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雑誌目次

雑誌文献

胃と腸59巻10号

2024年10月発行

雑誌目次

増大号 炎症性腸疾患2024

序説

炎症性腸疾患の診断と治療—現状と課題

著者: 江﨑幹宏

ページ範囲:P.1319 - P.1322

はじめに
 本誌増刊(大)号のテーマとして炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease ; IBD)が取り上げられるのは,1997年(32巻3号),2013年(48巻5号)に続き今回で3回目である.初回特集号から約30年が経過しようとしているが,くしくもこの30年は筆者が一人の消化器内科医としてIBD診療に携わってきた年月と重なっており,まさしくIBD領域におけるさまざまな進歩を目の当たりにしてきた.このようなIBD診療における目覚ましい進歩は,患者数の急激な増加を背景とした病態解明や診断法の確立に負うところが大きいと考えられるが,病態解明に基づいた分子標的薬の臨床応用により,以前は内科治療による改善は困難とされてきたIBDの自然史も改善可能とされるまでに至っていることはIBD患者にとって大きな福音である.一方,IBDの長期予後を確実に改善させるためには,早期診断や適切な病勢モニタリングも重要であり,この点においても種々の知見が得られている.
 今回,「炎症性腸疾患の診断と治療」という過去の2号と同じタイトルで序説を執筆させていただくにあたり,1997年と2013年の増刊号の内容を振り返りながら,IBD診療におけるこれまでの進歩と今後の課題について論じてみたい.

主題 炎症性腸疾患の病態

炎症性腸疾患の遺伝的背景

著者: 角田洋一 ,   内藤健夫 ,   岩城英也 ,   永井博 ,   下山雄丞 ,   諸井林太郎 ,   志賀永嗣 ,   木内喜孝 ,   正宗淳

ページ範囲:P.1323 - P.1330

要旨●炎症性腸疾患の大部分は遺伝的要因,環境因子,腸内細菌叢の異常が複雑に絡み合う多因子疾患である.ゲノムワイド相関解析によってその遺伝的背景は急速に明らかになる一方で,rare variantやモザイク変異など通常の遺伝子多型解析だけではわからない遺伝的背景も明らかにされつつある.遺伝的背景には人種差の影響が強く,遺伝的な疾患発症リスク予測が試みられているが,白人以外に東アジア人などのより多人種のデータの蓄積が必要である.また,monogenic IBDなど遺伝子解析が臨床につながりつつあり,今後の遺伝子解析結果の蓄積から,新たな研究や臨床応用が期待される.

炎症性腸疾患の病態形成における腸内細菌の役割

著者: 安藤朗 ,   今井隆行 ,   西田淳史

ページ範囲:P.1331 - P.1338

要旨●炎症性腸疾患(IBD)の病態において腸内細菌が重要な役割を果たしている.さまざまな免疫関連遺伝子のノックアウトマウスに自然発症するIBD類似の慢性腸炎は無菌環境下では発症しない.また,IBDの病変は腸内細菌の豊富に存在する回腸末端〜大腸に好発する.これらの知見が腸内細菌叢に対する免疫応答の異常がIBDの発症において重要な役割を担っていると考えられる根拠となっている.IBDの腸内細菌叢の変化(dysbiosis)は,酪酸産生菌(Faecalibacterium,Roseburia,Ruminococcusなど)の減少,Pseudomonadota(旧Proteobacteria)門(Enterobacteriaceaeなど)の増加に特徴付けられる.これらの変化は管腔内での酪酸産生の低下から制御性T細胞の誘導異常などを来し,IBDの発症,持続につながると考えられている.

炎症性腸疾患のサイトカインプロファイル

著者: 横山佳浩 ,   菓裕貴 ,   仲瀬裕志

ページ範囲:P.1339 - P.1346

要旨●炎症性腸疾患(IBD)は潰瘍性大腸炎(UC)とCrohn病(CD)の2つに大きく分けられる.UCはTh2細胞優位,CDはTh1細胞優位の病態と考えられていたが,近年ではそれ以外にもTh17細胞やTh9細胞,B細胞,そして自然免疫などのさまざまな免疫異常がその病態を形成していることが明らかとなった.さらに動物実験モデルの検討から,IBDは発症の早期と後期において異なるサイトカインパターンを示していること,ヒトサンプルを用いたデータでも罹患時期および個々人において異なるサイトカインプロファイルを有していることが明らかとなった.このような多様性に富んだIBDの病態を理解し,時期と個々人に応じた個別化医療を実践していくことが今後の課題である.

炎症性腸疾患とバイオマーカー

著者: 河合幹夫 ,   藤平雄太郎 ,   白石哲也 ,   八木聡一 ,   髙木康宏 ,   池ノ内真衣子 ,   佐藤寿行 ,   上小鶴孝二 ,   横山陽子 ,   富田寿彦 ,   福井広一 ,   新﨑信一郎

ページ範囲:P.1347 - P.1355

要旨●炎症性腸疾患(IBD)の疾患活動性評価については,内視鏡検査を代替しうる低侵襲で反復性の高いモニタリング方法が求められてきた.本邦においては,炎症性バイオマーカーとして2017年に便中カルプロテクチン(FC),2020年に血清ロイシンリッチα2グリコプロテイン(LRG),2024年には潰瘍性大腸炎(UC)に対して尿中プロスタグランジンE主要代謝物(PGE-MUM)が保険収載され,旧来の血清CRP・赤沈・免疫学的便潜血検査(FIT)などと組み合わせてより安価かつ簡便で正確な疾患活動性を経時的にモニタリングできるようになってきている.個々のマーカーの特徴を把握し適切に組み合わせることで,適切な内視鏡検査のタイミングを含めた診療・適切な治療方針決定につなげることが期待される.

炎症性腸疾患の診断

炎症性腸疾患の診断基準と鑑別診断

著者: 松浦稔 ,   齋藤大祐 ,   大森鉄平 ,   久松理一

ページ範囲:P.1356 - P.1365

要旨●炎症性腸疾患(IBD)は潰瘍性大腸炎とCrohn病に大別され,いずれの疾患も特徴的な腸管病変を確認することがその診断に重要である.しかしながら,これらの所見はあくまでIBDの基準的所見であり,内視鏡所見のみでIBDの診断を確定することは困難である.IBD診断の原則は除外診断であり,IBDの確定診断で最も重要なことは類似の症状や腸管病変を呈する他の疾患を除外することである.それゆえ,このような疾患の特徴を理解することはIBDと多岐にわたる消化管の炎症性疾患を鑑別するうえで有用である.本稿では,IBDの診断手順と鑑別診断のポイントについて概説する.

炎症性腸疾患の腸管外合併症

著者: 猿田雅之 ,   米永健徳 ,   福田健志 ,   尾尻博也 ,   梅澤慶紀 ,   勝田倫江 ,   朝比奈昭彦 ,   市原巧介 ,   増田洋一郎 ,   中野匡

ページ範囲:P.1366 - P.1378

要旨●潰瘍性大腸炎(UC)とCrohn病(CD)に代表される炎症性腸疾患(IBD)はさまざまな合併症を生じることがあり,発症部位により“腸管合併症”と“腸管外合併症”に分類する.腸管合併症には,腸管の狭窄や瘻孔,消化管癌などがあり,腸管外合併症には,関節,皮膚,肝胆膵,腎尿路,血管,眼などの全身臓器に多彩な病変が認められる.具体的には,関節の脊椎関節炎,皮膚の結節性紅斑,壊疽性膿皮症,帯状疱疹などが高頻度に認められ,自己免疫性膵炎や原発性硬化性胆管炎,腎尿路結石,血管炎,ぶどう膜炎なども認める.一方で病勢に伴い発症する血栓塞栓症はIBDの病勢よりも重篤となることがあり注意を要する.

炎症性腸疾患の病理診断

著者: 藤原美奈子 ,   谷口義章 ,   立石悠基

ページ範囲:P.1379 - P.1389

要旨●炎症性腸疾患の肉眼像は多彩であり,組織像を集積した結果である.ゆえに肉眼像と対応する組織像を理解することは,炎症性腸疾患の病理診断を行ううえで重要である.潰瘍性大腸炎の肉眼像の基本は,①連続した褐色調粘膜,②不整顆粒状粘膜,③多発びらん・小潰瘍,④偽ポリポーシスである.組織像の基本は,①basal plasmacytosisを伴う連続性慢性活動性炎症,②陰窩底部の破壊を伴う陰窩膿瘍,③溝状の粘膜欠損,④広範な潰瘍による島状残存粘膜である.Crohn病の肉眼像の基本は,①アフタ,②小潰瘍・地図状潰瘍,③小腸間膜付着側あるいは結腸ひも上の縦走潰瘍,④敷石像・炎症性ポリポーシスである.リンパ球集簇を主とする壁全層性炎症で,非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を伴う組織像がCrohn病の基本であり,基本的肉眼像と対応する組織像は①粘膜筋板周辺のリンパ濾胞性活動性炎症,②限局性の高度炎症と粘膜破壊による裂溝,③縦走潰瘍,④不連続性潰瘍による島状残存粘膜である.生検組織診断には,陰窩のねじれとbasal plasmacytosisを伴うびまん性密な慢性炎症がカギであり,Crohn病では炎症の巣状〜不均衡性分布と肉芽腫の評価に注意が必要である.

炎症性腸疾患の画像所見

潰瘍性大腸炎の内視鏡所見

著者: 山下賢 ,   洪伸有基 ,   有吉美紗 ,   高砂健 ,   壷井章克 ,   田中秀典 ,   檜山雄一 ,   瀧川英彦 ,   岸田圭弘 ,   卜部祐司 ,   上野義隆 ,   桑井寿雄 ,   岡志郎

ページ範囲:P.1390 - P.1399

要旨●活動期潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis ; UC)の典型的な内視鏡像は,直腸から連続したびまん性の炎症所見(血管透見像消失,細顆粒状粘膜,びらん,潰瘍)である.また,寛解期UCの内視鏡所見は活動期の炎症の程度によって異なった所見を呈する.炎症の程度が低い場合には,寛解期粘膜の判定に拡大内視鏡観察も有用である.MES(Mayo endoscopic subscore)やUCEIS(ulcerative colitis endoscopic index of severity)を用いて内視鏡的活動性を客観的に評価することが可能である.UCは除外診断のため,鑑別が必要な炎症性腸疾患の内視鏡所見も熟知しておく必要がある.

Crohn病の小腸・注腸X線所見

著者: 梅野淳嗣 ,   川崎啓祐 ,   藤岡審 ,   松野雄一 ,   長末智寛 ,   鳥巣剛弘

ページ範囲:P.1400 - P.1408

要旨●Crohn病の診断において,X線造影検査は重要な役割を果たす.微小病変の描出は難しいものの,粗大病変の全体像や局在の把握において内視鏡検査よりも優れており,癒着や狭窄病変が存在する場合でも評価が可能である.瘻孔の描出や経時的変化の追跡にも有用であり,内視鏡検査を補完する重要な手段である.

Crohn病の小腸・大腸内視鏡所見

著者: 渡辺憲治 ,   高嶋祐介 ,   伊藤顕太郎 ,   渡邊かすみ ,   皆川知洋

ページ範囲:P.1409 - P.1413

要旨●本邦のCrohn病診断基準は欧米に比べ,画像検査所見を主体に主要所見と副所見の組み合わせで,明確に確診例と疑診例の診断基準を示している特徴がある.正確な診断は診療の基盤であり,精度の高い内視鏡検査で,自分で診断できるように学ぶ必要がある.Crohn病においては小腸や直腸肛門部の観察も重要で,各種内視鏡検査の特徴と注意点を理解して検査を施行すべきである.

炎症性腸疾患の上部消化管病変

著者: 久部高司 ,   髙津典孝 ,   古賀章浩 ,   安川重義 ,   武田輝之 ,   三雲博行 ,   髙橋篤史 ,   金光高雄 ,   小野陽一郎 ,   宮岡正喜 ,   二村聡

ページ範囲:P.1414 - P.1422

要旨●Crohn病(CD)や潰瘍性大腸炎(UC)は,原因不明の炎症性腸疾患である.全消化管に病変を認めるCDでは上部消化管病変として,竹の節状外観や十二指腸に縦走するノッチ様陥凹などの所見が診断の補助として重要視され,さらに口腔内や食道に多発するアフタを認める.一方,基本的にUCは大腸に限局してびまん性に粘膜に炎症を来す疾患であるが,上部消化管病変としてびまん性・連続性に大腸病変に類似した顆粒状粘膜,びらん,易出血性・脆弱性粘膜,潰瘍などを認めることが明らかとなっている.CDやUCの診断や鑑別が困難な症例も少なからず経験され,上部消化管病変が診断の補助となる可能性があり,形態学的特徴や臨床経過を理解しておくことは診断および治療を行ううえで重要となる.本稿では,CDとUCの上部消化管病変の画像所見および治療について概説した.

炎症性腸疾患におけるカプセル内視鏡

著者: 大森鉄平

ページ範囲:P.1423 - P.1433

要旨●炎症性腸疾患はCrohn病(CD)と潰瘍性大腸炎(UC)があり,ともに内視鏡検査による粘膜面の評価は重要である.カプセル内視鏡検査は低侵襲に粘膜評価を可能とするツールとして実臨床で用いられている.しかしCDには滞留リスクがあり,開通性評価の厳格な判定の必要性が求められる.またCDの病態は炎症と狭窄が混在するため,スコア値の解釈など課題がある.UCに関しては保険適用を十分に加味して患者選択をしなければいけないことや,炎症関連腫瘍のサーベイランスには用いることが困難なこと,さらなる前処置の改良などの課題点が挙げられる.しかし,非侵襲的に粘膜面を観察できるカプセル内視鏡システムは魅力的であり,さらなる発展が期待される.

炎症性腸疾患における腸管エコー

著者: 佐上晋太郎 ,   小林拓

ページ範囲:P.1435 - P.1444

要旨●炎症性腸疾患(IBD)の診療において,腸管エコー(IUS)は,寛解導入療法の効果判定や維持期のモニタリング,膿瘍や狭窄などの腸管合併症を有する患者群に対して,非侵襲的かつ迅速に治療方針を決定するための有用なツールである.腸壁厚,壁内血流の増加,壁構造の喪失が診断精度の高い指標であり,評価すべきパラメーターとなる.さらに,IUSは妊娠中や小児,高齢患者などの特定の集団においても安全に使用できる.今後,技術の普及と標準化が進むことで,IBD診療の中核的なツールとしてさらに重要性を増すことが期待される.

Crohn病におけるCT・MRI検査

著者: 橋本真一 ,   松本怜子 ,   浜本果歩 ,   大木美穂 ,   児玉愛実 ,   山本美音 ,   吉松祐希 ,   中村克彦 ,   山本一太 ,   青山将司 ,   伊藤駿介 ,   五嶋敦史 ,   浜辺功一 ,   西川潤 ,   高見太郎

ページ範囲:P.1445 - P.1452

要旨●小腸病変はCrohn病の予後に関わる重要な因子であり正確な評価が望まれるが,狭窄などの消化管合併症により内視鏡単独では小腸全体の評価が難しい症例を経験する.CT/MR enterographyの開発により腸管炎症と消化管合併症を俯瞰的に評価することが可能となり,CT・MRIはCrohn病診療における重要な検査法となった.本稿においてはCT・MRIを実臨床において有効に使用するために,それぞれの有用性だけでなく欠点についても解説した.今後,本邦におけるCT・MRIの適切な位置付けに関するエビデンスの蓄積が望まれる.

炎症性腸疾患の内科治療

基本治療薬(5-ASA製剤,副腎皮質ステロイド,チオプリン製剤)

著者: 平岡佐規子 ,   石黒美佳子 ,   豊澤惇希 ,   青山祐樹 ,   井川翔子 ,   竹内桂子 ,   山崎泰史 ,   井口俊博 ,   衣笠秀明 ,   髙原政宏 ,   大塚基之 ,   金谷信彦 ,   近藤喜太 ,   田中健大

ページ範囲:P.1453 - P.1461

要旨●近年,分子標的薬を中心として新規薬剤が増えたが,炎症性腸疾患(IBD)の基本治療は,5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤,副腎皮質ステロイド,チオプリン製剤である.5-ASA製剤は安全性が高く,軽症〜中等症IBD患者の第一選択薬であるが,副作用の一つである“5-ASA不耐”は,IBDの悪化との鑑別が難しいため注意が必要である.副腎皮質ステロイドはIBD治療において寛解導入効果が最も高い薬剤の一つであり,即効性も期待できる.チオプリン製剤の効果発現は緩徐であるが,単剤でのIBD難治例の寛解維持効果だけでなく,抗体製剤に併用することで有効性を向上させる効果もある.副腎皮質ステロイドやチオプリン製剤は,比較的副作用が多いが,理解して適切に使うべき薬剤である.

血球成分吸着除去療法

著者: 長沼誠

ページ範囲:P.1463 - P.1471

要旨●炎症性腸疾患に対する血球成分吸着除去療法はステロイド抵抗例・依存例に対して使用されるが,近年生物学的製剤の開発に伴い,使用される症例が限定されている.一方で他の治療法と同様に内視鏡的寛解や粘膜治癒効果も確認されている.筆者は治療選択するうえで内視鏡的活動度や臨床背景を考慮して治療を決めている.血球成分吸着除去療法の好適症例は,内視鏡的に中等症の症例,広範な粘膜脱落を伴う潰瘍を要しない症例,高齢者や何らかの感染症を合併しており治療の選択において安全性が重視されるような症例などである.

生物学的製剤

著者: 杉本健

ページ範囲:P.1473 - P.1480

要旨●近年,炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease ; IBD)の難治例に対する治療選択肢として多くの生物学的製剤が登場してきた.IBDに対する生物学的製剤は炎症性サイトカインをターゲットにしたものとインテグリンをターゲットにしたものに大きく分けることができる.サイトカインをターゲットにするものとしては,抗TNFα抗体製剤,抗IL-12/IL-23p40抗体製剤,抗IL-23p19抗体製剤,の3種類に大きく分類することができる.抗インテグリン製剤はIBDに使用できるものとしては抗α4β7インテグリン抗体製剤であるベドリズマブのみであるが,抗サイトカイン抗体製剤との作用機序は大きく異なることから,患者のサイトカインプロファイルや病態を考えたうえでこれら生物学的製剤による治療選択を行うことが重要となる.

低分子化合物(JAK阻害薬・経口インテグリン阻害薬を中心に)

著者: 中村志郎 ,   柿本一城 ,   宮嵜孝子 ,   平田有基 ,   𥔎山直邦 ,   原あずさ ,   小柴良司 ,   中沢啓 ,   水田昇 ,   西川浩樹

ページ範囲:P.1481 - P.1493

要旨●炎症性腸疾患の領域では,2000年以降多数のバイオ製剤が登場し,内科治療の成績は大きく改善されてきている.近年,JAK阻害薬を筆頭として経口の低分子化合物が登場し,バイオ製剤とは異なる作用機序や薬剤特性を示す新たな治療選択肢として非常に注目されて来ている.そこで本稿では,炎症性腸疾患の内科治療における低分子化合物について,JAK阻害薬と経口インテグリン阻害薬を中心に,まず基礎的な各薬剤の作用機序と薬剤特性について解説し,さらに臨床的な有効性と安全性について,臨床試験と最近のリアルワールドにおける報告を概説し,各薬剤のポジショニングについて考察した.

Crohn病における内視鏡的バルーン拡張術

著者: 林宏樹 ,   矢野智則 ,   坂本博次 ,   小黒邦彦 ,   大和田潤 ,   小野友輔 ,   小林卓真 ,   宮原晶子 ,   田丸智子 ,   木下翼 ,   水田優実 ,   山本博徳

ページ範囲:P.1495 - P.1502

要旨●Crohn病は再燃・寛解を繰り返すことで,消化管に狭窄を形成して難治化していくことが多い.腸管切除や狭窄形成術を行うことで狭窄の解除はできるが,術後も再燃する.手術回避に内視鏡的バルーン拡張術(endoscopic balloon dilation ; EBD)は有用である.特に有症状の狭窄や,口側腸管の拡張を伴う狭窄に関してはEBDのよい適応である.寛解状態での施行が望ましく,術前に血液検査や画像検査で病勢・範囲を把握する.内視鏡時に炎症が残存していた場合には治療強化を行うことで,再狭窄の予防が期待できる.実際の内視鏡治療にはいくつかのコツがあり,実際の症例も提示しながら当施設でのEBDについて解説する.

炎症性腸疾患の外科治療

潰瘍性大腸炎の外科治療

著者: 板橋道朗 ,   谷公孝 ,   二木了 ,   小川真平

ページ範囲:P.1503 - P.1514

要旨●自然肛門温存術である大腸全摘回腸囊肛門吻合術(IPAA)と大腸全摘回腸囊肛門管吻合術(IACA)が,潰瘍性大腸炎(UC)に対する標準術式である.手術適応の症例においては,癌化例の比率が増加している.腹腔鏡手術の短期成績は開腹手術と同等であるが,患者の状態や栄養状態,併存症などのさまざまな病態を考慮して腹腔鏡手術や分割手術を選択する.緊急手術例で死亡率が高く,高齢初発患者は手術率が高いことを念頭に,内科医と十分な連携をとり適切なタイミングで手術を決定しなければならない.pouch機能不全の発生率は5年以上の研究では7.7%,10年以上では10.3%であった.手術成績は向上しQOLが保たれているが,長期の経過観察が重要である.

Crohn病の外科治療

著者: 内野基 ,   池内浩基

ページ範囲:P.1515 - P.1520

要旨●Crohn病の手術は腸管病変と肛門病変に対して行われる.それらの手術適応には狭窄,出血,瘻孔,膿瘍,癌化が含まれるが,こうした腸管または肛門合併症の程度により内科的治療を先行すべき場合や,適切な手術タイミングが明確でない場合がある.手術の原則は最小限の腸管切除,残存腸管の温存であるが,基本的に穿孔性病変は手術適応となる.最終的に短腸症候群となることを避けるべく,術前の病変や全身状態のコントロール,術中の工夫,術後の再発予防治療など常に内科,外科双方向からの治療アプローチが重要となる.肛門病変では若年者に多い疾患であるため永久的人工肛門を回避すべく治療計画が立てられることが多いが,癌化の問題も常に意識し治療にあたる必要がある.

炎症性腸疾患の長期経過

潰瘍性大腸炎の長期予後

著者: 蓮井桂介 ,   平賀寛人 ,   太田真二 ,   浅利享 ,   澤田洋平 ,   立田哲也 ,   川口章吾 ,   菊池英純 ,   珍田大輔 ,   明本由衣 ,   坂本義之 ,   袴田健一 ,   福田眞作 ,   櫻庭裕丈

ページ範囲:P.1521 - P.1530

要旨●緒言:潰瘍性大腸炎(UC)は,治療選択肢が増え,粘膜治癒を目標とすることが可能となった.本研究では生物学的製剤登場前後でのUCの予後の検討を行った.方法:1966年1月1日〜2024年3月31日の期間にUCと診断され当科で治療を行った症例,当院外科で手術が行われた症例,また他施設からの紹介で手術が行われた症例を対象とし,2010年の前後で比較を行った.結果:症例は328例であり,手術例50例,非手術例278例であった.手術理由は,内科治療抵抗性が37例(74.0%),潰瘍性大腸炎関連腫瘍(UCAN)が13例(26.0%)であり,2015年以降はUCAN症例の割合が増加した.2010年以降非手術例は5次治療以上の症例を6.8%認め,薬物選択肢の増加による手術回避例の増加が示唆された.

Crohn病の長期予後

著者: 今給黎宗 ,   芦塚伸也 ,   犬尾和子 ,   柯懿玲 ,   木村俊大 ,   黒木大世 ,   能丸遼平 ,   松岡弘樹 ,   久能宣昭 ,   船越禎広 ,   塩川桂一 ,   長谷川傑 ,   平井郁仁

ページ範囲:P.1531 - P.1542

要旨●Crohn病は再燃・寛解を繰り返す慢性の炎症性腸疾患である.初期には炎症型が多いが,経時的に狭窄型・穿通型に進展し,手術に至ることも少なくない.しかし抗TNFα抗体製剤が登場したことで治療成績は大きく飛躍し,症状のみならず粘膜治癒を目指せるようになった.現在ではtreat to targetの概念に基づいた治療戦略が提唱されている.近年では作用機序の異なる生物学的製剤が複数開発され,内科治療は年々進化を遂げている.このような治療の進歩により入院,手術,腸管合併症などの長期予後は徐々に改善していると言えよう.一方で効果減弱や薬剤選択といった新たな問題を生み出している.術後再発率も依然として高い.真の長期予後の評価には,今後もさらなる疫学調査が必要である.

潰瘍性大腸炎の腫瘍発生

著者: 梁井俊一 ,   鳥谷洋右 ,   平井みなみ ,   杉本亮 ,   栁川直樹 ,   松本主之

ページ範囲:P.1543 - P.1550

要旨●潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis ; UC)の有病率の上昇に伴いUC関連腫瘍(UC associated neoplasia ; UCAN)が増加している.UCANの発癌経路として,前癌病変である異型上皮(dysplasia)を介したinflammation-dysplasia carcinoma sequenceが想定されている.一方,UCにおいても通常の腺腫が発生し,これらは散発性腫瘍(sporadic neoplasia ; SN)と呼ばれている.しかし,UCANとSNを厳密に区別することは容易ではない.また,UCANの検出法として色素内視鏡検査や拡大内視鏡検査の有用性が報告されているが,病変範囲や深達度を厳密に診断することが困難な症例も少なくない.近年では内視鏡治療の有効性および安全性が報告されているが,その局所治療効果や長期治療成績については今後の課題である.

Crohn病関連消化管癌

著者: 小金井一隆 ,   辰巳健志 ,   黒木博介 ,   後藤晃紀 ,   小原尚 ,   中尾詠一 ,   杉田昭 ,   林宏行

ページ範囲:P.1552 - P.1565

要旨●Crohn病の発症後長期経過例には消化管癌が発生し,本邦では直腸肛門管癌(痔瘻癌を含む)が半数以上を占める.粘液癌をはじめとする悪性度が高い組織型が多く,術前診断できない症例もあり,進行癌で診断され,予後は著しく不良である.予後改善には,早期発見と手術時の断端陰性の確保が重要と考えられる.欧米で推奨されている潰瘍性大腸炎と同様のサーベイランス内視鏡は,肛門病変合併例が多い本邦では施行困難な場合も多い.直腸肛門管癌の早期診断には発症後長期経過例を対象として,内視鏡検査の他にも麻酔下生検,分泌物の細胞診による病理組織診断や骨盤MRIあるいはCT,腫瘍マーカーの測定などを積極的に継続して施行することが重要である.

ノート

高齢発症炎症性腸疾患

著者: 堀内知晃 ,   吉留佑太 ,   田原寛之 ,   綾木花奈 ,   西村弘之 ,   冨岡明 ,   成松和幸 ,   東山正明 ,   冨田謙吾 ,   高本俊介 ,   穂苅量太

ページ範囲:P.1566 - P.1570

要旨●高齢の炎症性腸疾患(IBD)患者を診療する機会は増えている.高齢者では感染症のリスクや併存疾患が増加することから,より慎重に診療を行うことが求められる.高齢IBDの中でも高齢発症IBDは若年発症IBDと臨床的特徴が異なることが示唆されている.本邦の報告では,高齢発症潰瘍性大腸炎は年齢が上昇するに従って活動性が漸増することが示されている.近年新規の治療薬が次々と開発されており,高齢者に対する安全で有効な治療のエビデンス構築が期待される.

妊娠・出産と炎症性腸疾患

著者: 横山薫

ページ範囲:P.1571 - P.1576

要旨●炎症性腸疾患(IBD)の女性患者は治療中に妊娠・出産可能な年代を迎えることが多い.母体のIBDが寛解状態にあることが妊娠・出産の良好な転帰をもたらすとされ,妊娠前にIBDを寛解させることが推奨されている.本邦で保険適用されているIBD治療薬の多くは治療による有益性が投薬による有害性を上回るため,原則的に妊娠中も治療継続が可能であり,出産後の授乳も可能なものが多い.IBD治療薬への正しい知識がないがために胎児への悪影響を気にして治療を中止し再燃することは避けなければならない.IBDの女性患者にはIBDにおける妊娠や薬物療法の考え方を妊娠前から説明しておくことが重要である.

遊走性抗原提示細胞の異常から考えるCrohn病の病態

著者: 児玉真 ,   阿部佳子 ,   山名哲郎 ,   八尾隆史

ページ範囲:P.1577 - P.1580

要旨●Crohn病では,類上皮細胞肉芽腫,リンパ管異常,三次リンパ組織の過形成などの比較的特徴的な組織学的所見がみられる.また肉芽腫はリンパ管内や三次リンパ組織内にもしばしば認められるが,その性質や意義はよくわかっていない.これらの構造物に免疫学的な解析や考察を行ったところ,類上皮細胞肉芽腫が抗原提示細胞であり,Crohn病における異常に活性化した獲得免疫の惹起に関連している可能性が示された.

トピックス 炎症性腸疾患診断・活動性評価における新たな取り組み

AIの応用

著者: 前田康晴 ,   工藤進英 ,   小形典之 ,   高林馨 ,   竹中健人 ,   小原淳 ,   黒木貴典 ,   瀧島和美 ,   小川悠史 ,   若村邦彦 ,   林武雅 ,   馬場俊之 ,   根本哲生 ,   緒方晴彦 ,   大塚和朗 ,   三澤将史

ページ範囲:P.1581 - P.1585

はじめに
 人工知能(artificial intelligence ; AI)の医療分野への応用は,特に2010年代に畳み込みニューラルネットワーク(convolutional neural network ; CNN)を含むディープラーニングの台頭によって始まった.近年,内視鏡AIの活用は,開発段階から臨床導入へと移行している.しかし,炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease ; IBD)患者を対象とした内視鏡AIの実用化は限られている.また,デジタル病理とAIの融合も注目を集めている.本稿では,特に潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis ; UC)に対するAI活用の可能性を,医師主導研究を参考に考察する.

画像強調内視鏡の応用

著者: 内山和彦 ,   髙木智久 ,   内藤裕二

ページ範囲:P.1587 - P.1595

はじめに
 潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis ; UC)の治療目標は粘膜治癒であり,粘膜治癒を達成することでその後の手術率の低下や長期寛解維持が可能となることは周知の事実である.UCの粘膜治癒診断は内視鏡の通常光を用いたMES(Mayo endoscopic subscore)が最も一般的であり,世界中で汎用されている1).しかし,MESで粘膜治癒と定義されているMES 0と診断されたUC患者においても,その後の臨床経過で一定数の再燃を認めることも明らかである.したがって,従来のMESを用いた診断では再燃を認めない完全な粘膜治癒を診断することは困難である.そこで近年,画像強調内視鏡(image enhanced endoscopy ; IEE)技術の新規開発に伴い,さまざまなIEEを用いてUCの粘膜を診断する試みが多くなされている.IEEは現在Fig.1のように分類されており2),この中でUCの粘膜診断で報告されているLCI(linked color imaging),RDI(red dichromatic imaging),構造色彩強調画像(texture and color enhancement imaging ; TXI),狭帯域光観察(narrow band imaging ; NBI),i-Scan,自家蛍光イメージング(autofluorescence imaging ; AFI)について,UCの粘膜炎症を評価している報告数の順に,その有用性に関して本稿では最新の知見をもとに述べる.

炎症性腸疾患に対する新たな内視鏡治療の試み

潰瘍性大腸炎術後の難治性骨盤内膿瘍に対する内視鏡的開窓術

著者: 田中秀典 ,   竹原悠大 ,   森元晋 ,   谷野文昭 ,   山本紀子 ,   上垣内由季 ,   壷井章克 ,   山下賢 ,   檜山雄一 ,   瀧川英彦 ,   卜部祐司 ,   岡志郎

ページ範囲:P.1596 - P.1598

はじめに
 潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis ; UC)に対する外科手術の標準術式は大腸全摘・回腸囊肛門吻合術(ileoanal anastomosis ; IAA)であり,その機能的治療成績は良好である一方で,縫合不全,骨盤内膿瘍,肛門部狭窄,難治性瘻孔などの合併症が生じることがある1)2).これらの合併症に対してはサルベージ手術が行われることが多いが,サルベージ手術後の回腸囊温存率は50〜97%,回腸囊機能率は48〜93%と十分な治療成績とは言えず,治療に難渋し結果的に永久人工肛門を余儀なくされることも少なくない2)〜4).近年,骨盤内膿瘍に対しては,内視鏡による低侵襲治療が試みられており,本稿ではその手技と治療成績について解説する.

Crohn病の腸管切除後吻合部狭窄に対するRadial Incision and Cutting法

著者: 諸井林太郎 ,   志賀永嗣 ,   岩城英也 ,   永井博 ,   下山雄丞 ,   内藤健夫 ,   角田洋一 ,   正宗淳

ページ範囲:P.1599 - P.1602

はじめに
 当科では下部消化管良性狭窄に対しRIC(radial incision and cutting)法を用いた内視鏡的拡張術の臨床研究を行っている1)〜3).炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease ; IBD)術後吻合部狭窄の他,大腸腫瘍術後吻合部狭窄,IBDの粘膜治癒による狭窄などさまざまな原因による腸管狭窄に対してRICを行っているが,本稿ではCrohn病(Crohn's disease ; CD)術後吻合部狭窄に対するRICについて述べる.

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ページ範囲:P.1314 - P.1315

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ページ範囲:P.1316 - P.1317

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.1604 - P.1604

編集後記 フリーアクセス

著者: 松本主之

ページ範囲:P.1605 - P.1605

 本増大号は炎症性腸疾患をテーマに企画された.実は,編集委員会のテーマ選択の段階において“炎症性腸疾患を取り上げること”の議論が繰り広げられた.その要因として,消化管専門医の間でさえこの領域に関する関心に個人差があるためではないか,と編集委員の皆さまのさまざまなご意見を拝聴しながら考えていた.ところが,担当編集委員が練りに練って作成した企画を検討する際はスムーズに議論が進んだ.すなわち,項目立てはほぼ企画案のまま採用され,執筆者の選定に若干の時間を要しただけで最終案が決定された.これは担当編集委員が作成した企画案が秀逸であったことが主たる原因と思われる.と同時に,炎症性腸疾患の診断と治療がわずか十数年の間に変貌し,多岐にわたる大変魅力的な企画となったことも忘れてはならない.
 21世紀を迎えて20年以上経過し,炎症性腸疾患の臨床には新たな疾患概念と診断モダリティー,および新規治療法が次々と導入された.すなわち,分子生物学的解析に基づいた疾患分類,小腸内視鏡,MRIなどを用いた消化管病変の総合的評価,臨床バイオマーカー,そして生物学的製剤や低分子化合物などの新規薬剤が広く用いられるに至っている.一方,爆発的患者数の増加により,Crohn病と潰瘍性大腸炎の疫学や自然史も近年大きく変化している.すなわち,炎症性腸疾患の臨床におけるダイナミズムを知ることは,患者を診療する者として極めて重要と考えられる.

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ページ範囲:P.1606 - P.1606

基本情報

胃と腸

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1219

印刷版ISSN 0536-2180

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