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雑誌目次

論文

精神医学65巻4号

2023年04月発行

雑誌目次

特集 わが国の若手による統合失調症研究最前線

特集にあたって

著者: 鈴木道雄

ページ範囲:P.393 - P.393

 統合失調症の病因・病態は未だ十分に解明されておらず,診断法や治療法の開発も道半ばである。病因・病態解明のために,遺伝子,分子,細胞,システム,そして行動のレベルまで,さまざまな方法論による研究が行われている。臨床症状だけでなく,認知機能障害が機能的転帰に及ぼす影響の大きさが注目され,認知機能障害に焦点化した研究が活発に行われている。診断分類や診断基準については継続して検討されており,バイオマーカーの開発を目指した研究も盛んである。臨床的リカバリーを目標として,新しい治療薬の開発,至適な薬物療法の検討,心理社会的アプローチの効果研究なども行われている。また近年は,研究テーマを研究者が一方的に選択するのではなく,当事者や家族による意見を取り入れて優先度を決定する,いわゆる「臨床研究の民主化」が目指すべき方向性として注目され,日本でもそのような動きが始まっている。臨床研究の民主化の流れとも相まって,パーソナルリカバリーを取り扱う研究も増えつつある。さらに,統合失調症において始まった「当事者研究」はその対象範囲を広げて展開されつつある。
 日本から世界に発信される精神疾患の研究論文の中で,統合失調症に関するものは,うつ病,認知症に次いで3番目に多い。本特集では,継続的に研究成果を発表している研究者に,ご自身の新しい研究の紹介を中心として,その分野における研究の背景や意義,今後の展望などについて,臨床に専念している読者にもわかりやすくまとめていただくこととした。遺伝子,iPS細胞,死後脳,カルボニルストレス,神経生理,脳画像など先端分野の研究に加えて,治療抵抗性統合失調症,薬物療法ガイドラインの普及・啓発,身体的健康の支援や心理社会的支援に関する研究も含め,なるべく幅広い研究領域を網羅するようにした。

統合失調症のゲノム解析と病態解析

著者: 久島周

ページ範囲:P.395 - P.401

抄録
 統合失調症のゲノム解析から,頻度がまれで発症に強い影響をもつバリアントが見つかってきている。たとえば,22q11.2欠失や3q29欠失などのゲノムコピー数バリアント(CNV)は発症リスクを数十倍に上げることが報告されている。2021年に保険適用になったアレイCGHにより臨床現場でもこういったCNVを検査することも可能となった。また,大規模なエクソーム解析によるde novoバリアント(新生突然変異)の同定から,新規のリスク遺伝子が見つかりつつある。一方で,リスクバリアントに基づいた病態研究として,患者iPS細胞,死後脳,モデルマウスを用いた解析も進められている。本稿では,筆者らが進めている22q11.2欠失の解析について,最近の病態研究の進展を紹介する。

ポリジェニックリスクスコアを用いた統合失調症研究

著者: 大井一高

ページ範囲:P.403 - P.409

抄録
 統合失調症は,臨床的・遺伝的に異種性を呈する精神疾患である。その異種性を軽減するために認知機能,脳構造などが中間表現型として注目されている。全ゲノムにわたり多数の遺伝子多型(SNP)を同時に調べる大規模全ゲノム関連解析(GWAS)が,これまでにさまざまな精神疾患や中間表現型で行われ,多数の関連ゲノム座位が同定されている。しかし,同定された各SNPが精神疾患や中間表現型に及ぼす効果は非常に弱い。一方,より強く表現型と関連するSNPの同定を試みるGWASに対して,ポリジェニックリスクスコア(PRS)解析では,大規模GWASにおける全ゲノムにわたるSNP情報を利用して多くのSNPの相加効果をPRSとして算出し,SNP個々よりも高い割合で精神疾患や中間表現型にかかわる遺伝構造を説明できることが示されている。さらにPRSは,統合失調症のリスクや,統合失調症と精神疾患間や中間表現型間の遺伝的基盤の共通性の検討が可能である。本稿では,PRS解析を用いた筆者らの統合失調症研究結果について紹介する。

iPS細胞を用いた統合失調症研究

著者: 鳥塚通弘 ,   牧之段学

ページ範囲:P.411 - P.415

抄録
 さまざまな研究手法を用いて統合失調症の研究がなされているが,未だその病因・病態は未解明である。困難を生み出している大きな要因の1つは,脳は生検が行えず,発病時や病勢の悪化時の細胞・組織病理が不明であることと考えられる。2006年に確立されたiPS細胞技術は,生きた患者由来の脳神経細胞を観察することを可能にし,この限界を打破する福音と期待された。実際に,統合失調症患者由来iPS細胞を用いた研究の初報から10年が過ぎ多数の研究報告が行われたが,統合失調症の病態解明や新規の治療法開発につながるブレイクスルーはまだ起きていない。本稿では,これまでのiPS細胞研究から見えてくる課題について整理し,今後の発展について論じる。

死後脳を用いた統合失調症研究

著者: 國井泰人 ,   日野瑞城 ,   富田博秋

ページ範囲:P.417 - P.424

抄録
 多様な生物学的研究における集約点として位置づけられる統合失調症死後脳研究は,基礎神経科学分野の多大な貢献を背景にして,近年その重要性が増し続けている。加えて,その役割は従来のほかの研究アプローチで得られた所見の検証というものから,より多数例,網羅的,探索的なものへと変化してきている。また,次世代シーケンサーなどの先端技術の導入により,死後脳から得られる情報はマルチオミックスデータ,空間プロファイリングデータなどビッグデータとなってきており,これらを有効に活かすにはデータサイエンス分野との連携も欠かせない。世界的には,精神疾患死後脳のマルチオミックス解析データを公開する向きも出ており,今後はこれらのデータを利用したin silicoな研究が増加すると思われる。将来的には,これらの解析から統合失調症分子病態の層別化が進み,新たな観点からの病態解明,創薬,個別化医療の実現につながることが期待される。

カルボニルストレスと統合失調症

著者: 新井誠 ,   石田裕昭 ,   鳥海和也

ページ範囲:P.425 - P.434

抄録
 統合失調症は思春期から青年期に好発し,長期にわたり再発を繰り返すこともまれではなく,発症によって社会生活機能が低下するがゆえに,当事者のウェルビーイングやウェルエイジング促進のためにはより有効な治療や予防法,早期からの介入支援のあり方が希求されている。社会的な不利益や当事者のニーズが満たされないといった課題を解決するためにも,1つの方策として新たな分子に着目した病因や病態基盤の解明を推進し,基礎と臨床の多面的アプローチから社会への還元が不可欠である。
 筆者らはこれまで,終末糖化産物(advanced glycation end products:AGEs)という分子に着目し,統合失調症の一部が「カルボニルストレス(AGEs蓄積)」の病態像を呈することを同定した。これを機に,その病態を模倣したモデル研究から分子基盤の一端を明らかにしつつある。本稿では,筆者らが推進してきた研究の成果を中心に紹介し,統合失調症の発症とその病態とのかかわり,今後の展望について私見を交えながら述べた。

統合失調症における事象関連電位の臨床応用の可能性

著者: 樋口悠子 ,   鈴木道雄

ページ範囲:P.435 - P.442

抄録
 統合失調症やサイコーシス発症リスク状態では事象関連電位(event-related potentials:ERPs)の異常が知られており,これまで数多くの研究が行われている。P300,ミスマッチ陰性電位(mismatch negativity:MMN)がよく測定されており,それぞれ,将来の診断や機能を予測するバイオマーカーの候補として注目されている。中でも持続長MMN(duration MMN:dMMN)は多くの研究で有意な結果が得られている。ERPsをバイオマーカーとして用いるには,それぞれの意義や特徴を理解し,投薬や併存症としての気分症や自閉スペクトラム症などの影響を考慮する必要がある。最近はマルチモダリティ研究,機械学習による研究も登場しており,ERPsがより精緻に診断や転帰を予測できるツールとして実装されることが期待される。

統合失調症のMRI研究—病態解明と臨床応用のために必要なこと

著者: 小池進介

ページ範囲:P.443 - P.453

抄録
 磁気共鳴画像(MRI)が精神疾患の臨床研究に応用されて30年余りが経ち,精神疾患の脳病態が可視化されてきたが,こうした成果から診断バイオマーカーや創薬に結びついた臨床応用はない。この原因として,機種やプロトコルの違いによる差(機種間差),診断分類に基づいた臨床研究の限界,MRI信号に混じる疾患以外の要因,疾患特異性・共通性の問題などが挙げられる。特に多施設MRI研究において機種間差の問題は大きい。これらの限界点を超えるべく,日本医療研究開発機構(AMED)戦略的国際脳科学研究推進プログラムをはじめとした複数のナショナルプロジェクトで,分野横断の多施設MRI共同研究体制が構築され,研究が進んでいる。脳MRI研究の発展によって,今後10年で精神疾患補助診断などの臨床応用技術が一般臨床に複数導入されると考えてよい状況になっている。精神科臨床もこの具体的な変化に対応する準備が必要となってくる。

治療抵抗性統合失調症の臨床研究

著者: 金原信久

ページ範囲:P.455 - P.462

抄録
 治療抵抗性統合失調症(TRS)は統合失調症患者において少なくとも2種類の抗精神病薬による治療を実施しても,十分な改善が得られない場合に該当する。治療法が限られ,またそれらでさえ十分な効果が得られないことも多く,現在の精神医学において重要な課題である。2010年以降研究が増えてきており,脳画像研究やpolygenic risk scoreによる遺伝子研究などからTRSがその他の統合失調症とは生物学的に異なる病態と捉えられるようになってきた。またTRS移行やクロザピン反応性に関する予測因子に関する知見から,より早期の診断とより早期のクロザピン導入を目指す方向が重視されつつある。診断において有用かつ簡便な検査・評価法は確立されてはいないこと,また治療に関してはクロザピンなど選択肢が限られていることが課題であり,今後さらなる研究の発展が望まれる。

統合失調症の薬物治療ガイドラインとその普及・教育・検証活動

著者: 越智紳一郎 ,   橋本亮太

ページ範囲:P.463 - P.471

抄録
 本邦においても,日本神経精神薬理学会より,統合失調症の薬物治療ガイドラインが作成され,2022年には改訂版も上梓された。しかし,ガイドラインは,いまだ十分に利用されていないため,その普及と教育が必要である。精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究(EGUIDE)は,統合失調症薬物治療ガイドラインに関する講習を行い,ガイドラインの理解度,実践度,実際の処方行動をもとに,普及と教育と検証を行っている。さらにこれらのフィードバックによって講習内容や資料を適宜見直すことでよりよい講習ができるようにしている。また,ガイドラインの普及が進むことを検証するために実際の処方行動の調査研究や,ガイドラインをより利用しやすくするために,実際の処方がガイドラインの推奨内容にどれだけ適合しているかの適合度も作成することなどで,社会実装研究として患者のQOLの向上に寄与することを目指している。

ケースマネジメントによる身体的健康の支援

著者: 藤原雅樹 ,   山田裕士

ページ範囲:P.473 - P.478

抄録
 統合失調症患者は身体疾患による死亡率が一般人口と比べて高い。この身体的健康の格差を是正するために,身体疾患の予防とその後の適切な治療へのアクセスを改善することが世界的な課題となっている。そのための介入として,生活習慣に対する多職種アプローチや,身体医療と精神医療の統合を促進するコラボラティブモデルの有効性を報告する先行研究が多い。わが国の精神科臨床場面でも,このような多職種での協働的アプローチへの親和性は高いと考えられる。一方で,異なる医療保健システムにおいて開発された介入をそのまま適用できるかは不明であり,わが国の医療保健システムやステークホルダーの文脈に合った身体的健康の支援法の開発,エビデンスの確立が望まれる。本稿では,我々が取り組んでいる,かかりつけ精神科でのケースマネジメントによるがん検診勧奨法の開発研究をこの領域におけるわが国の研究の1例として紹介する。

統合失調症の心理社会的支援

著者: 山口創生 ,   川口敬之 ,   塩澤拓亮

ページ範囲:P.479 - P.487

抄録
 今日広く知られている統合失調症の当事者に対する心理社会的支援は,欧米における精神科病院からの脱施設化時代に開発された支援モデルであることが多い。本稿は,現在推奨されている心理社会的支援を整理した上で,その展望をまとめることを目的とした。今後の心理社会的支援の研究には,社会参加や当事者の主観的視点に基づいたアウトカムや支援過程のプロセス調査あるいは質的研究を取り入れることが重要になると考えられる。また,研究段階から当事者・家族と協働しながら,介入の内容や評価方法を考えることで,より効果的な心理社会的支援が生まれると期待されている。加えて,実験的空間における効果検証だけでなく,現実世界における効果的な心理社会的支援の実装,特に普及に向けた研究がより必要になると予想される。

研究と報告

リカバリーカレッジへの参加が支援職に与える影響について—スコーピングレビュー

著者: 清家庸佑 ,   川口敬之 ,   小原一葉

ページ範囲:P.489 - P.498

抄録
 本研究では,リカバリーカレッジへの参加が支援職に与える影響について,既存の知見を整理する目的でスコーピングレビューを実施した。データベース検索の結果,全74件を得た。重複論文の除外と,タイトル・本文の読み込みを行い,最終的に適格基準に合致した研究10件を読み込み対象として採用した。研究デザインはインタビューを実施した質的研究が多くを占めた。支援職がリカバリーカレッジに参加することは,支援に関する概念の学習の促進,当事者との接し方の変化,管理運営をサポートするという点において有用性を認識していることが明らかになった。今後は,量的研究や混合研究を用いた仮説検証研究が求められる。

書評

—加藤 実 著—子どもの「痛み」がわかる本—はじめて学ぶ慢性痛診療

著者: 倉澤茂樹

ページ範囲:P.499 - P.499

 感覚過敏や鈍麻など,臨床を通じ肌身で捉えた子どもの感覚世界を,子どもの代弁者となり保護者や多職種に伝えることの重要性を実感している。本書を読み終え,著者である加藤実先生に勝手ながら妙な親近感を覚えた。長年にわたり子どもたちの痛みと向き合ってきた臨床家としての経験知,そしてエビデンスを重視する研究者としての姿勢に共感したのである。
 子どもの痛み体験は,身体的反応だけでなく,不安や恐怖など情動体験として認知形成され,長期的な影響も引き起こす。この事実はわが国の児童・思春期医療において十分に認識されていない。処置時の痛みは「一瞬だから」と軽視され,「そのうち慣れる」と放置されることも少なくない。リハビリテーションに携わるセラピストも例外ではない。新生児集中治療室ではカテーテルやモニター機器が装着され,臓器発達の未熟な新生児は動くことにさえ苦痛を伴うだろう。術後早期から開始されるリハビリテーションにおいて“機能回復”を優先するあまり,痛みをないがしろにしていないだろうか? エビデンスとともに示される事実によって,われわれセラピストは内省する機会を得るだろう。

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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