icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

精神医学65巻9号

2023年09月発行

雑誌目次

特集 拡がり続ける摂食障害(摂食症)—一般化とともに拡散・難治化する精神病理にどう対処するか

特集にあたって

著者: 永田利彦

ページ範囲:P.1217 - P.1217

 摂食障害(摂食症)は拡がり続けている。今や「年代,性的自認,人種,地域にかかわらず罹りうる」一般的な精神疾患となった。さらに,コロナ禍の中,青年期の神経性やせ症の急増が全世界から報告されている。そして数多くの治療研究がなされてきたが,その予後は改善されないままで,低年齢化に加えて中高年の慢性遷延例(severe and enduring eating disorder:SEED)も大きな課題である。
 ここ10年の大きな動きは,エビデンスフリーとされてきた神経性やせ症の外来治療において18歳以下,病歴3年未満という条件があるが,家族をベースとする治療(family based treatment:FBT)の有効性が多くのランダム化比較試験により確立したことである。摂食障害が先進諸国の良家の子女に限られていた時代には,入院によって患者が家族と物理的な距離を置くことが必須であった。ところが急増したのは,都市化と高等教育機関の庶民化に伴いすべての人が痩身に憧れ,ダイエットに励むようになった後で,家族が重要な治療資源であることが再認識された。

[総論]

摂食障害(摂食症)病理のパラダイムシフト

著者: 永田利彦

ページ範囲:P.1218 - P.1227

抄録
 摂食障害(摂食症)の精神病理はゴールデンケージから臨床的に意味のある完全主義(ダイエット競争)へ普遍化した。その結果,熱心ではあるがゴールデンケージである家族から複合家族,さらには家族崩壊へ,成績優秀・品行方正な良家の子女から,多衝動性,回避性パーソナリティ障害(全般性の社交不安症),神経発達症,発達性トラウマ障害などへ多様化した。入院から外来治療へのパラダイムシフトの中,異種性のため治療的困難さは増している。そこで摂食障害症状のみならず併存症を含めたプロトタイプを念頭に診立て,支持的精神療法に不知の姿勢,validationなどの拡張を行い,人格の病理(生きづらさ)への積極的な治療介入が必要となった。

家族をベースとする治療がもたらした児童青年期摂食障害臨床のパラダイムシフト

著者: 鈴木太

ページ範囲:P.1228 - P.1234

抄録
 回避・制限性食物摂取症,神経性やせ症などの摂食障害は,児童期や青年期に発症して,しばしば慢性化する。慢性化した成人期摂食障害の臨床ではいわゆる「万能薬」は存在しないが,摂食障害の発症から間もない児童や青年では,家族を共同治療者とした精神療法の効果が高く,さまざまな治療モデルが家族を参加させるようになっている。青年期の回避・制限性食物摂取症,神経性やせ症の臨床を想定し,家族を共同治療者とした最近の治療モデルとして,家族をベースとする治療(FBT),思春期うつ病の対人関係療法(IPT-A),強化型認知行動療法(CBT-E),Program for the Education and Enrichment of Relational Skills(PEERS)などを紹介した。

新しい生物学的基盤の側面—報酬系と摂食障害

著者: 磯部昌憲

ページ範囲:P.1235 - P.1243

抄録
 摂食障害(摂食症)の病態生理は未解明であるが,食行動においても中心的役割を果たす「脳内報酬系」の異常が,その発症と維持に関与していることがかねてから指摘されている。例えば,摂食障害でみられる食事制限や過食は脳内でなんらかの報酬として認識され,異常な食行動を維持する原因となっている可能性がある。本稿では,特に神経性やせ症(AN)に焦点を当てる。AN患者を対象としたMRI研究では,食事制限や低体重,過活動などAN関連刺激を脳内報酬として認識することが報告されるとともに,特に島皮質や前頭皮質における脳構造や脳機能の変化が,疾患の発症や重症度と関連することが示唆されている。脳内報酬系を標的とする新規治療法として,ニューロモデュレーションに期待が寄せられているが,ABAモデルなどの因果関係の解明に役立つ実験動物を用いた作用機序の解明,および手法や標的部位など,より実効的な実施方法の確立のどちらもが不可欠である。

[摂食障害の治療]

摂食障害(摂食症)に対する精神療法のあり方—支持的精神療法は何を支持すべきか

著者: 西園マーハ文

ページ範囲:P.1245 - P.1251

抄録
 摂食障害(摂食症)の治療においては,低栄養状態や過食嘔吐の頻度の改善などが治療目標となることが多い。特に,神経性やせ症の治療においては身体治療が最優先であり,心理的課題は隠れたまま治療中断となることも少なくない。心理面への援助の難しさは,身体状況が悪いことに加え,本人から語られるのが肥満恐怖ばかりで対話が成立しにくいという要因もある。しかし,心理検査の活用や,成長曲線など継時的変化の観察,また過活動制限時の不安の表出などから,本人が抱える心理的課題に光を当てることは可能である。これらを治療の中で話題にできた時に,支持的精神療法が可能になると考えられる。このことは,長期経過を考える上でも非常に重要である。

モーズレイ式神経性やせ症治療(MANTRA)の概説と日本での実装における課題

著者: 須藤佑輔 ,   中里道子

ページ範囲:P.1252 - P.1260

抄録
 モーズレイ神経性やせ症治療(MANTRA)は,成人の神経性やせ症(AN)を対象としたマニュアルベースの外来精神療法である。ANの特性や病態を踏まえて開発された「認知-対人関係モデル」に基づき,食事や体重の問題の背後にあるより本質的な問題,即ち完璧主義や柔軟性の乏しさ,自己批判性や対人過敏性,ANに親和的な価値観などを治療の主題として取り上げていく点に特色がある。MANTRAは治療への動機づけを目的とするモジュールから開始し,ANの発症背景と維持要因についてケースフォーミュレーションを行った後に,思考スタイルや感情/対人関係,アイデンティティに関する治療モジュールへと進み,全20〜40回のセッションで終結する。MANTRAの日本での実装においては,日本における安全性と効果の検証,多職種セラピストを養成する研修制度の構築,外来治療と入院治療をつなぐ医療連携システムの構築が課題である。

認知行動療法—なぜ現在の形式となったのか

著者: 髙倉修

ページ範囲:P.1262 - P.1270

抄録
 摂食障害(摂食症)に対する認知行動療法は1980年代より発展してきた治療法である。現在では英国のFairburnが開発した強化版認知行動療法(enhanced cognitive behavior therapy:CBT-E)が最も多くのエビデンスを有し,神経性やせ症や神経性過食症の治療法として各国で推奨されるまでとなっている。
 一方,摂食症はその時代の社会文化的背景の影響を色濃く受けながら変化し,近年は衝動性や情動不耐性の高い症例の出現など,かつて比較的均一であった摂食症の病態は多様化している印象がある。こうした多様化する摂食障害に対して対応可能な治療法の開発が求められ,摂食症の認知行動療法も進化してきたと言っても過言ではない。
 本稿では,CBTがどのように進化し,現在の形となったのかなどについて,若干の考察を交え紹介したい。

自閉スペクトラム症を併存する摂食障害(摂食症)

著者: 小坂浩隆 ,   幅田加以瑛 ,   眞田陸

ページ範囲:P.1271 - P.1277

抄録
 自閉スペクトラム症(ASD)と摂食障害(摂食症),異なる障害に思われるが,併発していることが意外にも多い。共通点としては,対人関係の不安定さ,食べ物,体重や運動へのこだわり,口腔内感覚の過敏さからの食物選択性,拒食,食物新奇性恐怖症などがあり,生後すぐからそれらの傾向は認められる。一方で,ASD特性が強い青年期女性は,本来の自分と違うキャラクターを演じるカモフラージュを行うことも多く,医療者がASDの存在に気づけないことも多い。標準的な治療に抵抗性がある摂食症者のなかに,ASDを併発している方が多く,ASD特性を評価して,それを考慮した摂食障害の治療計画をするべきと考えられる。

摂食障害(摂食症)の絶望死をどう防ぐのか

著者: 山田恒

ページ範囲:P.1279 - P.1286

抄録
 摂食障害(摂食症),特に神経性やせ症は精神疾患の中で,最も高い死亡リスクを有することが知られており,自殺率も高い。重症のまま遷延し,社会的機能障害と孤立感から絶望して死に至るケースが存在すると考えられている。いまだ定義は確定していないが,重症遷延性神経性やせ症と呼ばれる一群に対する治療は,摂食障害治療の大きな課題の1つであり,罹病期間の短い,若年の神経性やせ症への治療とは異なる対応をする必要があることが示唆されている。従来の体重増加や症状軽減よりも,QOLや社会適応の向上を治療目標としたほうが有効であると考えられており,多職種チームで治療に当たることやリハビリテーションを活用することも勧められている。入院治療の際には非自発的治療も時に必要となるが,身体的改善を目標として,退院目標を明確化したなるべく短期間での入院治療が望ましいと考えられる。

[日本の治療環境に合わせた治療資源の拡充]

摂食障害相談支援と紹介ネットワークの構築

著者: 河合啓介

ページ範囲:P.1288 - P.1295

抄録
 2015年,厚生労働省は,宮城県,千葉県などの全国5か所の医療機関を摂食障害支援拠点病院(以下,支援拠点病院)に指定し,当事者・家族からの電話やメールの無料相談や地域連携支援体制の構築を行っている。さらに,2022年1月には,支援拠点病院が設置されていない都道府県に対して相談業務を行うため,当院が摂食障害「相談ほっとライン」事業を国立精神・神経医療研究センターから委託された。これらの活動を通じて,われわれは千葉県内の医療連携を推進し,基幹病院(国府台病院)への紹介割合は,2017年度94%から2021年度は19%に減少した。全国対象の「相談ほっとライン」は,人口の多い自治体在住者からの相談が多く,その内訳は,母親が51%,当事者が31%であった。相談内容は,受診先相談や対応相談が多く,また受診状況は未受診が21%,治療中や治療中断事例からの相談が57%であった。メールや電話などを用いた敷居の低い相談体制は摂食障害(摂食症)支援に有用である。

摂食障害支援拠点病院となること

著者: 佐野滋彦 ,   宮岸良彰 ,   水上喜美子

ページ範囲:P.1296 - P.1303

抄録
 当院は2022年10月3日,日本で5か所目の「摂食障害支援拠点病院」として指定され,その活動を開始した。本稿では摂食障害支援拠点病院に求められる条件や活動内容,それに伴って実際に当院で行っている活動の内容,拠点病院指定後に生じた摂食障害治療における変化などを,当院での臨床データを交えてお伝えする。

治療からリハビリテーションへのパラダイムシフト—なぜ摂食障害の地域支援は広がらないのか

著者: 武田綾

ページ範囲:P.1304 - P.1311

抄録
 精神障害者への国の施策として,多様なアウトリーチが展開されている。摂食障害の慢性例においても,症状の消失より生活のqualityの向上を目標に掲げることに考え方はシフトしつつある。そのため2000年頃からその取り組みが少しずつ始まり,まだ数少ないながらも地域における生活支援を目的にそれぞれの特性を活かして運営している。その中で見えてきたのは,いずれも本症者の日常生活における対人関係や自立課題,社会適応の困難さであり,その「生きづらさ」がこうした症状に置き換えられて否認されているものと思われた。医療機関や家庭だけではなく,社会での日常生活を通じて課題の解決が図れることが理想だが,本症者にも制度的にも現行の体制では難しく,今後どのような支援体制が可能かを考えていく必要がある。

研究と報告

コロナ禍におけるオンライン対人交流が主観的・客観的睡眠の質に与える影響—スマートウォッチを用いた縦断的検討

著者: 橋本里奈 ,   高橋史也 ,   滝沢龍

ページ範囲:P.1313 - P.1325

抄録
 対人交流が心身の健康に影響を及ぼす過程に睡眠の質の媒介が考えられている。本研究はコロナ禍における対人交流と睡眠の経時的関係を,主観と客観の両面から睡眠を評価することで検討した。【方法】スマートウォッチを用いて74名(平均年齢:22.8±2.35歳)に1か月間の縦断調査を行った。【結果】ベースラインの統制をした上でも,オンライン対人交流の頻度が客観的睡眠の質の向上を有意に予測した一方で(p<0.05),主観的睡眠(PSQI総合得点)は予測しなかった。【考察】これらはインターネットの利用の仕方次第で健康に良好な影響を及ぼす可能性と,客観的睡眠評価のバイオマーカー指標としてのスマートウォッチの有用性を示唆した。

書評

—「精神医学」編集委員会 企画 金生由紀子 編集 今村 明 辻井農亜 編集協力—いま,知っておきたい発達障害 Q&A 98—『精神医学』2023年5月号(増大号)

著者: 久住一郎

ページ範囲:P.1327 - P.1327

 最近の精神科診療は,発達障害概念を一つの軸に置いて診断や治療にあたらなければ成り立たないと言っても過言ではない。一般精神科診療においても,他の精神疾患に併存する形で発達障害が潜在していることが少なくなく,その知識や適切な対応が否応なく求められる時代となっている。そんな時に『精神医学』2023年増大号で組まれた特集「いま,知っておきたい発達障害Q & A 98」はまさに時宜にかなった大変有意義で実践的な内容の企画である。
 本特集は,98項目のクリニカル・クエスチョン(CQ)から成っているが,実際に,臨床の現場から質問を募集しただけあって,日常臨床でしばしば遭遇する問題が概念(7項目),疫学(2項目),病態(8項目),診断(24項目),鑑別と併存(19項目),治療(38項目)に分類されて並べられている。いくつか実際のCQを例に挙げると,「大人になって発達障害が発症することはありますか?」「発達障害はなぜ増えているのですか?」「発達障害を疑った時,どんな心理検査を実施するのがよいでしょうか?」「日常臨床の発達障害の診断に使いやすいツールを教えてください」「クリニックでの発達障害を疑われる患者さんへの対応のコツを教えてください」「患者さんに発達障害についてどう伝えるとよいでしょうか?」「発達障害の特性はあるものの診断閾値下(いわゆるグレーゾーン)である場合,今後,どのような対応が考えられますか?」「単身で受診した大人で情報がない場合に発達障害と診断するポイントを教えてください」「発達障害に併存症がある場合の治療の考え方を教えてください」「発達障害の感覚過敏について,どのような対応がありますか?」「比較的短い時間で発達障害の患者さんに対応する工夫はありますか?」などであり,一般精神科医にとって非常に参考になる項目が満載となっている。

--------------------

目次

ページ範囲:P. - P.

次号予告

ページ範囲:P.1328 - P.1328

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.1329 - P.1329

奥付

ページ範囲:P.1334 - P.1334

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?