icon fsr

文献詳細

雑誌文献

胃と腸41巻11号

2006年10月発行

文献概要

Coffee Break

大腸学事始め―(4)London生活

著者: 武藤徹一郎1

所属機関: 1癌研有明病院

ページ範囲:P.1571 - P.1572

文献購入ページに移動
 今でこそLondonには日本人学校があるくらい日本人の住人が多いが,1970年ごろのLondonの住人は1,000人以下だったと思う.日本料理レストランが1店しかなく,多民族都市であるLondonでは日本人は少数民族に属していた.米はパサパサのカリフォルニア米しかなく,しかも高いので,わが家の常食はイギリス人と同じパンとジャガイモであった.月10万円で親子3人生活していたが,栄養失調にもならずにすんだのは主食,バター,肉などが安かったからだろう.野菜は煮るしかない代物がほとんどであった.何しろWHOの奨学金は旅費を入れて年5,000ドルで家族の分は出ないから,自慢じゃないが経済的には最低ランクの留学生だったと思う.車など買う金がないので,週末はレンタカーで旅行しまくった.オックスフォード,ケンブリッジ,ウェールズ,スコットランド,シャーウッド,湖水地方等々,貧乏だったにしてはよく遊びもした.人の車にはめったに乗らない土屋周二先生を乗せてシャーウッドの森に行き,汚いB & B(bed and breakfast)に泊ってガス漏れを心配した先生が一睡もできなかったことなど,珍道中も数々経験した.日本と同じ左側通行で,Londonを中心にmotor wayが真直ぐに何本も伸びている.小高い丘の上に達すると新しい景色が一望に広がる.イギリスには山はなく,丘また丘の連続でこれに菜の花が一面に咲いていたりすると息を飲むほど美しい.高速道路傍の小さな丘の上で,車に積んだテーブルと椅子を持ち出して,ティーを悠然と楽しむ老夫婦の姿がいかにもイギリスらしい.その後,何度も楽しんだが,イギリス郊外のドライブは心の洗濯になった.

 当時,イギリスに留学する者は極めて珍しく,おかげで1年に約50人のお客を迎えることになった.車もお金も時間もない貧乏留学生として,どう接待するかを考えた末に出した結論はこうである.昼間,大英博物館か国立絵画館(ナショナルギャラリー)に案内する.両方とも無料だから何人来ても心配はない.帰りに(2階建てバスや地下鉄が珍しい時代だからこれを利用)家の近くのパブでイギリスビールをご馳走する.ビターといってほろ苦く,冷やさないで飲むので日本人の口にはあまり合わないから,お代わりをする人はまずいない.当時1パイント(0.6 l)13ペンス(130円くらい)だったから,これも大した出費にはならない.ちなみに,最近は1パイントは1ポンド30ペンスくらいだから,物価は少なくとも10倍になっている.最後に自宅でお客と食事をするときには,普段食べられない米の飯とローストビーフなどで,接待側も一緒に楽しませていただくというわけである.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1219

印刷版ISSN:0536-2180

雑誌購入ページに移動
icon up
あなたは医療従事者ですか?