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雑誌目次

論文

精神医学66巻3号

2024年03月発行

雑誌目次

特集 精神疾患への栄養学的アプローチ

特集にあたって

著者: 功刀浩

ページ範囲:P.241 - P.241

 現代の先進国においては,大部分の人は,がん,心臓病,脳卒中のいずれかが死因となって亡くなる。これらの疾患には食生活や運動などの生活習慣が重要なリスク因子になることは,20世紀の間に常識となり,「生活習慣病」と言われるようになった。
 21世紀になり,精神疾患や神経疾患などの脳の病気についても食生活や運動などの生活習慣が重要なリスク因子となり,治療においても重要な役割を果たすことを示すエビデンスが次々に報告されている。筆者は,精神疾患,特にうつ病や認知症などは「生活習慣病」と言えるのではないかと考えている。

editorial 現代の食事における栄養学的問題

著者: 功刀浩

ページ範囲:P.242 - P.246

 ヒトの遺伝子は,猿人の時代から何百万年も続いていた狩猟採集生活における生存に有利なように進化したと考えられる。しかし,食生活はこのわずか1万年程度の間に,農耕文化の時代を経て,精製・加工食品の時代へと大きく変化した。第一に,日本を含む先進国では食糧が豊富にあり,ほとんどの人は飢餓に苦しむことはなくなった。さらに,車社会の発展による運動不足により必要な摂取エネルギー量も低下し,エネルギー過剰摂取になっている人が増えている。また,加工食品の増加や食の欧米化により,ヒトが本来摂取すべき栄養のバランスが崩れてきている。そうした急速な環境/生活習慣の変化に遺伝子の進化が追いつくはずもなく,それによって糖尿病,高血圧,循環器疾患,脳血管障害などの生活習慣病が生じた。こうした食生活の変化は精神疾患の発症や予後を規定する重要な要因にもなることは,本特集の他稿で詳細に述べられている。
 しかし,「文明化の過程で人類は進化しているはずであり,食生活が悪化している」などということが起きているはずがない」と,漠然と思っている人も少なくない。そこで,本稿では,現代の食生活における問題について少し詳細にみてみよう。

栄養素と脳機能

著者: 小川眞太朗

ページ範囲:P.248 - P.255

抄録
 脳の機能や発達,調節を司るための栄養素は外界から摂取され,すべての脳機能および精神神経機能は栄養素によって支えられている。神経系の機能維持や活性物質の産生,炎症の制御,脳の構造の形成,代謝経路のつながりなどにおいて栄養素は共働し,各アミノ酸や脂肪酸,微量栄養素は多面的な役割を持つ。また,栄養のシステムは全身的に機能し,中枢と末梢との密接な連関も存在する。個人ごとの遺伝的特徴や生活状況あるいは身体状態は必要とする栄養素やその量を大きく変化させ,精神疾患の病態機序とも関連しうる。言い換えれば,適切な栄養学的アプローチによって精神疾患の予防や治療の促進などが可能となるかもしれない。精神栄養学の臨床的応用に向けて,プレシジョン(個別化/精密)栄養学や時間栄養学の視点,モニタリング,食事様式への着目などが有用な可能性がある。将来的な精神栄養学では,包括的かつ,個別化されたアプローチの重視が必要である。

精神神経疾患と腸内細菌・プロバイオティクス

著者: 廣瀬俊輔 ,   真田建史

ページ範囲:P.256 - P.261

抄録
 近年,腸内細菌叢が腸を介して脳に影響を与え,相互に作用し合うという腸内細菌叢-腸-脳軸連関(microbiota-gut-brain axis:MGBA)が注目されている。特に次世代シーケンス技術を用いたメタゲノム解析の手法が確立されたことで,2010年以降に報告が増えている。精神神経疾患の中では,うつ病や自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)において基礎および臨床研究が多く報告されている。腸内細菌叢の構成が疾患の発症や症状の程度に関連していると報告されており,プロバイオティクスの利用についての報告も増えている。従来の治療に比較し,経済的かつ安全性の高さが明確な利点であり,今後注目されるべき治療介入である。本稿では,うつ病,ASDと腸内細菌叢の関連およびプロバイオティクスの利用に関する最新の知見をまとめた。

うつ病の栄養学的要因と介入の効果

著者: 橋本みどり ,   功刀浩

ページ範囲:P.263 - P.267

抄録
 うつ病の栄養学的要因と介入の効果について概説する。エネルギー過剰摂取と関連する肥満,メタボリック症候群,糖尿病は,うつ病と双方向性にリスクを高め合う。栄養バランスの偏った欧米食,超加工食,ジャンクフードはうつ病リスクを高め,地中海食や健康日本食はリスクを下げる。n-3系多価不飽和脂肪酸,ビタミン(ビタミンD,葉酸),ミネラル(鉄,亜鉛),必須アミノ酸の摂取不足はうつ病リスクを高め,これらの栄養素の補充の有効性が示されている。したがって,エネルギー過剰摂取に注意し,地中海食や健康日本食に代表される健康的な食生活を心がけ,蛋白質やn-3系多価不飽和脂肪酸を十分摂取するように意識すること,また,微量栄養素をモニターし,必要に応じて補充することが,うつ病の予防や治療に有効である。

統合失調症における栄養学的問題と対処法

著者: 大賀慎平 ,   菅原典夫 ,   古郡規雄

ページ範囲:P.268 - P.273

抄録
 統合失調症の患者は一般人口と比べて平均余命が短く,その死因として心血管疾患の割合が高いことが報告されている。その背景には糖尿病やメタボリック症候群(MetS)といった心血管疾患のリスクとなる病態がある。また,MetSの合併割合は,外来患者と入院患者で大きく異なっているが,糖・脂質代謝異常は認知機能にも影響を与えることが知られている。本稿では抗精神病薬に関連するMetSや糖・脂質代謝異常の発症リスクなどの実態と,それに対する医学的介入に関する考察を行い,食事療法や運動療法といった非薬物的アプローチの有効性についても触れる。

認知症のリスク因子と食生活からの予防

著者: 大塚礼

ページ範囲:P.275 - P.281

抄録
 認知症のリスクの35%は修飾可能な因子であり,中年期の高血圧や肥満,高齢期の喫煙や運動不足,糖尿病など,その多くは生活習慣に起因する。食事や栄養はこれらの保護・促進因子として間接的に,あるいは直接的に認知症発症と関連していると考えられる。
 本稿では,日常の食事は脳とどのような関係性を持つのかを考える。その上で,認知機能の保持効果が報告されている食・栄養学的要因を国内外の研究動向を踏まえ概説する。これまで観察研究結果に基づいた栄養学的介入試験が実施されてきたが,栄養介入単独では十分な改善効果は認められていないため,その解釈を考察する。運動の認知症予防効果にも触れ,脳の老化予防に有用と考えられる栄養バランスのよい食事について考える。

神経発達症における栄養学的問題と介入法—自閉スペクトラム症および注意欠如多動症を中心に

著者: 小松静香 ,   大原伸騎 ,   高橋秀俊

ページ範囲:P.282 - P.287

抄録
 神経発達症における食事や栄養学的問題の重要性は古くから認識されており,偏食などの食行動の問題に加え胃腸障害や摂食障害,肥満などの併存も多い。特に,自閉スペクトラム症や注意欠如多動症では,食行動の特徴,栄養学的問題および病態との関連,介入法(ビタミン・ミネラル・長鎖多価不飽和脂肪酸などの補充やグルテンフリー・カゼインフリー食など)について最近研究が進められており,本稿ではこれらに関して概説する。
 神経発達症の病因には複数の遺伝的な要因に加え多数の環境要因が想定され,食事内容には地域差もあるため,栄養学的介入の有効性に関して一貫した結論は,まだ得られていない。しかし,栄養が日常生活に与える影響は大きく,これまでの知見を活かした食事摂取状況や栄養状態に関する慎重なアセスメントに加え,落ち着いた食事摂取環境の調整を含め神経発達症特性に応じたスモールステップでの介入が求められる。

摂食障害患者の栄養食事療法

著者: 関根里恵

ページ範囲:P.288 - P.294

抄録
 摂食障害は,思春期の心理社会面や身体面の健康に大きな影響を与え,若すぎる死のリスクの増加と関連している。ほとんどの思春期患者は問題を認知できず,治療の実施がとても難しいケースが多い。したがって,長期間の悪影響を避け早期に効果的な治療を行うことが重要である。摂食障害患者の栄養食事療法において治療のゴールは体重回復となるが,摂食障害の精神病理を維持するメカニズムを修正していかなければ,治療を継続することは難しい。認知行動療法改良版(enhanced cognitive behavior therapy:CBT-E)は,思春期患者の治療モチベーションに注意を払い続け,患者自身が行動を再びコントロールできるよう支援し続けるという考えに基づいている。摂食障害患者の栄養食事療法においては,CBT-Eを十分理解した管理栄養士が治療に参画すべきであり,医師や心理士と綿密な連携をとりながら患者や家族との良い治療関係を構築し,低栄養の改善・体重回復に努めることが重要である。

心的外傷後ストレス症における栄養学的問題

著者: 堀弘明

ページ範囲:P.295 - P.301

抄録
 心的外傷後ストレス症(posttraumatic stress disorder:PTSD)は,トラウマ記憶の再体験症状に代表される心理・行動症状を主徴とする精神疾患である。一方,PTSDは,メタボリック症候群や糖尿病などの代謝性疾患および心血管疾患をしばしば合併することが明らかになっている。PTSD患者は,食事や栄養が偏っている,活動量や運動量が少ない,などの不健康な食生活習慣を呈する傾向にあることも報告されている。そういった身体疾患や生活習慣によって炎症が惹起され,それがPTSDの発症や症状悪化に関連する,という可能性も指摘されている。したがって健康的な食生活習慣は,合併身体疾患の治療に重要であることに加え,PTSD症状の改善にもつながりうる。PTSD患者および動物モデルにおける栄養学的研究が進展することで,新しい予防・治療法が開発され,それによって患者の症状改善およびQOL向上につながることが期待される。

ケトン食の精神疾患への応用の可能性

著者: 岩田正明

ページ範囲:P.302 - P.309

抄録
 ケトン食とは,三大栄養素のうち炭水化物を制限して脂質を増やすように構成比を調整し,脂肪酸の代謝を促進して血液中のケトン体を増やすことを目的とした食事である。断食によっててんかん発作が抑制されることが古くより知られており,絶食時には血液中のケトン体濃度が上昇することから,ケトン体はてんかん発作の抑止に有用なのではないかと考えられるようになった。実際,ケトン食は小児を中心とした難治性てんかんに高い効果をもつことが示されているほか,最近ではアルツハイマー型認知症や自閉スペクトラム症への有効性を示唆する研究結果が蓄積されてきている。また,ケトン体のうつ病に対する治療効果も基礎研究で明らかになった。なぜケトン食がこれらの精神疾患に効果を示すのかは十分に解明されていないものの,さまざまな仮説が提唱されている。本稿では,ケトン食の精神疾患への応用可能性について,現時点で知られる作用メカニズムも含めて概説する。

精神疾患の栄養食事指導の特性と留意点

著者: 阿部裕二

ページ範囲:P.310 - P.313

抄録
 近年,精神疾患に対する栄養管理や栄養食事指導への注目が集まってきている。特に,統合失調症や気分障害の患者に栄養摂取状況を評価して適切な食事をアドバイスすることで食習慣が改善したり,健康面や心理面にもよい影響が及んだりすることが少しずつ明らかになってきた。そのような特性を捉えたうえで,精神疾患の栄養食事指導を行うために留意したい点がある。動機付けを重視すること,継続指導で着実な改善を狙うこと,指導はシンプルに行うこと,改善点を褒めること,行き過ぎた制限に注意することの5つを挙げて経験を含めて考察した。これらの留意点は,さまざまな疾患において共通するものであり,精神疾患の栄養食事指導を行ううえで押さえておきたい基礎的なポイントであろう。

精神疾患患者への栄養食事指導時の食生活状況聴取のポイントと食事歴調査の実際

著者: 宮本佳世子

ページ範囲:P.314 - P.318

抄録
 メタボリックシンドローム(MetS)などの栄養学的問題を有する精神疾患患者への栄養食事指導(以下,指導)の実施と継続による効果は治療貢献度が高い。しかし,在宅療養を行っている外来患者では指導を受けて行動変容ができるようになり,改善結果が生じるまでには時間がかかる。そのため,その間に指導が継続できるよう,管理栄養士はコミュニケーション能力と指導の手技を修得する必要がある。特に,患者から得られる断片的な情報から全体像をつかみ,食生活の問題点の把握や食事内容評価を行うためには,聴取(傾聴)の技法は重要となる。食事調査方法などのツールはさまざまにあるが,それらを患者の状態に合わせて適宜用いて現状を把握し,問題点を少しずつ,時間をかけて確実に改善する指導が重要である。

精神疾患患者に対する栄養食事指導の実際—統合失調症の症例を中心に

著者: 石岡拓得

ページ範囲:P.319 - P.322

抄録
 統合失調症患者では,治療に用いる抗精神病薬,活動量の低下,および不適切な食事バランスなど,さまざまな影響で肥満やメタボリックシンドローム(MetS)の合併リスクが高い。特に,食事面では糖質や脂質などの摂取量が多い一方,健康維持に不可欠な蛋白質や野菜などの摂取量は不足している場合が少なくない。加えて,不眠などが引き金となって空腹感から深夜にカップ麺など夜食を摂取する者も散見される。したがって,肥満やMetSの予防・改善には規則正しい生活リズムをふまえた栄養食事指導が果たすべき役割は大きい。本稿では,外来通院中のMetSを合併した統合失調症患者に対する栄養食事指導の実際について,注意すべきポイント(主食量の評価,時系列に沿った間食摂取の評価,夜食摂取の評価)などを中心に,栄養食事指導の経過や効果について概説する。

研究と報告

The Montreal Cognitive Assessment Japanese version(MoCA-J)の統合失調症の認知機能障害スクリーニング尺度としての有用性の検証

著者: 宮浦駿平 ,   増澤達彦 ,   橋本健志 ,   四本かやの

ページ範囲:P.324 - P.332

抄録
 MoCA-Jの統合失調症の認知機能障害スクリーニング尺度としての有用性を検証した。対象は地域在住の統合失調症の者36名とした。MoCA-JのCronbachのα係数は0.57であった。MoCA-JがThe Brief Assessment of Cognition in Schizophrenia日本語版(日本語版BACS)と有意に相関(r=0.58,p<0.01)していた。カットオフ値を24/25と設定した場合,軽度(AUC=0.69),22/23と設定した場合,重度(AUC=0.84)の認知機能障害の両方を検出できることが示された。MoCA-Jは統合失調症の認知機能障害スクリーニング尺度として有用であることが示された。

短報

市販の非麻薬性鎮咳薬を過剰摂取後に高所より墜落した統合失調症の一例

著者: 長谷川友宏 ,   近藤伸介 ,   森田進 ,   藤川慎也 ,   笠井清登

ページ範囲:P.334 - P.337

抄録
 市販の非麻薬性鎮咳薬を過量内服後に墜落外傷を負った40代男性の一例を報告した。患者は10年前から統合失調症と診断されて精神科治療を受けてきたが,数年前よりデキストロメトルファン(DXM)を主成分とする鎮咳薬を過剰摂取するようになってから,他害行為による措置入院を繰り返した。精神科入院当初,受傷時の記憶はなくせん妄を呈して意識清明度は変動したが,疎通性の良好な際にも希死念慮と幻覚妄想を認めた。DXMは市販鎮咳薬の成分であり,近年使用障害が増加しているため,精神疾患にDXM使用障害を併発する重複診断患者も増加すると考えられる。本報告は同様の事例への注意喚起として意義がある。

書評

—半場道子 著—慢性痛のサイエンス 第2版—脳からみた痛みの機序と治療戦略

著者: 小川節郎

ページ範囲:P.341 - P.341

 慢性痛を理解するためのバイブルとされる半場道子氏の『慢性痛のサイエンス』が改訂された。本書は副題に「脳からみた痛みの機序と治療戦略」とあるように,慢性痛の謎解きに脳科学,神経科学の視点から迫った最初の本である(初版の序より)。項目をみると,初版では,「第1章 慢性痛とは何か」,「第2章 慢性痛のメカニズム」,「第3章 侵害受容性の慢性痛」,「第4章 神経障害性の慢性痛」,「第5章 非器質性の慢性痛」,「第6章 慢性痛の治療法」,「第7章 神経変性疾患と慢性炎症」の7章であったが,第2版では,「第5章 非器質性の慢性痛」が「第5章 痛覚変調性の慢性痛」に変更され,さらに最近,大きな注目を集めている腸と脳の連関が第8章として追加されている。本書を改訂した大きな理由の一つとして,国際疼痛学会において「nociplastic pain」の概念が追加されたことを挙げている。わが国ではこれの日本語訳が「痛覚変調性疼痛」として承認され(日本痛み関連学会連合,2021年9月),本書の第5章として解説されている。
 さて,慢性痛は単に急性痛が長引いたものではなく,脳回路網の変容による痛みが主体であるため,急性痛の機序と比べて非常に複雑で,かつ不明な点が多い。そのため治療に難渋するケースがほとんどである。しかし近年,機能的脳画像法の進歩によって脳内機構が解析されるようになり,痛みの概念に大きなパラダイムシフトが起きて,その脳内機構に合わせた治療法の開発が進んでいる(初版の序より)。本書は各項目において脳内機構を基にした解説がなされ,これまで説明が困難であった痛みについて明快な紐解きがなされている。

学会告知板

第27回(2024年度)森田療法セミナー

ページ範囲:P.274 - P.274

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目次

ページ範囲:P.239 - P.239

今月の書籍

ページ範囲:P.339 - P.339

次号予告

ページ範囲:P.342 - P.342

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.343 - P.343

奥付

ページ範囲:P.348 - P.348

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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