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雑誌目次

雑誌文献

精神医学66巻6号

2024年06月発行

雑誌目次

特集 精神疾患の気づきと病識

特集にあたって

著者: 福田正人

ページ範囲:P.745 - P.745

 精神疾患の大きな特徴は,「本人の気づき」が難しいことである。病気についての気づきという本格的なテーマは「病識」と呼ばれてきたが,気づきにはより広い裾野がある。症状の始まりの時期にそれが病気によると気づかないこと,治療を受けていても症状やその変化に気づかないこと,体の症状や行動の表出が精神疾患に由来すると気づかないことは,日常診療のなかで出会うその例である。
 そうした気づきの難しさは,精神医療の特徴の重要な要因となっている。たとえば,受診が遅れがちになることや,受診に後押しが必要なことが多い状況は,精神保健についての特徴である。共同意思決定(shared decision making:SDM)に努めても治療合意が難しい場合があることや,アドヒアランスという考え方そのものが難しいことは,精神医療についての特徴である。精神医療に特化した精神保健福祉法で非自発入院や行動制限が定められていることは,法制度についての特徴である。

精神障害の気づきと病識を育む

著者: 池淵恵美

ページ範囲:P.746 - P.754

抄録
 病識は有無ではなく,何らかの変化に気づき,精神症状と認識し,治療を受けるなど複数の要素があり,clinical insightとcognitive insightに分けられる。防衛機制,神経認知機能,スティグマや過去の強制医療の体験,誤認識,社会認知などが病識に影響を与える。異なるモダリティの脳内ネットワークの障害を中核に,心理社会的要因がそれを修飾していると思われる。病識の改善に対して薬物療法や心理社会的治療はまだ力不足である。本稿では障害認識(気づき)や病識を育てていくアプローチについて紹介した。まずは治療者が本人の主観的な世界を理解して受け止め,その意味を一緒に考えていくことが,精神障害というしばしばネガティブなラベルの意味を書き換えていくことにつながる。

当事者活動からみた病識とは何か

著者: 山田悠平

ページ範囲:P.755 - P.760

はじめに
 病識は当事者会でも語られるキーワードのひとつである。しかし,その意味は一様ではない。「病識がなかなか持てなくて」と,どこか自省的に語る者もいれば,「医療従事者から“病識欠如”と断じられて実存を脅かされた」と語る者もいる。精神障害のある者にとって最も身近な社会的支援のひとつが精神科医療であるが,病識という言葉の捉え方と同じように,複雑な思いを抱えた者が多いのでないだろうか。その主な理由のひとつには,非自発的医療を制度として内包している精神医療保健福祉体制が構造的な問題をもたらしていると言えるだろう。一方で,非自発的医療を容認するに足る医学的な正当性や社会からの要請が制度として盤石さを与えているとも言えるのではないか。つまり,精神科医療における病識の有無をめぐって臨床で起きている個別具体的な事象のあり方とは別にして,病識という考え方そのものがある意味では制度の根幹になっていることに注目をしたい。本稿では,当事者活動からみた病識をめぐっての具体的な事象と社会的な文脈から考察を試みたい。

精神医学における病感と病識—精神病理学的視点から

著者: 崎川典子 ,   古茶大樹

ページ範囲:P.761 - P.766

抄録
 病感と病識はどちらも精神障害(mental disorder)全般に用いられるべき用語ではない。精神障害のうちでも精神疾患(mental disease)に限定して使われるべき用語である。ここでいう疾患は,英語でdiseaseというよりもドイツ語でKrankheitというほうが適切である。すなわち具体的な身体的病変が実在する・あるいは身体的病変の実在がしかるべき根拠をもって要請される事態である。
 病感は「何か具合が悪い(something goes wrong)」の「具合が悪い」に焦点づけられた体験であり,病識は「何か」に対する洞察である。病識は「疾患の実在」と「その事実に対する適切な洞察」という両条件を必須とする。
 この病感-体験,病識-疾患の実在・洞察というカテゴライズを基に,身体疾患と精神疾患における病識獲得過程を比較検討した。精神疾患だけでなくあらゆる精神障害に対して病感・病識概念を適用する行為の妥当性についても言及した。
 純粋精神医学の思想を前提におけば,「疾患的であるものと疾患的ではないもの」「実在と理念」「認識主体の変化」が問題整理のための扇の要を成している。

神経心理学から見る気づきと病識

著者: 是木明宏

ページ範囲:P.767 - P.773

抄録
 高次脳機能障害患者の病識低下には心理学的な側面と生物学的な側面がある。後者が神経心理学的な病識低下だが,大きく2層構造に区別される。1つは運動,記憶,言語といった領域特異的な病識低下で,病態失認が代表的である。もう1つはセルフアウェアネスの障害として表現される,自身の全体像を把握するレベルでの障害による病識低下である。病識低下の代表的な理論モデルにはCrossonらの階層モデルやTogliaらの動的包括的モデル,Morrisらのcognitive awareness model,Ownsworthらの生物心理社会モデルがある。また,病識を定量的に評価する2つの主な方法として,①患者の報告と他者の報告を比較すること,②患者が予測した成績と実際の成績を比較することが挙げられる。病識の改善はリハビリテーション効果にも直結するため,上記モデルを考慮したさまざまな介入方法が行われている。

気分症の気づきと病識

著者: 平島奈津子

ページ範囲:P.774 - P.779

抄録
 一般的に,気分症患者は統合失調症患者よりも病識を有し,また,うつ病患者は双極症患者よりも病識を有すると言われているが,うつ病であっても重篤例では病識は阻害されうる。治療者の“気づき”の精度を上げるためには,鑑別診断・性差・ライフサイクル・併存疾患の視点が有用である。当事者の“気づき”の感度を上げるためには,個々人の発病・増悪のパターンを把握することが有用である。なお,筆者の個人的な見解ではあるが,精神科臨床で有用な病識の概念は患者と治療者との相互交流によって育まれる“間主観的”なものであるように思う。

統合失調症の気づきと病識

著者: 賀古勇輝

ページ範囲:P.780 - P.786

抄録
 統合失調症において病識欠如は症候学的な特徴の1つであり,治療上最大の障壁である。病識については近年さまざまな研究が積み重ねられているが,病識は多次元で構成され,多くの要因が関与するきわめて複雑な現象であるため,明らかにされていない部分も多い。病識のもととなるのは気づきであり,主観的体験であるが,これまで統合失調症患者の主観的体験はその曖昧さや科学的根拠の乏しさから軽視されてきた歴史がある。しかし,近年の当事者主体の共同創造や対話実践などへの注目から,今後は主観的体験や病識の重要性が見直され,臨床において重視されるようになるのではないかと思われる。
 本稿では,統合失調症患者の病識の概要や気づきの体験,病識欠如の影響や要因,気づきや病識を高めるための工夫などについて概説した。

強迫症(OCD)における気づきと病識(洞察)—閾値下強迫症状との関連性をふまえて

著者: 松永寿人 ,   向井馨一郎 ,   荻野俊

ページ範囲:P.787 - P.794

抄録
 元来,強迫症状には,不確実性や過剰な責任感などに基づく不安への防衛反応的側面があり,一般人口の約30%に生涯有症を認めるなど,かなり普遍的現象と言える。しかし中には,何らかのきっかけで制御を失い強迫症(OCD)に移行することがあるが,その場合,より早期に本人や家族が気づき,精神科に相談や受診し,適切な治療を受けるといった未治療期間(DUI)の短縮が重要となる。しかし,OCD患者の現状は,発症初期でも必ずしも十分な洞察を有さず,また有しても安定的には維持されずDUIも概ね7〜8年と長期であり,適切なタイミングで適切な治療がなされているとは言い難い。このため今後は,一般への啓発活動,他科との緊密な連携などがますます重要になると考えられる。

不安症群の気づきと病識

著者: 塩入俊樹

ページ範囲:P.795 - P.802

抄録
 不安症群(AD)の「病識」「病感」「気づき」について,まず,三者の疾患に対する洞察レベルの違いから筆者なりに定義し(レベルの高い順から,「病識」,「病感」,「気づき」),各ADについて詳説した。一般に,パニック症(PD),特定の恐怖症(SP),そして広場恐怖症(AP)については「病識」レベルは高い。その一方で,社交不安症(SAD),全般不安症(GAD)では存在するとしても「病感」あるいは「気づき」レベルであろうことが推察された。特に,後者2疾患で「病識」「病感」「気づき」が難しい原因やそのことによる影響を論じた。最後に,疾患の洞察を高めるための治療上の工夫についても述べた。

身体症状症における病識

著者: 名越泰秀

ページ範囲:P.803 - P.809

抄録
 身体症状症の患者は,病識が乏しい。これはいわゆる神経症に含まれる他の疾患と比べ,際立った特徴である。その原因は,主症状が身体症状であること,強迫的とらわれ,認知機能障害,身体化における疾病利得などが考えられる。病識が一見ありそうな患者も,真の病識はないことが多く,この場合は治療がかえって難航することがある。病識が乏しい場合,治療導入の困難さ,ノセボ反応による難治化や副作用の訴え,治療中断などが生じやすい。病識が乏しい患者に対しては,治療者は能動的なスタンスをとるべきであり,家族のサポートも利用すべきである。さらにはピアサポートの利用も考えられる。

アルツハイマー型認知症の気づきと病識

著者: 繁田雅弘

ページ範囲:P.810 - P.815

抄録
 アルツハイマー型認知症の人が自分を病気と認めない場合は,次のような状況や状態が考えられる。まず,自分に起こった変化が病的だと感じていても第三者の前で病気だと認めたくない場合である。また,自分に何らかの変化が起こっているがそれを病気のためだと理解しない場合もある。そして,変化そのものに気づかない場合も,もちろん病気と認めることはない。しかも,一人の患者が自分の複数の症候に対して異なった態度をとることもある。本稿では,アルツハイマー型認知症の人の病気についての気づきの体験や,気づきと病識の獲得が難しいことによる影響,気づきと病識の獲得が難しい理由,気づきと病識を治療に活かす工夫について筆者の臨床経験を基に述べた。

高次脳機能障害の気づきと病識

著者: 船山道隆

ページ範囲:P.816 - P.821

抄録
 脳血管障害や外傷性脳損傷などの後天性脳損傷によって生じる高次脳機能障害は,発達障害や変性疾患などの精神疾患と同様に,自らの状態に気づくことが困難であり,病識を欠くことが多い。高次脳機能障害のうち特に,片麻痺,重度の感覚性失語,視覚認知(皮質盲,半盲,半側空間無視)において病識との関連が議論されてきた。多くの場合は脳損傷直後の急性期にこれらの機能の低下に対する気づきや病識も欠如しやすいが,回復とともに改善することが多い。しかし,慢性期においても,これらの機能の低下に無関心な状態は続くことがある。高次脳機能障害のリハビリテーションで気づきや病識の獲得は最も重要な過程となる。回復過程に注目すると,それぞれの認知機能の障害に起因する生活上の困難さや失敗の体験をきっかけとして,あるいは第三者の視点を通して客観的に見ることによって,気づきや病識が改善する場合がある。

発達障害の気づきと病識

著者: 村上伸治

ページ範囲:P.822 - P.827

抄録
 精神疾患のなかでも発達障害,特に自閉スペクトラム症(ASD)では,精神疾患特有の自己の客観視の困難に,ASD特性の自己の客観視の困難が加重することが病識に大きく影響する。ASDの診断では,これまでの困りごとと特性を1つずつ結び付けて説明し,実感のある診断や病識を目指すことが重要である。神のお告げのような実感のない診断と病識はその後の困難の原因となり,特に,しぶしぶ受診して診断される例で困難は顕著となる。病識を育てようとして障害特性を指摘することは患者を責めることになりやすく慎重を要する。発達障害を診断し病識を求めることは,時にパンドラの箱を開けることになる場合もある。発達障害は定型発達と連続しているが異質でもあり,自文化と対等の異文化として理解し尊重する文脈で病識が機能することが望まれる。

パーソナリティ症—患者の気づきを治療に活かす

著者: 林直樹

ページ範囲:P.828 - P.835

抄録
 パーソナリティ症の治療は,患者の気づきなしで始めることはできない。治療ではその後も,患者が治療の課題に取り組む中で,自らのパーソナリティを見返し,それに関わる問題を認識し,それへの対策を行ううちに気づきを深めていくという循環的過程が進められる。ここでの治療者(担当医)の役割は,患者に精神医学的評価を提示して,それをもとに自らの問題について考えてもらうこと,そしてその対策を患者とともに検討することである。同時にそこでは,患者の自律性を尊重し,患者が自由に選択できるよう配慮することが重要である。
 本稿ではこの理解の下で,モデル症例を用いて病状把握・診断の説明,治療方針の策定などの治療者の作業や患者の気づきの過程を具体的に示した。

摂食障害の気づきと病識

著者: 西園マーハ文

ページ範囲:P.836 - P.840

抄録
 摂食障害は,病識がない疾患だと考えられがちである。確かに,極度の低体重にあっても体調の悪さを否認するといった現象は広く知られており,これが治療の難しさの大きな要因となることは多い。しかし,摂食障害患者に病感や病識が全くないわけではない。摂食障害の病識に関する研究は,摂食障害の病識は,あるかないかだけでなく,多面的に捉える必要性を示している。摂食障害については,医学的症状の軽快とともに病識が自然に出てくるといった経過は望みにくく,治療初期から,以前からの変化を話題にするなど,病識を育てることそのものを治療のテーマとしていく必要がある。一方,長期化に伴って病識が生まれてくる場合があり,これも見逃さずに,行動変容に結び付けられるような支援が必要である。

物質使用症の気づきと病識

著者: 松﨑尊信

ページ範囲:P.841 - P.848

抄録
 「依存症」とは,物質使用のコントロール障害を指す疾患概念であり,アルコールをはじめとした精神作用物質により発症する。物質使用症はWHOのICD-11に収載された疾患で,物質依存だけでなく有害な使用パターンなどを含む包括的な症群である。物質使用症における病識の欠如は,治療への抵抗につながり,トリートメントギャップを引き起こす要因となる。物質使用症の1つであるアルコール使用症は,再発率が高く,健康への影響が深刻である。アルコール使用症の治療においては,当事者の病識を高める工夫が重要であり,そのための取り組みとして,自助グループや認知機能改善プログラムなどが試みられている。物質使用症の治療において,治療者は,当事者の気づきや病識を促す一方で,病識の獲得に固執しすぎず,共感的・支持的な姿勢を示しながら,当事者—治療者関係を構築し,治療継続を促すことが重要である。今後の課題として,物質使用症に対する社会的な偏見を取り除く普及・啓発活動が挙げられる。

研究と報告

統合失調症急性期入院患者の好中球/リンパ球比と血清蛋白量の前向き研究—経時的変化,精神症状との関連,数量的診断について

著者: 菊池章 ,   石藏勇基 ,   日浦悠人 ,   末吉利成 ,   辻利佳子

ページ範囲:P.849 - P.859

抄録
 当院の急性期病棟に新たに入院した統合失調症の患者のうち,研究に同意した51人(男26人,女25人)に対して,入院時から4週間ごとに,白血球分画,血清蛋白の検査と簡易精神症状評価尺度(BPRS)による精神症状評価を行った。統合失調症群の好中球/リンパ球比(NLR)は,入院時に対照群と比較して有意に高かったが,4週間以降は正常化した。血清総蛋白は,対照群と比較して入院時に低下しており,12週間まで低下が継続した。NLRは,精神症状との関連がみられたが,血清総蛋白は,精神症状との関連がみられなかった。NLR,総蛋白,性別,年齢を用いて判別分析を行い,統合失調症の数量的診断を試みた。その結果,中等度の精度で診断予測が可能であると考えられた。

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目次

ページ範囲:P.743 - P.743

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奥付

ページ範囲:P.868 - P.868

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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