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雑誌目次

雑誌文献

精神医学66巻8号

2024年08月発行

雑誌目次

特集 現代における解離—診断概念の変遷を踏まえ臨床的な理解を深める

特集にあたって

著者: 岡野憲一郎 ,   金吉晴

ページ範囲:P.991 - P.992

 今回私たちは本誌特集「現代における解離」の企画を担当することになった。本特集の主要なテーマは現在の解離臨床のあり方であるが,特に解離をめぐる概念上の混乱や異論,ないしはその臨床上の取り扱い方の難しさについて取り上げたいと思う。
 「解離性障害は本当に存在するのですか?」

解離性障害の現代的な意義

著者: 金吉晴

ページ範囲:P.993 - P.1000

抄録
 解離は願望充足のための自己暗示とも言われ,ヒステリーの視点から論じられたこともあったが(心因仮説),症状の増殖をもたらしたのは患者のみならず治療者の願望であり,そのことが病状記述を複雑にした。記述的混乱の解決のためにジャネは解離の生成論的仮説を提唱したが,DSM-Ⅲ以降,心因仮説が顧みられることは少なく,生成論不在の解離の診断分類はDSM-5に至るまで不安定な混乱を生じた。DSM-5ではPTSD論と解離論が近接し,PTSDにおいては意識から切り離された表象が解離現象としてフラッシュバックを生じることが記載され,解離においてはトラウマ体験との関連や,幻覚様体験の存在などが記載されることでジャネの解離論への回帰がみられた。しかし,解離の定義は精神的諸機能の結合の弛緩というにとどまり,ジャネがフラッシュバック,多重人格,幻覚を統合的に説明するために用いた心理的自動症への言及はない。DSMにおける解離論の変遷は,失われた心因論の復権の歩みとも言えるが,さらに推進されれば精神病体験における解離の役割が再検討され,疾患分類学の再考につながることも想定される。

解離はなぜ誤解され,無視されるのか

著者: 岡野憲一郎

ページ範囲:P.1001 - P.1012

抄録
 解離性障害,特に解離性同一性障害(DID)が今なお多くの点で誤解され,無視されるという傾向は,治療者の間でさえ起きているようである。筆者は,「DIDを有する人が示す複数の人格は,それぞれが別個の人格ないしは主体として体験される」ことを1つの臨床的な現実として抽出し,それに対する誤解を3段階に分類した。それらは,①治療者が解離性障害の存在を認知しない,否認するという立場にみられる誤解,②治療者が解離性障害の存在を認知したうえで,それでも臨床場面で交代人格と出会うことを回避する傾向ないしは立場,③治療者が交代人格と実際に関わる際に,交代人格を個別の,かつ独立した1つの人格としては認めないという姿勢にみられる誤解,である。筆者はさらに,「最初は1つである人格から分裂してできた交代人格たちは,本来の1つの人格に統合されるべきである」というロジックについても批判的に検討し,DIDを有する患者のそれぞれの人格の主体性と個別性を重んじることの重要性についても論じた。

現代の精神科臨床で解離はどのように扱われているか?

著者: 松本俊彦

ページ範囲:P.1013 - P.1019

抄録
 わが国の精神科医療現場において,解離症は看過されることの多い精神障害である。なかでも解離性同一症(dissociative identity disorder:DID),あるいは,その潜在型DIDとも言うべき特定不能の解離症(dissociative disorder, not otherwise specified:DDNOS)は,看過や否認,さらには意図的に無視される傾向がある。わが国では,患者を解離症——特にDID——と診断するのは,同僚からの好奇の目に曝されるリスクがあるのが現状である。しかし,解離症を潜在させる患者の多くは治療困難な病態を呈しており,解離症という枠組みから病態を捉え直すことで,突破口が見えてくることがある。
 本稿では,統合失調症,ボーダーラインパーソナリティ症,物質使用症を中心に,その症状と解離症との関係について私見を述べた。

健忘と遁走の関連性—全生活史健忘の検討から

著者: 大矢大

ページ範囲:P.1020 - P.1025

抄録
 DSMおよびICDの改訂は,解離症の診断分類に大きな変更をもたらした。解離性遁走は,DSM-5では,それまでのDSM分類とは異なり,解離性健忘の下位分類に位置づけられている。一方,ほぼ30年ぶりの改訂となるICD-11では,解離性健忘が,解離性遁走の有無によって二分されている。本稿では,健忘と遁走の位置づけについて,わが国独自の疾患単位である全生活史健忘の症例を通じて検討した。彼らは日々のストレスが累積し一定量を超えんばかりの差し迫った状況に追いやられ,自らの安らぐ居場所を失った状態にあって全生活史健忘を発症している。健忘であれ遁走であれ,病態の本質は同じであると理解できる。全生活史健忘の診断プロセスには,解離性遁走が解離性健忘の下位に移行したことの一因がみられることを指摘した。この解離性遁走の位置づけの変化は,曖昧さを含む解離概念を明確にする第一歩であり,この領域をより明確にしていくことが今後の課題であろう。

転換・心因性という概念は消えてしまうのか?

著者: 増尾徳行 ,   田中究

ページ範囲:P.1026 - P.1032

抄録
 転換・心因性という概念の扱いについて,DSMと力動精神医学両方の歴史を素描した。前者は操作主義を導入することで,心的プロセスを診断基準から排除していった。後者は心的プロセスとして,今なお保持している。そして転移概念を支えることで,症状の病因論的説明を基礎づけようとする。ここには,臨床家の葛藤が現れているように思える。つまりどちらも,患者の症状形成へ治療者が寄与する事実を,消し去ろうとしているように思える。治療における関係性の現実を再考するよう私たちに促す点で,これらの概念は現代的意義を持つものと思われる.

精神科と脳神経内科との境界の解離性障害—PNES(心因性非てんかん発作)をどう理解して関わるか

著者: 谷口豪 ,   村田佳子

ページ範囲:P.1033 - P.1040

抄録
 心因性非てんかん発作(psychogenic nonepileptic seizures:PNES)の主要な症状は,てんかん発作類似の偽神経学的症状と意識狭窄の併存である。ICD-11では解離性神経学的症状症,DSM-5では解離症あるいは変換症/転換性障害に診断されるものを中核としつつも多様な病態から構成される。PNESの診断は発作症候学および脳波の知識に基づいて行われ,経過を追って確認・修正していくものであり,心理的要因の特定の有無は診断には必須ではない。脳神経内科ではPNESは機能性神経障害のサブタイプと考えられており,ストレス脆弱仮説で病態を理解することができる。PNESに特化した既存の理論・仮説を1つの説明的枠組みにまとめた統合的認知モデルは,さまざまな臨床的疑問に一定の説明が可能な点や,治療へのアプローチとの互換性もある点で優れた理論である。PNESは精神科と脳神経内科との境界領域の解離性障害であり,完全な分業ではなく患者の病態に応じて両者がグラデーションのように,ともに診断と治療に関わるのがよい。

構造的解離理論とその後

著者: 野間俊一

ページ範囲:P.1041 - P.1046

抄録
 van der Hartらによって提唱された「構造的解離理論」は,成因論と治療法を説明した包括的な解離理論であり,ICD-11にも影響を与えている。この理論では,解離性同一性症(DID)での交代するパーソナリティを「パーツ」と呼び,「あたかも正常に見えるパーツ(ANP)」と「情動的なパーツ(EP)」の複雑さによって3つの解離構造を指摘している。さらに「安定化」「外傷記憶に対する恐怖症の克服」「人格の統合」という3段階の治療論を提唱していて,この治療論はDIDの治療ガイドラインにも採用されている。その約10年後,同じ研究グループによって解離の新たな教科書が上梓されたが,そこでは「ANP」「EP」の概念が捨て去られるなど修正が施されている。その後も他の研究者によって,ANPなどの概念が積極的に採用されたり,安定化を目指す第1段階だけでも治療が進展することが指摘されたりするなど,構造的解離理論は今も解離を論じるうえでの参照枠になっている。

現代におけるジャネと解離—フランスの文脈からの再考

著者: 河野一紀

ページ範囲:P.1047 - P.1053

抄録
 ピエール・ジャネ(Pierre Janet)の復権の動きは,Ellenbergerによる『無意識の発見』(1970)に端を発し,多重人格と解離をめぐる議論を経て,北米を中心とした英語圏におけるFreudの精神分析の相対化・価値下げという形で展開してきた。一方,Janetの母国フランスでは,dissociationの語は統合失調症と結びつけられたため解離概念には十分な関心が払われず,精神分析からもその業績は忘却されてきた。他方で,米国の対人関係精神分析はJanetと同様に解離とトラウマの関係を強調し,解離を抑圧とは異なる水準での防衛として位置づけている。本稿ではフランス精神分析における欲動論の展開を参照しつつ,解離概念の力動論的理解を深めると同時に,人格の統合とは異なる形の治療モデルを提示した。Janet自身は意識の統合機能を重視したため解離に力動的意味を与えることはなかったが,その理論は精神分析とのさらなる対話を続けることで,現代の解離研究に寄与すると考えられる。

解離症と神経発達症

著者: 柴山雅俊

ページ範囲:P.1054 - P.1059

抄録
 神経発達症を併存する解離症について症候学的に検討した。解離症と注意欠如多動症(ADHD)の併存例では幼児期からの幻覚・気配が,解離症と自閉スペクトラム症(ASD)の併存例では離隔のなかの拡散が,それぞれ通常の解離症より高頻度にみられることを指摘した。これらはADHDやASDの単独診断例の特徴ではなく,それらに解離症が併存することでみられる症候である。拡散や幼児期からの幻覚・気配は解離性の意識変容(空間的変容)に含まれ,その成立機序については「原初の意識」に覚醒不全が重なることで生じると推定された。こうした理解は併存診断や治療に役立つように思われる。

ドイツ精神医学における解離—歴史的素描

著者: 梅原秀元

ページ範囲:P.1060 - P.1066

抄録
 1999年にドイツで「解離症状のための問診票(Fragebogen zu dissoziativen Symptomen:FDS)」が発表された。これは解離を診断するためのドイツで初めての問診票だった。以後,ドイツでもようやく解離の研究が進むことになった。本稿では,ここに至るドイツ精神医学における解離をめぐる道のりを,「解離の受容」,解離と密接に関係する「トラウマ」と「統合失調症」,そして「診断基準」の4つの点から歴史的に素描することを試みた。この試みで明らかになった道のりは,精神医学の研究・臨床・診断基準は相互に関係し合っていて,そのどれかが変わることの難しさと,変わる/変わらないことが精神医学だけではなく,患者の人生を左右することも示した。ドイツ精神医学における解離の未来は,この道のりの上に位置付けて考えることが必要であり,これは日本についても言えるだろう。

解離性障害の器質論—どこまで解明されているか

著者: 金吉晴

ページ範囲:P.1067 - P.1071

抄録
 心的外傷後ストレス症(PTSD)が日本で関心を集めたのは,災害や犯罪などの「心の被害」を代表するものと思われたためである。しかし,日本では生命に関わる体験とPTSDの生涯有病率がそれぞれ60%と1.3%であり,両者の間には多くの要因が関与すると考えられる。トラウマの影響については心因論と器質論が交錯してきたが,その距離は現代では非常に近接している。しかし,両者の有機的な連関には不明な点が多い。本稿では側頭葉てんかんとPTSD症状の類似性を手がかりとして,PTSDには心因的な要因はあるとしても,個別の症状形成においては辺縁系に特異的な要因の影響を受けている可能性を推測した。エイ(Ey)は意識の解体によって進化論的に古いプログラムが活性化するという仮説で精神疾患を説明したが,PTSDでは極度の情動的負荷によって辺縁系に特化して同様のメカニズムが生じているとも考えられる。辺縁系に存在する恐怖記憶制御回路の研究の進展を通じて,いっそうの解明が期待される。

複雑性PTSDと解離の関係—結果か原因か

著者: 金吉晴

ページ範囲:P.1072 - P.1079

抄録
 心的外傷後ストレス症(PTSD)の症状の成立と慢性化には解離が関与しており,DSM-5ではPTSDの中核症状であるフラッシュバックは解離症状であると規定されている。被害体験の中で生じる現実感の消失や知覚変容,自己疎隔化体験などの解離症状は周トラウマ期解離として知られているが,複雑性PTSDと関係することの多い,持続的反復的被害においては,周トラウマ期解離もまた持続的に生じることが想定される。特に被害体験が児童期に生じた場合には,こうした解離の中で生じた,被害や自己,世界についての認知の誤りは,本人のその後の人生観や社会行動に深刻な影響を与える可能性がある。その一部は複雑性PTSDの自己組織化障害(DSO)症状に反映されているが,それにとどまらない,広汎な社会的機能への困難については,さらなる臨床的検討が必要である。

一般外来における解離性同一性障害の治療—精神分析の立場から

著者: 加茂聡子

ページ範囲:P.1080 - P.1084

抄録
 精神分析家でありながら開業クリニックで一般精神科外来を行っている立場から,解離性同一性障害(DID)の一般外来における治療について紹介する。一般に,精神分析家は「中立かつ受け身で治療を行う」という印象を持たれている。しかし,精神科外来臨床を行うとき,私は能動的に支持も指示も行う。一方で,精神分析的臨床家の間では「解離性同一性障害における他人格はもとの人格として扱う」という言説があったようである。私はその立場にも与せず,外来臨床においてDIDの人格と出会った場合は「別の人」として接している。
 本稿では,私の外来臨床におけるDIDとの接し方,そして精神分析が私の臨床にどのように影響を与えているかについて文献的背景とともに紹介する。

解離は障害であり,力でもある

著者: 中島幸子

ページ範囲:P.1085 - P.1089

はじめに
 解離(dissociative identity disorder:DID)の症状がある当事者として,解離について,医療に携わっている方々に読んでいただける機会をいただき,大変ありがたく思っています。
 私が最もお伝えしたいのは,解離は精神疾患であると同時に,サバイバルするための力でもある,ということです。この視点が欠けると,解離はなくさなければならない症状とみなされてしまいます。
 私を含め,解離の症状が強い人たちは,生きるか死ぬか,といった感覚を何度も経験している可能性が高いです。それは多くの場合,子どもの頃の被虐待(特に性虐待)経験によるものです。耐えがたい事態に遭い,独りで抱えきれずに複数の人格を作り出さざるを得なかった経験が過去にあります。今までも,そして今後も,トラウマの影響を大きく感じながら生き続けなければなりません。記憶を抱えては生きていくことができないほど破壊的な場合には,他の人格が被害の記憶を持ち続けてくれていることが,生き延びる術なのです。
 解離ができたからこそ生き延びることができたのであれば,それは能力であり,ゼロにしてしまう必要はないはずです。
 そこまでのトラウマ経験のない大多数の人にとっては,複数の人格やパーツで居続けて生きていく必要があるということを理解するのは難しいかもしれません。「1つの体には1つの人格であるというのが本来の姿だからその状態に戻そう,それが理想的な回復だ」と考えてしまうかもしれません。しかし,恐ろしい体験の記憶を体や脳に埋め込まれて生きていかなければいけない場合は,生き方が異なります。トラウマの治療が進むことによって,結果として自然と人格の統合が起きることはあります。しかし,統合自体を目標としてしまうことは,内部の人格や生き延び方の否定ともなりますし,達成することが困難すぎる目標に感じ,大きな反発や無力感などにつながり,逆効果になることを理解していただきたいと思います。

研究と報告

アルツハイマー病の日常生活機能障害(functional impairment)に影響する要因—記憶障害の指標で重症度を統制した検討

著者: 鎌田日南 ,   佐藤卓也 ,   今村徹

ページ範囲:P.1091 - P.1097

抄録
 記憶障害が軽度の患者に対象を限定することで重症度を統制し,アルツハイマー病(AD)の日常生活機能障害に影響を与える要因を検討した。Clinical Dementia Rating(CDR)の記憶の評定が軽度かつ全般重症度評定がごく軽度〜中等度の間である183症例を対象として,CDRの全般重症度評定(0.5 or 1 or 2)を従属変数,患者属性,認知機能障害,神経精神症状の指標を独立変数として順位相関係数を求めた。Mini-Mental State Examination(MMSE)得点,Alzheimer's Disease Assessment Scale(ADAS)の単語再生,再認課題の成績,Frontal Assessment Battery(FAB)得点およびNeuropsychiatric Inventory with Caregiver Distress Scale(NPI-D)の無為・無関心の評定と全般重症度評定との間に,効果量が中等度以上の相関を認めた。軽度ADの日常生活機能障害の背景要因として,記憶障害,遂行機能障害,自発性低下の3つが重要であることが示された。

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ページ範囲:P.989 - P.989

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奥付

ページ範囲:P.1106 - P.1106

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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