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雑誌目次

雑誌文献

精神医学66巻9号

2024年09月発行

雑誌目次

特集 —身体疾患の患者・家族のこころを支える—コンサルテーション・リエゾン精神医学

特集にあたって

著者: 明智龍男

ページ範囲:P.1111 - P.1112

 コンサルテーション・リエゾン精神医学は,主として総合病院において身体各科の要請に応じて提供される精神医学的サービスすべてを含む概念であり,幅広い領域を含む。この背景には,身体疾患患者に治療が望まれる精神疾患が合併することは稀ではなく,中でも高度急性期医療機関としての総合病院に入院している身体疾患患者の30〜50%程度に何らかの精神疾患が認められるといった身体疾患患者における精神症状マネジメントのニーズの高さがある。
 多死社会を迎えたわが国の死因を考えてみると,がん,心血管疾患,脳血管障害などの頻度が高いため,これら疾患にまつわる依頼が多いのはよく知られているが,精神症状発現の頻度が高い,神経変性疾患や慢性疼痛,またもともと精神疾患を有する患者が搬送されることが多い救急医療の現場でもコンサルテーション・リエゾン精神医学への期待は高い。筆者自身が専門にしているサイコオンコロジーの領域においても,がん診断後の自殺予防,不安や抑うつのマネジメント,終末期のせん妄のマネジメントなどについては現時点においても現場のニーズの高さを実感するところである。また,筆者が大学病院内で運営に関わっている「いたみセンター」の診療において,特に器質因が明確でない慢性疼痛患者に併存する多彩かつ複雑な精神症状マネジメントについても,多職種チーム診療として精神科医が参画することへのニーズの高さを身をもって感じている。

高度急性期医療を支えるコンサルテーション・リエゾン精神医学—現状と課題

著者: 西村勝治

ページ範囲:P.1113 - P.1121

抄録
 高度急性期医療を担う総合病院(一般病院)では精神障害の有病率が高く,複雑な精神医学的ニーズが生じやすい。これらは患者・家族のみならず,医療安全,医療経済,医療倫理などの病院機能にも少なからぬ影響を及ぼす。これらのニーズに対応するコンサルテーション・リエゾン精神医学,またはリエゾン精神医学は高度急性期医療を下支えしていると言っても過言ではない。近年,医療の高度化・複雑化,少子高齢化,医療に対する国民のニーズの多様化など,医療を取り巻く社会情勢は大きく変化し,リエゾン精神医学に求められるニーズも拡大している。この中でチーム医療が診療報酬と連動しながら推進され,一方でガイドラインなどの作成によって専門性の高い領域にも一定の水準が担保された介入が可能となってきた。サブスペシャルティとしての専門医制度の整備も進められている。

がん医療における精神医学—サイコオンコロジー

著者: 明智龍男

ページ範囲:P.1122 - P.1129

抄録
 がんは1981年以降わが国の死亡原因の第1位であり,年間100万人以上ががんと診断されている。がんは最も頻度の高い致死的な疾患であることから,国民病という位置付けがなされており,わが国のがん対策基本計画においても,がん患者の精神症状対策が重要事項として盛り込まれている。がん患者のおおむね半数には何らかの精神医学的診断が認められ,患者の生活上の悩みとしても精神症状が最も多い。がん患者の精神症状に対して最もエビデンスが豊富なのは認知行動療法をはじめとした精神療法であり,最新のガイドラインでも薬物療法ではなく精神療法が推奨されている。終末期にはせん妄の頻度が高くなるが,病像に応じて薬物療法一辺倒ではない丁寧なケアが必要である。このような背景から,サイコオンコロジーの領域では臨床研究における患者市民参画(PPI)が先んじて取り入れられつつある。一方,課題も山積しており,がん患者の自殺対策,特別なケアが求められる世代としてAYAや高齢のがん患者,加えて同様に大きな心理的な衝撃を受ける家族・遺族への支援など喫緊のテーマも多い。本稿では,サイコオンコロジーの現状をわが国におけるがん対策の視点から俯瞰し,現在の課題を整理するとともに今後の精神医学をはじめとした精神保健分野に対する期待を展望した。

心血管疾患における精神医学—サイコカルディオロジー

著者: 疇地道代

ページ範囲:P.1130 - P.1136

抄録
 精神と心臓の相互作用は,医学の黎明期から知られており,何世紀にもわたって医学および非医学文献に記述されてきた。日本語の“心”は多義的に用いられ,“精神”という意味も“心臓”という意味も含んだ抽象的な概念を持ち,日本語を母語として使ってきた多くの日本人は,精神と心臓の相互作用を感覚的に経験しているかもしれない。
 サイコカルディオロジーの語源は,精神科医のJefferson JWが提唱した“Psychocardiology”が始まりである。時代背景や社会背景によって,その接点領域で注目される内容や程度は異なる。
 本稿では,サイコカルディオロジーに関して,いくつかの観点から概説するとともに,わが国のサイコカルディオロジー領域におけるコンサルテーション・リエゾン(C-L)精神医学の可能性に関して,循環器専門施設での臨床経験も交えて考察する。

腎疾患における精神医学—サイコネフロロジー

著者: 桂川修一

ページ範囲:P.1137 - P.1143

抄録
 医療の進歩とともに,慢性腎臓病および末期腎不全の患者に対して血液透析や腎移植といった代替療法が提供され,予後が大きく改善している。一方で,現在人口の高齢化が進行するわが国では透析患者数が年々増加しており,神経認知機能低下やフレイルなどによる自立度の低下と介護度の上昇が家庭と医療施設で問題化している。透析患者において慢性腎臓病に合併する種々の身体疾患に加えて,透析導入,維持期,透析の長期化によりうつ病や睡眠障害といった精神疾患の併存が認められている。透析による心理社会的ストレスの影響を検討し,終末期にとどまらない緩和ケアの必要性とサイコネフロロジーの新たな課題について考察した。

脳血管障害と精神医学—脳卒中後うつ病を中心に

著者: 岸泰宏

ページ範囲:P.1144 - P.1149

抄録
 脳血管障害,特に脳卒中後にはさまざまな精神・行動の障害が認められる。なかでも頻度が高いものとしては,脳卒中後せん妄,脳卒中後うつ病(post stroke depression:PSD)が挙げられる。両者ともに,さまざまな臨床アウトカムを悪化させる代表的な精神行動の障害である。PSDの診断においては,うつ病の症状(倦怠感や食欲不振など)が脳卒中による可能性があっても,うつ病診断に利用する方法(inclusive approach)が勧められている。治療においては,SSRIならびに認知行動療法などの精神療法の有効性が多く報告されているが,高いエビデンスがあるとは言えず,今後の検討が必要である。PSDの予防研究も行われており,SSRI使用や非薬物療法的アプローチの有効性が報告されているものの,これも今後の検討が必要な分野である。

神経変性疾患にみられる精神症状の評価とマネジメント

著者: 和田健

ページ範囲:P.1150 - P.1157

抄録
 神経変性疾患は,現時点では有効な根治療法がなく,緩徐進行性の経過をたどり,診断時から予後が規定され,時に生死に関わる医療処置の選択を迫られる。器質性精神障害としてのさまざまな精神症状のみならず,スピリチュアルペインも生じやすい。精神症状は併存している身体症状の影響や心理的要因,入院を含めた環境的要因などによっても影響を受けるため,多面的な評価を行う必要がある。神経変性疾患を持つ人が入院となった場合は,せん妄ハイリスク患者として捉え,早期から予防的な対応をとることが望ましい。精神症状のマネジメントには,薬物療法と非薬物療法的介入の両方が用いられるが,いずれも十分なエビデンスが存在するとは言えない現状である。また,意思決定支援や家族への支援などによって患者のQOL向上に資するためには,緩和ケアのマインドを持って治療ケアにあたる姿勢が重要となる。

救命救急医療におけるコンサルテーション・リエゾン精神医学

著者: 大塚耕太郎 ,   三田俊成 ,   三條克己

ページ範囲:P.1159 - P.1164

抄録
 救急センターを併設する病院における精神科の主要な仕事の1つは,コンサルテーション・リエゾン精神医療である。自殺未遂,合併症および身体的愁訴,過換気症候群,心的外傷後ストレス症(PTSD),物質使用への対応は必須である。初療後のコンサルテーションでの評価,鑑別,初期治療のみならず,アフターケアや地域ケアの導入も必要となる。また,ACTION-J研究の研究成果から救急患者精神科継続支援料のように診療報酬化された取り組みもある。精神科医やスタッフはこれらの取り組みを実践するだけでなく,初療を担う身体科医師や臨床研修医などへの教育にも取り組む必要がある。

周産期医療におけるコンサルテーション・リエゾン精神医学—プレコンセプションケアから育児支援まで

著者: 菊地紗耶 ,   小林奈津子 ,   富田博秋

ページ範囲:P.1165 - P.1171

抄録
 周産期には,妊娠出産に伴う身体的・心理社会的変化に伴い,メンタルヘルスの不調が生じやすい。産後うつ病は,子どもの健康面への懸念や母親としての自責感,自殺念慮,強い不安とパニック発作,精神病症状,涙もろさなどの症状が特徴で,重症度や自殺念慮,精神病症状の有無を評価し,環境調整を含めた心理社会的介入や薬物療法を行う。精神疾患合併妊娠に対しては,周産期の薬物療法,育児支援体制のための多職種連携が重要であり,最近ではプレコンセプションケアが注目され,妊娠に向けた生活習慣の検討,妊娠に向けた薬の調整が必要である。周産期コンサルテーション・リエゾンでは,妊産婦特有の心理,周産期の薬物療法,産科・小児科,地域母子保健との多職種連携について知っておくことが有益であり,本人および家族全体の支援を念頭に置き,各医療機関の特性に合わせ,院内外の各医療保健福祉機関との「顔の見える連携」体制が必須である。

移植精神医学—臓器移植医療における精神医学

著者: 木村宏之 ,   岸辰一

ページ範囲:P.1172 - P.1179

抄録
 臓器移植医療の進歩によって,これまで救命できなかった末期臓器不全患者が回復することが多くなった。このような移植患者に併存する精神疾患は長期予後に影響を及ぼすとされ,精神医学的な評価および治療,患者や家族の心理社会的サポートが重視される。移植領域に携わる精神科医や心理職の主な役割は,生体ドナーの主体性評価,レシピエント併存精神疾患の対応,患者・家族の心理支援がある。また,移植医療は,移植外科医,内科医,看護師,レシピエント移植コーディネーターなど多職種の移植チームの一員として位置づけられるため,患者の心理社会的・精神医学的問題をできるだけ情報共有し,チームと協働しつつ専門家として機能することが重要である。本稿では,臓器移植領域における精神医療について概説する。

地域において行うコンサルテーション・リエゾン精神医学

著者: 内田直樹 ,   中川伸明 ,   勢島奏子

ページ範囲:P.1180 - P.1186

抄録
 コンサルテーション・リエゾン精神医学(CLP)というと,主に総合病院で行われることを想像されがちだが,当院は在宅医療を中心としたクリニックであり地域においてCLPを実践している。多くの精神疾患患者において,重症化すると病院に来たがらないという特徴があることを踏まえると,精神科医が地域に出てCLPを行う意義は大きいと考えている。本稿では,地域において行うCLPの実践として2つの事例を紹介する。
 また,20年前に精神保険医療福祉の改革ビジョンにおいて提案された「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本方針を実現するためにも,精神科医が地域においてCLPを実践することが必要になると考えている。当院の診療以外に他院での実践についても紹介し,多職種が地域医療に関わる意義について考察する。多くの精神医療従事者が地域に目を向ける機会が今後増えることに期待している。

コンサルテーション・リエゾンにおいて治療拒否に遭遇した際の倫理的考察

著者: 桑原達郎

ページ範囲:P.1188 - P.1193

抄録
 コンサルテーション・リエゾンにおいては,患者の治療拒否にしばしば遭遇する。その場合,医師は臨床倫理について意識せざるを得ない。臨床倫理の原則は,BeauchampとChildressによって医療倫理の4原則として簡便かつ有用な形でまとめられている。治療拒否は,4原則のうち,自律尊重原則と連動している。同意能力があれば自律尊重原則は機能するが,同意能力がなければ機能しない。同意能力があると評価された場合でも,患者の治療拒否はあらゆる場面で倫理的に正しいわけではない。同意能力がない場合でも,医師は治療拒否を乗り越えて十分に倫理的行動をとることができるわけではない。これらは倫理的要素だけではなく法的な要素が関与している。医師は,法的リスクに対応できる範囲で,最大限倫理的な行動をとるよう努力することが,現実に即した対応であると考えられる。

総合病院でアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)を活かす

著者: 光定博生

ページ範囲:P.1194 - P.1201

抄録
 アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)は機能的文脈主義や行動分析学に基づく心理療法・精神療法で,患者が自身の価値に沿って充実した人生を生きられるようになることを目的とする。ACTはさまざまな精神疾患や身体的な状態に対して診断横断的に効果を発揮するだけでなく,医療従事者の支援や効果的な組織作りにも用いることができ,特に総合病院では活用できる場面が多い。コンサルテーション・リエゾン精神医学では限られた時間と回数で介入する必要があるが,ACTにはそれを可能にする方法がある。また,患者が価値に沿って十分に自分の人生を生きられるようになることを目指すというACTのスタンスは,患者だけでなく支援者にも希望を与え,共通の目標としても機能するため,チーム医療を行ううえで役に立つ。機能的精神医学および機能的精神薬理学を取り入れることで,従来の精神医学の手法とACTとを矛盾なく同時に用いることができる。

コンサルテーション・リエゾンにおける多職種協働の実際

著者: 奥野史子

ページ範囲:P.1202 - P.1208

抄録
 コンサルテーション・リエゾン精神医学は,総合病院で多職種が協働し精神的支援を提供する分野である。チーム医療の重要性が強調され,2012年に精神科リエゾンチームが診療報酬化された。チーム活動の成果が報告されているが,精神保健スタッフがおのおのの役割を理解し合い,連携を強化することで患者のケアを改善することが期待できる。複雑困難な問題への対応について,コンサルテーションの基本を理解すること,精神分析的視点や社会学的アプローチなどが,チーム内外における事象の理解を助け,解決に結び付く一助となる。精神看護専門看護師の立場から,経験を踏まえ,多職種協働について述べた。

短報

クロザピンとバルプロ酸併用療法に抵抗性でリチウムの追加が著効した統合失調症の1例

著者: 川人慎 ,   寺尾岳 ,   帆秋伸彦 ,   中尾智博

ページ範囲:P.1210 - P.1213

抄録
 クロザピンとバルプロ酸の併用療法に対して効果が不十分であったクロザピン治療抵抗性統合失調症(clozapine resistant schizophrenia:CRS)に対して,リチウムの追加が著効した症例を経験した。精神症状が改善した機序は不明であるが,バルプロ酸とリチウムはともにクロザピン増強療法の選択肢として考えられており,その併用がCRSに対して有効である可能性が示唆された。また,その併用が好中球数の改善やけいれん発作のリスク軽減に寄与している可能性もある。CRSに対して確立した治療法はないため,治療に関する実証的な知見の蓄積が必要である。

資料

Individual Fitness Score(IFS)による治療ガイドライン一致率の評価—臨床での活用に向けて

著者: 福本健太郎 ,   稲田健 ,   村岡寛之 ,   井手健太 ,   小高文聰 ,   越智紳一郎 ,   安田由華 ,   飯田仁志 ,   堀輝 ,   大井一高 ,   市橋香代 ,   伊藤颯姫 ,   川俣安史 ,   古郡規雄 ,   橋本亮太

ページ範囲:P.1215 - P.1223

抄録
 診療ガイドラインは臨床現場における課題について,治療者と患者の意思決定を行う際,それを支援する目的で作成されたものである。今回,個々の患者に対する治療のガイドライン一致率を評価するため,評価式として統合失調症版とうつ病版のindividual fitness score(IFS)を開発したため紹介する。治療内容をガイドライン一致率として数値化し可視化することで,具体的にどの要素がガイドラインの推奨治療に準じていないのかを把握することができる。この治療のガイドライン一致率は,日常臨床における治療方針決定のサポートツールとして役立つ可能性があると考えている。

書評

患者の意思決定にどう関わるか?—ロジックの統合と実践のための技法

著者: 秋山美紀

ページ範囲:P.1227 - P.1227

 「膵臓のがんが,肝臓のあちこちに転移してます」。今年7月,都内のがん専門病院で,母が宣告を受けた。説明を聞いた母の口から最初に出てきた言葉は,「先生,今年パスポートを10年更新したばかりなんですけど……」だった。説明した医師も,隣にいた私も意表を突かれ,しばしの沈黙となった。
 著者の尾藤誠司氏は,ロック魂を持った総合診療医であり,臨床現場の疑問に挑戦し続けるソリッドな研究者でもある。諸科学横断的な視座から探求し続けてきた研究テーマは,臨床における意思決定(注:医師決定ではなく意思決定)である。尾藤氏は約15年前に『医師アタマ—医師と患者はなぜすれ違うのか?』(医学書院,2007)を出版し,誤ったエビデンス至上主義がはびこりつつあった医学界へ一石を投じた。その数年後には一般向けに『「医師アタマ」との付き合い方—患者と医者はわかりあえるか』(中公新書クラレ,2010)という新書を出した。帯に「医師の取扱説明書」とあるとおり,患者・市民が医師の思考パターンを理解し,良好な関係を築けるような知恵が詰まったわかりやすい書籍だった。

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目次

ページ範囲:P.1109 - P.1109

今月の書籍

ページ範囲:P.1225 - P.1225

次号予告

ページ範囲:P.1228 - P.1228

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.1229 - P.1229

奥付

ページ範囲:P.1234 - P.1234

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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