361

抄録
 災害大国日本において,災害発生時に急増するメンタルヘルスの需要に対する備えは重要な課題である。災害時の急性期・緊急時の心理的応急処置として,人道的で,支持的で,実際に役立つ援助としてサイコロジカル・ファーストエイド(psychological first aid:PFA)が知られている。PFAの中で,2017年刊行のジョンズ・ホプキンス大学版PFAは,認知行動療法的アプローチによる介入方法を加えて発展させたPFAモデルであり,実践方法の頭文字(Rapport/Reflective listening, Assessment, Prioritization, Intervention, Disposition)をとって,「RAPID PFA」と呼ばれる。従来のPFAと,専門的な精神医療の中間的位置づけとしてのRAPID PFAは,他のメンタルヘルス支援や技術と同様,その技法の習得にとどまらず,必要に応じて専門機関に紹介するための医療資源の把握をはじめ,日頃からの関係者とのコミュニケーションが重要であるが,市中の相談現場での活用や効果検証は道半ばの側面もある。コロナ禍のみならず,その次の災害に備えて,RAPID PFAが各地で普及し実装されることを期待したい。

コロナ禍での精神保健福祉センターの取り組み

著者: 辻本哲士 ,   藤城聡

ページ範囲:P.363 - P.368

抄録
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,地域精神保健医療福祉に甚大な影響を与え,総合的技術センターである精神保健福祉センターでもさまざまなメンタルヘルス対策を実施することになった。感染症罹患後症状の相談・支援に関しては,ある程度の件数があり,精神症状以外の訴えにも対応していた。主となるサポートは傾聴・助言であった。コロナ禍による自殺に関する相談・支援では,経済・生活問題,勤務問題,家庭問題の件数が増えていた。普及啓発,体制整備・連携構築,アウトリーチ活動や個別支援を実践していた。新興感染症対策として,今後も有用となる「経過・時期に応じた支援の検討」「平時の支援の延長」など,自由記載によって貴重な意見を集めることができた。

新型コロナウイルス感染による罹患後症状

著者: 中尾智博 ,   村山桂太郎

ページ範囲:P.369 - P.376

抄録
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による罹患後症状は,罹患後に発生するさまざまな心身の不調である。罹患後症状には,疲労感や倦怠感,関節痛,筋肉痛,咳や息切れといったものがよくみられるが,不安やうつの出現も報告されている。海外の調査結果から,不安,抑うつといった精神症状の出現頻度はCOVID-19罹患後に高まることが示唆された。一方で長期フォローの結果は,他の呼吸器疾患と同レベルに収束することを示しており,罹患後の精神症状は,感染による心理的側面の要因が強い可能性もある。本邦では精神症状に焦点をあてた罹患後症状の大規模調査の結果はまだ報告されていないが,筆者らが行ったCOVID-19の入院患者の精神症状調査の結果からは,感染期から不安,うつ,不眠,混乱といった症状の出現頻度が増えていることが明らかになった。罹患後症状としての精神症状がウイルスの直接的な影響なのか,心理的要因が大きいかについては,今後の疫学研究や生物学的研究の蓄積が待たれる。

短報

Valbenazine投与後に遅発性ジストニアが軽快した統合失調症患者の1例

著者: 山本暢朋

ページ範囲:P.377 - P.380

抄録
 遅発性ジスキネジア(tardive dyskinesia:TD)および遅発性ジストニア(tardive dystonia:TDt)を有する統合失調症患者に対し,TD改善目的でvalbenazine(以下VLB)を投与したところ,TDが消失しTDtも軽快した症例を経験した。患者のDIEPSS(Drug-Induced Extrapyramidal Symptom Scale)におけるジストニアの評点は3であったが,VLB40 mg/日投与後に1まで低下した。本症例でTDtが軽快した機序は不明であるが,VLBがシナプス間隙のdopmaine量を減少させる機序が想定された。TDtに対して確立された治療法はないため,治療に関する実証的な知見の蓄積が期待される。

書評

—須田史朗,小林聡幸 著—キャラクターが来る精神科外来

著者: 佐藤晋爾

ページ範囲:P.382 - P.382

 タイトルと表紙をご覧になると,研修医の皆さんや学生さんは目を輝かせ,ベテラン精神科医の方々は軽く眉をひそめてしまうかもしれない。本書は,マンガや映画の登場人物に医学生さんが精神科診断をつけ,それに対して須田先生と小林先生がコメントなさるという構成で,確かに軽い読み物のようにみえる。しかし私見では,あの名著『誤診のおきるとき』(山下格先生著)の操作的診断時代版とでもいうべき本ではないかと思っている。
 先に言い訳をすると,評者は,今更,操作的診断を批判するつもりはない。とはいえ,この方法のピットフォールを若い先生方は知っておくべくだと思うし,その点で本書は格好の教材になると“老害”精神科医の評者は考えている。

学会告知板

第26回(2023年度)森田療法セミナー開催のお知らせ

ページ範囲:P.339 - P.339

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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