icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

胃と腸58巻12号

2023年12月発行

雑誌目次

今月の主題 遺伝性消化管疾患を考える 序説

遺伝性消化管疾患を考える

著者: 松本主之

ページ範囲:P.1577 - P.1578

 近年の遺伝子解析技術の進歩はがんゲノムの研究に多大な影響を及ぼし,消化器癌の早期診断や治療に広く用いられるに至っている.一方,遺伝子の網羅的解析により,消化管疾患の遺伝的背景も明らかとなりつつある.21世紀初頭には,炎症性腸疾患や過敏性腸症候群など非腫瘍性疾患における遺伝子解析が進み,前者では250領域を超える遺伝領域が疾患関連遺伝子として同定され,一部は疾患マーカーや治療標的として注目されている.
 まれではあるが,家系内に集積する消化管疾患が存在する.特に,大腸癌が集積する家系として,Lynch症候群や家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis ; FAP)の2大疾患は広く周知されており,これらはいずれも常染色体顕性遺伝の形式で家系内に発生する.また,遺伝性消化管ポリポーシスは1960年代から特徴的な臨床像を呈する疾患群として知られており,遺伝子型と臨床像の関係について議論されてきた.

主題

消化管腫瘍におけるミスマッチ修復機能欠損—Lynch症候群を中心に

著者: 関根茂樹

ページ範囲:P.1579 - P.1587

要旨●ミスマッチ修復機能欠損に対する検査として,マイクロサテライト不安定検査が用いられてきたが,昨年度,これに加えてミスマッチ修復蛋白に対する免疫組織化学染色が利用可能となった.これら2つの検査はいずれも高い感度と特異度でミスマッチ修復機能欠損を検出することが可能であるが,それぞれ異なる特徴がある.また,これらの検査は主に免疫チェックポイント阻害薬の効果予測を主な目的として導入されたが,Lynch症候群のスクリーニング検査としても重要である.本稿ではミスマッチ修復機能欠損の検査の特徴,消化管腫瘍におけるミスマッチ修復機能欠損の背景,そしてLynch症候群の診断について概説する.

遺伝性胃癌:病態解析と診断の進歩—胃腺癌および近位胃ポリポーシス(GAPPS)を中心に

著者: 岡本耕一 ,   三井康裕 ,   吉本貴則 ,   藤本将太 ,   三橋威志 ,   上田浩之 ,   横山怜子 ,   川口智之 ,   影本開三 ,   喜田慶史 ,   中村文香 ,   佐藤康史 ,   春藤譲治 ,   坂東良美 ,   九嶋亮治 ,   高山哲治

ページ範囲:P.1589 - P.1601

要旨●胃腺癌および近位胃ポリポーシス(gastric adenocarcinoma and proximal polyposis of the stomach ; GAPPS)は胃底腺ポリポーシスを背景とした胃癌を発生する常染色体顕性遺伝性疾患である.その原因としてAPC遺伝子promoter 1Bの病的バリアントが報告されている.GAPPSは欧米を中心に報告が散見されるようになり,近年になって本邦からも報告が認められるようになった.GAPPSの自然史はいまだ不明な点が多く,今後,より大規模な調査によりGAPPSの臨床病理学的特徴,病態およびサーベイランスのあり方について検討する必要がある.本稿では遺伝性胃癌であるGAPPSおよび遺伝性びまん性胃癌(hereditary diffuse gastric cancer ; HDGC)について最新の知見を交えて解説する.

家族性大腸腺腫症の診断・治療の最前線

著者: 石川秀樹 ,   竹内洋司

ページ範囲:P.1602 - P.1608

要旨●家族性大腸腺腫症(FAP)に対する最近の内視鏡に関係する研究,大腸ポリープや十二指腸ポリープを内視鏡的に積極的に摘除する治療法を紹介した.大腸ポリープを内視鏡的に積極的に摘除し,大腸癌予防を目指す研究も多施設研究で安全性と5年間の進行癌予防効果が示され,2022年度から本治療(intensive downstaging polypectomy ; IDP)が保険収載された.大腸切除をすることなくIDPにより大腸癌が予防できるかどうかを明らかにするため,長期追跡のためのレジストリが準備中である.FAPにおける非乳頭部十二指腸ポリープに対するIDPの成績についても紹介した.また,大腸未切除FAP患者に対する低用量アスピリンの8か月間投与による二重盲検試験において大腸ポリープの増大を予防する効果が示され,現在は,2年間の長期投与試験が進行中である.適切な内視鏡治療介入および低用量アスピリンによる化学予防でFAP患者における腸管手術を回避できる時代が近づいてきている.

家族性大腸腺腫症以外の大腸腺腫症—臨床像と遺伝子バリアント

著者: 石田秀行 ,   近範泰 ,   伊藤徹哉 ,   幡野哲 ,   鈴木興秀 ,   母里淑子 ,   石畝亨 ,   松山貴俊 ,   熊谷洋一 ,   田辺記子 ,   高雄美里 ,   高雄暁成 ,   山口達郎 ,   江口英孝 ,   岡﨑康司

ページ範囲:P.1609 - P.1616

要旨●家族性大腸腺腫症以外の大腸腺腫症の原因遺伝子として,2002〜2022年の期間に少なくとも8種類(POLE,POLD1,MUTYH,AXIN2,MLH3,MSH3,NTHL1,MBD4)が同定されている.原因遺伝子により,遺伝形式,大腸外腫瘍性病変のスペクトラムが異なる.これらの遺伝子異常を原因とする大腸腺腫症の大腸腺腫の個数は100個未満であることがほとんどである.通常の遺伝学的検査では説明できない大腸腺腫症として最も頻度が高いと考えられるのが体細胞APCモザイクであり,次世代シークエンス技術の発達とともに報告例が増加している.家族性大腸腺腫症と臨床診断されるケースに含まれている可能性がある.

本邦Lynch症候群の特徴

著者: 卜部祐司 ,   田中信治 ,   石橋一樹 ,   瀧川英彦 ,   小刀崇弘 ,   檜山雄一 ,   田中秀典 ,   壷井章克 ,   山下賢 ,   弓削亮 ,   利田明日香 ,   有廣光司 ,   檜井孝夫 ,   岡志郎

ページ範囲:P.1617 - P.1623

要旨●Lynch症候群はミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列の病的バリアントを主な原因とする常染色体顕性(優性)遺伝形式の遺伝性腫瘍症候群で,大腸癌や子宮内膜癌をはじめとしたさまざまな臓器に悪性腫瘍が発生する疾患である.Lynch症候群は遺伝性大腸癌の中で最も頻度の高い疾患だが,海外と比較し,本邦からの頻度,治療法,予後,サーベイランス法などのエビデンスは乏しい.また近年,がんゲノムプロファイリング検査が開始され,Lynch症候群が発見される機会が増加することも示唆される.海外ではLynch症候群を登録するデータベースの整備が進みつつあるが,本邦ではまだ十分に整備されておらず,今後の構築が望まれる.

消化管過誤腫性ポリポーシスの責任遺伝子と診断基準

著者: 中山佳子 ,   倉沢伸吾 ,   鵜飼聡士 ,   佐渡智光 ,   加藤沢子 ,   岩谷勇吾 ,   岩谷舞 ,   岡本耕一 ,   高山哲治

ページ範囲:P.1624 - P.1632

要旨●Peutz-Jeghers症候群は,STK11の生殖細胞系列の病的バリアントを原因とし,食道を除く全消化管の過誤腫性ポリポーシスと皮膚・粘膜の色素斑を特徴とする.若年性ポリポーシス症候群は,消化管に若年性ポリープが多発し,SMAD4あるいはBMPR1Aの生殖細胞系列バリアントが原因として報告されている.Cowden症候群/PTEN過誤腫症候群は,PTENの生殖細胞系列の病的バリアントを原因とし,消化管,皮膚,粘膜,乳房,甲状腺,子宮内膜,脳などにおける過誤腫性病変の多発を特徴とする.3疾患はいずれも常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式を示す,希少疾患である.本稿では診断基準,消化管病変のサーベイランス・適切な治療,消化管外合併症について,3疾患の診療ガイドラインに基づき述べる.

Monogenic IBD—原因遺伝子と病態

著者: 伊藤夏希 ,   清水俊明

ページ範囲:P.1633 - P.1640

要旨●炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease ; IBD)の病因は遺伝的背景や環境要因,腸内細菌叢の異常などが複雑に相互作用し発症に至ると考えられている.特に,6歳未満で発症する超早期発症型IBD(very early onset IBD ; VEO-IBD)は,遺伝的要因がより深くその発症に関与する.2020年の本邦におけるVEO-IBD全国調査では,1割以上に遺伝学的異常があると報告され,これは単一遺伝子疾患のIBD(monogenic IBD)と呼ばれている.本邦では,17遺伝子の炎症性腸疾患遺伝子パネル検査が保険収載されたことで確定診断がつく患者も増えてきたが,一方で,遺伝子パネル検査では診断がつかないものの,病態や発症年齢からmonogenic IBDが強く疑われる症例が少なからず存在する.本稿では,当院で経験したmonogenic IBDについて症例を提示しながら解説する.

青壮年期に診断されるmonogenic IBD

著者: 梁井俊一 ,   久米井智 ,   朝倉謙輔 ,   鳥谷洋右 ,   杉本亮 ,   栁川直樹 ,   松本主之

ページ範囲:P.1641 - P.1648

要旨●成人の炎症性腸疾患(IBD)の診断において考慮すべきmonogenic IBDとして,家族性地中海熱(FMF),非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS),XIAP欠損症,慢性肉芽腫症,A20ハプロ不全症などが挙げられる.FMFは多彩な内視鏡所見を呈し,潰瘍性大腸炎とCrohn病のいずれにおいても鑑別が問題となる.これに対し,CEASは小腸型Crohn病の診断において考慮すべき疾患である.一方,筆者らはCOL2A1バリアントによって発症する先天性脊椎骨端異形成症に合併したIBDU(inflammatory bowel disease unclassified)症例も経験している.このように,成人のIBD診療においてもmonogenic IBDの考え方は常に念頭に置くべきと考えられる.

主題研究

プロトンポンプ機能異常に関連した胃NET

著者: 梅野淳嗣 ,   井原勇太郎 ,   保利喜史 ,   谷口義章 ,   川床慎一郎 ,   藤原美奈子 ,   川崎啓祐 ,   鳥巣剛弘 ,   江﨑幹宏 ,   北園孝成

ページ範囲:P.1649 - P.1658

要旨●胃神経内分泌腫瘍(NET)は発生環境の違いによりI〜III型の3つの亜型に分類される.近年,いずれの亜型とも異なる胃壁細胞の機能不全によるIV型胃NETの症例が報告されている.今回,その臨床的特徴を明らかにすることを目的とした.当科でIV型胃NETと診断した1例とI型胃NETと診断した13例を対象とし,臨床背景,画像所見,採血データおよび内視鏡治療後標本の病理組織学的所見を比較した.IV型胃NET症例では,プロトンポンプのαサブユニットをコードするATP4A遺伝子に複合ヘテロ接合体の病的変異が確認された.IV型胃NET症例では胃底腺領域内に10個程度の発赤調の粘膜下腫瘍様隆起を認めていた.背景粘膜は肥厚様であり,I型胃NETでみられるA型胃炎とは明らかに異なっていた.I型胃NETとの臨床徴候の比較では,発症時年齢やガストリン値はほぼ同等であったが,抗胃壁細胞抗体と抗内因子抗体は陰性であることと,MCVと血清ビタミンB12は正常であることが異なっていた.IV型胃NETは,プロトンポンプの機能不全に起因する遺伝性疾患と考えられ,新規の疾患概念である.

大腸鋸歯状腺腫症は遺伝性疾患か?

著者: 卜部祐司 ,   石橋一樹 ,   高砂健 ,   田中秀典 ,   壷井章克 ,   山下賢 ,   檜山雄一 ,   瀧川英彦 ,   小刀崇弘 ,   弓削亮 ,   有廣光司 ,   岡志郎

ページ範囲:P.1660 - P.1668

要旨●鋸歯状腺腫症(serrated polyposis syndrome ; SPS)は鋸歯状病変が多発する多発大腸ポリープであり,遺伝性疾患ではないと考えられている.筆者らは当院で経験したSPSについて家族歴別に臨床病理学的所見の検討を行った.この結果,大腸癌の家族歴を持つSPSでは,癌の家族歴を持たないSPSと比較して,大腸癌の合併頻度が有意に多かった.英国の消化器病学会のガイドラインではSPSの家族歴があり,若年発症,大腸癌合併を呈する場合は遺伝学的検査を推奨するとされている.今回の結果は遺伝性SPSの臨床病理学的特徴を明らかにする一助となる可能性がある.

今月の症例

中心陥凹を伴う粘膜下腫瘍様形態を呈した胃底腺型腺癌の1例

著者: 北村陽子 ,   岡本直樹 ,   岸埜高明 ,   福本晃平 ,   奥田隆史 ,   金政和之 ,   島田啓司 ,   藤田泰子

ページ範囲:P.1572 - P.1575

患者
 70歳代,男性.
既往歴
 2型糖尿病.
生活歴
 喫煙20本/day,飲酒3合/day.
現病歴
 他院で胃隆起性病変を指摘されたため,精査・加療目的に当院へ紹介され受診となった.身体所見・血液検査に異常は認めなかった.

早期胃癌研究会症例

白色調・平坦陥凹型の胃底腺粘膜型腺癌の1例

著者: 赤澤陽一 ,   上山浩也 ,   上村泰子 ,   山本桃子 ,   岩野知世 ,   内田涼太 ,   宇都宮尚典 ,   阿部大樹 ,   沖翔太朗 ,   鈴木信之 ,   池田厚 ,   竹田努 ,   上田久美子 ,   北條麻理子 ,   八尾隆史 ,   永原章仁

ページ範囲:P.1669 - P.1678

要旨●40歳代,女性.健診内視鏡検査で胃病変を認め,生検でGroup 5と診断され当院へ紹介され受診となった.胃体下部大彎前壁に10mm大,白色調の0-IIc型病変を認め,樹枝状の拡張血管を伴っていた.NBI併用拡大観察では非癌の診断であったが,辺縁部で窩間部開大の所見など上皮下腫瘍を示す所見を認め,胃底腺型腺癌と診断しESDを施行した.病理組織学的所見では,表層は非腫瘍性上皮に被覆され,上皮下で腺窩上皮と胃底腺への分化を示す腫瘍を認め,胃底腺粘膜型腺癌(Ueyama・Yao分類のType 3)と診断された.組織構築の類似性により,胃底腺粘膜型腺癌Type 3と胃底腺型腺癌との内視鏡的鑑別は困難と考えられた.

質的診断・深達度診断に苦慮した内反性増殖を呈した早期胃癌の1例

著者: 名和田義高 ,   市原真 ,   濱本英剛 ,   赤平純一 ,   平澤大 ,   松田知己 ,   長南明道

ページ範囲:P.1679 - P.1687

要旨●患者は70歳代,男性.X年に噴門部後壁に粘液が強固に付着し,開口部様の所見を伴う10mm大のわずかに隆起した病変を認めた.生検はGroup 1の診断で,以降,毎年EGDで観察されていた.X+6年にH. pylori除菌が施行された後,付着粘液の減少が観察された.病変の形態変化は乏しかったが,X+9年に再生検が施行され,高分化管状腺癌の診断となった.EUSでは第3層に境界明瞭な低エコー腫瘤を認めた.診断的治療目的にESDを施行した.病理組織学的診断は内反性増殖を示した腺癌で,わずかな粘膜筋板の断裂を認め,深達度はSM1であった.開口部様の所見を伴う癌は,内反性増殖性病変の可能性があり,深達度診断の際には注意が必要と考えられた.

--------------------

目次

ページ範囲:P.1569 - P.1569

欧文目次

ページ範囲:P.1570 - P.1570

バックナンバー・定期購読のご案内

ページ範囲:P.1568 - P.1568

早期胃癌研究会 症例募集

ページ範囲:P.1587 - P.1587

「今月の症例」症例募集

ページ範囲:P.1601 - P.1601

書評

ページ範囲:P.1688 - P.1688

次号予告

ページ範囲:P.1690 - P.1690

編集後記

著者: 藤原美奈子

ページ範囲:P.1691 - P.1691

 昨今の遺伝子解析技術の進歩は目覚ましく,癌ゲノム解析による臓器横断的な分子標的治療薬への応用や遺伝子の網羅的解析によって,癌に限らずさまざまな疾患に対する治療薬の開発スピードは加速している.消化管疾患においてもその傾向は顕著であり,その診断と治療において疾患の遺伝的背景を理解するのは大変重要な時代となった.本号は,消化管疾患に携わる者が遺伝性消化管疾患の知識を整理するのに役立つ1冊となることを願い企画した.
 序説の松本論文では,本号で掲載する遺伝性消化管疾患について簡単な紹介を記述いただいた.ぜひその後に続く主題論文への扉として一読されたい.

奥付

ページ範囲:P.1692 - P.1692

基本情報

胃と腸

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1219

印刷版ISSN 0536-2180

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?