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雑誌目次

論文

精神医学8巻9号

1966年09月発行

雑誌目次

第3回精神医学懇話会 森田療法

主題報告

著者: 近藤章久

ページ範囲:P.707 - P.720

「真実の病気がないときには知識がそれ独特の病気をわれらに貸す」
モンテーニュ

指定討論

著者: 池田数好

ページ範囲:P.720 - P.722

 はじめに,森田神経質に対する演者の立場を明らかにしておきたい。簡明に結論を述べると,森田学説にせよ,Freud学説にせよ,それによつて,すべての神経症の形成と発展を説明しつくすことは困難である,ということである。すなわち,逆にいえば,神経症のある一群は,森田学説によつて説明することが,たとえばFreud学説のそれによるよりも,より事実に則しているということである。いうまでもなく,あらゆる学説は,あくまで,現実の事象(ここでは神経症)を,いずれがより正しく説明しているかによつて評価されなくてはならない。そうだとすると,Freudの学説,すなわちFreud機制によつて発展すると考えることによって,もつとも現実に適して説明される,広汎な神経症群がたしかにあるとともに,森田学説,すなわち,森田機制によつて発展すると考えるのがより正しいと思える一群の神経症―森田神経質―が,たしかに存在するというのが演者の立場である。
 森田神経質の形成にあずかる心理機制のなかで,精神交互作用とよばれるもの,およびその悪循環を増強し,持続させる一種の拮抗作用――森田のいう“思想の矛盾”の一表現でもあるが――は,日常の臨床経験によつても,また各自の内省によつても,容易にとらえることのできる,人間心理にとつてありふれた自明の事実である。その説明のために,ある心理学的仮説を必要とする種類の特殊な心理機制ではけつしてない。

指定討論

著者: 笠松章

ページ範囲:P.722 - P.723

 ただいま近藤さんのお話をお聞きしますと,討論の対象になるのは精神分析と対比して森田療法の特徴を述べられた点であると思われます。しかし,こうなりますと私の発言の機会ではなく,あとから土居さんあたりからおおいに異論が出ると思います。そこで私は少し観点を変えて違つたことを申し上げたいと思います。
 森田療法のうちには狭義の精神療法からとカウンセリング,あるいは精神指導——ドイツ語ではSeelensorgeということばを使つてもいいが,指導ということばにちよつとこだわります——,医師が患者の生き方についてのアドバイスを与えるというようなものも含まれているように思います。それからさらに進んで,生きる価値を直接問題にする宗教的説教のようなものまでも含まれているのではないでしようか。ここでいう宗教はもちろん仏教ですが,これにもいろいろあり,他力の浄土仏教と自力の禅仏教では,原始仏教から引きついだ基本思想は同じでも,その説き方は違つています。森田療法にはこの両者が取り入れられているように思われます。神経質患者が,自分の<思想の矛盾>を自覚し,森田学説を信奉する治療者を中心として行なわれる独特の治療的雰囲気には,<凡夫往生>,<本願念仏>を絶対憑依する浄土的説き方である。<はからい>をやめ,症状を<あるがまま>に認める生き方を指向するのは,分別をやめた現実直観で<不立文字>,<直指人心>,<見性成仏>などの禅的説き方である。後者の禅宗的説教になりますと,宗教といつても科学と矛盾しないような面ももつているので,まえに述べたカウンセリング,あるいは狭義の精神療法と重なると思います。

指定討論

著者: 河村高信

ページ範囲:P.723 - P.725

 私はさきほど池田先生が述べられた,症状を持続させるものについて,またそれと笠松先生が述べられた狭い意味の森田精神療法との関連を理論的に考察したいと思います。
 私の立場は,いままで行なわれてきたように森田療法を精神分析の用語,あるいはその他の精神療法の用語で説明するのではなく,精神療法以外の分野で使つていることば,表現を使つて考察します。その基礎は記号論であります。森田療法は患者の記号活動をなおしていく技法であると私は考えます。患者の記号活動というのはどういうことかといいますと,患者は自分の身体状態,あるいは精神状態(記号)について,それを病的である,あるいは異常であるというふうに考えております。これを患者が記号判断していると私は考えます。そして,その記号判断が続いたために不安がたかまり,それをなくそうという処置を患者が始めます。しかし,いくら処置をしてもよくならないので病気であるという記号判断がますます強まり,処置すればするほど記号判断が強まる。つまり,いちばん初めの記号判断をもつたときにはそれほど強い確信をもつていなかつたのが,病的と考えているものを取り去ろうとする経験を何回も繰り返している間に,その記号判断を確信的なものにしていく。森田療法は,このような患者がいままでとつてきた記号判断を強化する,より正確に述べるならば記号判断に関する確信度を強めていくような処置を禁止させ,それを弱化させるような方法をとらせる実験である,このように私は解釈しています。

一般討論

森田療法における転機

ページ範囲:P.725 - P.738

 井村 お話のなかで重要な点の一つだと思いますが,森田の場合の精神療法の転換と精神分析の場合を対比させておられましたけれども,たいへん興味をもつてそれを拝聴し,私もそのとおりだと思います。森田療法における転換は状況設定が最初にあるということに異論はないのですけれど,その変換そのものの心理的な機制といいますか,あるいは体験の論理といいますか,東洋特有のものがあるのではないかと思います。たとえば「煩悶即解脱」の“即”という機制について,もう少しご説明いただきたいと思います。ここに「自己受容から逆に統合された自我が出現する」というふうに書いてありますが,問題はその転換の過程ですね。
 司会 論旨の質問と思つたのですけれども,内容に入らざるをえないようですね。そうなると,一つのテーマとしてどうしても,いまの転換が問題になると思つていたわけです。それを2番目に取り上げようと思つたのですが,それに入つていつてもいいですね。

研究と報告

季節と気象変化の精神状態におよぼす影響—とくにてんかん患者の動向

著者: 吉田遼 ,   竹田正衛 ,   遠藤光衛

ページ範囲:P.739 - P.745

I.緒言
 われわれが大気中に棲息するかぎり,好むと好むまいと,気象や季節の変化に左右されることは避けられない。ただこれらの影響に対しては,生体機能も精神作用も一般には順応できるという特性をそなえている(気候順化)。
 しかしながら,わが国は世界でも珍しいくらい四季の変化がいちじるしいことを考えるとき,日日の気象状態や季節の移り変わりに適応できない一群の人々が存在することは考えられる。すでに常識化している気象病あるいは季節病3)5)は,こうした人々のあいだに生じた疾患ということができる。De Rudder1)はすでに1913年,これらの天気に支配される疾患についてかなりくわしく述べている。さらに戦後の研究では,血圧変動10),喀血4),ロイマチスの疼痛12),喘息発作5),死亡3)5)6)(急死を含む),歯痛発作17),陣痛発来13),産婦人科的症候群14)などをはじめとし,身体面と気象・季節との関係については幾多の報告がなされてきている。ところが,精神状態と関連性のある研究はきわめて少ない。

ナイトホスピタルを実施した精神分裂病者の予後について

著者: 山村道雄 ,   米倉育男 ,   平野千里 ,   大槻信子 ,   秋浜雄司 ,   片山正彦 ,   大野勇夫 ,   繁原賢吉

ページ範囲:P.746 - P.750

I.はじめに
 精神障害者,とくに精神分裂病者の予後に関する報告は多数見られるが,その概念の不統一や調査方法の相違などから大きな差があり,向精神薬の使用,精神療法,リハビリテーション療法など各種治療によつて予後判定はさらに複雑となると考えられる。しかも,これらの治療因子が精神分裂病の予後にいかに関連するかを明らかにすることは,きわめて困難であり,わが国においてはこのようなこころみはあまりなされていない。
 われわれは,43名の精神分裂病者にnight hospital(以下N. H. と略す)で病院外のcommunityとの接触を得しめ,それによつて患者がいかに影響されたかの予後調査を行ない,若干の知見を得たので報告する。

精神科における黙秘の義務と権利(II)

著者: 田村幸雄

ページ範囲:P.751 - P.753

第3篇 日本
 黙秘義務と開示義務 刑法第134条はつぎのごとくである。
 (1)医師,薬剤師,薬種商,産婆,弁護士,弁護人,公証人又は此等の職に在りし者,故なく其業務上取扱いたることに付き知得たる人の秘密を漏泄したるときは6ヵ月以下の懲役又は100円(罰金等臨時措置法により5,000円)以下の罰金に処す。
 (2)略。
刑法第135条:本章の罪は告訴を待て之を論ず。刑事訴訟法第147条:
 医師,歯科医師,助産婦,弁護士,弁理士,公証人,宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は,業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては,証言を拒むことができる。但し,本人が承諾した場合,証言の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く)その他裁判所の規定で定める事曰がある場合はこの限りでない。

慢性精神分裂病者における薬物療法の限界と臨床的意義について—Chlorprothixene-diazepam併用療法をもとにして

著者: 柴原堯 ,   錦織透

ページ範囲:P.754 - P.758

 慢性精神分裂病者にChlorprothixene-diazepam併用の薬物療法を行ない,その結果えた臨床効果をもととしてこれらの患者に対する薬物療法の限界とその臨床的意義について考察した。
 (1)使用対象は長期間の入院を経過し,なお執拗,偏執的に心気妄想,身体幻覚,作為体験などとともに拒絶症,不安焦躁,心気症様症状を示す慢性分裂病者23名(男)で,使用薬剤はchlorprothixeneとdiazepamである。
 (2)使用量はC200mg+D15mg(1日量)からC600mg+D40mg,使用期間は72日から104日,使用方法は1日3〜4回分服,経口投与,漸増法をとつた。
 (3)C-D併用療法によつて,これらの患者の内面的構えの転換が認められ,それは多幸化として要約され,患者は自己の異常体験に対して心気症的傾向,偏執的傾向を示さず,安定して安静,陽気,快活,活発となった。
 (4)このC-D併用療法における臨床効果としての多幸化という構えの転換は,しかし従前のphenothiazine系誘導体,butyrophenone系誘導体による臨床効果と同様に,慢性分裂病者においてはただ単に水平的安定状態,反社会的行動の消褪をもたらすにすぎず,さらにこれによつて得られた状態は患者の内的世界を薬物という透過膜を通じた第3の世界に固定するものであつて,それはかえつて患者の自由な内省,洞察をもとめる立場を制限し,患者をReifungよりもDomestikation,Stabilisierungに近づけるものである。

Fluphenazine enanthateの使用経験

著者: 大高忠 ,   小林美智子

ページ範囲:P.759 - P.765

I.はじめに
 Fluphenazine enanthateは,従来より使用されているfluphenazine(dihydrochlorideまたはmaleate)と同じ母体をもつphenothiazine系誘導体であるが,これまでのfluphenazine塩酸塩と異なる点は,fluphenazineのenanthic acid(heptanoic acid)esterであり,非水溶性,易油溶性のため,胡麻油に溶した注射液のかたちをとっていることである。
 本剤は第1図のような構造式と化学式をもち,分子量は549.70である。

Diazepam(Horizon)静注法を通じての二,三の精神神経薬理学的臨床知見

著者: 浅田成也 ,   山県茂樹 ,   河村隆弘

ページ範囲:P.768 - P.776

I.はしがき
 われわれはさきにdiazepam-interviewにおいてうかがわれる二,三の特有な神経症状に注目したが,今回はなお一過性にしろ発呈する神経症状にいつそうの関心をもつて,対象も前回のようにヒステリー徴候のみられる例にかぎらず,精神分裂病圏の例との比較もなしうるようにした。
 これらの対象例は26例におよぶが,それらの臨床効果に関しては,静注前,途中,直後,30分後ならびに24時間後にわたり,独自の評価表を作製したうえで検討を加えた。

動き

国立武蔵療養所の敷地内鉄道貫通計画についての問題

著者: 林暲

ページ範囲:P.777 - P.777

 武蔵療養所は戦前に軍事保護院の精神病院として設立されたもので,都下小平市にあり,敷地8万余坪,南北にやや長い形をなし,西側の少し北によつて1200坪ほどの矩形の突出部がある。戦後この西隣にブリヂストンの工場ができ。この境界は上記の病院敷地突出部と下駄の歯のようにかみ合つている。
 間題の鉄道は東京外環状線といわれるもので,東海道線,山手線につながる新鶴見操作場から国分寺,浦和,北小金,船橋をつらね,東京に集まる国鉄各線の貨物輸送の円滑化をはかり,かたわら旅客輸送も行なおうというものである。当面問題となつた計画線は,国分寺から所沢方面に向かう途中,病院の西側境界に沿い,敷地西側の突出部を分断して敷設しようとするものである。

回顧と経験 わが歩みし精神医学の道・3

精神医学を選ぶまで

著者: 内村祐之

ページ範囲:P.780 - P.785

 前回までに私は,若い精神科医としての私に大きな影響を与えた,3人の著名な精神医学者について語つたが,その後,今日に至るまで,直接に,否,多くはむしろその業績を通して,影響を受けた人の数は少なくない。しかし,それを語る前に,まず私自身について少しく述べておくのが順序かと思う。
 「何ゆえに,専門として精神医学を選んだか」という質問は,一時代前の精神科医が,必ず一度は受けたものであろう。これは,精神病者を低格視し,精神医学の無力をさげすみ,ことに当時多かつた,「お医者さん」らしからぬ超俗的な精神科医を見て,一般人が感じる好奇心ゆえの質問であつたが,私の場合は,ことにその度が強かつた。学生界の「名物男」として鳴らした内村が,何を好んで,「風変わり者」の行く精神科を選んだのか。どの科を志望しても,喜んで受け入れてもらえるだろうに,選りに選つて精神科へ行くとは——というのが,多くの人の頭に浮かんだ疑問であつたらしい。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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