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雑誌目次

雑誌文献

臨床整形外科38巻3号

2003年03月発行

雑誌目次

視座

整形外科領域における薬物療法の進歩

著者: 齋藤知行

ページ範囲:P.243 - P.244

 骨関節疾患に対する治療の世界的動向をみると,最近の薬物療法の進歩は目覚しいものがある.整形外科治療では,理学療法や装具療法が保存的療法の基盤であり,手術的治療がその中心をなしている.これまでの整形外科疾患における薬物療法は,疾患の根幹に関わる治療ではなく,主として消炎鎮痛剤による対症療法であった.しかし,全身性疾患を基盤とする骨関節障害に対する薬物療法は大きく変わりつつある.なかでも,骨粗鬆症と関節リウマチにおける薬物療法が最も良い例である.

 骨粗鬆症が単なる老化現象から骨代謝疾患として認識されたのは,わずか10年前の1994年である.患者数が多いことから大規模な疫学調査が行われ,治療薬としてHRP(hormone replacement therapy),カルシウム製剤,カルシトニン製剤,活性型ビタミンDが開発され,臨床の現場で広く用いられてきた.しかし,これまでの骨吸収抑制剤による治療は,骨量の維持が限界であり効果の判定が困難であった.近年,骨粗鬆症は骨量の減少と骨微小構造の異常をきたし,骨折の危険性が高まった全身性疾患と定義され,診断基準は骨折の予見性に重点が置かれたものに改定された.積極的に高齢者の骨折発生を予防し,QOLの維持および向上を治療目的としている.その治療薬として第三世代のビスフォスフォネート製剤が登場した.海外での大規模治験結果では,骨量を明らかに増加させ骨折予防効果があることが証明され,整形外科以外にも内科,産婦人科などで骨粗鬆症の治療への関心が高まりつつある.

シンポジウム 腰椎変性すべり症の治療

緒言 フリーアクセス

著者: 菊地臣一

ページ範囲:P.246 - P.247

 腰椎変性すべり症は,40歳以降の女性にとって,腰痛や重篤な下肢症状を来すという点で重要な疾患である.しかし,古来から発生機序を含めて有効な治療について論じられているが,いまだ未解決な問題が少なくない.今回,腰痛変性すべり症の治療をテーマに,誌上シンポジウムを企画した.ここでは,手術療法に焦点をあてている.その手術療法ひとつをとってみても,目次で明らかなように手術手技は多岐に渡っている.

 腰椎変性すべり症の手術は,除圧,矯正,固定の3つの基本手技から構成されている.下肢症状の手術を考えた場合,除圧を実施するのには誰も異論はない.しかし,その手技に関しては,除圧は限定された範囲でよいのか,あるいは神経組織全周性の除圧が必要なのか,あるいは予防的除圧の追加は必要かなどといった問題に対して見解の一致をみていない.矯正についても必要,病期に応じて実施,あるいは必要ないと,見解は集約されていない.固定術の併用に関しても,後方固定,前方固定,あるいは全周性の固定と,術者の採用術式は様々である.これにinstrumentation併用の適否が加わると,問題は極めて複雑になる.

腰椎変性すべり症の治療―非固定とGraf制動術,後側方固定術併用との比較

著者: 紺野慎一 ,   菊地臣一

ページ範囲:P.249 - P.255

 要旨:変性すべり症に対し,非固定群,グラフ群,そして後側方固定群の3群の治療成績の比較を行った.検討の対象は手術を受け3年以上経過した103例とした.非固定群は42例,グラフ群は46例,後側方固定群は15例であった.3群間で性,手術時年齢,神経障害形式,責任高位,日整会腰痛疾患治療成績判定基準による点数(JOAスコア),および罹病期間に有意差はなかった.これらの3群間で,術後1年と3年経過時の手術成績を対比検討し,以下のような結果が得られた.1)制動術や固定術の併用は,術後残存腰痛の防止に有効である.2)制動術や固定術を併用しても,神経症状の改善は非固定術よりも明らかによいとはいえない.3)制動術や固定術の併用により下肢症状の再燃・再発は,非固定術よりも明らかに低く抑えられるとはいえない.4)制動術や固定術の併用により,すべり率の進行の抑制と椎間可動角の減少が期待できる.

 Graf systemと後側方固定により術後残存腰痛の頻度が低下していたことから,X線学的不安定性と腰痛との関連はある可能性が高いといえる.しかし,術後3年以内では,3群間で治療成績に明らかな差はなく,制動術や固定術を併用しても,神経症状のさらなる改善や下肢症状の再発・再燃は抑えられないと考えられる.制動術と固定術の利害得失の結論には,さらなる症例の集積と経過観察の継続が必要である.

腰椎変性すべり症に対する腰椎椎管拡大術

著者: 小田裕胤 ,   加藤圭彦 ,   木村光浩 ,   藤本英明

ページ範囲:P.257 - P.264

 要旨:腰椎変性すべり症ではすべり下位の椎体後上縁部で脊柱管の前後径が最も狭小となり,横断面積も狭くなる.そこで,脊柱管狭窄症状を呈する腰椎変性すべり症の手術的治療に際して,このすべり下位の椎体後上縁部を含めた全周性除圧が必要と考える.全周性除圧を実施し,術後平均4.5年を経過した73例の腰椎椎管拡大術症例の術後調査から,治療成績は改善率79.4%であり,5段階評価では優:70%,良:23%,可:7%と優の比率が高く成績は良好で不変,悪化例は認めない.加えて拡大脊柱管の術後推移をみると,すべり下位椎体後上縁部の切除部には,前方へとシフトした硬膜管の形態に沿う新たな半円形の前壁が形成され,全体としては円筒形の脊柱管が術後2年以内に完成していることが確認された.この形態は以後長期に維持され,再狭窄を来した症例はない.腰椎椎管拡大術は変性すべり症に対し脊椎固定術の併用を必要としない極めて有用性が高い術式である.

腰椎変性すべり症に対するmini ALIFの適応と手術成績

著者: 中原進之介 ,   田中雅人 ,   竹内一裕

ページ範囲:P.265 - P.269

 要旨:腰椎変性すべり症に対してmini ALIFを施行した54例についてその手術適応,骨癒合率,すべり率とすべり角の推移,術中術後合併症,手術成績などを検討した.合併症としては創部感染2例とスクリューによる神経根刺激1例がみられたがいずれも問題なく治癒した.JOAスコアの平均改善率は68.5%であった.骨癒合は54例中52例(96.3%)に得られ,すべり率の矯正は平均12.3%,すべり角の矯正は平均10.8°であった.すべり角の矯正損失は54例中32例にみられ,この32例の矯正損失角度は2~12°,平均4.8°であった.またすべり角が陽性,すなわち局所後弯となったのは3例のみであった.Mini ALIFは安静時症状がほとんどなく高度の排尿障害もない間欠性跛行や体動時痛などの動的因子が主体の症例がよい適応であり,腰椎変性すべり症に対する優れた手術法のひとつである.

腰椎変性すべり症に対する後方手術例の成績―固定・非固定例の分析

著者: 松本守雄 ,   西澤隆 ,   中村雅也 ,   丸岩博文 ,   千葉一裕 ,   戸山芳昭

ページ範囲:P.271 - P.277

 要旨:中期から後期腰椎変性すべり症(DS)92例(男36例,女56例,平均年齢63.6歳)に対する後方手術法の術後成績を調査した.除圧術を行った除圧群は54例,固定術(全例PLIF)を併用した固定群は38例であった.JOAスコア改善率は除圧群で平均60.2±26.2%,固定群69.5±28.2%であった.成績に有意に関連する術前因子は除圧群,固定群とも明らかではなかった.改善率50%未満の成績不良例は除圧群で31%であり,原因は再狭窄,術前重度神経障害などであった.一方,固定群の成績不良例は21%であり,原因は遺残性腰痛,術前重度神経障害,術中神経根損傷などであった.合併症発生率は除圧群で7.4%,固定群で21.1%と固定群で有意に高かった.年齢,性別,すべり率などのX線所見をマッチさせて改善率を両群間(両群26例ずつ)で比較すると,固定群の成績がやや良好であったが両群間に有意差はなかった(除圧群55.7%,固定群64.8%).

 中・後期DS例に対しては両術式ともにほぼ満足すべき結果が得られ,一方,合併症は除圧術で少なかったことから,手術法としては除圧術を第一選択とし,固定術は比較的若年者で不安定性の著しい症例に限定するのがよいと考えられた.

腰椎変性すべり症に対する開窓術,後側方固定術,後方進入椎体間固定術の選択的適用

著者: 武政龍一 ,   山本博司 ,   谷俊一 ,   谷口慎一郎

ページ範囲:P.279 - P.286

 要旨:腰椎変性すべり症は,基本的には椎間不安定性とアライメント異常を伴う脊柱管狭窄から病態を形成するが,それに加齢による退行変性や生理的安定化作用などの時間的因子が加わり,さらに患者の生活スタイルなども考慮すると極めて多様な病態バリエーションが存在する.したがって手術療法を行う場合,単一の術式を全症例に適用することには無理が生じる.われわれは動的不安定性に乏しく,すべり椎間の前弯が保たれ,椎間板高が狭小化しているものにはfenestrationで,動的不安定性が中等度,すべり椎間が前弯,椎間板高の狭小化例にはPLFにて,動的不安定性が高度,すべり椎間が後弯,椎間板高が高く保たれているものではPLIFで対応してきた.本研究では当科での手術症例102例における術式別手術成績を調べ,選択的術式適用の妥当性について検討した.その結果,動的不安定性と,すべり椎間矢状面アライメント,椎間板高を指標として,病態・病期に応じた術式選択は,すべり症の治療戦略のひとつとして適当であると思われた.

腰椎変性すべり症に対する後方進入腰椎椎体間固定(PLIF)の成績―はがきによるアンケートと直接検診結果を中心に

著者: 中井定明 ,   吉沢英造 ,   志津直行

ページ範囲:P.287 - P.292

 要旨:われわれは腰椎変性すべり症に対して後方進入腰椎椎体間固定(PLIF)を用いて対応している.しかし,本法の是非に関していまだ不明瞭な点が残されていることから,それらを解明する目的で患者の追跡調査を行った.調査対象は変性すべり症に対してPLIFを行った93例であり,術後のfollow-up期間は平均9年であった.調査結果を述べると,改善した症状は比較的長期にわたり維持されていた.アンケート調査では,手術の結果に満足との回答が約60%であったが,不満足の回答も13%にみられた.調査時に不満足と回答した例では術後1年の時点で既に不満足であった.不満足と回答した例では,重度の腰仙髄神経症状の遺残と,移動能力に影響を及ぼす合併症が不満足の回答に関与することがわかった.ぺディクルスクリューを併用しても術後の腰痛は増加していないと思われた.術後5年以上が経過した例の17%で,固定の隣接椎間に椎間狭小化がみられたが,いずれも複数椎間にみられた.

総説

最近の脊椎カリエスについて

著者: 藤田正樹 ,   斉藤正史 ,   新納伸彦 ,   糸田瑞央 ,   箕輪剛

ページ範囲:P.293 - P.300

 要旨:近年日本では脊椎カリエスの患者数の減少は著しい.そのため脊椎カリエスを診たことのない整形外科医が多くなり,診断と治療が遅れ重篤となる症例が増加している.鑑別診断として結核を常に頭に入れておくべきである.単純X線所見では,椎間板腔の狭小化に椎体上下縁の不整や椎体辺縁の骨欠損を認めたならば,感染特に脊椎カリエスを考えるべきである.CTは診断上非常に有益で,椎体周囲軟部組織の腫脹,椎体後壁の破壊,椎体周囲軟部組織内の石灰化などは脊椎カリエスを強く疑わせる.MRIも重要な所見を与えてくれ,特に病巣椎体の高信号と低信号の混在による不均一な像やGd-DTPAによる造影MRIのrim enhancementは脊椎カリエスを示唆する.Instrumentを使用する報告が増えているが,その使用には慎重であるべきである.いずれれにせよ脊椎カリエスの治療の基本は3剤以上の抗結核薬の投与である.

論述

腰椎椎間板ヘルニアにおけるcurrent perception threshold

著者: 金谷邦人 ,   山下敏彦 ,   川口哲 ,   竹林庸雄 ,   片平弦一郎

ページ範囲:P.301 - P.305

 抄録:腰椎椎間板ヘルニア症例における下肢の知覚障害を,Neurometer®を用いて定量的に分析した.MRI上L4/5またはL5/S1椎間板ヘルニアを認め坐骨神経痛を有する腰椎椎間板ヘルニア患者55名と,対照健常者11名を調査対象とした.両群とも両側下肢のL5およびS1領域の皮膚でCPT値の測定を行った.椎間板ヘルニア患者の患側では健側および対照群に比べ,2,000Hzおよび250Hz刺激に対するCPT値が有意に高値を示した.この結果より椎間板ヘルニアによる神経根障害では,Aβ線維とAδ線維が優位に障害されることが示唆された.MRI上の神経根圧迫の程度とCPT値の関係を調べると,神経根の圧迫が強い症例では圧迫が弱い症例に比べ,高いCPT値を示す傾向にあった.CPT値の測定により,椎間板ヘルニアによる神経根への圧迫の程度や神経線維の障害の程度を予測できる可能性が示唆された.

大腿骨頚部骨折における入院中死亡例の検討

著者: 萩野哲男 ,   石塚謙 ,   岩窪武 ,   望月和憲 ,   渡邉長和 ,   小野尚司 ,   小川知周 ,   浜田良機

ページ範囲:P.307 - P.310

 抄録:60歳以上の大腿骨頚部骨折130例のうち,入院中に死亡した症例について調査した.性別は男性29例,女性101例.年齢は平均84歳.治療法は108例に手術を施行し,その内訳は人工骨頭置換術20例,CHSによる観血的整復術67例などで,22例は保存的に加療した.入院中死亡例は130例中11例(8.5%),死亡までの期間は入院後平均104日,死亡原因の多くは肺炎であった.11例中8例に手術を施行したが,術後早期死亡例はなかった.入院時の全身状態の評価では死亡群で有意にリスクが高く,生命的予後に影響する因子の検討では入院時の貧血,電解質異常の両者で有意差をみたが,年齢,痴呆,骨折型,手術施行の有無などでは有意差はなかった.手術施行が直接死亡原因となることはないので,積極的に手術を施行して,よりよい機能的予後を獲得する努力をするべきである.また入院時全身状態評価法でリスク4以上の症例では術前後のより慎重な全身管理などの対応が必要である.

座談会

整形外科専門医制度を考える―国民が納得できる“整形外科専門医”について考えよう

著者: 稲波弘彦 ,   高岡邦夫 ,   豊島良太 ,   長野昭 ,   富田勝郎

ページ範囲:P.313 - P.324

 富田(司会) 専門医制度についての座談会をやって欲しいという依頼を『臨床整形外科』編集室から受けまして,私の勝手で先生方にご協力をお願いした次第です.私は本日の司会を務めさせていただきます.


□専門医制度―まず本日の座談会の方向付け―

 富田 編集室案の「整形外科専門医制度を考える」ということで,「みんなが納得できる“整形外科専門医”について考えよう」という副題のほうはどうでしょう.

統計学/整形外科医が知っておきたい

7.二,多元配置の問題点―ANOVA魑魅魍魎

著者: 小柳貴裕

ページ範囲:P.325 - P.331

◆繰り返しのある多元配置分散分析

 実験計画では一元配置では分離できない系統誤差を要因として配置する.しかし要因もその水準も多くすると実験の負担が大きくなるばかりでなく,分析の解釈が難しくなる.

 ・例1:ある動物を3匹,そのABC 3カ所の組織から細胞を3個ずつ2回とり,それぞれに無処置,圧縮,引張りの処置を加えて基質合成能を測定した(表1;SPSS形式,架空データ).

 計54個の別々の細胞が実験に供され,形式上繰り返しのある三元配置となる.SPSSでは,1変量GLM(一般線型モデル)で,従属因子に基質合成能,細胞部位と処置を固定要因,被験動物を変量要因として分析する.

最新基礎科学/知っておきたい

NF-κB

著者: 田中栄

ページ範囲:P.332 - P.333

 Nuclear factor(NF)-κBはRelファミリーに属するDNA結合タンパクの総称であり,これまでに哺乳類ではRel(c-Rel),RelA(p65),RelB,NF-κB1(p50,前駆体はp105),NF-κB2(p52,前駆体はp100)の5つのメンバーが同定されている.NF-κB活性化はサイトカイン刺激,ストレスなどをはじめとしてさまざまな刺激で誘導される.NF-κBは通常IκBと結合することにより細胞質にとどまっているが,活性化すると核内に移行し,一定のDNAモチーフを認識することによってインターロイキン(IL)-1,IL-6,tumor necrosis factor(TNF)-αなどのサイトカイン,IL-8,MIP-1αなどのケモカイン,ICAMなどの接着因子,そしてiNOSやCOX-2などさまざまな遺伝子の転写を促進すると考えられている5).NF-κBの核内移行に関してはIκBのユビキチン-プロテアソーム系による分解が直接の契機になっているが,この分解にはIκBのセリン残基のリン酸化が重要な役割を果たしている.IκBのリン酸化を担うのはIκBキナーゼ(IKK)コンプレックスであり,IKKα(IKK1),IKKβ(IKK2),IKKγ(NEMO,IKKAP)の3つの主たる構成分子からなる.このうちIKKα,IKKβが酵素活性を持ち,IKKγは活性調節分子である.IKKによってリン酸化されたIκBはβ-TrCPによって認識され,SCF(Skp-1/Cul/F box)ファミリーに属する特異的なユビキチンリガーゼによってポリユビキチン化されることによりプロテアソームで分解される5).しかしながら最近の研究ではNF-κBはIκBとコンプレックスを形成したまま核内,核外を行き来していることが明らかにされており,NF-κB活性化メカニズムに関しても未解決な問題が数多く残されている3)

 NF-κBの生理的な役割についてはノックアウトマウスを用いた研究によって多くの知見がもたらされた.このうちRelAのノックアウトマウスは胎生致死であるが,これはIKKβのノックアウトマウスの形質と一致しており,胎児肝におけるTNF-αの機能亢進による肝細胞アポトーシスに起因する.したがってTNF-αとダブルノックアウトすることにより胎生致死からレスキューされる.一方IKKαのノックアウトマウスは生直後に死亡するが,皮膚,四肢形成,骨格に異常を認め,IKKβとの生理的機能の差異を示唆する.その他のRelファミリーのノックアウトマウスでは軽微な免疫異常が認められるのみであり,ファミリーメンバーのなかでの役割代替が存在すると考えられる.

連載 整形外科と蘭學・3

福澤諭吉と「蘭学事始」

著者: 川嶌眞人

ページ範囲:P.334 - P.335

 築地の聖路加国際病院前に「蘭学の泉はここに」という碑文が建っている.ここはかつて中津藩主奥平家の中屋敷の跡で,明和8(1771)年,中津藩医前野良沢が自らの屋敷内で「ターヘル・アナトミア」を杉田玄白,中川淳庵,桂川甫周らの協力を得て翻訳をした場所である.このときの蘭学創業の苦労を杉田玄白がまとめたものが「蘭学事始」である.この本が有名になったのは大正10(1921)年,菊池寛が小説「蘭学事始」を「中央公論」に発表し,その一部が中学の国語教科書に転載され,昭和5(1930)年に岩波文庫に収録され,今では誰でもその口語訳を読むことができるからである.杉田玄白が83歳という高齢でありながら,記憶をもとに書き残した本書の原稿は,長い間出版されることもなく,杉田家の倉の中にあり,安政2(1855)年の江戸大地震で焼失してしまった.

 慶應2(1866)年,神田孝平が本郷通りを散歩していたときにたまたま見つけた古びた「蘭学事始」の写本は,杉田玄白が門人の大槻玄沢に贈ったものであった.先を争ってこの本を写しとった神田の学友たちのなかに,津山出身の蘭学者で箕作秋坪というものがいた.秋坪は交友の厚かった福澤諭吉と対坐して繰り返しこれを読み,「艪舵なき船の大海に乗り出せしが如く,茫洋としてよるべきかたなく,ただあきれにあきれて居たるまでなり」のあたりでは,ともに感涙に咽び泣いた.その後江戸は明治維新の動乱にまきこまれていったが,諭吉は上野の彰義隊と官軍との戦いの最中も,ウェーランドの経済書を慶應義塾で平然と講義し慶應義塾のある限り日本は文明国であるといった.

医療の国際化 開発国からの情報発信

北タイエイズプロジェクトの活動(1)

著者: 石田裕

ページ範囲:P.336 - P.337

 北タイパヤオ県では,妊婦のHIV感染率が増大し,1994年頃には全妊婦の10%を超えるようになった.HIVの母子感染率は約30%で,その3分の2が出産時に血液を通しての産道感染,3分の1が母乳を通しての感染であると考えられている.そこで,①出産時に母体の血中HIVウイルス量を抑えるために,妊娠後期から抗レトロウイルス剤を投与する.②乳児に生後1週間抗レトロウイルス剤の予防投薬を行う.③母乳を全面的に中止し,人工栄養(粉ミルク)を与えることを組み合わせて,HIV母子感染率を10%前後に抑えることが可能である.タイでは,まず北タイなどで1997年から試験的に実施され,この経験を基にして,2000年からは全国で一般保健サービスとして行われている.

 JICAプロジェクトは1998年から北タイにおけるこの試験プログラムに協力し,技術支援のほか,抗レトロウイルス剤,粉ミルクの供与を行った.2000年からは通常の保健サービスとして採用されたことから,このサービスの質の向上のための技術協力として,現地で活動しているNGOの協力を得てモニタリングを行うことにした.県保健局としては,表1のようにサービスを行っているが,実際に受益者である母親たちがどのようにサービスを利用し,どのような気持ちでサービスに参加し,何の問題があるのか,当時はわからなかったからである.

臨床経験

先天性脊椎骨端異形成症成人例の臨床的特徴

著者: 西山正紀 ,   長倉剛 ,   二井英二

ページ範囲:P.339 - P.343

 抄録:先天性脊椎骨端異形成症(以下SEDCと略す)は,出生後より体幹短縮型小人症を呈し,脊椎,四肢近位骨端部に著明な病変を持つ.今回われわれはSEDCの成人例4例を経験したので,その臨床的特徴を文献的考察を加えて報告する.症例は男性2例,女性2例.年齢は29~55歳(平均43.0歳)で,身長は93.8~131.3cm(平均114.1cm)と低身長であった.このうち,身長120cm以下,-7SD以下の高度な低身長を示す3症例は,すべて環椎レベル脊柱管前後径が10mm以下で,そのうち2例が脊髄症状を呈していた.また,この高度な低身長を示す3症例のうちの2例では,大腿骨頭がほぼ消失し,両股関節の完全脱臼を認めた.SEDCのなかでも,著明な低身長を示す症例は重症例と考えられ,内反股のみならず,骨頭消失,股関節脱臼などの著明な股関節病変,環軸関節脱臼,脊柱側弯症などの合併症を伴いやすく,特に脊髄症状に注意を払う必要があると思われた.

仙骨に発生したinsufficiency fractureの4例

著者: 山本晃裕 ,   鍋島祐次 ,   黒石昌芳 ,   須田誠 ,   藤井英夫

ページ範囲:P.345 - P.348

 抄録:仙骨に発生したinsufficiency fractureの4例を経験し,その臨床的特徴を検討した.症例は全例70歳以上の女性で,4例中3例は股関節周囲の手術既往歴を有していた.全例外傷歴はなく,初発症状は股関節部痛あるいは殿部痛であった.単純X線像では仙骨の骨折線は明らかではなかった.血液生化学的検査にて全例血清ALPの高値を認めた.1例は人工骨頭の弛みを,1例は転移性骨腫瘍を,そして残る2例は当初より本疾患を疑った.全例骨シンチグラフィーを施行し,本疾患に特徴的とされるH字型の異常集積像,いわゆるHonda's signあるいは両仙骨翼の異常集積像を認めた.CT,MRIにて確定診断に至った.高齢女性の股・殿部痛を診察する際は,仙骨insufficiency fractureの存在とその臨床的特徴を念頭に置き診断にあたることが重要である.

症例報告

大腿骨骨頭下骨折骨接合術後に生じた大腿骨転子下骨折の1例

著者: 岸本明雄 ,   斎藤裕 ,   島田信弘 ,   川島雄二 ,   竹内剛 ,   荒武正人 ,   佐々木淳

ページ範囲:P.349 - P.351

 抄録:今回われわれは,大腿骨頚部骨頭下骨折に対し,cannulated cancellous hip screw(CCHS)3本を使用した骨接合術後に,大腿骨転子下骨折を生じた1例を経験したので報告する.症例は53歳男性.2000年4月29日,歩行中誘因なく右股関節痛が出現した.5月12日近医を受診し,大腿骨頚部骨頭下骨折と診断された.5月13日当院紹介受診,X線像上Garden stage Ⅱであった.発症より約3週間経過し独歩可能であったため,5月18日CCHS 3本による骨接合術を行った.術後4週で荷重歩行開始した.歩行時の右大腿部外側の疼痛を訴えていたが,X線像上著変ないことを認めたため7月22日全荷重歩行にて退院した.7月24日歩行中特に外傷なく右股関節痛が再び出現し,当院へ搬送された.X線像上大腿骨転子下のscrew刺入部で大腿骨転子下骨折を認めた.7月28日髄内釘(Russell Taylor reconstruction nail)による再固定術を行った.術後1年6カ月の調査時,右股関節痛はなく,可動域も屈曲145°,外転45°,内旋15°,外旋35°で正常であった.

特異な形態を呈したdermoid cystの1例

著者: 山田寛明 ,   山縣正庸 ,   雄賀多聡 ,   清水耕 ,   池田義和 ,   平山次郎 ,   村田泰章 ,   村上正純

ページ範囲:P.353 - P.356

 抄録:脊柱管内dermoidは典型的には囊腫の形態をとるとされる.われわれは完全な囊腫の形態をとらず,頭側がくも膜下腔に開いた特異な形態を呈した腰仙椎部dermoid cystの1例を経験した.症例は31歳,女性.主訴は右下肢痛で,2段排尿を認めたが,その他身体所見および神経学的異常を認めなかった.ミエログラムではL5からS2レベルで内部に造影剤が流入し,ぶどうの房状を呈する腫瘤状の陰影を認めた.手術所見によると腫瘍は頭側がくも膜下腔に開いた囊腫で多量の毛髪を含み,病理所見とあわせdermoid cystと診断された.腫瘍壁と馬尾との癒着が強く,可及的摘出術を行った.近年dermoid cystの自然破裂の報告が散見されるが,本症例における特異な形態はdermoid cystの自然破裂がその原因であった可能性も考えられた.

ピオクタニンが原因と思われた肩関節症―1例報告

著者: 宍戸裕章 ,   菊地臣一 ,   紺野慎一

ページ範囲:P.357 - P.360

 抄録:腱板修復術後に,術中カラーテストとして用いたピオクタニンが原因と考えられる関節症を生じた1例を経験したので報告する.症例は,54歳の男性である.前医で左肩腱板断裂の診断のもとに腱板修復術が行われた.術中に腱板断裂部が明らかでなかったために,ピオクタニンの関節内注入が行われた.術後2年経過してから,誘因なく左肩関節痛と挙上困難が出現した.単純X線像で,左肩関節裂隙の狭小化と骨頭臼蓋関節面不整像が認められた.しかし,骨棘形成などの骨増殖性の変化は認められなかった.MRI像で,骨頭上内側部と臼蓋にT1強調像で等信号,T2強調像で高信号,Gd-DTPAで増強効果の変化を認めた.臨床経過と画像所見から,ピオクタニンによる肩関節症と診断し,人工肩関節置換術を施行した.術中所見で骨頭と臼蓋の軟骨消失と肉芽組織の存在が認められた.組織毒になりうるピオクタニンを関節内に使用することは避ける必要があると考えられた.

基本情報

臨床整形外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1286

印刷版ISSN 0557-0433

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