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雑誌目次

雑誌文献

精神医学66巻1号

2024年01月発行

雑誌目次

特集 性差と精神医学—なぜ頻度や重症度に差があるのか

特集にあたって

著者: 明智龍男

ページ範囲:P.5 - P.6

 精神科診療に長く携わっていると,精神科医療における性差について考えさせられることも多い。たとえば,私自身は,男性は長い話をあまり好まない一方で,女性は話にじっくりと耳を傾けてもらうことへのニーズが高いように感じることも少なくない。そういった自身の感じ方も影響し,自分の専門領域であるコンサルテーション・リエゾンやサイコオンコロジーの診療の中で,意識的にも無意識的にも女性と男性で面接の方法や治療のアプローチを分けていることが多い。たとえば,女性ではまずじっくり時間をかけて気持ちの状態やストレスとなっている状態とその背景を聴きとることを優先する。一方,男性では,感情面に焦点を絞って聴くことよりも,その患者が抱えている問題点を共同作業で同定し,その解決方法を一緒に考えることへのニーズが高いのではないだろうか。個人差による影響はむろん大きいが,これらのことが結果的に自身の診療における面接の進め方などにも影響を及ぼしているように感じる。
 翻って,これはなぜなのだろうか。先日,産婦人科の医師と話す機会があり,そのことについて尋ねてみたところ,やはり女性特有のライフステージやエストロゲンなどのホルモンなどの影響は間違いなくあると思うが,それだけで説明できるかどうかは分からないということと,女性に対しては精神心理的な側面や感情面についての問題を扱いながら診療を進めることは疾患を問わず重要であると思う,との意見であった。また少し調べてみると,性差自体を研究テーマにした性差医学(gender-specific medicine)という領域があることも知った。女性と男性は生物学的に異なる面があり,また心理社会学的にもさまざまな異なる影響を受ける可能性があるので当たり前なのかもしれないが,考えてみてもうまく整理できず,その結果,私自身のそういった疑問が今回の企画につながった。

精神医学における性差

著者: 松島英介

ページ範囲:P.8 - P.16

抄録
 性差医療とは,男女のさまざまな差異に基づき発生する疾患や病態の違いを念頭に置いて行う医療である。精神疾患については,うつ病や不安症が男性に比べ女性で有病率が高く,また最も健康に負の影響が大きいという意味でも,性差医療の対象となることが考えられる。では,なぜうつ病や不安症は女性に多いのであろうか。うつ病では,遺伝的リスクやホルモンなどの生物学的要因,神経症傾向や反芻などの心理的要因,小児期の逆境体験やストレスなどの社会面の要因が男女差の背景として考えられる。また,不安症が女性に多い原因としては,対人関係などの心理社会的要因や,遺伝・ホルモンの変動などの生物学的な要因が挙げられている。さらに,うつ病と不安症は併存してみられることが多く,その際は不安症が先行して慢性化し,うつ病が発症してくる傾向がある。精神医療の中でも,この2つの精神疾患を中心とした病態をさらに研究することで,新たな知見が見出され,それによって患者への理解が深まれば,臨床に大きな貢献を果たすと思われる。

性の多様性を考慮した精神医療

著者: 小澤寛樹 ,   楠本優子

ページ範囲:P.18 - P.23

抄録
 性に関する精神医療は多角的な課題を内包している。科学的研究は進展しているものの,未解決の問題が山積している。映画やメディアは社会的認識を形成し,日本の法的環境も変化しており,トランスジェンダーの法的保障が進んでいる。診療場面での安全な環境設定には開かれたコミュニケーションの役割が大きい。治療者自身のスティグマとバイアス(先入観)が治療に大きな影響を与えるため,自己の忌避したい側面にさえ慧眼を持つことと継続的な研鑚が必要である。これらの要素は相互に絡み合い,複雑な問題を生むが,多角的なアプローチとレジリエントな研究がより効果的な治療につながると考える。

脳における性差

著者: 山縣文

ページ範囲:P.24 - P.31

抄録
 脳に性差はある。これは科学的事実である。進化の過程や性染色体,性ホルモン,胎内環境や出生後の生育環境が脳の性差へ影響していると言われている。しかしながら,どの要因がどの発達段階でどのくらいの重みをもって,脳の性差へ影響しているかは未解明のままである。ターナー症候群やクラインフェルター症候群といった性染色体異常を伴う疾患を対象とする研究や精神疾患の世代間伝達における性差の脳基盤を解明する研究はこの問題を解く鍵になるかもしれない。一方,脳の性差を考えるとき,男女間での多くの表現型の同等性についても考えることも重要である。

女性のライフサイクルと精神疾患

著者: 竹内崇

ページ範囲:P.32 - P.36

抄録
 女性の精神疾患を考える際に重要なことは,個々のライフサイクルについて把握することである。それは,女性ホルモンの変動やそれに伴う身体面の変化といった生物学的要因に加え,女性の役割の拡大などの心理社会的要因も,精神疾患発症に関与していることが考えられるからである。生涯を通じて,女性は心理社会的要因による負荷を強く感じており,それが精神疾患の発症や増悪,さらにワークライフバランスに影響を及ぼしていることから,ライフサイクル上のさまざまな変化について社会全体が理解し,女性の役割の負担軽減を図る環境づくりが求められている。

精神疾患とエストロゲン

著者: 菊山裕貴 ,   西田圭一郎 ,   金沢徹文

ページ範囲:P.37 - P.43

抄録
 若年女性のうつ病はエストロゲンが扁桃体と視床下部に存在するエストロゲン受容体α(ERα)に結合して恐怖や不安を惹起することが関係し,更年期以降の女性のうつ病はセロトニン神経細胞体が存在する縫線核においてERβへのエストロゲン結合が減少し,ERβによるセロトニン合成酵素のトリプトファンヒドロキシラーゼの転写が抑制され,セロトニン合成が減少することが関与する。
 プラスチックの原料であるビスフェノール類は内分泌撹乱作用があり,ビスフェノールAFはERαの刺激作用,ERβの拮抗作用を持ち,うつ病を引き起こしうる。近年のうつ病の増加はそのような環境汚染,つまり公害が関与している可能性もある。
 エストロゲンはB細胞に作用し,IgG・IgM抗体の産生を増加させるため,自己免疫疾患は女性に多い。非定型精神病の病態生理の一部には自己免疫疾患との共通点が存在することが想定されており,そのため,非定型精神病は女性に多い精神疾患となる。

性差と自閉スペクトラム症

著者: 山末英典

ページ範囲:P.45 - P.50

抄録
 社会的コミュニケーションの困難を中核症状とする自閉スペクトラム症(ASD)は,その疫学的頻度に最も顕著な男女差を示す医学的診断の1つである。社会行動の促進,男女差,ASDのいずれにも関与する物質にオキシトシンがあり,ASDの病態・病因解明や治療法開発の鍵となりうる物質として注目されている。筆者らは,オキシトシン投与で社会的コミュニケーションの障害やその脳基盤に治療効果がもたらされることを予測し,ASDの中核症状に対する初の治療薬の開発を試みてきた。その成果から,ASDあるいは神経性やせ症のように性差が顕著な病態については,性差に着目した考察から病態解明や治療薬開発のブレイクスルーが生まれる可能性に着目するべきだと考えている。

摂食症(摂食障害)における性差

著者: 小川晴香 ,   白石直 ,   明智龍男

ページ範囲:P.51 - P.56

抄録
 摂食症(摂食障害)はさまざまな合併症を伴い,致死率も高い重篤な精神疾患であり,主に思春期から青年期に発症し,女性に圧倒的に多い。性差が生じる原因は,遺伝や認知機能,脳内報酬系回路,性ホルモンなどの生物学的要因と,やせ願望を助長する家族や友人,メディアなどの社会文化的要因の相互作用によるものと考えられているが,まだ明らかにはなっていない。摂食症の重症度は,特に若年患者では女性のほうがより重症であり,女性はやせ願望が強いのに対し,男性はより筋肉質な体型を望むという特徴がある。一方,食事制限や代償行為などの摂食症症状については男女間に有意差はなく,治療に対しても同様に反応することが知られている。有病率の差から女性患者が注目されることが多い疾患であるが,近年男性の摂食症患者の増加が報告されているため,男性例を見逃さないようにすることも重要である。

うつ病は,なぜ女性に多いのか

著者: 寺尾岳

ページ範囲:P.57 - P.63

抄録
 女性にうつ病が多い要因として,遺伝的要因,性ホルモン,性成熟や性的虐待,月経前不快気分症候群,周産期うつ病,更年期うつ病,心理学的要因などを取り上げた。心理学的要因として具体的には,神経質,反芻思考,不安症の合併,対人関係のストレス,サポートのなさから受けるストレス,児童期の性的虐待などが男性よりも女性に多く,うつ病との関連が考えられた。性ホルモンのうち,従来から注目されているエストラジオールの影響に関しては,必ずしもエストラジオール濃度の低さで女性のうつ病を説明できるものではなく,一部のうつ病患者で特にエストラジオール濃度の変動に敏感な患者が存在することを指摘した。今後,女性のうつ病に特化した診断基準や治療法の開発が期待される。

アルコール依存症と女性

著者: 真栄里仁 ,   樋口進

ページ範囲:P.65 - P.72

抄録
 女性の飲酒は一般的となってきているが,女性は生理的にアルコールに脆弱であり,過度の酩酊,肝障害,乳がん,骨粗鬆症,暴力被害などの飲酒に起因する問題が生じやすい。妊婦の飲酒による胎児性アルコール・スペクトラム障害など女性特有の問題も多い。アルコール依存症でも女性は増加傾向である。女性依存症者は重複障害が多いが,原因として,精神的・社会的苦痛に対する自己治療としての飲酒が男性より強い傾向にある。また否認は少ないが,自責感が強い等の特徴があり,直面化を避け自己効力感の回復を図るなどの配慮が必要である。

なぜ不安症は女性に多いのか

著者: 塩入俊樹

ページ範囲:P.74 - P.80

抄録
 周知のごとく,不安症(anxiety disorders:AD)のほとんどは女性で多く発症する。また,女性AD患者では重症度が高く,臨床症状にも性差があるなど,女性とADとの関連性は男性に比し,より密である。では,この違いは何に起因するのであろうか。本稿では,これまでの知見を総見し,ADの性差に関し推定されるメカニズムについて,内分泌学的な観点に絞って論じた。そして,性ホルモン,特に,卵胞ホルモンであるエストラジオール(E2)や黄体ホルモンであるプロゲステロン(P4)の働き(例:E2とP4の両方が低値の時,恐怖の条件付けの消去が障害される),そしてそれら性ホルモンが月経周期に合わせて変動することが,女性のAD親和性に影響している可能性を示した。女性AD患者の診察・治療に際しては,月経周期も考慮すべきと思われる。

統合失調症と性差—なぜ男性の病理は重いのか

著者: 兪志前 ,   小松浩 ,   富田博秋

ページ範囲:P.81 - P.87

抄録
 統合失調症は長期にわたって精神活動,認知機能や社会機能に多様な影響を及ぼす精神疾患であるが,罹患した男性と女性を比較すると,発症年齢,精神症状,認知機能,社会機能などへの影響の現れ方に異なる特徴が認められることが知られている。このような男女差が生じるメカニズムについては不明な点が多い。本稿では,統合失調症の表現型の現れ方に認められる性差に関する知見を概説し,その性差の背景となる筆者らの研究成果も含め,遺伝子要因,環境要因,性ホルモン,炎症性メカニズムなどの観点から統合失調症に認められる性差のメカニズムについて検討する。

自殺関連行動における性差—自殺企図行動のプロセスとジェンダー・パラドックス

著者: 小熊貴之 ,   石橋竜太朗 ,   河西千秋

ページ範囲:P.89 - P.94

抄録
 自殺死亡は男性に多いが,自殺未遂や自殺念慮は女性に多い。この自殺関連行動における性差は「自殺行動のジェンダー・パラドックス」として知られている。また,「自殺プロセス」は,自殺を企て,繰り返すうちに非致死的な手段から致死的な手段へと移行し,最終的に自殺死亡へと進行していく概念である。本稿では,国内外の知見を基に,自殺行動のジェンダー・パラドックスが生じる理由について,生物的,心理的,そして文化・社会的な性差が自殺プロセスに与える影響を検討し,自殺プロセス自体に性差が生じており,自殺行動のジェンダー・パラドックスを形成する要因となっていることを論考した。今後の展望として,自殺関連行動の性差に着目した研究が発展することで,自殺行動のジェンダー・パラドックスが真の意味で解消されることを期待している。

古典紹介

シャルル・ラセーグ—ヒステリー性拒食症について【第2回】

著者: 西依康 ,   稲川優多 ,   加藤敏

ページ範囲:P.96 - P.106

(第65巻12号より続く)
 私は2人の同僚とともに,私が強調しようとしている希少な特徴をよく表している事例を観察した。20歳の若い女性で,彼女は歌の練習をしたのに引き続いて,喉頭の痙攣性か何かの苦しみに襲われた。それが痛みと呼ぶにふさわしいかどうかはともかくとして,それは不明瞭で,説明が難しく,しかし大いに不愉快な感覚であった。患者はまず歌うのをやめてしまい,頑なに,もう二度と歌ってみようとしなくなった。前々から彼女は,歌うことは自分の能力を超えていると明言していたのである。新たに努力することを求められなければ,彼女は休むことしか望まない。治るならばどれほどよいかと言うことさえある。しかしそれは,彼女に誰も新たな努力を求めない時に限られている。最も合理的な治療も効果を上げぬまま,この不調は1年近く続いた。
 中等度の痛みを伴う同様の現象が,もはや歌っている時ではなく,ただ話をするということだけでも繰り返されるようになった。それは同じく漠然としていて,やはりやる気をそぐものだった。患者は完全な緘黙に陥り,一言でも発するよりはメモ帳に書くほうを好むようになった。こうして彼女は自発的な隔離生活に閉じこもり,家族や世間との関係を一切遮断した。彼女は,自分の考えの中から,自分にはこの状況は耐えられそうにないと書き,薬を拒否することは全くなかったが,しかし周囲から絶えず急かされても,話すことを決心することはできなかった。彼女が尻込みする困難の理由を執拗に尋ねられると,彼女はこう答えた。「苦痛が大きいわけでは全然なかったけれど,それに立ち向かう力があると思えないのです」。極めつけのもったいぶった調子で,彼女がほんの少しばかり言葉を話したことがあるが,その声ははっきりとよく響き,そこに何の障害も認められなかった。喉頭を注意深く検査したが,何の異常もなかった。

書評

—三村 將 担当編集 〈講座 精神疾患の臨床〉3—不安または恐怖関連症群 強迫症 ストレス関連症群 パーソナリティ症/—久住一郎 担当編集 〈講座 精神疾患の臨床〉4—身体的苦痛症群 解離症群 心身症 食行動症または摂食症群

著者: 根本隆洋

ページ範囲:P.109 - P.109

 高機能デバイスに関し,私はいつも周回遅れである。携帯電話も「ガラケー」で頑張ってきたが,2〜3年前にいよいよサービス終了とのことで,仕方なく「スマホ」にした。設定がよくわからず,ほぼ電話機能のみの使用であったが,最近ようやくアプリがダウンロードできるようになり「スマートフォン」になった。パソコンでも,Windows 11への更新を「あとで」と先延ばししてきた。すると,ある朝,勝手に更新されていた。遅くなったり不便になったりした点も複数あるが,仕方がない。研究室のWindows 8.1のデスクトップパソコンは,期日までにLANケーブルを抜くよう大学から通達があった。そして,ただの箱になった。
 精神科における操作的診断基準の変遷に関わる個人的体験は,これらに似ている。格別不自由さはないのに変わっていく。新しいほうの粗を探し,用語の不慣れに眉をひそめ,拒むわけではないが古いままでもと,得心を試みる。しかし,携帯電話やパソコンのように,新しさを受け入れ馴染むしかないのである。DSM-IVがDSM-5になり,そしてICD-10がICD-11になった。DSM-5は大きく変わったが,従前的なICD-10の存在が現状維持の許容感を醸し出していた。しかし,DSM-5と連動するかたちでICD-11も激烈な変化を遂げた。危急反応“fight or flight”。闘争か逃走か,逃げ道が塞がれたからには,向き合い学ぶしかない。

—宮坂道夫 著—弱さの倫理学—不完全な存在である私たちについて

著者: 山内志朗

ページ範囲:P.111 - P.111

 著者は倫理を次のように宣言する。倫理とは,「弱い存在を前にした人間が,自らの振る舞いについて考えるもの」であると。
 倫理学は正義とは何か,善とは何か,幸せとは何か,そういったことを考える学問だと考えられている。ただ,そういった問題設定は強い者目線での思考に染まりがちだ。強さは戦いを招き寄せる。だからこそ,世界的な宗教は,キリスト教も仏教も徹底的に弱者の地平から人間の救済を考えてきた。本質的に人間は弱く不完全であり,不完全なまま生き続けるものであるという事態を前にして,私たちは絶望に陥らず希望を語ることが求められている。

日本精神分析協会 第42回 学術大会

ページ範囲:P.31 - P.31

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目次

ページ範囲:P.3 - P.3

次号予告

ページ範囲:P.112 - P.112

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.113 - P.113

奥付

ページ範囲:P.118 - P.118

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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