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Coffee Break
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著者: 長廻紘
所属機関:
ページ範囲:P.382 - P.382
文献購入ページに移動 ある修行僧(A)が,師匠(B)に聞いた.A : 「わたしは愚かな者です.なんとかしっかりした物の見方を身につけたく(本来の自己を知りたく)思います」.面前の香炉を指して,B : 「見えるか」 A : 「見えます」 B : 「どう見える」 A : 「わかりません」.そこで師は叱咤していった「お前はさっき見えるといったではないか.そんなことで見えると言うことができるのか.他が見えるということは即ち自己が見えるということだ.また逆に自己が見えるということは,他も見えることだ.毎日しっかり生きて仕事をしていれば,自他ともに見えるようになる」.その僧は恥じ入って,見るとは何かと探求を深め,ついに本来の面目を悟るに至った.
内視鏡を始めたころ,よく先輩から検査中のファイバースコープを渡されて,この僧と同じように「何か見えるか」と問われた.「○○が見えます」と言うと,「そんなもののことは聞いていない,潰瘍が見えないか」と画面の端にある病変を指摘された.潰瘍はだんだん小さくなり,ついにはあるかないかの潰瘍瘢痕になった.有るかないかほどの小さく浅い潰瘍瘢痕が確実に見えるようになって,まあ最初の関門は突破したことになった.
内視鏡を始めたころ,よく先輩から検査中のファイバースコープを渡されて,この僧と同じように「何か見えるか」と問われた.「○○が見えます」と言うと,「そんなもののことは聞いていない,潰瘍が見えないか」と画面の端にある病変を指摘された.潰瘍はだんだん小さくなり,ついにはあるかないかの潰瘍瘢痕になった.有るかないかほどの小さく浅い潰瘍瘢痕が確実に見えるようになって,まあ最初の関門は突破したことになった.
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