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文献詳細

雑誌文献

精神医学66巻5号

2024年05月発行

文献概要

増大号特集 精神科診療における臨床評価尺度・検査を極める—エキスパートによる実践的活用法 Ⅰ章 疾患横断的で基本的な評価尺度・検査

知能検査—Wechsler知能検査(WAIS-Ⅳ,WISC-Ⅴ)

著者: 松田修1

所属機関: 1上智大学総合人間科学部心理学科

ページ範囲:P.479 - P.486

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はじめに
 知能検査は,精神機能の重要な側面のひとつである知能を測定・評価するための心理検査である。知能検査の臨床活用に際してまず留意しなければならないのは,測定・評価の対象である「知能」が心理学的構成概念にすぎない点と,その定義が研究者により異なる点である。しかし近年,知能の核心に関して著名な研究者による合意が得られた1)。これによると,知能とは,推論し,計画を立て,問題を解決し,抽象的に考え,複雑な考えを理解し,すばやく学習する,あるいは経験から学習するための能力を含む一般的な知的能力で,ものごとを「理解し」,それに「意味を与え」,何をすべきか「見抜く」ための,より広く深い能力である1)。この定義に加えて,近年,大きな注目を集めているのがCHC(Cattell-Horn-Carroll)理論2, 3)である。この理論は,近年開発された知能検査・認知検査に共通する理論基盤となっており,検査結果の解釈に活用されている4)
 CHC理論は,限局性学習症(SLD),注意欠如多動症(ADHD),自閉スペクトラム症(ASD)などの神経発達症群の主訴の理解や支援の検討に活用することができる。また,小児期のうつ病における神経認知的障害に関する研究5)や,うつ病とアルツハイマー病の鑑別診断に関する研究6)でCHC理論の観点から分析が行われている。
 今なお細かい修正が続いているCHC理論だが,その大きな特徴は,知能あるいは認知能力を3層の階層構造で整理している点である。最下層に位置する第1層には,多くの細分化された能力(narrow ability:限定能力)が位置する。これらの能力を大きくまとめた能力(broad ability:広範能力)が,その上位に第2層として位置付けられている。ここには,流動性推理(fluid reasoning:Gf),結晶性能力(理解-知識)(comprehension-knowledge:Gc),短期記憶(short-term memory:Gsm),視覚処理(visual processing:Gv),聴覚処理(auditory processing:Ga),長期貯蔵と想起(long-term storage and retrieval:Glr),認知処理速度(cognitive processing speed:Gs),決定と反応速度(decision and reaction speed:Gt),読みと書き(reading and writing:Grw),量的知識(quantitative knowledge:Gq)などの能力が含まれる(これらの他に暫定的に6つの能力が提案されている)3)。そして,第2層の能力を統合した能力が最上位の第3層に位置付けられ,これが全般的な知的能力を表す一般知能(g因子)とされている4)
 さて,本稿で取り上げるWAIS-Ⅳ(Wechsler Adult Intelligence Scale-Forth edition)の日本版(日本版WAIS-Ⅳ)7, 8)と,Wechsler Intelligence Scale for Children-Fifth editionの日本版(日本版WISC-Ⅴ)9, 10)は,知能を「目的をもって行動し,合理的に思考し,自らの環境に効果的に対処するための個人の能力」と定義したDavid Wechsler博士によって開発されたWechsler(ウェクスラー式)知能検査の日本における最新版である。また,上述のCHC理論における広範能力のうち,おおよそ5つの能力,すなわち,流動性推理(Gf),結晶性能力(Gc),短期記憶(Gsm),視覚処理(Gv),認知処理速度(Gs)を反映していると考えられている。なお,これらの検査の診療報酬点数は,2024年3月現在,450点(根拠D283-3)である。

参考文献

1)Deary I:Intelligence:A very short introduction. Oxford University Press, Oxford, 2001[繁桝算男(訳):一冊でわかる知能.岩波書店,2004]
2)McGrew KS:Analysis of the major intelligence batteries according to a proposed comprehensive CHC framework. Flanagan DP, Genshaft JL, Harrison PL(eds):Contemporary intellectual assessment:Theories, tests and issues. pp151-180. Guilford Press, New York. 1997
3)McGrew KS:CHC theory and the human cognitive abilities project:Standing on the shoulders of the giants of psychometric intelligence research. Intelligence 37:1-10, 2009
4)大六一志:CHC(Cattell-Horn-Carroll)理論と知能検査・認知検査:検査結果解釈のために必要な知能理論の知識.LD研究 25:209-215, 2016
5)Basnet P, Noggle CA, Dean RS:Neurocognitive problems in children and adolescents with depression using the CHC theory and the WJ-III. Appl Neuropsychol Child 4:257-265, 2015[PMID:25412352]
6)Mazur-Mosiewicz A, Trammell BA, Noggle CA, et al:Differential diagnosis of depression and Alzheimer's disease using the Cattell-Horn-Carroll theory. Appl Neuropsychol 18:252-262, 2011[PMID:22074063]
7)Wechsler D,日本版WAIS-Ⅳ刊行委員会(日本語版作成):日本版WAIS-Ⅳ知能検査—実施・採点マニュアル.日本文化科学社,2018
8)Wechsler D, 日本版WAIS-Ⅳ刊行委員会(日本語版作成):日本版WAIS-Ⅳ知能検査—理論・解釈マニュアル.日本文化科学社,2018
9)Wechsler D, 日本版WISC-Ⅴ刊行委員会(日本語版作成):日本版WISC-Ⅴ知能検査—実施・採点マニュアル.日本文化科学社,2021
10)Wechsler D, 日本版WISC-Ⅴ刊行委員会(日本語版作成):日本版WISC-Ⅴ知能検査—理論・解釈マニュアル.日本文化科学社,2021
11)Lichtenberger EO, Kaufman AS:Essentials of WAIS-Ⅳ assessment, 2nd ed. John Wiley & Sons, Hoboken, 2012
12)松田修:WAIS-Ⅳの高齢者への使用の可能性と課題—検査能と検査者能の観点から.日本版WAIS-Ⅳテクニカルレポート#2,日本文化学社,2020 https://www.nichibun.co.jp/documents/kensa/technicalreport/wais4_tech_2.pdf[2024年1月21日閲覧]
13)松田修:認知機能の減退.松田修・滝沢龍(編):現在の臨床心理学2—臨床心理アセスメント.pp103-123,東京大学出版会,2022
14)松田修:日本版WAIS-Ⅳ—高齢者に対する使用をめぐって.老臨心理研 4:36-46, 2023
15)American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed(DSM-5). American Psychiatric Publishing, Washington DC, 2013[日本精神神経学会(日本語版用語監修),髙橋三郎,大野裕(監訳):DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院,2014]
16)齋藤正彦:精神療法と環境療法.松下正明(総編集):臨床精神医学講座第12巻 老年期精神障害,pp353-363,中山書店,1998
17)日本文化学社:心理検査使用者レベル.2020 https://www.nichibun.co.jp/usage/[2023年12月8日閲覧]
18)Niileksela CR, Reynolds MR, Kaufman AS:An alternative Cattell-Horn-Carroll(CHC)factor structure of the WAIS-Ⅳ:Age invariance of an alternative model for ages 70-90. Psychol Assess 25:391-404, 2013[PMID:23244639]
19)山中克夫:高齢者の知能.松田修(編著):最新老年心理学—老年精神医学に求められる心理学とは.pp15-26,ワールドプランニング,2018
20)Sattler LM:Assessment of children:Cognitive foundation, 5th ed. Jerome M Sattler, California, 2008
21)松田修:知能—ウェクスラー成人知能検査(WAIS-Ⅳ).老年精医誌 31:570-588, 2020

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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