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文献詳細

雑誌文献

胃と腸48巻11号

2013年10月発行

文献概要

Coffee Break

見る 10.見て見ぬふり

著者: 長廻紘

所属機関:

ページ範囲:P.1659 - P.1659

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 教会の聖職者が殺人を犯したのをたまたま少女が見たが,彼女の記憶から完全に消えてしまっていた.そんなことがあるはずない,という思いが事実を消してしまったのだ.何年も経って,犯人逮捕後に彼女のその件に関する記憶はよみがえった.19世紀ドイツでの話である.人は見たものをそのまま覚えていないどころか,記憶から抹殺してしまうことすらある.それとは別に,見たことを意識的に抹殺することもある.駅や列車内で,いや,それどころか至るところで暴力事件が多発している.周りにいる人は知らんふり,見て見ぬふりのことが少なくない.明瞭に見たのであるが,脳に伝わらなかったことにしてしまう.しっかり目を見開いて,脳で心でよく見よ,という教えがある.他方にはあまり見ない方が身のため,知りすぎることは不幸につながるという,見ざる聞かざる言わざる(三猿主義)の教えがある.

 ある人には見えるのに,別の人には見えないものがある.見てはいけないにはいろいろな意味がある.医者は自分とその家族を診ない方がよい.自分の,あるいは愛する者の医者になってはならない.愛はすべてを隠してしまい,見なければならないものが見えず,見逃しは誤診,誤療などの大事に至る.愛する人の欠点は大目に見られる.思い込みも多くのことを隠す.一部しか見ない,見ようとしないから誤る.見たいところだけを見,見たくないところに目を閉じるから悲劇は起こる.外部のものが眼を通して網膜に映る,すなわち見る.網膜に結ばれた像を脳が処理する,視る.そして心が真実に迫る,観る.どの段階ででも情報をシャットアウトできる.「過去に目を閉ざす者は,現在に対しても目を閉ざす(元ドイツ大統領ワイツゼッカー)」.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1219

印刷版ISSN:0536-2180

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