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雑誌目次

雑誌文献

胃と腸59巻9号

2024年09月発行

雑誌目次

今月の主題 食道運動障害の診断と治療 序説

食道運動障害の診断と治療

著者: 栗林志行

ページ範囲:P.1187 - P.1194

はじめに
 嚥下をすると食道では上部から下部に伝播する蠕動波(一次蠕動波)が生じ,食道内のボーラスが上部から下部に運ばれる.また,通常は食道胃接合部(esophagogastric junction ; EGJ)は高圧帯を形成しており,胃食道逆流を防いでいるが,嚥下に伴い一過性にEGJが弛緩することにより,食道内を運ばれてきたボーラスが食道から胃に流入することができる.この一連の運動が障害される疾患が,食道運動障害である.食道アカラシアが代表的な疾患であるが,障害される部位や障害の内容が異なる食道運動障害もある.
 後述する高解像度食道内圧検査(high-resolution manometry ; HRM)の登場とHRMを用いた食道運動障害の分類であるシカゴ分類が提唱され,食道運動障害の診断は大きく変化した.また,内視鏡的筋層切開術(per-oral endoscopic myotomy ; POEM)が開発され,食道運動障害が内視鏡で治療できるようになり,食道運動障害はパラダイムシフトを遂げている.

主題

High-resolution manometryとシカゴ分類

著者: 秋山純一 ,   竜野稜子 ,   赤澤直樹 ,   横井千寿

ページ範囲:P.1195 - P.1204

要旨●シカゴ分類は,HRMの所見を用いて食道運動障害を分類するスキームである.シカゴ分類第4版(CC v4.0)における主な変更点としては,標準化されたHRMプロトコル(臥位,座位,負荷テストなど)が考案されたこと,EGJOOの診断基準が改定されたこと,IEMの診断基準が厳格化したことなどである.これにより,食道蠕動運動障害やEGJ通過障害のパターンについての,より標準的で厳密な判定基準が提示された.

食道運動障害の病理学的特徴

著者: 根本哲生 ,   小原淳 ,   林武雅

ページ範囲:P.1205 - P.1211

要旨●食道アカラシアに代表される食道運動障害は,食道筋弛緩障害による病態で,生理学的に定義・分類されるが,その本質的な原因はいまだ不明である.食道アカラシアの病理所見は,肉眼的には食道胃接合部付近の狭窄,その口側での横径の拡大,食道長の延長であり,病理組織学的には拡張部での食道筋層間の神経叢での神経細胞・神経線維の変性,減少,消失,細胞傷害性T細胞を含むリンパ球浸潤である.食道筋層,特に内側輪走筋層の肥厚も多くの例の拡張部で観察される.二次性のアカラシアは腫瘍性・非腫瘍性に食道運動に関与する神経系が障害されることで発症する.食道アカラシアの拡張部では食物の停滞などによる刺激が持続するため,炎症性・反応性に上皮の過形成を起こすことがある.食道アカラシア症例では癌の発生頻度が上昇することが知られている.病理学的に腫瘍の初期病変を反応性病変と鑑別することは重要であるが,炎症性・反応性過形成にも異型を伴うことが多いため,それはしばしば極めて困難である.

食道運動障害の内視鏡診断

著者: 星川吉正 ,   岩切勝彦

ページ範囲:P.1213 - P.1218

要旨●食道運動障害の確定診断には食道内圧検査が必須である.しかし,専門施設でしか食道内圧検査は施行されておらず,内視鏡検査によるスクリーニングが重要である.拡張食道に大量残渣という典型的な所見に加えて,“esophageal rosette”,“gingko-leaf sign”,“champagne glass sign”,“pinstripe pattern”がアカラシアの内視鏡診断に有用である.また螺旋状収縮や同心円状の異常収縮像が,distal esophageal spasm,hypercontractile esophagus,Type IIIアカラシアに特徴的な所見であると考えられている.スクリーニング内視鏡におけるこれらの所見の診断精度は不明であり,内視鏡所見だけでなく病歴や食道造影所見で疑わしい場合には,専門施設への紹介が望まれる.

食道運動障害のX線診断

著者: 畑佳孝 ,   水流大尭 ,   和田将史 ,   蓑田洋介 ,   白暁鵬 ,   田中義将 ,   荻野治栄 ,   伊原栄吉

ページ範囲:P.1219 - P.1228

要旨●高解像度食道内圧検査(HRM)の開発と食道運動障害の国際分類であるシカゴ分類が提唱されたことで,食道運動障害(EMD)の診療が飛躍的に発展した.EMD診断のゴールドスタンダードはHRMとなったが,いまだ検査可能な施設は限られており,日常診療におけるEMDの拾い上げ検査として食道X線造影検査にかかる期待は大きい.本稿では古典的食道X線所見(正常,数珠様・コークスクリュー様,無蠕動・微弱蠕動)に加えて,筆者らが新規に提唱する波様,下部食道バルーニングも含めた各食道X線所見について解説した.これらの食道X線所見を用いることで,EMDの拾い上げに対する食道X線造影検査の感度(79.4%)と特異度(88%)は満足な結果であった.食道X線造影検査のみでHRMに基づくEMDの確定診断を行うことは困難であるが,日常診療におけるEMD拾い上げ検査としては,食道X線造影検査は有用な検査として位置付けられる.

食道運動障害に対する薬物治療およびバルーン拡張術

著者: 眞部紀明 ,   武家尾恵美子 ,   小西貴子 ,   中村純 ,   綾木麻紀 ,   藤田穰 ,   畠二郎 ,   春間賢

ページ範囲:P.1229 - P.1238

要旨●食道運動障害患者によくみられる嚥下困難感症状は,患者の生活の質に多大な影響を及ぼし,特に高齢者ではフレイルのみならず誤嚥性肺炎の要因にもなるため,その診断および治療が重要である.高解像度食道内圧検査(HRM)機器の開発と内視鏡的筋層切開術(POEM)を含む新規内視鏡治療手技の開発により,最近の20年でその診療は大きく進歩した.食道運動障害の中でも食道アカラシアは最も診断および治療法の進歩した疾患であり,現在,HRMで分類したサブタイプ別の治療方針が提案されている.一方,食道アカラシア以外の食道運動障害に対する治療法については,いまだ薬物治療を含めて定まったものがなく,今後解決すべき重要臨床課題である.

食道運動機能障害に対するPOEM—非アカラシアに対するLES温存の筋層切開(LES preserving myotomy)を中心に

著者: 井上晴洋 ,   島村勇人 ,   西川洋平 ,   牛久保慧 ,   田邉万葉 ,   岩崎巨征 ,   安孫子怜史 ,   田中秀典 ,   伊藤敬義 ,   横山登

ページ範囲:P.1240 - P.1247

要旨●食道アカラシアに対するPOEMが誕生して15年以上が経過した.現在では,POEMは国内外ともアカラシアの標準治療となっている.症状スコアからみたPOEMの成功率は国際的にも95%を超える.double scope法で筋層切開の長さを厳密にコントロールしている本邦では,POEM後のGERDはほとんど問題となっていない.一方,アカラシア以外の食道運動機能障害(hypercontractile esophagus,distal esophageal spasm)は,LESの嚥下時の弛緩を確認したうえで,LES preserving myotomy(下部食道括約筋温存の筋層切開)が施行される.まれではあるが狭窄部を伴うIEMはPOEMの適応となり,狭窄部のないIEMはPOEM以外の治療法を模索することとなる.

食道運動障害に対する外科的治療

著者: 増田隆洋 ,   福島尚子 ,   坂下裕紀 ,   竹内秀之 ,   星野真人 ,   坪井一人 ,   小村伸朗 ,   矢野文章

ページ範囲:P.1249 - P.1257

要旨●外科的治療が選択肢となる食道運動障害として,食道アカラシア,esophagogastric junction outflow obstruction,および,びまん性食道痙攣(DES)が挙げられる.食道筋層切開術は有効な治療選択肢と考えられている.また,食道運動障害の代表的疾患の一つに食道無蠕動があるが,重症胃食道逆流症(GERD)のリスクとなり得る.薬物コントロール不良なGERDに対しては逆流防止手術が考慮されるが,食道無蠕動患者に対する逆流防止手術は術後に食餌通過障害を来すリスクが高まる.本稿では食道運動障害を有する患者に対する外科的治療について適応と治療成績,手術手技について最近のエビデンスを含めて詳解する.

主題研究

二次性の食道運動障害(膠原病や好酸球性食道炎に伴うもの)

著者: 栗林志行 ,   保坂浩子 ,   都丸翔太 ,   佐藤圭吾 ,   糸井祐貴 ,   橋本悠 ,   田中寛人 ,   竹内洋司 ,   浦岡俊夫

ページ範囲:P.1259 - P.1267

要旨●二次性の食道運動障害を来す疾患としては,全身性強皮症などの膠原病や神経筋疾患,代謝性疾患など種々の疾患が知られている.食道胃接合部の狭窄を認める症例では,食道癌などの悪性腫瘍の鑑別が重要である.全身性強皮症では食道運動障害が高率に認められ,食道運動障害に伴うクリアランス低下から薬剤抵抗性逆流性食道炎を呈することも少なくない.好酸球性食道炎では食道運動障害が認められることが多く,つかえ感や胸痛などの症状は食道運動障害が原因になっている.特に,食道の収縮異常だけではなく,伸展不良も重要であり,病態として好酸球浸潤に伴う炎症とリモデリングが関与している.

トピックス

食道運動障害とGERD

著者: 沢田明也 ,   久木優季 ,   山本圭以 ,   落合正 ,   大南雅揮 ,   田中史生 ,   藤原靖弘

ページ範囲:P.1269 - P.1272

はじめに
 日本消化器病学会の「胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021」では,GERD(gastroesophageal reflux disease)は胃食道逆流によって引き起こされる食道粘膜傷害と煩わしい症状のいずれかまたは両者を引き起こす疾患と定義されている1).GERDでは食道内へ逆流した胃酸が食道内に停滞する時間(食道酸曝露時間)に比例して食道粘膜傷害が発生する.食道運動障害はGERDの病態に関わる重要な因子の一つである食道クリアランスに関与している.また,食道運動障害は胃食道逆流を介さない逆流症状の原因となることがある.本稿ではGERDに関連する食道運動障害について概説する.

食道運動障害の病態評価に対する新たな試み

著者: 水流大尭 ,   牟田和正 ,   和田将史 ,   畑佳孝 ,   蓑田洋介 ,   白暁鵬 ,   田中義将 ,   荻野治栄 ,   伊原栄吉

ページ範囲:P.1273 - P.1278

はじめに
 上部食道括約筋(upper esophageal sphincter ; UES)から下部食道括約筋(lower esophageal sphincter ; LES)の食道運動をリアルタイムに可視化する高解像度食道内圧検査(high-resolution manometry ; HRM)の登場とその診断基準であるシカゴ分類の確立によって,食道運動の機能評価法は発展を遂げた.しかし,HRMとシカゴ分類では評価困難な食道運動障害(esophageal motility disorders ; EMDs)が存在し,その原因として注目されるのが食道伸展性(拡張性)と伸展刺激で誘発される二次蠕動である.本稿では食道伸展性の評価法と二次蠕動に注目し解説する.

主題症例

胸痛を伴った食道運動障害の2例

著者: 草場裕之 ,   塩飽洋生 ,   塩飽晃生 ,   長谷川傑

ページ範囲:P.1279 - P.1286

要旨●患者は食道運動障害を呈した40歳代,50歳代男性の2例.両症例ともに,つかえ感,胸痛を主訴に他院を受診し,難治性の胃食道逆流症や心因性の疾患と診断されていた.内服治療による症状の改善が得られなかったため,当院に紹介され受診となった.いずれの症例も,初回のEGDでは異常所見を指摘できなかったが,症状が増悪した際に行った2回目の検査(EGD,食道X線造影検査,高解像度食道内圧検査)で,食道体部に強い収縮を認め,胸痛の原因を特定できた.その後,経口内視鏡的筋層切開術(POEM)を行い,症状の改善が得られた.現在,術後7年目となるが,症状の再燃なく順調に経過している.

嚥下困難を契機に発見された食道アカラシアの1例

著者: 落合頼業 ,   鈴木悠悟 ,   菊池大輔 ,   布袋屋修

ページ範囲:P.1287 - P.1291

要旨●患者は20歳代,女性.1年前からの嚥下困難のため,前医にて内視鏡検査を受けたところ食道拡張を指摘されたため,当院に紹介され受診となった.当院の内視鏡検査では食道アカラシアに特徴的なesophageal rosette signの所見は軽微であったが,食道拡張像や泡沫状残渣の貯留,pin-stripe patternなどの所見が認められた.食道内圧検査ではアカラシアType I,食道X線造影検査ではバリウムの貯留があり,食道アカラシアType I(straight type,拡張度Grade I)と診断した.嚥下困難は食道運動障害を疑う代表的な症状の一つであり,患者の症状から鑑別を想起し,食道アカラシアを確実に診断することが重要である.

早期胃癌研究会症例

上皮性腫瘍性病変との鑑別を要した胃glomus腫瘍の1例

著者: 鶴賀聡美 ,   馬場洋一郎 ,   向克巳 ,   野瀬賢治 ,   竹中喬紀 ,   朝川大暉 ,   熊澤広朗 ,   磯野功明 ,   田中宏樹 ,   松﨑晋平 ,   佐瀬友博 ,   齊藤知規 ,   岡野宏 ,   大西修 ,   金兒博司

ページ範囲:P.1293 - P.1301

要旨●患者は20歳代,女性.臍部滲出液を主訴に来院し,腹部CTにおいて胃に腫瘤性病変を指摘された.精査目的に施行した上部消化管内視鏡検査において,胃体上部後壁に2型様の肉眼像を呈する粘膜下腫瘍が認められた.超音波内視鏡検査では,第4層に連続する比較的境界明瞭で内部エコー不均一な腫瘤を認め,超音波内視鏡下穿刺吸引法にてglomus腫瘍と病理学的に診断された.その後,病変切除と悪性度評価を目的に腹腔鏡下胃部分切除術が行われた.非典型的な占居部位ならびに内視鏡所見により,上皮性腫瘍との鑑別を要した,まれなglomus腫瘍の銘記すべき1例と考えられた.

早期胃癌研究会

2024年3月の例会から

著者: 佐野村誠 ,   山崎健路

ページ範囲:P.1303 - P.1306

 2024年3月の早期胃癌研究会は,2024年3月13日(水)にオンラインにて開催された.司会は佐野村(北摂総合病院消化器内科)と山崎(岐阜県総合医療センター消化器内科),病理は下田(東京慈恵会医科大学病理学講座)が担当した.表彰式(2023年早期胃癌研究会年間最優秀症例賞)とレクチャーでは「胃体部の萎縮が目立たず,ポリポーシスとの鑑別が問題となった自己免疫性胃炎の1例」を水江(松山赤十字病院胃腸センター)が担当した.

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目次

ページ範囲:P.1185 - P.1185

欧文目次

ページ範囲:P.1186 - P.1186

バックナンバー・定期購読のご案内

ページ範囲:P.1184 - P.1184

早期胃癌研究会 症例募集

ページ範囲:P.1194 - P.1194

「今月の症例」症例募集

ページ範囲:P.1247 - P.1247

次号予告

ページ範囲:P.1308 - P.1309

編集後記

著者: 石原立

ページ範囲:P.1311 - P.1311

 食道運動障害とは,内視鏡検査やX線造影検査で明確な異常が認められないにもかかわらず,食道の運動機能に障害が生じている状態を指す.かつてはまれな疾患とされていたが,最近は器質的変化のない胸のつかえや胸痛の主要な原因の一つと考えられるようになっている.この疾患に対する診療は急速な進歩を遂げており,適切な診断治療により患者に大きな恩恵をもたらすことが可能となった.こうした時代の変化を受け,「胃と腸」誌では食道運動障害の診断と治療を特集することとなった.
 序説の栗林論文では,食道内圧検査の歴史とHRM(high-resolution manometry)の登場,食道運動障害の病態とその分類におけるシカゴ分類の重要性,さらに食道運動障害の治療に革新をもたらしたPOEMなどが包括的に紹介されている.

奥付

ページ範囲:P.1312 - P.1312

基本情報

胃と腸

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1219

印刷版ISSN 0536-2180

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