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雑誌目次

論文

精神医学9巻12号

1967年12月発行

雑誌目次

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精神科面接の実際(遺稿)

著者: 黒沢良介

ページ範囲:P.898 - P.900

 精神科の問診というのは英語ではpsychiatric interviewであり,ドイツ語ではExplorationが相当する。英語を直訳すれば,問診というより面接という方が適当であり,実際にアメリカで患者を診察する様子をみると,interviewというのがもつともであるとの印象をうける。interviewの目的はその場で相手にparticipateすることによつて,患者の精神状態を知ろうとしている。そのために精神科医はその場の雰囲気を和げることに努力して,白衣を着ないで普通の服装をして,診察の椅子も患者と同じようにして,医者が患者と同じような立場に立つことによつて,少しでも医者としての権威を少くしている。
 それに反してドイツ語のExplorationは訊問(Aus-forschung)とも訳せられるもので,最初から医者は患者より高い立場にあつて,医者としての権威を利用することにより患者から必要な事柄を聞き出そうとする。白衣は勿論着ているし,医者は立派な椅子にかけて堂々とした態度をとつている。

展望

現代フランス精神医学の趨勢

著者: ,   武正建一

ページ範囲:P.902 - P.911

 数年前,フランスの新聞は“医学の世界性”についての一つのアンケートを行なつている。それは,近代医学は世界共通性を持つているかどうかを求めたものであつた。回答は,Andre Siegfriedのような人間科学の専門家や作家Georges Duhamelまた医師たちによつて表明されている。そして,少なくとも産業文化のなかでは,3つの面,すなわち倫理・哲学・技術の面に関してはこの共通性のあることが肯定されたのである。たしかに,医業にとつて不可欠である倫理的秩序に関しては,われわれの間に一致のあることが認められるのである。また,Andre Siegfriedが強調したように,近代医学は自然法則にその基盤を持つているが,同時にまた,摂理,あるいは神秘力の干渉を認めた時,医師は科学的概念のなかにあくまでもそれらの力を考慮しようとはしないこともわかつている。しかしながら,技術面に関しての医学の世界普遍性は,Georges Duhamelの回答とされている“未成熟なものであるが,たしかに普遍性の表われをわれわれがみている技術的世界共通性は,われわれの目に年々大きな進歩を現わしている”と述べていることよりも多分疑わしいものであろう。それは,実をいつて,われわれの領域に限つてみると,まだ世界精神医学は存在しないし,また同様に,ヨーロッパ精神医学が存在しないのである。イギリスのMichael Shepherdは,つぎのような表題の論文のなかでそのことを非常に適切に述べている。それは,“異なつた国々での精神科治療の比較”と題するものである。

研究と報告

刑法改正に関する私の意見 第1篇 責任能力(その4)—日本篇

著者: 田村幸雄

ページ範囲:P.912 - P.916

Ⅰ.心神喪失および心神耗弱
 刑法第39条に,「心神喪失者の行為は之を罰せず,心神耗弱者の行為は其刑を減刑す」と規定されている。心神喪失と心神耗弱はともに法律用語といわれている。しかし,これらの語は本法制定のとき,すでに,法律用語として用いられていたのであろうか。または,外国語の翻訳であろうか。心神喪失はフランス刑法(1810年制定)のdémenceの訳であるといわれる。Démenceすなわちラテン語のdementiaは精神科では痴呆と訳されているが,私はこれを適訳と思うし異議をはさむものでない。こんにち,dementiaは世界各国でほぼ,後天的脳障害による高度の二次的知能障害の意に用いられているようであるが,歴史的に見ると,国により時代によりさまざまに用いられた。17世紀にはdementiaがdeliriumと同義に用いられ,また,精神病と同義に用いられた時代もあつた。フランスでは,古くPinelがla démenceを一種の精神病と記載したが,後,多くの精神病に用いられるようになつた(les démences)。Esquirolは治癒可能な急性のdénenceと時に治りうる慢性のdémenceを分けた。démenceを治癒不能なaffaiblissement mental définitifとフランスで考えるようになつたのはGeorget(1820)に始まるといわれる。démence(=ラテン語のdementia)の言葉そのものは,dé=deは離れる,脱する,mence=mentiaは「精神の(mensの)」であるので,「精神の脱失」すなわち,「心神喪失」のほうが痴呆より原語に近い。フランス刑法第64条はつぎのごとくである。

慢性分裂病患者に対する向精神薬投与の効果判定について—Chlorpromazine,reserpine,perphenazine,propericiazineの投与例について

著者: 島薗安雄 ,   中川允宏 ,   昇塚清民 ,   島田昭三郎 ,   浅井方通 ,   松井岩男 ,   高瀬克忠

ページ範囲:P.917 - P.926

 (1)入院中の精神分裂病患者にchlorpromazine,reserpine,perphenazine,propericiazineを二重盲検法によつて投与し,各薬物の臨床効果をいわゆる3大学式評価表に僅少の修正を加えたものをもちいて,客観的に評価することをこころみた。
 (2)精神症状評価表(P. E. S.)の諸項目を2群(a,b)に,また行動評価表(B. R. S.)の諸項目を3群(c,d,e)に大別し,この5つの大項目ついて評価点の変動を調べ,一見してわかるグラフにまとめた。
 (3)得られたグラフに表現された各薬物の特徴と,薬物の既知の1臨床効果との間にはかなりの一致がみられた。したがつて,比較的簡単な著者らの評価整理法によつても,その薬物の効果をかなり適確に把握しうるものと思われた。

精神障害者に対する家族の態度調査—家族会との関連において

著者: 山村道雄 ,   米倉育男 ,   平野千里 ,   大槻信子 ,   平野喬 ,   大野勇夫 ,   繁原賢吉

ページ範囲:P.928 - P.932

I.はじめに
 向精神薬のめざましい開発と,リハビリテーション活動の活発化とが,精神障害者の治療や社会復帰に大きな貢献をなしつつあるが,これらとともに,地域社会,ことに家族の態度や関与のいかんが,それらにおよぼす影響の大きいことが指摘されてきている。われわれも,さきに「ナイトホスピタルを実施した精神分裂病者の予後」を調査し,家族の精神的支持や経済的援助が予後を良好にたもたしめる一要因となつていることを報告した1)
 しかし,こうした家族の援助は,社会保障制度や精神衛生対策の不備,さらには,地域社会や家族自身の偏見などのために十分になされえない状況にあると考え,昭和39年10月以来,当院に家族会の結成を企図した。すなわち集合体としての家族会が,家族のおかれた困難な状況を打破する一つの力となるであろうと予想したからである。

Propericiazine(Neuleptil)大量投与による陳旧分裂病の治療—臨床効果と生体におよぼす影響

著者: 西園昌久 ,   吉田寿彦 ,   住田豊治 ,   西田博文 ,   山内万寿美

ページ範囲:P.935 - P.941

I.はじめに
 精神分裂病に向精神薬療法を行なう場合,どの程度の量を使うのがもつとも適当であるかは問題のあるところである。一般的傾向として,大量におよぶことには批判的な意見が増加してきている。それは,ある種の向精神薬が期待する効果をあげない場合,だらだらと増量されるだけでほかに適切な治療がなされないことがあること,向精神薬療法は長期におよぶものであるので生体への影響が大量になればいつそう考えられることなどからの批判で,そのかぎりでは正しいことである。向精神薬の臨床効果は,目標症状,作用の個人差,心理的状況などの諸因子が影響しあつて現われるもので,薬量だけをあげればよいものではない。しかし,実際にはなんの根拠もなしに中途はんぱな量が使われていることが多いのを見聞する。そのような理由から,われわれは十分な薬量を使うことが必要であると考えている。十分な量というのは,ある効果がそれ以上増量してもたかまらないという限界の量をさして,副作用の点からも許容範囲のものであつて,むやみと患者を薬づけにすることではない。わが国の向精神薬の臨床効果についての報告を見ても,薬量については諸外国の報告をうのみにしたものが多いが,諸外国の報告についてもその根拠が必ずしも十分とはいえないものが多い。われわれは十分の量を使つて,初めてその薬物の特徴がつかめると考えている。たとえば,levomepromazineは抗うつ作用は早くから認められていたのに,精神分裂病に対しては,わが国でも,ヨーロッパでもほとんどかえりみられなかつた。

二重盲検,逐次検定法によるPyrithioxinの効果について

著者: 春原千秋 ,   藤沢浩四郎

ページ範囲:P.943 - P.949

Ⅰ.緒言
 この十数年来いわゆる向精神薬の発達はまことにめざましいものがあり,各種の精神安定剤がつぎつぎと開発され,主として内因精神病の治療や看護のうえに,大きな進歩と革命がみられていることは周知のとおりである。しかしそれにもかかわらず,老人性疾患や,脳器質性障害のさいにみられる精神神経障害に対しては,いちじるしく有効といえる薬物はまだ得られていない現状である。すなわちこれらの疾患に対しては,単に精神安定剤としての作用のみでなく,脳循環改善を含めて,脳実質に賦活的,刺激的に作用する薬物が要求されるわけである。
 ところでこの数年来,ビタミンB6の誘導休についての一連の研究過程から,Pyrithioxinが登場した。これはドイツのMerck社において合成されたもので,第1図のような構造式を有している。

動き

ドイツ精神神経病学会総会(1966年)の印象

著者: 満田久敏

ページ範囲:P.955 - P.957

 昨年の8月29日から31日の間,西独のデュセルドルフでDeutsche Gesellschaft fur Psychiatrie und Nervenheilkundeの総会が開かれた。ちようどマドリードにおける第4回国際精神病学会のすぐ前でもあつたので,会長のProf. Panseの希望でアメリカからはProf. KalinowskyとDr. Heath,わが国からは黒沢教授と私が招かれてとくに参加した。実は,その学会の印象記を本誌の編集部からわれわれ2人に依頼されていたのだが,私自身いずれ親友黒沢君が,しかるべくまとめてくれるものと,のんびり構えていた。ところがその後黒沢君が急逝し,結局私がひき受けざるをえなくなつて弱つたが,ともかくその当時の印象を抄録を頼りに,なんとかまとめあげて,はなはだおくればせながら責任だけははたしておきたい。
 本学会のLeitthemaは“Problematik, Therapie und Rehabilitation der chronischen endogenen Psychosen”であつた。これは会長のProf. PanseがAnstaltpsychiatrieにとくに関心が深いこととも関連があると思われるが,事実州立その他の精神病院からの発表も相当にあつた。しかし演題は全部で39題で,分科会なるものはいつさいなく,会場のHaus der Wissenschaftもその収容力は千名たらずであつたろう。したがつて学会のスケールとしては,わが国の精神神経病学会の総会などよりも,かなり小さいように見受けられたが,すこぶるゆつたりとおちついた雰囲気で,いかにも学会らしい学会ではあつた。

薬物依存者に対するSynanonの活動

著者: 大原健士郎

ページ範囲:P.959 - P.963

Synanonに対する予備知識
 薬物依存者の問題はこんにちのアメリカにおいても切実なものがあり,折にふれて大きな波紋を各界に投じている。アメリカとくにカリフォルニアにおいて,薬物依存者にアプローチする特異的な動きにSynanonがある。Synanonに対してはいまだに賛否両論があり,この組織に対する学問的な裏づけも確立したものとはいいがたい。しかし,Synanonが次々と薬物依存者を社会復帰させている現状をみるとき,精神科医にとつて,とかく治療困難な疾患の一つである薬物依存へのアプローチの方法は,学ぶべきものがあろうと考えた。Synanonに対する代表的な批判の一つはDonald Louria1)によつてつぎのように述べられている。「Synanonがすぐれた組織であるとする主張に3つの問題点がある。第1に,治療を受けようとする者は治療形式を受け入れるために動機づけされていなければならない。これは,治療計画から薬物依存者の大多数を除外することになる。しかも,治療を受け入れようとする人たちですら途中で放棄し,その半数は治療半ばにして立ち去つている。第2に,治療環境があまりにも厳しいことである。会員は,権威主義礼賛ともいうべき環境内で生活し,働いている。これは治療の対象をさらに限定する。第3のもつとも大切な点は治療効果が非常に低いことである。……」
 Synanon刊行のパンフレットはこの批判をよそに,その存在価値をつぎのように主張している。

回顧と経験 わが歩みし精神医学の道・18

帝銀事件の精神鑑定をめぐつて—脱髄性脳炎の研究と欧米への講演旅行

著者: 内村祐之

ページ範囲:P.964 - P.971

 大きく揺れ動く時勢のなかで,学者がオーソドックスな研究に没頭することはむずかしいが,このような時期にはまた平和時に夢想もできないような事件が起こつて,貴重な体験や研究資料を与えてくれる。太平洋戦争の時期と,それに続く戦後の混乱期とは,そうした事件の続出した時期であった。前数回にわたり,私はこの時期の経験を述べたが,ここにしるすのも,戦後の混乱のまだ収まらぬ昭和23年に起こつた大事件である。
 世に帝銀事件と呼ばれるこの大量殺人事件の犯人は,厚生技官の名刺と,防疫員の腕章とによつて,帝国銀行(いまの三井銀行)椎名町支店の行員らを欺き,赤痢の予防薬と称して青酸カリを服用させて,12人を殺し,2人を重態におとしいれた後,大金を奪つて逃走したのであつた。後に,この事件の被疑者として,平沢貞通という老画家が起訴され,私と吉益脩夫君とがその精神鑑定に当たることになつたが,ちようど,この精神鑑定に従事している間に,東大教室で,1つの未知の脳疾患が発見された。そしてわれわれは奇しくもその疾患が,精神鑑定中の被疑者と深い関連をもつ事実を突きとめたのである。

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精神医学 第9巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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