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文献詳細

雑誌文献

胃と腸27巻4号

1992年04月発行

文献概要

Coffee Break

Dr HJR Bussey―Dukes分類を支えた人

著者: 武藤徹一郎1

所属機関: 1東京大学第1外科

ページ範囲:P.407 - P.408

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 Dukes分類と言えば外科医のみならず,内科医でも知らない人はいないだろう.その簡明さと臨床的有用性のために,大腸癌の病期分類としてのDukes分類は1936年に発表されて以来,半世紀以上もの間,世界中で用いられてきたのである.Dr C Dukesは,かの有名なロンドンSt Mark病院の病理医であったが,この仕事を真に支えたHJR Busseyのことを知っている人は極めて少ないと思う.1942年17歳でlaboratory technicianとしてSt Mark病院に勤務するようになってから50年間,大腸切除標本の切り出しはBusseyの仕事であった.直腸間膜に5mm間隔に割を入れ,割面からリンパ節を探し出して手書きの標本スケッチ上にマッピングする.こうして1例1例検索された症例の積み重ねからDukes分類は生まれたのである.最近行われるようになったクリアリング法に比べれば,精密さははるかに劣るが,当時はこのようにきちんとリンパ節検索が行われている施設はなかった.しかも,Bussey1人によって継続的に検索されてきたので,その信頼性も高かった.Busseyは医者でも病理医でもなかったが,Dukesの指導によってルーチンの組織診断をつけるに十分な経験と知識を身につけるようになっていた.Dukes分類の生まれた陰の功労者はBusseyだったのである.

 Busseyのもう1つの功績にpolyposis registryの仕事がある.イギリス人独特の几帳面さと真面目さで,1970年代にはイギリスのポリポーシス患者の約1/3が彼のファイルに登録されていたと言われている.家族歴作成に際しては,患者あるいはその主治医に手紙で問い合わせ,更に病理診断または標本を取り寄せて,組織学的に確認された例のみを確実な例として登録していた.Family treeは小さなカードに患者名を列記してつなぎ合わせたものである.患者名を言うと直ちにそのfamliy treeが出てくるだけでなく,その患者自身および家族に関するエピソードまで出てくるという,まるで生き字引きのごとき人であった.このときの,少しはにかみながらも得意満面そうなBusseyの表情は写真からもうかがわれる(写真).コンピューター登録が登場する以前に,彼ほどポリポーシスについて広く深く把握している人は医師のなかにもいなかっただろう.各国で最近になってpolyposis registryが行われるようになったのも,彼がその先鞭をつけてくれたお蔭であると言えよう.Busseyはポリポーシスの仕事をまとめて1970年にロンドン大学からPh Dの学位を授与された.その内容は,“Familial Polyposis Coli”という単行本として出版された(Johns Hopkins University Press,1975).これは当時のポリポーシスに関して知りたい情報のほとんどが含まれている名著である.彼は皆から既にDr Busseyと呼ばれていたが,ここに名実ともにDoctorとなったのである.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1219

印刷版ISSN:0536-2180

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