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文献詳細

雑誌文献

胃と腸3巻9号

1968年08月発行

文献概要

今月の主題 消化管の医原性疾患 綜説

消化器外科と医原性疾患

著者: 城所仂1 大原順三1

所属機関: 1東京大学医学部分院外科

ページ範囲:P.1077 - P.1084

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Ⅰ.はじめに

 医原性疾患という言葉がうまれたのはかなり古く,1932年から1938年のあいだにSir Arthur Hurstによってはじめて使われたようである.その言葉の意味は,医師の言動あるいは論議がもととなる患者自身の自己暗示によっておこる種々の障害,と定義されている.即ち医師の医療行為のうち特に患者に対する精神的な影響に問題を求めた考えかたで,診断,治療の場で患者に接する医師の言動,態度が患者の心の中に意外な反応をよびおこし,場合によっては極めて有害な精神的身体的病的状態にまで発展する可能性のあることを警告し,医師の反省を求めたものと思われる.一方1933年にはA.Kreckeが“Der Arzt als Krankheitserreger”という興味ある論文を発表し,これによるとKreckeは病気を治療すべき立揚にある医師が日常の診療行為の過程で実は医師自身が新らしい病気を作って行く危険があることを指摘し,Hurstの場合の精神的暗示のみにとどまらず,具体的な治療行為即ち胃下垂症その他の内臓下垂,遊走腎に対する手術療法が治療として行われる反面,新らしい病的状態をつくりだす可能性をはらんでいることを指摘し,医師が患者を治療する揚合にその治療行為の功罪両面を常に念頭におき,慎重であるべきことを説いている.

 何事によらず,人は己れの行為を常に反省し謙虚な態度でことにのぞむべきであるが,病を治療する立場にある医師には殊更このことが強く要求されるのは当然のことであり,Hurstの“医原性疾患”,Kreckeの“Der Arzt als Krankheitserreger”いずれも医師に反省の気運をもたらした点で歴史的に極めて重要な意味をもつものと考えられる.

 最近の医学の進歩はまことにめざましいものがあり,多種多様の強力な作用を有する薬剤は医師の身辺を埋めんばかりで検査の分野でも,昔はおもいもよらなかった大胆な検査が日常気楽におこなわれるようになった.外科手術の領域では又一段とはなやかで,心臓移植をはじめ一昔前までは全く人類の夢であったことが既に現実におこなわれつつあり,今や医学は人類の全智全能を駆使し,不可能を可能にするため着実な歩みを続けているように見える.

 しかしその反面,そのためにおこる複雑な副作用や,従来から常識的におこなわれて来た治療法の再検討,更には患者の心身医学的観察がおろそかになる一方,マスコミによる不必要な又は間違った医学知識の普及などが影響して従来の教科書には記載のなかった全く新らしい疾患,非典型的な病態や経過を示すもの,器質的所見が無いにもかかわらず困難な訴えを持ついわゆる心身症など新たな疾患群の増加が目立って来つつある.

 わが国においては数年前から医原性疾患に関する論文が盛んに発表されるようになり,そこに取扱われた疾患の範囲は,主として医師又は医療従事者の言動が原因になったと思われる精神的異常状態にかぎったものから,種々の薬剤の使用過誤,副作用,更には外科手術後の諸障害,患者側の性格的因子や医師の社会的環境にも責任の一端があると指摘しているものなど多岐にわたっているが,いわんとするところは,医学のめざましい進歩にかくれてつい忘れがちな医師の反省を強くうながしている点では一致している.医原性疾患といっても,夫々使い方に広義狭義,いろいろの立場があるようであるが,この言葉の歴史的背景からして私はHurstの定義に必らずしもこだわる必要はなく,それを含めてすべての医療行為が原因でおこる種々の疾患のうち,あきらかな過誤はのぞき注意すれば防ぎ得たもの又は現在は不可避でも将来解決し得るよう努力すべき疾患をすべて医原性疾患と考え,その予防,治療に努力することこそ現代医学の進歩をより一層輝かしいものにする道であると考えている.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1219

印刷版ISSN:0536-2180

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