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雑誌目次

雑誌文献

胃と腸57巻1号

2022年01月発行

雑誌目次

今月の主題 H. pylori除菌後発見胃癌の診断UPDATE 序説

H. pylori除菌は胃癌の診断学をどのように変えたか

著者: 春間賢

ページ範囲:P.7 - P.8

はじめに
 胃癌の診断学は大きく変わった.内視鏡検査(当初は胃鏡)で胃癌を診断することが可能となり,約100年が経過し,この間,胃癌の診断学は進行癌から始まり,その初期像を求めて早期胃癌が診断されるようになり,本邦独自の詳細な内視鏡的分類が確立された.早期胃癌を診断する内視鏡所見として,隆起,陥凹,凹凸不整,島状隆起,はみ出し所見,まだら発赤,褪色,粘膜ひだの蚕食像,ひだの途絶など,多くの用語が作成され,用いられてきた.さらに,拡大観察やIEE(image-enhanced endoscopy)など画像解析技術が進歩すると,pit patternからの診断,微小血管構築像や表面微細構造による診断が可能になり,通常観察では診断が困難な症例も拾い上げることができるようになった.
 一方,H. pylori(Helicobacter pylori)感染が消化性潰瘍や萎縮性胃炎のみならず,胃癌の原因であることがわかり,2013年2月にH. pylori感染胃炎が除菌の保険適用となったことから,H. pylori感染胃炎に対して積極的に除菌治療が行われるようになった.もともとH. pylori感染率そのものが低下しつつある状況1)にH. pylori除菌が拍車をかけた結果,日々の内視鏡検査で経験する症例は,H. pylori未感染胃かH. pylori除菌後の胃粘膜となってきている.
 したがって,日常臨床で発見される胃癌も,胃底腺型胃癌やラズベリー型胃癌に代表されるH. pylori未感染胃に発生する胃癌と,H. pylori除菌後に認められる胃癌が著しく増加している.H. pylori未感染胃に発見される胃癌の形態については明らかになり,形態像を理解しておけば診断は容易である2)〜4).高齢者内視鏡医である筆者も,これまで,少なくとも30例以上のH. pylori未感染胃癌を発見している.一方,内視鏡診断が難しいのがH. pylori除菌後発見胃癌で,病理組織像に裏付けられた内視鏡的特徴をよく理解しておく必要があり,本特集号が企画された.

主題

除菌後発見胃癌の病理診断—病理組織学的特徴を中心に

著者: 河内洋 ,   中野薫

ページ範囲:P.9 - P.16

要旨●2013年にH. pylori陽性慢性胃炎に対する除菌治療が保険適用となって以降,除菌後発見胃癌を病理診断する機会は増加している.除菌後の胃粘膜には,胃固有粘膜と腸上皮化生粘膜が混在する所見や,粘膜表層の窩間部における核密度増加や配列不整が見いだされる.除菌後発見胃癌においては,腫瘍内に残存する非腫瘍成分が癌の表層を覆う所見がしばしば認められる.諸家の報告による表層部における低異型度上皮の大部分は,これらの非腫瘍性上皮と考えられ,胃炎類似所見といった内視鏡像を呈し診断を困難にしている.腫瘍細胞の表層分化による低異型度化も一定頻度存在するが,非腫瘍性上皮との鑑別には丹念な病理組織学的観察が求められる.

除菌後発見胃癌のX線診断

著者: 小田丈二 ,   入口陽介 ,   水谷勝 ,   冨野泰弘 ,   山里哲郎 ,   依光展和 ,   園田隆賀 ,   岸大輔 ,   安川佳美 ,   霧生信明 ,   清水孝悦 ,   中河原亜希子 ,   橋本真紀子 ,   山村彰彦 ,   細井董三

ページ範囲:P.18 - P.28

要旨●従来,日本における胃癌症例はH. pylori感染に伴う慢性胃炎を背景に発生したものがほとんどであったが,今後発見される胃癌の多くはH. pylori未感染胃癌かH. pylori除菌後胃癌になっていくものと思われる.今回,H. pylori除菌後発見胃癌に対するX線診断を行ううえで,スクリーニング・精密検査の際に注意しておくべき臨床的特徴や所見について,検討した.その結果,H. pylori除菌後早期胃癌に対するX線スクリーニング検査では,男性,高度萎縮粘膜を背景にしたL〜M領域の陥凹型・表面型分化型腺癌がリスク因子であった.精密X線造影検査では,従来の検査,診断と注意点が特に変わることはなかったが,比較的小さな病変が対象となるため,より詳細な撮影および読影が必要である.

除菌後発見胃癌の内視鏡診断—通常観察の見地から:NBIを用いたgreen epitheliumの視点からの観察法

著者: 八木一芳 ,   星隆洋 ,   阿部聡司 ,   森田慎一 ,   須田剛士 ,   中村厚夫 ,   寺井崇二

ページ範囲:P.30 - P.39

要旨●早期胃癌をNBIで観察すると,癌が緑色の上皮に囲まれ茶色に観察されることがしばしばある.この緑色の上皮をgreen epitheliumと命名し,免疫組織化学染色を用いて病理組織像を検討した結果,MUC2びまん性陽性の腸上皮化生(不完全型腸上皮化生と完全型腸上皮化生の両者)であることが多いことが判明した.一方,癌部ではMUC2が免疫組織化学染色で確認されることは多いが,腸上皮化生のようにびまん性に陽性であることは少ない.そのために茶色に観察されることが多いと考えられた.この茶色と緑色のコントラストで癌が視認される病変は多く,通常観察では視認性が困難な除菌後発見胃癌には有用と考え紹介する.

除菌後発見胃癌の内視鏡診断—狭帯域光拡大観察の見地から:表面微細構造に焦点を当てて

著者: 小林正明 ,   北條雄暉 ,   丹羽佑輔 ,   高橋祥史 ,   今井径卓 ,   塩路和彦 ,   渡辺玄

ページ範囲:P.40 - P.51

要旨●内視鏡治療前にNBI拡大観察を行ったH. pylori除菌後発見胃癌106例122病変に対して,範囲診断困難性を3段階で評価した.レベル1は80病変(66%)あり,病変辺縁部に不整微小血管像を認め,高確信度で境界の同定が可能であった.境界同定不可またはマーキングから1mm未満のレベル3は7病変(6%)あり未分化型が中心であった.境界の同定が低確信度またはマーキングから16mm以上のレベル2は35病変(29%)あった.レベル2の半数で乳頭・顆粒状の表面微細構造を認め,病理組織学的所見との対比によって,①非腫瘍性上皮の被覆・混在,②胃型分化型腺癌,③小腸型低異型度中分化型腺癌に対応するNBI拡大所見の特徴が認められ,グループに分けて評価することで,範囲診断能向上が期待できる.

除菌後発見胃癌の内視鏡診断—狭帯域光拡大観察の見地から:微小血管構築像に焦点を当てて

著者: 内多訓久 ,   内藤祐士 ,   前田充毅 ,   窪田綾子 ,   矢山貴之 ,   大家力矢 ,   岩﨑丈紘 ,   小島康司 ,   岡﨑三千代 ,   頼田顕辞

ページ範囲:P.52 - P.60

要旨●H. pylori除菌後発見胃癌において拡大内視鏡での微小血管構築像(MVP)の有用性について検討した.2013年4月〜2020年6月まで当院でESDにて切除した405例のうち,除菌後発見胃癌213例245病変を対象とした.除菌後発見胃癌には80.1%(193/241病変)にirregular MVPを認め,MVPは診断のよい指標となった.さらに,17.0%(41/241病変)はregular MSPであったためMSPでの質的診断は難しかったが,それらの病変でも90.2%(37/41病変)はirregular MVPを呈した.範囲診断の正診率においてもMVPを観察することで18.9%の上乗せ効果があった.以上よりMVP診断は除菌後発見胃癌の質的診断,範囲診断いずれに対しても重要であると考えられた.しかしながら,MVP診断は最大倍率で観察する必要があり,日ごろからのトレーニングが必要である.

除菌後発見胃癌の内視鏡診断—狭帯域光拡大観察の見地から:VS classification systemの有用性

著者: 今村健太郎 ,   八尾建史 ,   二村聡 ,   田邉寛 ,   金光高雄 ,   宮岡正喜 ,   大津健聖 ,   小野陽一郎 ,   宇野駿太郎 ,   平塚裕也 ,   麻生頌 ,   植木敏晴 ,   小野貴大 ,   太田敦子 ,   原岡誠司 ,   岩下明德

ページ範囲:P.61 - P.73

要旨●目的と方法:2020年5月〜2021年6月までの期間に当科でESDまたは外科的切除を施行された早期胃癌全病変のうち,H. pylori除菌後発見早期胃癌(除菌後胃癌),H. pylori現感染早期胃癌(現感染胃癌)と判定され,術前の内視鏡所見の検討が可能であった病変を抽出し,両病変における内視鏡診断能を比較した.結果:VS classification systemを用いたNBI併用拡大内視鏡(M-NBI)観察の診断能は,除菌後胃癌92%,現感染胃癌93%であり,統計学的有意差は認めなかった.CS classification systemを用いた色素内視鏡(CE)を含めた白色光通常内視鏡(C-WLI)による診断能を解析した結果,除菌後胃癌89%,現感染胃癌90%であった.また,水平方向発育範囲(範囲診断)に対してのM-NBIとC-WLI+CEの診断能を比較したが,両群間に差は認めなかった.低異型度高分化管状腺癌とそれ以外の病変別に同様の検討を行ったが,両群ともに,低異型度高分化管状腺癌に対する質的診断能が低い,または,低い傾向を示した.癌巣内の非癌上皮の有無別にも同様の検討を行ったが,両群ともに,広く非癌上皮で被覆されている病変に対する範囲診断能が低い,または,低い傾向を示した.結語:VS classification systemを用いたM-NBIの除菌後胃癌と現感染胃癌に対する診断能は,両群において差がないことが判明した.また,診断能を低下させる要因は,除菌の有無ではなく,低異型度高分化管状腺癌または非癌上皮に広く被覆された腫瘍組織構築であった.

除菌後発見胃癌の内視鏡診断—超拡大観察の見地から

著者: 野田啓人 ,   貝瀬満 ,   大橋隆治 ,   岩切勝彦

ページ範囲:P.74 - P.83

要旨●近年,内視鏡診断が困難な除菌治療後発見胃癌が増加している.除菌後早期分化型腺癌は,①粘膜表層に低異型度あるいは非腫瘍上皮が存在すること,②表層分化を伴い腺腫との鑑別が困難な超高分化型腺癌が含まれること,が診断困難な理由である.ECSは粘膜表層の細胞をリアルタイムに観察可能であり,高度のECS細胞異型・構造異型がECS胃癌診断基準となる.除菌後早期分化型腺癌は①,②の傾向があるため,診断確診度が低くなる傾向にはあるが,ECS高度異型を捉えて胃癌診断が可能であった.一方で,除菌後早期未分化型腺癌はECS診断が困難であり,印環細胞癌は染色性が低いことや,未分化型腺癌の個細胞と炎症細胞の鑑別が解決すべき課題である.

主題研究

低異型度上皮(ELA)の成因—遺伝子解析の結果を踏まえて

著者: 卜部祐司 ,   伊藤公訓 ,   豊島元 ,   玉理太覚 ,   益田和彦 ,   小刀崇弘 ,   岡志郎 ,   田中信治

ページ範囲:P.84 - P.91

要旨●これまで筆者らは,H. pylori除菌後に,早期胃癌の表層に正常胃腺窩上皮に近い低異型度上皮(ELA)が発生することを報告してきた.しかし,この上皮の発生病態は明らかでなかった.今回,癌遺伝子パネル検査によってELAが癌由来であることを証明した.この知見は,H. pylori除菌治療によって“癌が正常に近づくような形態分化を来す”という現象を確認したこととなり,ELAは腫瘍の表層分化であることが証明された.本研究結果は,胃内環境の変化が胃癌の病理組織学的・肉眼的形態変化を起こす可能性を示唆するとともに,一見正常にみえる上皮に被覆された癌の見落としの減少に役立つと考える.

ノート

除菌後発見胃癌の拾い上げに関するLCI観察の有用性

著者: 土肥統 ,   石田紹敬 ,   福井勇人 ,   宮﨑啓 ,   安田剛士 ,   吉田拓馬 ,   土井俊文 ,   廣瀬亮平 ,   井上健 ,   吉田直久 ,   石川剛 ,   髙木智久 ,   小西英幸 ,   伊藤義人

ページ範囲:P.92 - P.95

要旨●LCIは,粘膜色付近のわずかな色の差を認識しやすくするために発赤調と褪色調の粘膜を強調する狭帯域光観察である.LCIでは,除菌後発見胃癌のリスクである地図状発赤がラベンダー色に,除菌後発見胃癌はオレンジ色やマゼンダ色として認識されるため,色調コントラストがつくことにより,白色光よりも明瞭に観察できる.LCIによる早期胃癌を含めた上部消化管腫瘍の存在診断に関する多施設共同前向きランダム化比較試験が行われ,白色光よりもLCIで有意に腫瘍性病変が拾い上げられた.除菌後発見胃癌の拾い上げにも期待されている.

主題症例

Narrow band imagingで緑色を呈し,拡大観察後も一部で厳密な範囲診断が困難であった除菌後発見胃癌の1例

著者: 名和田義高 ,   市原真 ,   平澤大 ,   松田知己 ,   赤平純一

ページ範囲:P.96 - P.104

要旨●除菌後発見胃癌は存在・範囲診断が難しいと報告されているが,非拡大NBI観察での色調差が診断に有用なことも多い.分化型癌ではNBIで緑色に描出される腸上皮化生粘膜を背景として,病変部は茶色を呈することも多いが,その場合の存在・範囲診断は比較的容易である.今回,非拡大NBI観察で病変の内/外でいずれも緑色を呈し,拡大観察が癌の診断に有用であったが,一部で厳密な範囲診断が困難であった除菌後発見胃癌の一例を提示する.

除菌後に形態変化を来した早期胃癌の3例

著者: 小澤俊文 ,   林田興太郎 ,   三浦恭資 ,   白井宏和

ページ範囲:P.105 - P.112

要旨●[症例1]は胃角部前壁の8mm大の0-IIa型病変で,生検未施行かつ除菌治療3週間後の内視鏡にて中央に新たに陥凹を伴う病変に変化していた.[症例2]は胃角部大彎の8mm大,0-IIa型病変で,生検未施行かつ除菌治療18日後の内視鏡にて平坦病変に変化していた.[症例3]は胃体上部後壁の18mm大,褪色調0-IIa型病変で,生検未施行かつ除菌治療6週間後の内視鏡にて発赤調の0-IIc型病変に変化していた.いずれもESDが施行され,深達度pT1a(M)の分化型腺癌(tub1)であった.除菌治療後,比較的短期間に隆起型胃腫瘍は形態変化することを理解しておくべきである.

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目次

ページ範囲:P.5 - P.5

欧文目次

ページ範囲:P.6 - P.6

「今月の症例」症例募集

ページ範囲:P.91 - P.91

早期胃癌研究会 症例募集

ページ範囲:P.104 - P.104

次号予告

ページ範囲:P.114 - P.114

編集後記

著者: 長浜隆司

ページ範囲:P.115 - P.115

 2013年2月よりH. pylori除菌が保険適用になり,多くの除菌治療が行われてきた結果,日常の内視鏡診療ではH. pylori未感染胃かH. pylori除菌後の胃粘膜が多くを占めるようになった.そこから発見される胃癌は通常の胃癌に比較して腫瘍病巣の平坦化,不明瞭化が認められ,存在診断,質的診断が困難な症例を日常診療でしばしば経験する.
 本誌では51巻6号(2016年)で「Helicobacter pylori除菌後発見胃癌の内視鏡的特徴」の特集が組まれ,除菌後胃癌は陥凹型,胃体部領域に多く,分化型,早期胃癌が多いことが特徴で,10年以上経過しても早期胃癌として発見されること,胃炎様模様を呈すること,腫瘍表面に正常腺窩上皮に極めて類似した低異型度上皮(epithelium with low-grade atypia ; ELA)と呼ばれる上皮が高頻度に出現することが指摘された.ELAはその後,伊藤らによる遺伝子解析により,本号の主題研究で述べられているように腫瘍由来の上皮であることが明らかにされた.

基本情報

胃と腸

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1219

印刷版ISSN 0536-2180

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