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雑誌目次

雑誌文献

胃と腸58巻1号

2023年01月発行

雑誌目次

今月の主題 Non-H. pylori Helicobacter胃炎と周辺疾患 序説

NHPH—敵か味方か不思議な細菌

著者: 春間賢

ページ範囲:P.7 - P.11

はじめに
 本特集号にはNHPH(Non-Helicobacter pylori Helicobacter)の最新の知識が収載されている.NHPHが感染率の低下や除菌が進むH. pylori(Helicobacter pylori)に取って代わる胃炎の主役になるのか,あるいは脇役か,本特集号を熟読いただければ結論が出るであろう.胃内細菌の存在については1800年代の後半から指摘されていたが,分離培養ができなかったことから病的意義については疑問視されていた1).しかしながら,1982年のWarrenとMarshall2)のH. pyloriの歴史的発見により,胃粘膜に細菌が感染し,持続的な炎症を起こすことにより萎縮性胃炎や消化性潰瘍,さらに胃癌の発生に関与していることが明らかになった.
 1980年代後半からヒトの胃に生息するH. pylori以外の,Gram染色陽性の大型の螺旋菌が発見され3),当初はGastrospirillum hominisと命名され,その後遺伝子解析の結果,H. heilmannii(Helicobacter heilmannii)に再分類され,さらに,H. heilmanniiはブタを自然宿主とするH. suis(Helicobacter suis)を代表とするType 1と,イヌとネコの胃に生息するH. felis(Helicobacter felis)などのType 2に分類されている4).NHPH発見の歴史や分類については,本邦の,いや世界の第一人者である中村正彦氏の論文に詳述されている.最近では次世代シーケンサーの開発により,胃内にはHelicobacter属だけでなく,多くの細菌が生息し,胃癌をはじめとして上部消化管の疾患の発生に関与していることが指摘されている5)6)
 NHPH診断の第一歩は上部消化管内視鏡検査(esophagogastroduodenoscopy ; EGD)である.H. pylori陰性の鳥肌状胃粘膜,胃体部にRAC(regular arrangement of collecting venules)が明瞭で萎縮は認めず,胃角部周囲にびらんや発赤,褪色粘膜を認めるなどの,H. pylori感染ではみられない内視鏡所見が発見の契機になる(Fig.1).しかし,内視鏡検査で正常に見える症例も存在するようである7).NHPH感染の内視鏡像については,この分野の先駆者である塚平俊久氏の論文に詳述されている.
 NHPH感染の病理組織像(Fig.2)については,当初は炎症や萎縮,腸上皮化生はH. pylori感染と比較すると軽度であるとされていた.しかし,胃癌との関連を考えると,萎縮や腸上皮化生の発生とその程度が重要であるので,現状はどのようになっているのか太田浩良氏の論文が注目される.

主題

NHPHの歴史的推移と疫学

著者: 中村正彦 ,   高橋信一 ,   松久威史 ,   山岡吉生 ,   松井英則 ,   村山琮明 ,   鈴木秀和

ページ範囲:P.13 - P.26

要旨●NHPHは,検出法,培養が困難であったこともあり,H. pyloriの影に隠れてきた側面がある.しかし,19世紀後半には動物の胃内の螺旋菌の存在が報告され,20世紀前半にはヒトの胃粘膜内に数種の螺旋菌の存在が報告されており,H. pyloriおよびNHPHの推定が可能となった.1987年以降は,症例報告が積み重なり,疾患との関係や自然宿主について明らかになってきた.遺伝子解析などにより明確な診断や病原因子の解明が実現し,H. pyloriとの違いも明らかとなりつつある.

NHPHの病理組織学的所見

著者: 太田浩良 ,   堀内一樹 ,   根岸達哉 ,   岩谷勇吾 ,   長屋匡信

ページ範囲:P.27 - P.35

要旨●胃に棲息するNHPH(Non-Helicobacter pylori Helicobacter)は慢性胃炎や胃・十二指腸潰瘍,胃MALTリンパ腫の発症に関わっている.NHPHは大型の桿菌で,corkscrew型の螺旋構造を持ち,H. pyloriとの鑑別にはGiemsa染色が有効である.また,抗H. pylori抗体を用いた免疫組織化学染色もNHPHの検索に有効である.NHPHは幽門部の感染頻度が高く,胃上皮細胞への接着を欠き,胃小窩内や胃粘膜表面の粘液ゲル層内に観察され,壁細胞内に認められることもある.NHPH感染慢性胃炎の特徴としては,幽門部優位の胃炎,胃上皮傷害像の欠如,軽度〜中等度の単核細胞浸潤,軽微な好中球浸潤,大型リンパ濾胞,胃小窩内のリンパ球の小集塊,腸上皮化生がまれである点が挙げられる.

NHPH胃炎の感染診断と除菌

著者: 加藤元嗣 ,   津田桃子 ,   河原崎暢 ,   江原亮子 ,   久保公利 ,   間部克裕

ページ範囲:P.37 - P.42

要旨●NHPH感染症の診断方法はまだ確立はしておらず,一般臨床で使用できるものは鏡検法に限られている.最近ではヒトの胃生検組織からH. suisの培養に成功し,研究レベルでは感度と特異度の高いPCR検査や抗体検査も開発されている.ただし,ウレアーゼ活性を利用した検査法はNHPH診断には向かない.将来的にはNHPH胃炎の重要性が認識されてくることで,NHPH診断法の製造認可と保険承認がなされると期待している.NHPH感染に対する除菌治療は,H. pyloriの除菌治療と同様に胃酸分泌抑制薬とアモキシシリン,クラリスロマイシン,あるいはメトロニダゾールによる3剤併用1週間療法が有効である.NHPH感染の解明のためには,NHPH感染診断の普及が不可欠である.

NHPH感染胃炎のX線・内視鏡所見の特徴

著者: 塚平俊久 ,   小林奈津子 ,   吾川弘之 ,   関口恭弘 ,   林誠一 ,   小平日美子 ,   太田浩良 ,   堀内一樹 ,   根岸達哉 ,   松本竹久 ,   多田俊史

ページ範囲:P.43 - P.51

要旨●NHPH感染胃炎の内視鏡所見として,ひび割れ状粘膜・霜降り状所見・鳥肌胃炎・点状発赤の既報がある.当院でH. suisを同定した36例でその頻度,胃粘膜萎縮との関係,好発部位を検討し,さらに5例で胃X線造影所見を検討した.霜降り状所見は胃角部から前庭部小彎に早期に出現し,炎症の進行に伴い,胃角部から前庭部大彎のひび割れ状粘膜に移行すると推定された.鳥肌胃炎はH. pylori感染と鑑別困難だが,胃角部大彎の腺境界付近の限局性の点状発赤はH. suis感染胃炎における特徴的所見の可能性がある.ひび割れ状粘膜症例の胃X線造影所見はH. pylori感染胃炎の早期,つまり軽度萎縮にて観察される前庭部胃炎の所見と酷似していた.

NHPH胃炎および関連疾患の内視鏡所見

著者: 間部克裕 ,   津田桃子 ,   久保公利 ,   井上和彦 ,   春間賢 ,   加藤元嗣 ,   九嶋亮治 ,   渡辺英伸 ,   林原絵美子 ,   松井英則

ページ範囲:P.53 - P.60

要旨●NHPHはブタ,イヌ,ネコなどの動物に感染するHelicobacterがヒトの胃にも感染する人畜共通感染症で,その多くはブタ由来と考えられるH. suisである.現時点では,NHPH胃炎の診断方法は内視鏡検査時の生検が唯一であるため,内視鏡的特徴を理解することが診断の第一となる.NHPHは腺境界部である胃角〜前庭部に好んで感染することから,同部位の霜降り状所見や鳥肌があれば感染を疑い,同部から生検しGiemsa染色やトルイジンブルー染色で診断する.NHPHはH. pyloriの各種検査にはほとんど反応せず,ウレアーゼを用いた検査では陰性〜弱陽性を示すことが多い.胃炎以外にはMALTリンパ腫が多い.胃癌については関連が疑われる報告があるがNHPHとの因果関係は不明である.

NHPH関連の胃MALTリンパ腫

著者: 瀧川英彦 ,   弓削亮 ,   清水大輔 ,   宮本亮 ,   大谷里奈 ,   門田紘樹 ,   北台靖彦 ,   岡志郎 ,   田中信治

ページ範囲:P.61 - P.70

要旨●胃MALTリンパ腫の病因として,API2-MALT1融合遺伝子,H. pylori感染症が知られているが,近年NHPH誘導性の胃MALTリンパ腫の存在が明らかになっている.本稿では,胃MALTリンパ腫におけるNHPH感染状況,除菌治療反応性,内視鏡的特徴などについて解説する.当科の検討において,NHPH感染はAPI2-MALT1遺伝子陰性H. pylori陰性症例の55%(16/29)に認められ,H. pylori陰性胃MALTリンパ腫の主要な病因の一つであると考えられた.また,従来除菌治療による寛解率が低いと考えられてきたH. pylori陰性の胃MALTリンパ腫においても,NHPH陽性例では,高率(75%,12/16)に除菌治療による寛解が得られた.NHPH陽性胃MALTリンパ腫に特徴的にみられる内視鏡所見として,鳥肌様の変化やMLP(multiple lymphomatous polyposis)様の顆粒状の変化が観察されることが多く,背景粘膜にもNHPH感染に特徴的な所見がみられた.特徴的な内視鏡所見を念頭に置いたうえで,NHPH感染の可能性を考慮した胃MALTリンパ腫の診療を行うことが大切である.

主題症例

NHPH胃炎の2例

著者: 池上幸治 ,   蔵原晃一 ,   大城由美 ,   浦岡尚平 ,   清森亮祐 ,   原裕一 ,   江頭信二郎 ,   水江龍太郎 ,   南川容子 ,   田中雄志 ,   中村正彦

ページ範囲:P.71 - P.77

要旨●NHPH胃炎として典型例と考えられるH. suis胃炎の1例と,極めてまれなH. heilmannii sensu strictoによる急性胃炎の1例を経験したので報告する.[症例1]は40歳代,男性.検診の胃X線造影像で胃前庭部に隆起性病変を指摘され受診となった.H. pylori血清IgG抗体と尿素呼気試験は弱陽性,便中抗原は陰性であった.EGDで胃前庭部に小隆起を認め,その周囲にひび割れ状粘膜を認めた.生検でNHPH胃炎が疑われ,PCRにてH. suis陽性と診断された.H. pylori一次除菌に準じた治療を施行した.[症例2]は70歳代,男性.2週間続く心窩部痛があり,EGDで胃前庭部に強固な黄色調粘液付着を伴う発赤浮腫状粘膜と多発小潰瘍を認めた.生検にてH. pyloriより大型の螺旋状菌体を認め,PCRでH. heilmannii sensu stricto陽性と診断された.ニザチジン内服で症状は速やかに改善し,3週間後のEGDで胃炎所見の改善,生検で菌体の消失を確認した.

内視鏡所見からpangastritisと診断したNHPH胃炎の1例

著者: 鈴木志保 ,   寺尾秀一 ,   九嶋亮治

ページ範囲:P.79 - P.86

要旨●患者は40歳代,男性.検診で萎縮性胃炎を指摘され,精査目的で当院を受診した.各種H. pylori検査はすべて陰性であった.内視鏡検査では,びらんの他,前庭部に胃小区浮腫,胃体部に軽度のびまん性発赤と粘膜腫脹を認め,H. pylori現感染様のpangastritisの所見であった.一方,胃体部はRAC陽性で,H. pylori現感染所見に矛盾していた.病理組織像では,前庭部,胃体部ともに単核球細胞浸潤を認め,pangastritisと裏付けられた.粘膜表層の粘液内にH. pyloriより大型の螺旋状菌体を認め,PCR法でHelicobacter suisと診断された.NHPH胃炎の所見とされる鳥肌,霜降り所見などにこだわらず,内視鏡的H. pylori感染診断を基本とし,矛盾点に着目することにより,NHPH胃炎を疑って診断できた症例であった.

除菌にて完全寛解したHelicobacter suis感染胃MALTリンパ腫の1例

著者: 徳永健吾 ,   大野亜希子 ,   井田陽介 ,   三好佐和子 ,   神保陽子 ,   林原絵美子 ,   松井英則 ,   柴山恵吾 ,   鈴木仁人 ,   大崎敬子 ,   太田浩良 ,   二階雪野 ,   長濱清隆 ,   柴原純二 ,   岡本晋 ,   久松理一

ページ範囲:P.87 - P.94

要旨●患者は50歳代,男性.人間ドックのEGDにて異常を指摘されたため当院へ紹介され受診となった.当院のEGDでは,胃体下部大彎に発赤調の粗糙粘膜病変を認め,生検にて小型〜中型の異形リンパ球集簇巣,LEL像,免疫組織化学染色像より,表層型の胃MALTリンパ腫と診断した.胸腹部造影CTでは異常なく,Lugano国際会議分類I期,H. pyloriはUBT,血清抗体法が陰性,またRAC陽性でありH. pylori陰性であった.H. suisは培養法,PCR法より陽性であった.治療として3剤併用による除菌療法を行い,PCR法によりH. suisの陰性化を確認,内視鏡および病理組織学的所見は改善し,完全寛解と診断した.なお,除菌によりHb(g/dl):12.9→15.4と貧血の改善も認めた.

青森県におけるさまざまなNHPH胃炎の3例

著者: 下山克 ,   珍田大輔

ページ範囲:P.95 - P.99

要旨●本邦におけるNHPH感染例は,弘前大学の田中正則氏によるGastrospirillum hominis関連胃炎が最初の報告である.その後も青森県内ではいくつかの症例があるが,さまざまな内視鏡所見を呈している.本稿では急性胃炎と考えられた1例,胃体部に主座を置く発赤調陥凹性病変を呈した1例,鳥肌胃炎の1例を紹介した.NHPH感染診断にはWarthin-Starry染色,Giemsa染色が有用であることが多いが,これらの検査で感染を証明できない場合には免疫組織化学染色,遺伝子的な検査が有用であった.NHPHの除菌をH. pyloriに準じて行ったが,H. suisはH. pyloriよりも酸性条件下で発育するので抗菌薬の感受性の至適pHが異なることも考えられる.

胃角部のびらんからの生検で確認された鳥肌胃炎様NHPH胃炎の1例

著者: 石橋陽子 ,   関英幸 ,   松薗絵美 ,   小林良充 ,   曽我部進 ,   菅井望 ,   藤田淳 ,   木内静香 ,   鈴木昭

ページ範囲:P.101 - P.106

要旨●患者は50歳代,女性.検診のEGDで,胃前庭部に鳥肌胃炎様の所見と胃角部にびらんを認めた.各種H. pylori検査は陰性であった.びらんからの生検組織でH. pyloriよりも大型の螺旋菌がみられ,NHPH胃炎と診断した.これまでに当院では18例のNHPH胃炎を経験し,内視鏡所見は鳥肌胃炎様所見とびらんが多かった.生検でNHPHが検出された部位はすべて胃体下部より肛門側であった.本症の内視鏡所見は多彩であり,NHPH胃炎を疑った場合は前庭部から胃角部の生検を行っていくことが肝要であると思われた.

早期胃癌研究会

2022年3月の例会から

著者: 松田圭二 ,   土山寿志

ページ範囲:P.107 - P.110

 2022年3月の早期胃癌研究会は,3月16日(水)にオンラインにて開催された.司会は松田(帝京大学外科)と土山(石川県立中央病院消化器内科),病理は伴(獨協医科大学埼玉医療センター病理診断科)が担当した.また,「早期胃癌研究会 2021年最優秀症例賞」の表彰式が行われ,受賞者の松山赤十字病院胃腸センター・清森亮祐氏による症例解説が行われた.

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目次

ページ範囲:P.5 - P.5

欧文目次

ページ範囲:P.6 - P.6

リニューアルのご案内

ページ範囲:P.3 - P.3

「今月の症例」症例募集

ページ範囲:P.26 - P.26

早期胃癌研究会 症例募集

ページ範囲:P.94 - P.94

次号予告

ページ範囲:P.112 - P.112

編集後記

著者: 海崎泰治

ページ範囲:P.113 - P.113

 H. pylori(Helicobacter pylori)未感染世代の増加とH. pylori除菌療法の普及に伴い,H. pylori感染症は著しく減少した.これに伴い,H. pylori陰性の胃炎が注目を浴びるようになってきた.なかでも,大型のHelicobacter属菌であり,H. heilmannii(H. suisなど)と通称されるNHPH(Non-Helicobacter pylori Helicobacter)の感染は報告が増えてきており,MALTリンパ腫の原因あるいは鳥肌胃炎様の胃炎を呈することなどが明らかになっている.そこで本号では,NHPH胃炎に焦点を当て,疫学から臨床病理学的特徴,治療法,鑑別すべき疾患などの全貌を明らかにするとともに,NHPHに関連する周辺疾患についてもまとめることを目標とした.
 NHPHについての知識が,“H. pyloriよりも長い螺旋菌で感染により胃の粘膜に軽度の炎症しか及ぼさない”程度である病理医(筆者)が企画を担当しているので,まず,NHPHとは何かを押さえておきたい.序説の春間論文によれば“1980年代後半からヒトの胃に生息するH. pylori以外の,Gram染色陽性の大型の螺旋菌が発見され,当初はGastrospirillum hominisと命名され,その後遺伝子解析の結果,H. heilmanniiに再分類され,さらに,H. heilmanniiはブタを自然宿主とするH. suisを代表とするType 1と,イヌとネコの胃に生息するH. felisなどのType 2に分類されている”とのことである.また,春間論文からは今回の特集の目標として,H. pylori感染にはヒトに対し功罪併せ持つ側面があるように,NHPH感染にも功と罪の両者が存在する可能性があり,病的意義を考えたうえでの付き合い方を探究するという宿題をいただいた.

基本情報

胃と腸

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1219

印刷版ISSN 0536-2180

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