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雑誌目次

雑誌文献

胃と腸57巻9号

2022年08月発行

雑誌目次

今月の主題 胃癌スクリーニングの課題と将来展望 序説

胃癌スクリーニングの課題と将来展望

著者: 入口陽介

ページ範囲:P.1097 - P.1102

はじめに
 1950〜1970年代,胃癌は日本の国民病とも言われ,癌の部位別罹患率,死亡率がともに圧倒的第1位(Fig.1)1)であったことから,救命可能な早期胃癌での発見,診断が研究者の悲願となっていた.胃X線造影検査では二重造影法の開発2)と撮影装置の開発・改良3),内視鏡検査機器の開発4),診断,治療法5)の研究が継続して行われ,病理組織診断学を含めて世界に冠たる胃癌診断治療学6)を構築してきた.
 現在,胃癌の年齢調整死亡率は,がん検診による一定の効果とH. pylori(Helicobacter pylori)感染率の低下によって下がってきているものの,今もなお,年間約13万人が罹患し,35%にあたる約4万5千人が死亡している.また,死亡者数の年次推移をみると,減少しているわけではないことがわかる(Fig.2)7).したがって,高度な診断技術をスクリーニング体制に十分に活かしてきっているとは言い難い.その最大の原因は受診率の低さにある.
 本邦におけるがん検診の歴史は長いが,正確な対象者数や受診率を把握するデータはなく,国民生活基礎調査(Fig.3)1)のアンケートからでしか定量的な分析ができないと専門家から問題提起されている.今後は,デジタル化の進歩・拡大により,検診だけでなく医療のビッグデータ(レセプトなど)が利活用できるようになれば,受診率,精検受診率,癌発見率などのプロセス指標を正確に把握でき,受診勧奨や精度管理においても効果的な“組織型検診”(Table 1)8)の達成に向けて期待されている.

主題

本邦における胃がん検診精度管理の現状と将来への取り組み

著者: 加藤勝章 ,   千葉隆士 ,   只野敏浩 ,   淺沼清孝

ページ範囲:P.1103 - P.1112

要旨●本邦の胃がん検診では,胃X線検査と胃内視鏡検査が自治体による対策型検診や保険者・事業主が任意で提供する職域検診などとして提供されている.しかし,その精度管理の実態を横断的に評価できる体制は整備されていない.近年,胃癌リスク因子であるH. pylori感染率が低下し,除菌治療の普及も相まって,胃がん検診の対象集団に低リスク群が混在するようになった.対象集団の捉え方にパラダイムシフトが起きつつあり,従来型の検診プログラムの非効率性が問題となってきている.今後,個別のリスクに応じた新たな検診提供体制を構築し,PHR(personal health record)などの利活用を進め,個人の検診データをもとに適切な検診を選択できる体制を整備する必要がある.

日本人の胃粘膜の時代的変遷—胃癌発生との関連

著者: 春間賢 ,   鎌田智有 ,   村尾高久 ,   角直樹 ,   末廣満彦 ,   河本博文 ,   眞部紀明 ,   藤田穣 ,   綾木麻紀 ,   間部克裕 ,   吉原正治 ,   井上和彦 ,   山辻知樹 ,   伊藤公訓

ページ範囲:P.1114 - P.1125

要旨●胃粘膜に炎症(胃炎)が発生すると,その炎症が固有胃腺を破壊し萎縮性胃炎となり,その過程で腸上皮化生が発生する.そのような胃粘膜の変化は胃の加齢現象で,避けることのできない人類の宿命であると考えられていた.しかしながら,なぜ胃炎が起こるのか,なぜ腸上皮化生が発生するのか,根本的な原因は明らかでなかった.1983年に,胃炎の原因がH. pyloriであることが,さらに,胃粘膜萎縮や腸上皮化生のほとんどはH. pylori感染者だけに認められる現象であることがわかった.社会環境,特に衛生環境の改善とともにH. pylori感染率は,本邦も含め世界中で低下しつつある.さらに本邦では,除菌療法の普及により萎縮性胃炎や腸上皮化生が減少し,その結果,日本人の上部消化管には大きな変化が起こっている.本稿の総説では,約半世紀に及ぶ日本人の胃粘膜の形態と機能の変化について,H. pylori以外の,胃粘膜に影響を及ぼす因子も取り上げて概説した.

早期胃癌の病理学的な時代的変遷

著者: 海崎泰治 ,   青柳裕之 ,   波佐谷兼慶 ,   宮永太門 ,   奥田俊之 ,   原季衣 ,   小上瑛也

ページ範囲:P.1127 - P.1136

要旨●当施設における1977〜2021年(45年間)の早期胃癌症例の時代的変遷を検討した.その結果,患者の平均年齢の高齢化,比較的小さな粘膜内癌の増加,肉眼的には隆起型,特に0-IIa型病変の増加と癌巣内潰瘍を合併する病変の減少,組織学的には低異型度の分化型癌の増加と未分化型癌の減少が明らかとなった.これらの変化は診断能力の向上,人口の高齢化とHelicobacter pylori感染率・除菌率の変化が影響していると考えられた.今後は早期胃癌数の減少,症例のさらなる高齢化,小さな低異型度の分化型癌の増加が予想される.

胃がんX線検診における撮影から読影までの精度管理

著者: 安保智典

ページ範囲:P.1137 - P.1145

要旨●日本消化器がん検診学会の新・胃X線撮影法と胃X線検診のための判定区分(カテゴリー分類)は,胃がんX線検診の検査精度管理に主要な役割を果たしている.前者には鉤状胃の微細な粘膜二重造影像を確実に得る方法が示されている.後者は管理区分選択の根拠を良悪性の区別や,悪性所見またはその診断の確信の度合いを6つのカテゴリー(1,2,3a,3b,4,5)選択で示すように考えられており,良性疾患の取り扱いが容易になったことと不確実所見からの拾い上げを区別したことが主な特徴である.特にカテゴリー3b比率は検査精度管理に有用である.また,認定専門放射線技師による読影補助制度は読影体制の維持に寄与することが期待される.加えて,商業ベースで導入が進んでいる遠隔読影は精度管理の実態把握と利用に関する指針作成が急務である.

内視鏡検診における撮影法の統一と二次読影の重要性

著者: 依光展和 ,   入口陽介 ,   小田丈二 ,   水谷勝 ,   冨野泰弘 ,   山里哲郎 ,   園田隆賀 ,   金田義弘 ,   安藤早弥 ,   岸大輔 ,   安川佳美 ,   霧生信明 ,   中河原亜希子 ,   橋本真紀子 ,   山村彰彦 ,   細井董三

ページ範囲:P.1146 - P.1154

要旨●対策型内視鏡検診の精度向上を目的として検討を行った.検討①では,当センターの胃部内視鏡観察37枚法(胃部37枚法)について,3年以内の経年発見胃癌326病変の早期癌率は94.5%,粘膜内癌率は79.8%と既報と比べても良好な成績であった.粘膜下層以深に浸潤していた66病変の前回内視鏡画像を検討すると,観察不良8病変:診断不良29病変:診断困難29病変で,約半数は二次読影があれば指摘されうる病変であった.検討②では,胃部37枚法を導入し,当センターが二次読影を行ったS自治体の内視鏡検診について検討した.結果としてプロセス指標は良好で,二次読影の画像評価は後期で有意に改善した.撮影部位と順序を規定した連続性のある撮影法は,内視鏡検診の二次読影を効率化し精度向上に寄与しうると考えられる.

内視鏡による早期胃癌の効率的なスクリーニング

著者: 河合隆 ,   秋本佳香 ,   河合優佑 ,   濵田麻梨子 ,   岩田英里 ,   新倉量太 ,   永田尚義 ,   杉本光繁 ,   柳澤京介 ,   山岸哲也 ,   山口隼 ,   小山洋平 ,   班目明 ,   河野真 ,   福澤誠克 ,   糸井隆夫

ページ範囲:P.1155 - P.1164

要旨●胃癌の原因であるH. pylori感染率の低下と除菌治療の普及により,胃癌内視鏡スクリーニングの対象や内視鏡所見に大きな変化が生じている.2016年4月からは胃がん内視鏡検診が推奨されており,日常生活機能が保たれていれば,胃癌リスクの高い65歳以上の受診者にも内視鏡検診の施行が重要になると思われる.除菌後長期経過例では,萎縮が軽度〜中等度でも未分化型胃癌のリスクが増加するため,検診による内視鏡フォローが鍵となる.除菌後の背景胃粘膜所見では腸上皮化生が最も重要で,NBIやTXIなど画像強調観察も有用である.また,ダブルチェックを含めた内視鏡画像管理機能などの新しいファイリングシステムの活用も検討すべきである.近年,細径スコープが急速に進化し,通常径スコープと画質に差がないとの報告もあり,今後のスクリーニングでは新型細径スコープが中心になると思われる.

胃内視鏡検診におけるAIの活用

著者: 平澤俊明 ,   渡邊昌人 ,   東佑香 ,   中尾栄祐 ,   池之山洋平 ,   石岡充彬 ,   並河健 ,   渡海義隆 ,   吉水祥一 ,   堀内裕介 ,   石山晃世志 ,   由雄敏之 ,   中島寛隆 ,   多田智裕 ,   藤崎順子

ページ範囲:P.1165 - P.1174

要旨●胃内視鏡検診の普及に伴い,検査の質を高い精度で均てん化させ,どのように精度管理を行っていくかが大きな課題となっている.一方,人工知能(AI)を用いた画像認識は,機械学習とdeep learningという革新的技術により飛躍的に発展した.胃内視鏡診断でもAIによる内視鏡観察部位診断,胃癌の存在診断・質的診断の研究が進められおり,医師と同等レベルの精度が報告されている.現在,AIによる二次読影支援および検査時のリアルタイム診断が臨床導入されようとしている.胃内視鏡検診の精度管理には,人間の力だけではなくAIの支援が有用であり,AIの導入により均てん化された質の高い内視鏡検査が期待される.

主題研究

背景胃粘膜の病理組織学的所見

著者: 和田康宏 ,   九嶋亮治 ,   向所賢一 ,   兒玉雅明 ,   渕野貴文 ,   福田昌英 ,   水上一弘 ,   沖本忠義 ,   村上和成

ページ範囲:P.1175 - P.1185

要旨●H. pylori感染に伴い胃粘膜に生じる化生として,腸上皮化生,幽門腺化生・偽幽門腺化生,膵上皮化生が知られている.腸上皮化生は免疫組織化学的に完全型腸上皮化生と不完全型腸上皮化生に分類される.本稿では免疫組織化学染色を行い,H. pylori除菌による完全型腸上皮化生・不完全型腸上皮化生,幽門腺化生・偽幽門腺化生,膵上皮化生の可逆性について検討した.その結果,不完全型腸上皮化生,幽門腺化生・偽幽門腺化生の出現頻度が除菌により有意に低下した.近年,除菌後にも胃癌が発生することが問題となり,除菌後胃癌の高リスク患者の特定が必要となっているが,これらの化生の減少が除菌後胃癌の予防に寄与する可能性があり,今後の検討課題である.

SARS-CoV-2浸淫下における胃内視鏡検診のあり方

著者: 中島寛隆 ,   北沢尚子 ,   本橋英明 ,   門馬久美子 ,   榊信廣

ページ範囲:P.1187 - P.1192

要旨●上部消化管内視鏡検査は患者の咳嗽や?気を誘発しやすく,SARS-CoV-2(severe acute respiratory syndrome coronavirus-2)の主要感染経路であるエアロゾル感染,飛沫感染,接触感染のリスクが高い.本稿ではSARS-CoV-2浸淫下での胃内視鏡検診を焦点とし,その具体的な対応として鎮静剤の使用,経鼻用内視鏡や極細径内視鏡の応用,および胃がんリスク層別化推進の3項目に着目した.胃がん検診は,緊急性はないものの決して不要ではなく,対象者は定期的に受診すべきである.しかし,従来通りの方法で内視鏡検診を行えば,新たな負の要因であるCOVID-19(coronavirus disease-2019)によって検診の不利益が利益を上回ることが危惧される.胃内視鏡検診にとってSARS-CoV-2と対峙する現状は,感染症対策を加味した新たながん検診方法への転換期でもある.

ノート

胃がん検診におけるリスク層別化と対象者選別の問題点

著者: 小田丈二 ,   入口陽介 ,   水谷勝 ,   冨野泰弘 ,   山里哲郎 ,   依光展和 ,   園田隆賀 ,   金田義弘 ,   安藤早弥 ,   岸大輔 ,   安川佳美 ,   中河原亜希子 ,   橋本真紀子 ,   山村彰彦 ,   細井董三

ページ範囲:P.1193 - P.1200

要旨●胃癌スクリーニングに関して,対策型胃がん検診の現状から考察した.内視鏡検診のみではマンパワーが不足するため,対象の集約目的にABC(D)リスク分類が利用されるが,ABC分類によるリスク層別化には,A群が正確に判定されていない問題点があり,画像評価の組み合わせが必要である.また,検診対象外となる50歳未満の胃癌を検討したところ,女性,M領域,未分化型が多い傾向にあり,内視鏡治療可能な高齢者の分化型胃癌も50歳未満胃癌と同じ1例とみなし,発見効率に重きを置くのか,それとも発見された癌の内訳に重きを置くのかで考え方が異なるものと思われた.

主題症例

内視鏡的に2年間の経過観察で発見した進行胃癌の1例

著者: 園田隆賀 ,   入口陽介 ,   小田丈二 ,   冨野泰弘 ,   依光展和 ,   山村彰彦 ,   直江秀昭 ,   具嶋亮介 ,   宮本英明 ,   古田陽輝 ,   松野健司 ,   山﨑明 ,   今村美幸 ,   本田宗倫 ,   脇幸太郎 ,   田中靖人

ページ範囲:P.1201 - P.1206

要旨●患者は60歳代,男性.スクリーニング目的の上部消化管内視鏡検査で胃体中部小彎に40mm大の0-IIa+IIc+I型病変を認めた.精密検査の結果,深達度T1b(SM)と診断し,腹腔鏡下幽門側胃切除術を施行した.病理組織学的診断では,0-IIa+IIc+I,42×28×6mm,tub1+tub2≫pap>por,pT3(SS),INFb,Ly1c,V1b,pPM1,pDM0(120mm),pN2(5/22)で,リンパ節転移を認める進行癌であった.本症例は2年4か月前に人間ドックで受けた胃X線造影検査で胃体中部小彎のバリウム斑を指摘されたが,精密検査の内視鏡検査では異常所見なしと診断されていた.そのときの内視鏡像を振り返ると,血管透見良好な萎縮粘膜領域に淡い発赤調所見を認めていた.胃体部の観察では,小彎あるいは大彎を中心に観察を行い,前後壁を比較して異常所見を拾い上げることが重要である.

早期胃癌研究会症例

Desmoplastic reactionを伴った粘膜下層浸潤胃型十二指腸癌の1例

著者: 入谷壮一 ,   山崎健路 ,   九嶋亮治 ,   谷口裕紀 ,   小澤範高 ,   長谷川恒輔 ,   清水省吾 ,   清水雅仁

ページ範囲:P.1207 - P.1214

要旨●患者は80歳代,女性.心窩部痛の精査目的のためEGDを施行したところ,十二指腸下行部,乳頭対側のやや口側に20mm大の平皿様の隆起性病変を認めた.病変辺縁は上皮下腫瘍様の立ち上がりを呈し,中央は発赤が目立った.NBI拡大観察では,病変中央の乳頭顆粒状の増殖を呈する領域と,病変辺縁の管状構造を呈する領域を認めた.乳頭顆粒状の増殖を呈する領域は,大小不同の表面微細構造を呈し,窩間部の開大を認めた.粘膜下層浸潤胃型十二指腸癌と診断し,患者のperformance statusを考慮して外科的局所切除術を施行した.病理組織学的所見からtubular adenocarcinoma(tub1>pap),gastric-Brunner gland type,pT1b(SM),Ly0,V0,pHM0,pVM0と診断した.粘膜下層浸潤部で明らかなdesmoplastic reactionを伴っていた.

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目次

ページ範囲:P.1095 - P.1095

欧文目次

ページ範囲:P.1096 - P.1096

バックナンバー・定期購読のご案内

ページ範囲:P.1094 - P.1094

早期胃癌研究会 症例募集

ページ範囲:P.1126 - P.1126

Information

ページ範囲:P.1164 - P.1164

書評

ページ範囲:P.1186 - P.1186

「今月の症例」症例募集

ページ範囲:P.1200 - P.1200

次号予告

ページ範囲:P.1216 - P.1216

編集後記

著者: 小澤俊文

ページ範囲:P.1217 - P.1217

 1950〜70年代,本邦において国民病とまで言われた胃癌に関して,研究者たちの絶え間ない努力によって画像診断学,内視鏡治療や外科手術,病理診断学など世界に冠たる診療技術が築かれてきた.しかし,今なお年間約13万人が胃癌に罹患し約4万3,000人が死亡している.これは,胃癌を効率的に早期発見し,適切かつ高精度の治療に結びつけていく胃癌スクリーニング体制が不十分であり,受診率・精検受診率・治療後経過観察などの追跡調査が十分にできておらず,“組織型検診”としての精度管理体制が整っていないことによる.近年では,超高齢化や医療費削減への対策として,厚生労働省からPHR(personal health record)システムや人工知能(artificial intelligence ; AI)を用いたデジタル管理が考案されている.予防医療の推進においても同様に積極的なデジタル管理が必要であるが,一方で個人情報管理など諸問題も存在する.
 また,胃癌発生の主たる原因であるH. pylori(Helicobacter pylori)感染率の低下や除菌治療の普及により,背景胃粘膜が変化したことで,若年層での胃癌罹患率の低下も予測されている.加えて,食生活を中心とした生活習慣の変化や胃酸分泌抑制薬の使用頻度増加などにより日本人の胃粘膜は大きく変化しており,それゆえに胃癌スクリーニングを取り巻く環境も大きく変化しているのは当然と言える.まずは,これらを歴史経過も踏まえて俯瞰的に記された春間論文を熟読されたい.また,病理組織学的に背景胃粘膜に迫った和田論文も読み込むことで理解が深まるであろう.

基本情報

胃と腸

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1219

印刷版ISSN 0536-2180

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