イヌ実験胃癌のヒト胃癌研究への貢献
著者:
栗原稔
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泉嗣彦
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宮坂圭一
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丸山俊秀
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佐々木容三
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稲熊裕
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白壁彦夫
,
鎌野俊紀
,
安井昭
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奥井勝二
,
諏訪敏
ページ範囲:P.737 - P.744
臨床家が,多忙な実地臨床の合間をぬって実験胃癌の研究に取り組むのは,何とかして胃癌の発生原因,増殖および転移形式を明らかにし,更には治療法の開発も期して,ヒト胃癌研究への貢献をしたいと考えているからにほかならない.イヌの実験胃癌研究は,1968年ごろからMNNGを飲料水として投与する方法が杉村ら1)2),藤田ら3)により始められたが,当時は,早期癌ができるころには,小腸の巨大肉腫のためにイヌが斃死するという状態であった.われわれが,ENNG溶液を固形飼料にかけて一気に食べさせる(朝夕2回)方法で,胃だけに限局して進行癌を発生させるのに成功して,第14回消化器病学会秋季大会(新潟)に発表したのが,1972年である4).以来,少しでもヒト胃癌に近い実験胃癌を発生させることを志して,悪性疾患であることの証明とされる,①転移形成,②移植継代,を成功させたいと実験に没頭した.前者は,所属および遠隔リンパ節への転移,癌性腹膜炎,心,肝,骨などの臓器転移,皮下転移などの転移作製5)~8)(Table1参照),後者は,内視鏡下に採取した胃生検材料のヌードマウスの皮下への継代移植に成功9)10)(東大医科研鈴木らとの共同研究)で達成され,逐次,他に先がけて発表してきた.厚生省の班研究を通じても,われわれの方法は各施設で追試され,広く普及しており,もはや,イヌの実験胃癌がヒト胃癌の疾患モデルとして優れていることを疑う者はいない.しかしながら,かつて厚生省班会議の席上,村上(忠)が言一,ように,上記のような研究史は,ヒトの胃癌では研究し尽されたことが,イヌでも1つ1つ確認されてきた過程であるにすぎないとも言える.したがって,"実験胃癌のヒト胃癌研究への貢献は?"と真正面から問われると面映い気持を抱かざるを得ないのは筆者だけだろうか.
イヌ胃にもヒト胃によく似た微小癌11)が見出されることはわかったので,手術をしないで,X線,内視鏡,生検を駆使して,通常,ヒトでは許されない胃癌の発育,増殖,進展の経過を観察することは,実験胃癌ならではの研究領域となりうるが,ヒトにおける悪性サイクルの発見のように,これとて,実験胃癌専売特許の研究領域ではない.もちろん,この興味あるテーマは,われわれも重要な研究課題の1つとしている.イヌ胃癌における悪性サイクルも含めて,胃癌の発生増殖の過程はたびたび報告9)12)13)してきたし,本号では,他の著者により記述されると思うので割愛する.