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雑誌目次

雑誌文献

精神医学66巻11号

2024年11月発行

雑誌目次

特集 「難治例」の臨床—治療に難渋する時の診断,治療,そして予防

特集にあたって フリーアクセス

著者: 鈴木道雄

ページ範囲:P.1365 - P.1365

 精神科の診療において多くの患者さんと接すると,いわゆるファーストラインの治療によって,さしたる苦労もなく速やかに改善していく人は少なくない。しかしながら,標準的な治療が奏効しない,あるいは薬物療法に対する不耐性などのために治療が十分に行えないなど,期待するような治療効果が得られないこともしばしば経験する。時には,利用可能なあらゆる治療リソースを注ぎ込んでも改善せず,精神科医療の限界を感じるような症例に遭遇することもある。いわゆる「難治例」あるいは「治療抵抗性症例」の背景には,患者側の要因として,疾患自体の病態だけでなく,種々の併存症,あるいは発達特性やパーソナリティ傾向など診断には至らない程度の併存する特徴,家族関係,トラウマ体験など多くのものの関与がありうるだろう。また,その「難治性」が治療者側の要因に由来することも当然ありうる。さまざまな要因がもたらす「難治性」は,家庭生活や社会生活に長期的悪影響を及ぼし,時に長期入院の原因となる。「難治例」は診断カテゴリーにかかわらず経験されるが,なかには診断カテゴリー自体が「難治」という印象を与えるものもある。いずれにしても私たちは,治療に難渋した時に,その患者さんに対して,少しでも良い治療効果をもたらすために何を為すべきかという,困難かつ重大な選択を迫られる。

「難治例」をどう理解するのか

著者: 中込和幸

ページ範囲:P.1366 - P.1374

抄録
 難治性,治療抵抗性とは,標準的な治療に十分な反応を示さないこと,と定義される。すなわち,実際に難治性,治療抵抗性症例を抽出しようとしたら,標準的な治療とはどこまでの治療を指すのか,十分な反応とは何がどの程度よくなることを指すのか,を明らかにする必要がある。精神科領域における治療法は,薬物療法が中心であることは確かだが,心理社会的治療やニューロモデュレーションなど,異なるモダリティによる治療のエビデンスも増えてきている。一方,十分な反応に関しては,治療ターゲットが単なる症状改善から社会機能やQOLの改善を目指す医療へと変化がみられている。しかし,各研究間のプロトコルが一様でなく,難治性,治療抵抗性の定義に加えづらいことから,臨床現場における“治療に難渋する症例”とはずれてしまう傾向がある。今後は,大規模なレジストリによって縦断的なリアルワールドデータを収集し,難治性,治療抵抗性を層別化し,新たな治療法の開発につなげていくことが期待される。

治療抵抗性統合失調症の診断と治療

著者: 岡田和樹 ,   金原信久

ページ範囲:P.1375 - P.1382

抄録
 治療抵抗性統合失調症(TRS)は,標準的な抗精神病薬治療に対する反応性や耐容性が不良であるものとして定義される。TRSの形成機序の詳細は不明な点が多く,少なくとも異質性があると推定されている。その一部にはドパミンD2受容体の過感受性獲得が関与しているとする仮説もある。クロザピン(CLZ)はTRSに対する第1選択薬として推奨され,そのほかの治療として電気けいれん療法が選択肢となる。心理社会的治療の有効性も示唆されているが,エビデンスが限られており,今後研究の余地が大きい。よってTRSの治療において,適切な抗精神病薬治療が重要であり,抗精神病薬特有の有害事象にも配慮が求められる。エビデンスに基づいた治療を行いながらも,患者個々のニーズに応じた柔軟な対応を心掛け,最適な医療の提供を目指すことが求められる。

双極症における難治例

著者: 原田舟 ,   松尾幸治

ページ範囲:P.1383 - P.1389

抄録
 双極症とは,エピソード性の気分症で,経過中に躁・軽躁・抑うつなどのエピソードが発生することで定義されるが,標準的治療が奏効しない難治例もしばしば経験される。難治性(治療抵抗性)の診断のために,まずは診断の誤り,併存する身体疾患や他の精神疾患の有無の影響,服薬アドヒアランス不良,忍容性不良による治療継続困難,薬物代謝などの見かけ上の難治性を評価する必要がある。治療に関しては,薬物療法・非薬物療法ともにエビデンスは不十分である。一部のガイドラインでは治療抵抗性双極症,急速交代型双極症の治療に関する推奨はあるものの,本邦の保険適用の薬物療法ならびに非薬物療法の候補は非常に少なく,本邦適応外使用薬あるいはサプリメント,本邦未承認の薬剤が多いため,実臨床への対応には注意を要する。

難治性うつをどう考えるか

著者: 渡邊衡一郎 ,   村尾昌美

ページ範囲:P.1390 - P.1400

抄録
 なかなかうつが治らない病態について,これまでは「治療困難性うつ病(treatment resistant depression:TRD)」と呼ばれてきた。薬物療法をいくつか施しても効果がみられないから別の治療をという発想であったが,最近では,評価尺度を用いて症状を正しく評価したうえで診断の再検討を行い,さらに当事者のパーソナリティや発達傾向などの素因も加味し,当事者と共に,対処行動を含めた治療アプローチを考えていくという「難治性うつ病(difficult to treat depression:DTD)」という考え方に変わってきている。この考えは急性期での反応の乏しさだけでなく,急性期に見られた「反応」が持続しない例についても含め,慢性疾患モデルで考えるというものである。
 DTDは,対応についても「治療」という考えにとどまらず,転帰不良因子として併存症などをコントロールし,心理社会的機能を改善させ,ゴールを当事者と話し合い,さまざまな対応に加え,当事者自らがセルフケアを駆使するというものである。
 なかなかうつがよくならないと,当事者や家族,そして治療者自身も諦めてしまっていることが多い。さまざまな観点に立って諦めずに多様な取り組みを行うことを強調したい。

不安症群の「難治例」—治療に難渋する時の診断,治療,そして予防

著者: 塩入俊樹

ページ範囲:P.1402 - P.1410

抄録
 本稿では,まず,そもそも不安症群(ADs)は「難治性」になりやすいことを再確認した後,最近提案されたADsの「難治性(=治療抵抗性)」に関する定義について紹介する。次に,筆者が経験した3大ADであるところの,パニック症,社交不安症,そして全般不安症に関して「難治性」ケースを記した後,「難治性」の要因や治療に難渋する際の診断の再検討と治療の再構築,さらに「難治例」にならないための予防について,最近の知見を基に筆者の経験を述べる。最後に,開発段階にある薬物による今後の「難治例」治療の可能性についても言及する。

強迫症の標準的治療における難治化要因とその対応

著者: 向井馨一郎 ,   松永寿人

ページ範囲:P.1411 - P.1417

抄録
 強迫症(OCD)は,反復的な思考や行動,「強迫観念」と「強迫行為」を特徴とする精神疾患である。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI),認知行動療法(CBT),および,その併用療法が標準的治療として推奨されているが,本邦のOCDに適応のあるSSRIは2剤のみであり,CBTの普及も十分とは言い難い。このような状況で,標準的治療の治療効果を最大化するために,発症早期・早期介入の実践,治療抵抗性要因の同定・適切な介入が望まれる。また,OCDの治療は長期化しやすいが,再発・再燃予防の観点から治療開始後2年間に完全寛解に至ることが望ましい。本稿では,症例呈示をまず行い,OCDを中心に,本邦における強迫症および関連症群の診療での注意点や限界を論じ,活用可能な医療資源の最大化のための方策を含め総括したい。

心的外傷後ストレス症(PTSD)難治例の臨床

著者: 堀弘明

ページ範囲:P.1418 - P.1426

抄録
 心的外傷後ストレス症(posttraumatic stress disorder:PTSD)は難治化しやすく,その要因として以下のようなものが想定される。第1に,PTSDの治療薬は選択肢が乏しく,そのうえ特別な技法による心理療法が第1推奨治療とされているため,一般的な精神科臨床においてやや扱いにくいと考えられる。第2に,種々の精神疾患を併存している例が多く,そのようなケースではPTSDに加えて併存疾患の治療も必要となるため治療が難しくなりやすい。第3に,トラウマの性質も予後に影響し,特に持続性・反復性トラウマのケースでは難治化する傾向がある。本稿では,PTSDの難治例にみられることの多い上述の各要因を検討し,それに基づく治療法や対処法を概説する。PTSDの難治化を防ぐには,第1に基本的な対応と治療が肝要であり,そのなかには日常臨床の範囲で実施できることも多い。PTSD難治例を大幅に減少させるには,これらの臨床家の努力に加え,新規治療薬開発や効果的な心理療法の普及も重要となる。

解離症—「難治例」の臨床

著者: 田中究

ページ範囲:P.1427 - P.1433

抄録
 解離症の難治を定義するのは困難であるが,解離症状の重篤さや遷延性,身体症状や精神症状などの併存症状の重篤性,社会的および職業的影響の深刻さ,治療終結の困難さがそれを示しているのであろう。その難治をもたらしているのは,解離自体の主体の保護作用であり,薬物療法の無効である。また,解離の治療は主体の思考と感情・感覚の分離の解消を目指すが,身体感覚の主体への統合を意図するアプローチは狭義の医学的治療・心理療法にはのりにくいことも1つの要因かもしれない。臨床家にできることは,解離症の背景にある患者の心的ストレスを理解し,その対処を患者が自分のものとするまで丁寧に一緒に考えていくことであろう。

身体症状症を難治化させる要因とその対処法

著者: 吉原一文

ページ範囲:P.1435 - P.1441

抄録
 身体症状症は,身体症状に対する反応としての過度な思考,感情または行動に基づいて診断される。また,精神疾患における「難治例」とは,症状が通常の治療法では治りにくい,または治療効果が不十分である症例を示すことが多い。しかし,身体症状症の患者は,ほかの精神疾患の患者と異なり,症状が身体症状であるため,通常の精神科での治療法を導入することさえ困難になる場合が少なくない。そこで,本稿では身体症状症を難治化させる要因とそれらの対処法について解説する。身体症状症の難治化を防ぐためには,個々の患者の危険因子,持続因子,増悪因子などの心理社会的要因を明らかにして,どのように患者の症状に関与しているのかを検討し,それらの要因に対処することが重要である。

摂食障害難治例に対する治療的介入とは

著者: 林公輔 ,   西園マーハ文

ページ範囲:P.1442 - P.1447

抄録
 摂食障害の難治例は重症遷延性摂食障害(SEED)や重症遷延性神経性やせ症(SE-AN)と呼ばれており,主に罹病期間と失敗した治療回数が難治の目安である。難治例の場合は特に,症状の回復を目指す医学的リカバリーだけでなくパーソナル・リカバリーの視点も重要であり,治療方針については患者とよく話し合って決定するべきであり,状況に応じて治療契約を見直す必要がある。一方で,回復する例のあることも忘れてはならない。また,現代における摂食障害の精神病理や症状の背後にある心理的な課題についても検討する必要がある。治療継続のためには海外の方法を取り入れるだけでなく,デイケアなど,既存の方法を活かすことも考えたい。支援体制の充実に関しては近年設置された摂食障害全国支援センターと摂食障害支援拠点病院に期待したい。さらには,難治化する前に予防・早期介入することが喫緊の課題であり,そのためには教育現場との協働が不可欠である。

「ボーダーラインパターン」というシナリオを想定してみる

著者: 白波瀬丈一郎

ページ範囲:P.1448 - P.1453

抄録
 本稿では,治療者がいわば「医原的に」ボーダーラインパターンを難治性にしている側面を,シナリオという言葉を使って考察した。シナリオは色眼鏡の働きをし,治療者はその色眼鏡越しに患者を見るようになる。シナリオに影響されるのは治療者だけでなく,その色眼鏡で見られる患者のほうも知らず知らずのうちにシナリオに沿った言動をするようになる。ボーダーラインパターンの難治性の中には,こうしてできあがっている部分がある。ここで重要なのは,こうした部分はボーダーラインパターンの治療では不可避的に生じるということである。したがって,治療者に求められるのは,シナリオの存在に気づき,それを外して患者との直の交流を回復させることである。そのための方策として,心理療法を学ぶことで虚心坦懐に患者の話を聞き患者の理解に努める基本姿勢を身につけること,スーパービジョンを受けること,症例検討で率直なコメントを受けることなどがある。

神経発達症の二次障害—強度行動障害の状態を呈する場合

著者: 會田千重

ページ範囲:P.1454 - P.1460

抄録
 強度行動障害とは,自傷,他害,こだわり,もの壊し,睡眠の乱れ,異食,多動など本人や周囲の人の暮らしに影響を及ぼす行動が,著しく高い頻度で起こるため,特別に配慮された支援が必要になっている「状態」である。強度行動障害にはさまざまな状態像が含まれているが,強い自傷や他害,破壊などの激しい行動を示すのは重度・最重度の知的障害を伴う自閉スペクトラム症の人が多く,自閉スペクトラム症と強度行動障害は関連性が高いと言われている。強度行動障害は,その原因の多様性や生物学的要因を含めたハイリスク群の存在など,難治となる理由がいくつか考えられる。基本的には行動療法(応用行動分析),TEACCH®自閉症プログラムに基づく構造化,PECS®(絵カード交換式コミュニケーションシステム)などを用いたコミュニケーション支援,などの心理社会的介入を中心に,薬物療法は補助的に行うが,福祉や教育機関などとの連携により,予防,地域支援体制づくりを意識することが非常に重要である。

認知症患者の行動・心理症状

著者: 赤川美貴 ,   池田由美 ,   數井裕光

ページ範囲:P.1461 - P.1467

抄録
 「難治」とは「病気が治るのが難しい」という意味である。認知症における難治を考える際に,さまざまな視点で考えることができる。そのなかでも行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia: BPSD)を伴うと,家族の負担,本人の危険,薬の治療における身体的な合併症の考慮など,一気に「難治」の度合が跳ね上がる。BPSDのほとんどは身体的に末期になる以前にピークを迎え,認知症患者の60〜90%が少なくとも1つ以上のBPSDを呈すると言われており,認知症の診療では避けられない問題である。本稿では,最初にBPSDとその治療法の総論的内容をまとめ,その後に,BPSDに対する治療や対応に難渋した,アルツハイマー型認知症,レビー小体型認知症,前頭側頭型認知症それぞれの症例を提示し,難治例に対する介入について考察した。

せん妄あるいはせん妄様の難治例

著者: 八田耕太郎

ページ範囲:P.1468 - P.1474

抄録
 せん妄は,DSM-5で定義される疾患カテゴリーであり,臨床的には状態像でもある。その難治例とは,遷延するという特徴で捉えられるであろう。本稿では代表的な病態として,認知症に伴う行動・心理症状に重畳するケース,脳卒中・脳挫傷・脳炎のエピソード発生から通過症候群への移行期,低酸素症,終末期せん妄,ウェルニッケ脳症あるいはペラグラを挙げ,診断の再検討や治療の再構築について概説する。

てんかんでみられる精神症状の難治例

著者: 西田拓司

ページ範囲:P.1475 - P.1481

抄録
 てんかんのある人でみられる精神症状は心理社会的要因,生物学的要因があり,側頭葉のネットワークの障害との関連が示唆されている。てんかんでみられる精神症状の難治化の要因はわかっていないが,てんかんの精神症状はその出現機序から,てんかん発作および治療(抗てんかん発作薬,外科治療)との関連を考慮する必要がある。特に,発作後精神病,抗てんかん発作薬関連の精神症状,強制正常化,てんかん外科治療後にみられる精神症状などてんかん特有の精神症状を来す症例から,てんかんでみられる精神症状の難治化の要因を考察する。新規抗てんかん発作薬には精神的副作用が多くみられるものがあり,現在,治験中,あるいは開発中の薬剤は精神的副作用にも注意が払われている。今後はてんかん発作の抑制だけでなく,精神的副作用の少ない,あるいは精神面にポジティブな作用をもつ抗てんかん発作薬の開発が期待される。

短報

自閉スペクトラム症を併存し診断が困難であった右島皮質てんかんの1例

著者: 大竹眞央 ,   谷口豪 ,   加藤英生 ,   藤雄一朗 ,   中田千尋 ,   中川栄二

ページ範囲:P.1483 - P.1487

抄録
 自閉スペクトラム症(ASD)は一般人口に比較しててんかんが併存しやすく,てんかんの併存がなくとも脳波異常を認めることが多い。また,てんかん発作の症状とASDに関連する行動障害の鑑別が難しく,てんかんの診断に苦慮することが多い。今回,長年確定未診断であったてんかんを併存したASDの症例を経験したため報告する。症例は10代後半の男性で,7年前から自律神経発作(autonomic seizure),2年前より運動亢進発作(hyperkinetic seizure)を認めていたが,てんかんの診断には至らなかった。強直発作(tonic seizure)の症状からてんかんを疑われ,精査で右島皮質てんかんと診断しラコサミドが開始となり発作は抑制された。ASD特性に配慮した問診,ビデオの活用,専門医との連携が重要と考えた。

書評

—樋口 進 担当編集—〈講座 精神疾患の臨床〉8—物質使用症又は嗜癖行動症群 性別不合 フリーアクセス

著者: 堀井茂男

ページ範囲:P.1489 - P.1489

 シリーズ〈講座 精神疾患の臨床〉8『物質使用症又は嗜癖行動症群 性別不合』が出版された。本書は,20余年ぶりに新しいICD-11に準拠し,最新の知見と臨床上必要な疾患を中心に構成されており,ICD-10からの変化やDSM-5との関係も必要に応じて解説されている。総じて,これまでの断片的な情報が具体化されており,実地臨床への配慮もなされ,たいへん興味深い編集となっている。
 本書は,いわゆる依存または嗜好に関係する物質使用症又は嗜癖行動症群(disorders due to substance use or addictive behaviours)とそれに関連する衝動制御症群(impulse control disorders)およびパラフィリア症群(paraphilic disorders)を取り上げており,別に性別不合(gender incongruence)も収載している。物質使用症又は嗜癖行動症群のICD-10からの最大の変化はこの群に嗜癖行動症が加わったことで,例えば「病的賭博」はICD-11では「ギャンブル行動症」と名称が変わり,この症群に分類され,「ゲーム行動症」は新規にこの症群に分類された。なお,「ゲーム行動症」は日本や韓国で多くみられ,本書編集の樋口進氏のWHOでの活躍により疾患となったものであることは特筆しておきたい。

—森田達也,明智龍男 著—死を前にしたひとのこころを読み解く 緩和ケア÷精神医学 フリーアクセス

著者: 兼本浩祐

ページ範囲:P.1491 - P.1491

 この本の著者の1人,明智龍男先生のお話は直接何度か聞かせていただき,同じ地域で働いていたこともあって,そのお人柄も良く知っているつもりでいたのだが,この本を通読して改めて思ったことがある。
 まずは,「変えられるものを変える勇気を,変えられないものを受け容れる冷静さを,そして,変えられるものと変えられないものを区別できる知恵を」というニーバーの祈りのことである。以前,明智先生からそのお話を聞いて感銘を受け,ニーバーの本も購入したが,この言葉にどうして自分が惹かれたのか,今回の本を読んで改めて感ずるところがあった。この言葉は,精神科医が身体に関わろうとする時に,常に突きつけられる困難を集約している。死はもっとも端的に身体の問題であるのはいうまでもないが,たとえば評者が専門とするてんかんも,時に抗いがたい身体の問題として現れる。死は究極の変えることができない私たちの身体の宿命である。てんかんは多くの場合は幸いなことに「変えられる」が,しかし時には身体の論理が私たちを圧倒し,その時点では人の力では抗うことができないてんかんの発作も存在する。目の前にある苦しみが,変えることができるものなのか,それとも変えられないものなのかを見誤ることは許されない。しかし神ならぬ私たちはそれでも時として見誤るのである。だから,どうか間違いませんようにと祈らざるをえない。

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目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.1363 - P.1363

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.1492 - P.1492

奥付 フリーアクセス

ページ範囲:P.1498 - P.1498

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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