icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

精神医学9巻1号

1967年01月発行

雑誌目次

特集 内因性精神病の疾病論 第63回日本精神神経学会総会シンポジウム

はじめに

著者: 村上仁

ページ範囲:P.4 - P.4

 ではさつそく木日の午前中のシンポジウムをこれから開催させていただきます。このシンポジウムのテーマは「内因性精神病の疾病論,ノソロジー,ことに精神分裂病を中心にして」というのでありまして,これはわれわれ臨床精神医学会を専攻する者にとつてもつとも関心のある大きい問題であり,しかも現在でもいまなお十分に解決されていない問題であります。まず分裂病の疾病論とは何かということでありますが,結局それは分裂病が一つの疾患単位(Krankheiteinheit)なのか,あるいはいろいろな疾患の疾患群であるのか,つまりE. Bleulerのいわゆる分裂病群(Gruppen der Schizophrenien)といつたものであるのか,あるいはまた単なるSyndromにすぎないのか,そういうことが問題の中心になるのではないかと思います。
 そしてまた内因性精神病が一定の疾患あるいは疾患群であるとしましても,それがどういう本質のものであるか,どのような疾患または疾患群であるのか,そういうことが問題にされなければなりません。この点につきましては,臨床遺伝学の立場から井上教授が,臨床的観察の立場から黒沢教授が,あるいは広い意味での病因論的立場から島崎教授がくわしくお話になると思います。しかしこういう問題が現在でもはつきりまだ解決されていないということのいちばん大きな原因は,内因性精神病,ことに分裂病においてまだはつきりした身体的基礎(Somatic base)が明らかになつていないということにあるのではないかと考えます。

分裂病の脳病理学的背景

著者: 立津政順

ページ範囲:P.5 - P.10

 (1)薄切片-鍍銀染色標本によると,分裂病者脳には,軸索の肥大・コントラストの鮮鋭化・硬化・直線的走行・乱雑な配列や尖頂樹状突起の肥大・嗜銀性の増強などの特異な組織病理像が認められる。これら所見のうち軸索の所見がもつとも特徴的である。これらの所見は全脳に分布しているが,終脳にもつとも著明で,尾方に下るに従いかるくなる。
 (2)上記の病理学的所見と分裂病との間には深い関係のあることが,つぎのような諸点から推測される:a.問題の病理学的所見の高度のものは分裂病者脳に圧倒的に高率にみられるのに反し,対照脳ではそれら所見の証明されないことが多い;b.組織病理学的診断と臨床診断との一致率がかなり高い;c.組織病理学的所見の程度と臨床症状の程度との間にある程度の平行関係が認められる。
 (3)ただし,持続的に幻覚のある例では,疎通性と感情の障害は比較的かるいのに,全脳に著明な病理学的所見がみられる。また,昏迷状の例では,そのアンモン角に変化がめだっていた。
 (4)分裂病との区別の困難な“分裂病質”・遺伝負因をもつ幼児期発病の“分裂病”・高齢発病の“分裂病”・躁うつ状の周期を伴う分裂病の例の脳にも,上記の組織病理像が証明された。
 (5)ヒロポンの長期乱用・脳炎・脳外傷などによる外因性精神障害者脳では,人格像に分裂病様変化のある例において,尖頂樹状突起の分裂病様変化が認められた。
 (6)長期にわたるヒロポン投与モルモット脳に,分裂病者脳におけるものと似た病理像が証明された。

指定討論

著者: 猪瀬正

ページ範囲:P.11 - P.12

 早発性痴呆という疾患単位がKraepelinによつて提言され,その後Bleulerがそれを精神分裂病―ただしかれはそれを複数で示したが―としてその概念はひろげられたが,それらの重篤な状態をみたならば,誰でも生物学的異常を感ずるであろうし,なによりも先に脳の病変の存在を思うであろう。そしてKraepelinやBleulerの時代には,そのような想定が支配的であつて,この疾患あるいは疾患群の脳の組織病理学的研究がその本態究明のための先鋒をつとめたのであった。
 いうまでもなく,Nisslは,当時精神病研究の鍵としてRindenpathologie大脳皮質の病理学的研究を推進していたが,Alzheimerは,Nisslの共同研究者として,精神分裂病にとりくんだのであった。そして,かれの研究以来分裂病者の脳の所見としてあげられたのは,第1に大脳皮質にみいだされる巣性神経細胞脱落であった(Josephy,Funfgeldほか)。それは“Luckenfelder”間隙巣ともよばれたが,そこには神経細胞はないし,グリアの反応性増殖もない。しかし,その分裂病のSubstratと考えられた“Luckenfelder”はSpielmeyerやPetersによつて,精神的に健康であつた人々の脳にもみいだされることが示された結果,分裂病脳に特有なものではないし,したがつて分裂病の病的過程の表現であるとみなすことはできないということになつた。この見解は,こんにちでも変わりなく,大半の組織病理学者によつて支持されている。

精神分裂病の異種性(heterogeneity)と境界症例について—ふたごの観察から

著者: 井上英二

ページ範囲:P.13 - P.19

Ⅰ.内因性精神病の疾病論
 疾病論(nosology)は,いうまでもなく,疾患単位に関する体系,あるいはこれについての学説であつて,その基礎となるものは病因論(etiology)と症候論(symptomatology)である。
 現在精神分裂病とよばれている一群の病気では,疾病論の一方の基礎である病因論が確立されていないから,これについてのいろいろの疾病論は,Kraepelin以来主として症候論にもとづいて組み立てられている。しかし,精神分裂病の病因について,もし多少とも客観的の事実が知られているならば,その事実にもとづいた疾病論を組み立てることができるはずである。このような疾病論の体系は,現在の混乱した精神分裂病の疾病論を多少とも整理することができるかもしれない。

指定討論

著者: 満田久敏

ページ範囲:P.19 - P.21

 井上教授の研究は,ただいまのお話からも明らかなように,双生児の研究が主であるが,私の場合は家系の研究が主であり,それより得られた知見の妥当性を検討するために,双生児法を利用してきた。したがつて二人の間には方法論の点では若干相違しているが,しかし共通しているのは,あくまでも臨床遺伝学の見地から問題を追究しようという立場に立っている点である。
 この臨床遺伝学の性格は必ずしも明確ではないが,私はclinical geneticsを通常のmedical geneticsとかErbpathologieとは若干異なつたものと考えている。すなわち臨床遺伝学の目標は,臨床上のいろいろの問題を解明するために遺伝学を積極的に活用するという点にあつて,したがつて常に臨床より出発し,ふたたび臨床にたちかえる性格のものでなければならない。分裂病の双生児研究についてみても,ただ一致・不一致の頻度からいわゆる遺伝子の表現度を一律に算出することは,分裂病が遺伝的にhomogenousであることが確定されない限り,あまり意味がない。したがつて例えばKallmannのように,何千という甚だ尨大な双生児資料を使つていても,もし研究者が自ら各例を詳しく観察することなく,ただ各地の病院より記録を集め統計的に処理するだけでは,そこから臨床にとつて価値のある,少なくとも生きた結論を得ることができないのは当然である。

症状と経過からみた分裂病の類型

著者: 黒沢良介

ページ範囲:P.22 - P.28

I.はじめに
 内因性精神病の疾病論―とくに分裂病を中心としてという題で述べるときにはまず立場を明らかにしておく必要があるであろう。一般的にいつて,素質と環境,身体と精神,もう少し具体的にいうと分裂病の原因として,SomatogeneseとPsychogeneseは古くからくりかえし,現在もなおさかんに論ぜられているところである。とくに精神分裂病の精神療法が重要視され,一般化してきたとき,分裂病のPsychogeneseが問題の焦点になつているのである。しかしこれをいたずらにここにとりあげることはなんら実りあるものとはいえない。この間題を論ずるときには誰でも引用するであろうPsychiatrie der Gegenwart中のWyrschの論文,M. Bleulerの1941年から1950年までの,Benedettiらのそれ以後のSchizophrenielehreのSammelreferatをみても,分裂病疾病論解決へのいとぐちを与えてはいない。究局のところはやはり,症状と経過を忠実にみることより出発しなければならない。これはおそらくすべての精神科医が行なつてきたことであり,それこそいまさらくりかえして行なつても無益なことであると思われたが,概括的な報告は意外に少ない。

指定討論

著者: 安永浩

ページ範囲:P.29 - P.30

 黒沢先生の具体的な次元でのお話はたいへんよくわかりまして,私どもが漠然と感じておりましたことを,事実をもつて整理していただいた心地がいたします。いくつかの点で追加の議論をさせていただきますが,いずれも質問ではありません。
 第1は,この二つの類型の区別基準について。

精神分裂病の原因と治療

著者: 島崎敏樹

ページ範囲:P.31 - P.33

1
 精神分裂病の原因は何か,この問いを現在出すことが,ときを得たこととは思えにくい。しかし「原因論」を検討することは許されると思う。
 分裂病の原因論には「宿命論」と「運命論」とある。宿命論ではどうみるかというと,分裂病というものは,なんらか自然科学的な原因で病がオーガニズムに発生するものであり,起こつた変化も自然科学的にとらえることができると考える。井上英二教授の発表のなかにあつたように,分裂病を一つの群として扱う場合,その発病には遺伝子型が関与しているという事実——これは分裂病の変化が「宿命的」に発生するものだということの一つのあかしになる。

指定討論

著者: 江熊要一

ページ範囲:P.33 - P.37

 島崎教授はまず分裂病者の宿命と運命という点から話を起こされて,こうした2分法的な原因論が,その一方だけではどちらも不十分であることを指摘されました。そしておのおのの考えかたにもとづく治療の理念がどのように実現されるべきかを説かれました。このかぎりにおいては島崎教授のいわれることは正しく,なにも申しあげることはありません。
 しかし,研究者のおのおのにその所を得せしめるという教授的配慮や,これも良いしあれも良い,これも悪いしあれも悪いというような評論家的批判は,実際に患者ととりくみ,選択をせまられる場面にぶつかつている私どもとしては,おおいに困惑させられるものでもあります。というのが抄録を拝見したときの率直な感じでありましたが,ただいまのお話をお聞きして,この感じは若干訂正したほうがよいのかもしれません。

研究と報告

20年後の予後調査からみた戦争神経症(第2報)

著者: 目黒克己

ページ範囲:P.39 - P.42

Ⅳ.調査知見とその考察(その2)——主として症候移動について——
1.CMIの実施とその知見
 第1報において筆者は104例の戦争神経症患者の調査用紙の郵送と直接面接の予後調査知見を報告したが,筆者の予後調査の方法として,従来のものに比べて,特徴的な点は,との郵送調査にCornel Medical Index(CMI)を併用した点にある。

内田クレペリン作業素質検査の結果からみた向精神薬

著者: 山村道雄 ,   米倉育男 ,   平野千里 ,   大槻信子 ,   片山正彦 ,   平野喬 ,   森川士朗

ページ範囲:P.43 - P.47

I.はじめに
 最近における向精神薬の発達はめざましく,その数は枚挙にいとまがない。しかし,これら向精神薬の効果の判定は臨床症状や行動観察を中心とした,いわば主観的なものが従来から用いられている。
 われわれは,これを多少でも客観化しようとして,さきに陳旧性精神分裂病集団に対するtrifluoperazineの影響をsociometryを指標として考察をこころみた1)が,今回は客観的な数量化が比較的簡単にできる点から,内田クレペリン作業素質検査(以下,Kテストと略す)をindicatorとしてとりあげた。そして,各種向精神薬の服用による,Kテストの作業量,休憩効果率,曲線型などへの変化を指標として検討を行なつたところ,各向精神薬の特徴などについて若干の知見を得たので報告する。

分裂病欠損家族の精神医学的研究(その1)—統計的調査から

著者: 玉井幸子

ページ範囲:P.49 - P.52

Ⅰ.まえがき
 従来の医学は病態を示す病者個人を対象とする医学であつた。精神医学もまたこの考えに従つている。近年,病態の発生におよぼす環境の役割が注目されるとともに精神障害の素因形成や発病状況に対する環境要因として,あるいは治療経過を左右する現実条件として,その家族が精神障害者におよぼす影響が注目されるようになつてきた。とりわけこの動向は分裂病の家族研究の型に集約されわが国でも幾多の研究が報告されているが,わが慶大神経科グループは主として精神分析的ないしは力動精神医学的方向づけにたつた精神医学的な家族研究を分裂病はもちろん,神経症,幼児自閉症,登校拒否,非行などの各家族群について総合的に行なつている。本研究"その1"および"その2"はこのような精神医学的家族研究の一環として行なわれたものである。
 本報告は統計的な調査にもとづく知見と,いわゆる力動的接近から得られた知見の二つから成り立つているが,歴史的に見ると分裂病の家族に関して,その家族構成とりわけ父母の欠損についていくつかの統計的な研究が行なわれてきた。Pollock,Lidz,Oltman,Wahl,Gregory,Hilgard,Brill,らの研究知見を総合すると,1)分裂病家族は一般家族に比して父母の欠損率が高い。2)この統計に示されるような家族の統合性の障害や片親の欠損にもとづく親子関係の障害(たとえばsymbiosis,incestuousな関係,generation boundaryの障害)などが病者の素因形成や発病要因としてなんらかの病因的意義をもつのではないかという推測などからなつている。なかでもLidz,Wahlがその代表的なものである。

AB-1404(Placidyl)による脳波睡眠賦活

著者: 福島裕 ,   山鼻康弘 ,   古市康昌 ,   西谷静子

ページ範囲:P.53 - P.57

Ⅰ.いとぐち
 これまで広く臨床脳波にもちいられてきた脳波賦活法として,Pentetrazol,Megimideなどの注射賦活法は,その賦活効果は高いが,注入量によつては非てんかん者ないしは健常者にも,いわゆる発作波を賦活するため,この種の賦活発作波形の臨床的意味づけにおいて混乱をまねいたことは否定できない。また,この種の賦活法が多かれ少なかれ被検者に与える苦痛も常用の賦活法として好ましいものではない。これに対して,睡眠賦活法は生理的現象である睡眠を賦活法として利用するものであり,その効果も以前より認められてきた1)2)。最近著者の一人福島3)も賦活法の研究において,睡眠脳波における局所異常所見の賦活などの成績を示しつつ,この賦活法の価値をあらためて強調した。
 ところで,睡眠賦活には自然睡眠がもつとも望ましい。これは,催眠剤使用時にしばしばみられるような不快な副作用や,薬剤の脳波パターンないしは異常所見賦活におよぼす影響を避けることができるからである。しかし,脳波検査の実際にあたつては,かぎられた時間内に睡眠を得る必要があるため,催眠剤による誘発睡眠記録が行なわれることが多い。そこで,使用される催眠剤が問題となる。つまり,催眠効果が高く,しかも自然睡眠と同じ条件をもたらす薬剤が望まれる。従来,広く睡眠賦活のために使用されてきた催眠剤として,Seconal,Ravonaがあげられるが,これらのバルビツール系催眠剤は脳波パターン上に速波を増強しやすく,また脳波検査後に酩酊様状態を残したり,睡眠の遷延をもたらすことが少なくない。

資料

精神医療におけるソーシャル・ワーカーの位置づけ

著者: 岡田靖雄 ,   小坂英世 ,   住吉和子

ページ範囲:P.59 - P.64

I.はじめに
 1928年に出た“呉教授在職二十五年記念論文集”策3部には,東京府立松沢病院医局同人によって“松沢病院ノ歴史”が書かれており,その“将来ノ企画”の項には,つぎの文章が見られる。
 “‥‥精神病院ニ入院スル患者ノ遺伝・既往ノ生活状態・病的状態ヤ家族ノ事情ヲ知ルタメ,在院中ノ患者ノ事情ヲ家庭ニ知ラシムルタメニ,マタ在院中ノ患者ニ家庭ノ事情ヲ知ラシム等,外部ニ出デ要務ヲ便ズベキコト少ナカラズ‥‥吾人ハコノ実際上必要ナル遊動事務員ノ制ヲモウケ以テ患者ノ幸福ヲ増進シ家族及ビ社会トノ連絡ヲ円滑ニセンコトヲ希望ス。”——この文章が書かれたのは,1922年かその翌年と推定される。

動き

WHOの精神衛生研究計画

著者: 加藤正明

ページ範囲:P.65 - P.68

1
 WHOの精神衛生部はDr. P. Baan(元オランダの司法精神医学教授)を部長に,林宗儀博士(台湾),Dr. M. Pfister,Dr. Levedov,Mrs. Moserなどを部員として,調査,研究,教育,啓蒙などを精力的に行なつている。とくに研究の領域は林博士が着任してから,とみに活発になつている。1965年から開始された10年計画の研究プランはつぎのごとくである。
 A計画は「精神医学的診断,分類および統計の標準化」に関する研究であり,とくに1965年に改正された第8回国際疾病分類(I. C. D.)の精神障害に関する部分について,各国から選ばれた12名の委員と,開催地の精神科医との討議が行なわれてきている。この委員には筆者が参加しているので,詳細についてはあとで述べることにする。

回顧と経験 わが歩みし精神医学の道・7

印象に残る人々—E. KretschmerとC. v. Economoと野口英世を中心にして

著者: 内村祐之

ページ範囲:P.69 - P.76

 ミュンヘンでの研究生活は忙しかつたけれども,義務に拘束されることはなく,また,質実剛健をもつて鳴る土地柄だけに,ビール以外には,いかがわしい誘惑もなかつたので,この間,私は,各方面の専門文献をあさつたり,大学や病院を廻つて実地見聞をひろめたりすることにつとめた。そして,疲れたり暇(ひま)ができたりしたときには,ミュンヘン周辺の景勝地を訪れて,息抜きを計つた。ババリアの南部地方はアルプスの北麓で,かのチロル地方にも連らなつているので,無数の湖沼と森林と山岳とに恵まれ,気分の転換を計るには,またとない好適地であつた。
 ミュンヘンに到着して間もなく,一番手近にあるスターンベルグという湖を訪れたとき,湖岸から,ほど近い葦(あし)の茂みの中に,粗末な十字架が立ち,それに古びた花環が掛けられているのを見た。そして,これこそ,かつてのババリア国王Ludwig Ⅱと,王に侍した精神科医Guddenが,共に水死した地点だと聞いて,感慨を催したことを覚えている。Guddenは,当時のミュンヘン大学の精神科教授として令名をうたわれた学者で,Kraepelinもかつては彼の門弟であつた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?