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雑誌目次

雑誌文献

精神医学66巻4号

2024年04月発行

雑誌目次

特集 精神疾患・精神症状にはどこまで脳器質的背景があるのか—現代の視点から見直す

特集にあたって

著者: 鈴木道雄

ページ範囲:P.353 - P.353

 精神医学の歴史において,ある疾患の脳器質的病因が明らかになり,診断や治療の道筋が明確になると,その疾患は主要な精神疾患の分類から除外されてきた。梅毒性の精神障害はその典型であり,てんかんも脳神経内科の領域に移りつつある。さらに近年,若年者の急性精神病症状の原因の1つとして抗NMDA受容体脳炎などの自己免疫機序が見出されるなど,精神疾患の新たな脳器質的病因が解明される事態も生じている。また,脳画像研究や定量的な神経病理学的研究により,統合失調症などの精神疾患患者の脳における形態学的変化が再現性を持って報告されており,それらの変化は細胞脱落を伴わないシナプスや髄鞘の変化を示唆している。遷延性の神経性無食欲症患者の脳にはアストログリアの増殖が認められることも報告されている。これらの所見は,それ自体の病因・病態における意義が問題となると同時に,精神疾患における脳器質的変化とは何かということをあらためて問うものであろう。そして高齢発症の統合失調症,妄想性障害,双極症,うつ病などには,脳器質的変化を背景とするような,若年者とは異なる病態生理が存在するのかを明らかにすることは重要な課題である。さらに,認知症の前駆症状としての行動変化が注目されるとともに,自殺など異状死を遂げた者の脳にプレクリニカルな認知症を示唆する病理変化が見出されることも報告されている。これらの知見からは,退行期から老年期の精神疾患の診断分類を,精神症状の背景にある脳器質的変化に基づいて整理していく必要性も示唆される。

正常な脳の形態・構造とその変化

著者: 森岡大智 ,   小林良太 ,   川勝忍

ページ範囲:P.355 - P.361

抄録
 正常な脳は生涯を通じて形態的・機能的変化を持続している。6層から成る大脳皮質における神経細胞脱落の様式は,加齢性変化と神経変性疾患による変性とで異なる。また,脳の発達は部位や時期に応じた多様性がみられ,系統発生学的に古い脳領域でより早く成熟することや,成熟の過程で「シナプス刈り込み」と軸索の髄鞘化による神経伝達の効率化が図られることが知られている。青年期以降では,成熟が遅い脳領域ほど加齢性変化に対して脆弱である可能性が指摘されている。老年期以降の生理的萎縮と病的萎縮の区別には形態画像とVBM(voxel-based morphometry)や脳血流画像の併用が有効である。また,超高齢者においては嗜銀顆粒性認知症やlimbic-predominant age-related TDP-43 encephalopathy(LATE)などの病理学的背景を念頭に置く必要がある。

器質性精神障害の分類と診断

著者: 上田敬太

ページ範囲:P.362 - P.368

抄録
 器質性・内因性・心因性という古典的な精神疾患分類は,1800年代後半からのドイツ精神医学の中で生まれた分類である。本稿では,器質性の定義について,歴史的に振り返り,さらにDSMの各版を見ていくことにより,それがどのように現在の定義に変わってきたかを概説する。疾患の分類と診断は,目的をもった医療行為であり,それぞれの医師が,どのような目的で分類・診断を行うのか,立場を明らかにする必要があると考えられる。

精神疾患・精神症状の脳器質的背景—自己免疫性精神病とカタトニアを中心に

著者: 髙木学 ,   山田了士 ,   酒本真次

ページ範囲:P.369 - P.375

抄録
 抗NMDA受容体(NMDAR)抗体脳炎をはじめとする辺縁系脳炎のうち,精神症状が主体なものは自己免疫性精神病と呼ばれる。辺縁系脳炎で認める精神症状には,異常行動,幻覚,妄想,気分症状,カタトニアなどが多く,これらは統合失調症や気分障害などの内因性精神疾患でも普通に認める症状であるため,臨床現場では鑑別がしばしば困難となる。本稿では,抗NMDAR抗体脳炎と内因性精神疾患との類似点・相違点を大脳辺縁系の機能に注目して整理した。カタトニアは,大脳皮質→大脳基底核(線条体,視床下核,淡蒼球,黒質)→視床→大脳皮質の運動系ループが障害されて生じる。カタトニアを生じる機序と自己免疫性脳炎の関連を中心に記載した。抗NMDAR抗体脳炎と内因性精神疾患は臨床経過を慎重に観察すれば,似て非なるものではあるが,免疫学的異常による大脳辺縁系の機能障害という点でつながる可能性がある。

統合失調症と自己抗体

著者: 塩飽裕紀

ページ範囲:P.376 - P.382

抄録
 統合失調症にはさまざまな背景病態があり異種性が指摘されている。背景病態の候補の1つが自己免疫・自己抗体に関連するものである。神経系に対する自己抗体は,自己免疫性脳炎における抗N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体抗体の発見を皮切りに,さまざまな神経系の分子に対する自己抗体が発見されるようになった。その後,急性精神病における自己抗体の存在から自己免疫性精神病の概念を経て,統合失調症でも神経系に対する自己抗体が報告されるようになり,統合失調症における自己抗体病態がさらに検証されるようになってきている。本稿では,われわれが発見したシナプス分子に対する新規自己抗体である抗NCAM1自己抗体や抗NRXN1自己抗体をはじめ,統合失調症における新規の自己抗体とその探索アプローチを概観し,自己抗体が統合失調症でどのような病態を形成するかを考察する。さらに統合失調症における自己抗体病態に対する治療の今後についても考察する。

統合失調症の脳器質的背景—神経病理学的研究から

著者: 鳥居洋太 ,   関口裕孝 ,   入谷修司

ページ範囲:P.383 - P.390

抄録
 クレペリンが統合失調症(早発性痴呆;dementia praecox)の疾患単位を提唱して以来,その生物学的な病態解明は主として神経病理学的手法によっていた。その後認知症をはじめとする変性疾患の神経病理学的な理解は,顕微鏡の性能の向上や組織染色法の開発とあいまって目覚ましく進歩した。一方でいわゆる内因性精神疾患の病態解明は,従前の方法では限界があり,「統合失調症に神経病理変化はない」とまで結論付けられた時代が長く続いた。しかし,画像研究やゲノム精神医学の病態解明研究が進み,それらの研究成果を脳組織の器質的な変化に収斂させることで病因にアプローチできるようになってきている。そして,過去の神経病理観察所見も意味を持たせることができうる可能性が出てきた。また,精神疾患の器質的背景を研究するうえで,精神疾患死後脳(精神科ブレインバンク)は必須であり,われわれの精神科ブレインバンク活動も紹介した。

気分障害の脳器質的背景—高齢者のうつ病を中心に

著者: 馬場元

ページ範囲:P.392 - P.398

抄録
 一般にうつ病の器質的・生物学的背景として視床下部-下垂体-副腎皮質系の機能異常,モノアミン系やグルタミン酸系の機能異常,神経栄養因子を介した神経新生の障害,神経炎症などが示唆されている。高齢者の場合はそれら以上にうつ病の病態に強く影響を与える脳の器質的要因として,生理的加齢による脳の器質的変化,脳血管病変,そして認知症に関連した病理変化が挙げられる。認知症に関連した物質としてアミロイドβ蛋白,タウ蛋白,αシヌクレイン,嗜銀顆粒,脳由来神経栄養因子(BDNF),ニューロフィラメントLなどが挙げられる。これらの中には高齢者のうつ病の器質的・生物学的背景としてコンセンサスを得られていないものも多いが,それぞれが独立してうつ病の病態に影響しているのではなく,相互に関係し合って高齢者のうつ病の器質的背景を成しているものと思われる。

神経発達症の器質的背景—自閉スペクトラム症と注意欠如多動症を中心に

著者: 幅田加以瑛 ,   神谷拓 ,   小坂浩隆

ページ範囲:P.399 - P.404

抄録
 本稿では,自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)と注意欠如多動症(attention-deficit hyperactivity disorder:ADHD)を中心に神経発達症における脳の発達と環境因子の影響について論じる。ASDでは,生後早期に脳の過成長がみられ,特に皮質表面積の急速な拡大が関連している。また,白質線維路の異常な発達と機能的結合の低下は,社会性の障害に結びついている可能性がある。ADHDでは,特定の脳領域の体積減少を認め,白質線維路のFA値の変化は症状の持続性と関係している。治療薬の影響による脳形態の変化も指摘されている。環境的影響としては,妊娠中の栄養状態や有害物質への曝露がリスクを高めることが示唆された。ASDとADHDの複雑な病因に迫る試みがなされているが,決定的な原因はまだ特定されていない。今後は,新しい画像撮影技術や解析方法の開発,さらには周産期の障害を含む環境因子との相互作用を考慮に入れることで,病態のより深い理解が進むことが期待される。

てんかんにみられる精神症状の脳器質的背景

著者: 吉野相英

ページ範囲:P.406 - P.411

抄録
 てんかんにみられる精神症状に,てんかん性活動が関わっていることは間違いないだろう。とはいえ,てんかん性活動がどのような機序で精神症状に関与しているのかという問題となると不明な点が多い。てんかん性活動が直接関与しているだろうか。あるいは,てんかん性活動に対する代償性抑制メカニズムが関与しているだろうか。前者についてはGeschwind症候群などで仮説されてきた。後者については発作後精神症などの発症メカニズムとして想定され,部分的とはいえ,この考えを支持する知見も報告されている。てんかんを併発することが多いAlzheimer病では,てんかん性活動に対する代償性抑制によって認知機能低下が加速することが報告され,その神経基盤も明らかになりつつある。

物質使用症の脳器質的背景

著者: 沖田恭治

ページ範囲:P.412 - P.417

抄録
 物質使用症の脳器質的背景を評価する代表的な研究手法として,生体脳の構造および機能を評価することが可能なニューロイメージングがあり,これまで数多くの研究が行われてきた。依存的な行動の背景には,辺縁系が主要な役割を担う,いわゆるbottom-upによる動機づけの障害により物質に対しての動機づけが強く働いてしまうことや,そうした状態で主に前頭前皮質が司るtop-downの認知的制御が適切に作用しないことが考えられている。本稿では,そうしたコンセプトを示唆するニューロイメージング研究の結果を概説し,その問題点についても述べる。

高次脳機能障害の精神症状にみられる脳器質的背景

著者: 三村悠 ,   船山道隆

ページ範囲:P.418 - P.427

抄録
 高次脳機能障害には,主に注意・記憶・社会的行動・遂行機能の障害,失語,失行,失認などが含まれる。これらの症候は長年にわたる脳損傷報告例の蓄積から機能局在が検討されており,一定のコンセンサスが得られている。しかし,脳損傷症例で時折みられる精神症状,特にうつや妄想については局在を同定することは困難を極め,異なる病変が同様の症候を示すこともあれば,同一の病変が驚くほどに多彩な症候を呈することもある。これらの精神症状についてはネットワーク障害の観点からの解釈が試みられており,徐々にその理解が深まっている。本稿では局在論の歴史,概念,そして限界点に触れたうえで,現在のネットワーク論に基づく解釈から精神症状の理解がどこまで進んでいるかについてまとめる。

老年期精神障害の脳器質的背景—レビー小体病とVLOSLPに着目して

著者: 笠貫浩史 ,   伏屋研二 ,   工藤弘毅 ,   古茶大樹

ページ範囲:P.429 - P.435

抄録
 臨床的要請に基づき,かつて精神病理学的観点から老年期精神障害の諸類型が提唱された。DSM診断基準が本格的に普及した1980年代以降,広く知られるような新たな類型は提唱されなくなった。「老年期サイコーシスないし統合失調症性の病像を示す臨床的一群」について国際的合意形成の観点から2000年に国際会議が持たれ,「40歳以降発症」の統合失調症(late-onset schizophrenia)と並置して「60歳以降発症群」はvery late-onset schizophrenia-like psychosis(VLOSLP)と命名することが決定した。VLOSLPという臨床単位の背景病態は単一でなく,近年は「緩徐進行性の神経変性疾患の表現型の一部」として捉えるアプローチが主流となり,本邦からの報告を含め知見が蓄積されている。本稿はこれらの概略を述べた。

軽度行動障害(mild behavioral impairment)の脳器質的背景

著者: 松岡照之

ページ範囲:P.436 - P.439

抄録
 軽度行動障害(mild behavioral impairment:MBI)は,認知症の初期症状と考えられており,認知症前駆段階を同定するのに有用かもしれない。MBIの診断基準は,50歳以降から始まる行動または性格の変化を認め,少なくとも6カ月以上継続し,対人関係などにおいて少なくとも最低限の障害を生じ,他の精神疾患や認知症を除外することとなっている。軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)は認知機能障害が軽度であり,認知機能障害の軸で考えた場合,認知症の前駆段階と考えられているが,MBIは認知症の前駆段階を行動障害の軸で考えたものになる。MBIの画像研究では,アルツハイマー型認知症や前頭側頭型認知症などの認知症初期にみられる変化と関係しているという報告が多く,画像研究の結果もMBIが認知症の初期症状であることを支持している。

精神・行動変化を伴う高齢者法医解剖例の神経病理

著者: 西田尚樹

ページ範囲:P.440 - P.444

抄録
 気分障害の重篤な合併症と考えうる自殺者剖検例の検証は病態解明に有用と考えられるが,大半は法医解剖されるため研究対象になっていない現状がある。筆者の研究室にて,2007年以降,標本作成可能な全剖検例について死因を問わずに各種免疫染色とGallyas-Braak染色を行ったところ,多くの医療機関未受診の高齢者に明確な神経変性疾患病理を認め,器質的疾患,特に4-repeat tauopathyが精神変化や運動障害の器質的背景となっている可能性を示してきた。本稿では,筆者や内外の研究者が行ってきた研究成果を紹介し,法医解剖例が,高齢者の気分障害,運動障害の疫学的検討や病態解析を行う際の有用なリサーチソースとなり得る可能性につき紹介したい。その一方で,法医解剖例の大半は生前に重度の臨床症状がなく,精神科や神経内科を受診することなく死亡している症例が多いことから,生前の臨床情報が希薄であることが問題点として挙げられる。

COVID-19後遺症(long COVID)の精神神経学的側面

著者: 久保田隆文

ページ範囲:P.445 - P.449

抄録
 COVID-19後遺症(long COVID)の精神神経症状には,疲労,認知障害,睡眠障害,抑うつ,不安,心的外傷後ストレス症(PTSD)などが一般的である。long COVIDの診断のための特異的な検査はないが,PETでの代謝低下など,いくつかの特徴的な所見が報告されている。long COVIDの病態は,炎症,虚血作用,直接的なウイルス侵入,社会的・環境的変化に起因すると考えられる。「女性」「併存症」「COVID-19の重症度」などは,精神神経症状のリスク上昇と関連している可能性がある。long COVIDは,神経精神症状の種類によって,自然に治癒することもあれば,持続することもある。long COVIDの確立された治療法はまだないが,さまざまな心理学的および薬理学的治療が試みられている。COVID-19ワクチン接種は,long COVIDの予防に重要な役割を果たしている。

私のカルテから

転換症状が初発症状であったと考えられるレビー小体型認知症の1例

著者: 平野正貴 ,   國武裕 ,   溝口義人

ページ範囲:P.450 - P.453

はじめに
 精神症状として幻視などの特徴的な症状ではなく,失立やけいれんなどの転換症状を初発症状としてレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)を発症したと考えられる症例を経験したので報告する。なお,発表に際しては本人の同意を得ており,個人情報の保護には十分留意している。

学会告知板

第39回日本生体磁気学会大会

ページ範囲:P.368 - P.368

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目次

ページ範囲:P.351 - P.351

次号予告

ページ範囲:P.454 - P.454

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.455 - P.455

奥付

ページ範囲:P.460 - P.460

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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