研究
結腸症候群の外科的治療―その診断と手術適応を中心に
著者:
相馬智
,
立川勲
,
岡本安弘
,
松田博青
,
林田健男
,
大原順三
,
杉沢徹
ページ範囲:P.1315 - P.1323
はじめに
便通は健康のバロメーターともいわれ,一般の人々の間での認識はかなり高いはずである.ところが,自分自身に相当の便秘がありながら適当に下剤を服用したり,自分で溌腸をして日常生活を過している人が意外に多いことも事実である. 近年,胃症状を主訴として外来を訪れる患者は目立って増加している.このうち,胃レ線検査,内視鏡検査,あるいは胆道系の諸検査を行なってみても特別の所見が見られない場合,さらに詳細な問診によって,便通異常や下腹部の膨満感のほか,多彩なしかも病悩期間の長い自覚症状を有しているものが多いことに気づく.しかも,これらの患者は多くの医師を歴訪して,数回に亘り胃腸管,肝,胆,膵系の検査をうけており,いずれもたいした器質的疾患の証明されないままに,胃カタル,便秘,ガス性大腸1)あるいは過敏性大腸2)~19)(irritable colon),腹部神経症,腹腔内癒着症などの病名をつけられ,保存的療法をうけるも緩解せず,患者自身は不満な感じをいだきながらも医師を繰返し歴訪する結果となる.
患者自身は,これらの大腸症状やその他の不定の消化器症状が長い間持続し,また頻繁にくり返すことから,本人はあくまでも病的状態であると意識して悩み苦しんでいるのである.これらの患者に充分な検査を行なっても,器質的疾患は発見されず,腸の純機能異常と考えられるような,いわゆるirritable colon2)~19)の存在するという報告は多い.この過敏性大腸という病名は,1929年Jordan2)がJ.A.M.A.の誌上に発表したのが最初のようであるが,しかし,彼は当時,すでに前からあった用語として記載している.以来irritable colonという病名は,便利な病名として乱用されているきらいがあり,その概念に関してはなお混沌としている.しかし一般的には,「腸管の機能異常にもとづき,種々の不定な腹部症状を伴う便通異常が持続するもので,その取扱い上多くの場合,心身医学的立場からの考慮が重要な意味をもつ症候群14)」というように考えられている.すなわち,あくまでも腸管の機能異常によるものであって,症状の原因となるような器質的変化が腸管自身およびその他にも認められないということがたてまえである.このように,本来の意味合いは純機能的なものであり,器質的なものを除外していく立場にあるわけであるが,実際問題としては,器質的なものを厳密な意味で除外することは困難なことであろう.今日除外診断といっているのは現医学の診断のレベルにおいて,特にめだった器質的病変が見出されないというにすぎない.したがって,除外診断後にirritable colonとみなしたもののなかから,その経過の上で器質的なものを見出し得る場合もある訳である.
また,ごくわずかの生検組織片では診断しえなかった粘膜の炎症像がいずれかの場所にあるかもしれないし,漿膜側のいずれかの場所に腹腔鏡検査でみつからなかった癒着があるかもしれない.しかしながら,このようなごく軽微の変化と臨床症状とを原因と結果として関連づけて病名をつけてしまえば,正常と異常の区別がつかなくなってしまう.このように炎症にしても,癒着にしてもあきらかな病的所見の場合はともかく,生体としてゆるされる範囲のものまで器質的変化として厳密に除外する必要はなさそうに思うし,どだいそれは不可能なことである.また,どこまでが生理的で,どれ以上が病的かということはむずかしい問題である.ここに過敏的大腸の概念が抬頭し,広く臨床家にむかえ入れられた理由がある.
しかしながら1853年,Virchow20)が腸間膜にみられる白色星芒状の瘢痕が原因で起こると考えられる慢性便秘または下腹部痛に対してPeritonitis chronica mesenterialisと命名して以来,各国において結腸間膜瘢痕に対する報告がみられ,S状結腸囲周炎(Perisigmoiditis)瘢痕性結腸間膜炎(Mesocolitis cicatricans)などの病名でirritable colonと区別され,わが国においても石山21)~23),松永24)らにより早くから指摘され,治療までの検討がなされてきた.
irritable colonの除外診断の過程の上で,この結腸間膜瘢痕性病変を器質的なものとしてあつかうことでは大方の意見10)~18)は一致しているが,それと思わせるようなレントゲン所見が得られてもその臨床症状との結びつきは慎重でなければならないとする考え方が多く,診断上はirritable colonとしてあつかわれる例が多かったように思われる.青山25)は早くからこの疾患の診断に注目し独自の方法で診断法を確立した.
林田,大原ら26)は,便通異常と不定の臨床症状を有する症例1,335例について,全例に青山法による結腸レ線検査を行ない,腫瘍その他のいわゆる狭義の大腸の器質的疾患27例を除いた1,308例について,結腸の走行,位置,長さの異常,また間膜瘢痕による壁の“つれ”牽引像,狭窄などの所見と自覚症状,便通異常との関連性を検討した.その結果,両者の間に密接な関連性を認めることができたので,便通異常と不定の腹部症状や全身症状を訴えるもので,レ線学的に後述するような器質的所見のみられたものを結腸症候群という名前で統一し,irritable colonと区別した.
一方,結腸間膜の瘢痕性病変,あるいはS状結腸過長症等に対しては,従来より瘢痕切除,あるいはS状結腸の部分切除などの外科的療法が試みられてはきたが,術後一過性に症状の改善はみられても,いずれは同じ愁訴が再来し,再開腹,再切除をうけるような症例が多く結局はpolysurgeryにおちいる結果となり,iatrogenic diseaseとして反省されるようになった.
さきに林田27)~29)は,慢性便秘症の診断には経口的に投与したバリウムのレ線の追跡検査によるbarium intestinographyが機能異常を呈する大腸の部位決定に役立つと考え,いわゆる,Segmentar Theorieを提唱し,この部位の切除により慢性便秘が改善すると報告した.しかし,その長期のfollow-upにより,その成績は決して思わしいものでないことが判明し,大腸を部分部分として考えるよりは全体としての機能を考えるべきであるという考えに変り,一時結腸全剔出術を試みたがこれとて,術後の全身状態の回復や消化吸収の面での問題が多く,治療法として臨床上とりあげるに至らなかった.
さらに林田31)は,このような患者の開腹時の詳細な所見の観察から,瘢痕性変化や長さや位置の異常などの所見は単一で存在することは少なく,多くは,これらの変化が合併して存在することに気づき,さらに,左結腸曲の位置や屈曲の異常および下行結腸の異常屈曲がその臨床症状の度合と密接な相関を有することが分った.また,本症の外科的治療にあたって,左結腸曲をふくめた広範な腸管切除群と,左結腸曲に瘢痕などを有しながらもこれを放置し,他の部位,たとえば横行結腸S状結腸の部分切除のみにとどめた症例との予後の比較では,前者が良好であるに比し,後者は不良であったことは極めて教訓的であった31).そこで本症に対しては,左半結腸切除と同時に,その他の走行異常や,屈曲異常,瘢痕等の変化をone-stageに修正し,大腸全体の形成術をほどこせば機能的異常が改善されるのではないかとの考え方に到達し,本法を施行し,好結果を得るにいたった.
以上が結腸症候群の考え方であり,今日筆者らが行なっている外科的療法に至る歴史的な背景である.杏林大学外科教室においてはまだ日が浅く経験した症例は少なく,遠隔成績をだすに至っていないので,大原26),杉沢31)の研究を中心として本症候群の診断,手術,およびその予後についてのべる.紙面の都合で概略にとどまるが,詳しくは筆者26)らの他の論文31)32)を参照されたい.