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雑誌目次

雑誌文献

臨床整形外科39巻10号

2004年10月発行

雑誌目次

視座

われわれ脊椎外科医の今後の役割は?

著者: 中井定明

ページ範囲:P.1251 - P.1252

 日本人女性の平均寿命は現在85歳で,1年間に3カ月ずつ,直線的に伸びています.このまま伸びて行きますと,60年後には女性の平均寿命は100歳に達することになります.もしそうなりますと,100歳になっても,必要に応じて手術を受けられる身体の用意をしておかなくてはなりません.
 日本人の平均寿命は世界一と言われていますが,寝たきり老人の数はアメリカ合衆国の5倍であることはあまり知られていません.寝たきりになる原因はもちろん様々で,心臓病などの内科的な取り組みも,もちろん大切でしょう.しかし,わが国における最も多い愁訴は腰痛と肩こりと言われることに代表されるように,脊椎外科医の果たす役割も相当大きそうです.もちろん,このような人たちは膝や股関節も痛いことが多く,関節外科医の果たす役割も大きいと思います.ともあれ,現在でも,やや郡部へ行きますと,80歳を過ぎた車椅子生活者に頚椎症性脊髄症が比較的多くみられ,その時点では既に,他科の合併症と高齢ゆえに,手術適応にはならない方々を比較的多く目にします.もっとも,その方々が若かった時分には,脊椎の手術により症状が改悪したことが少なくなかったでしょうし,彼らは自分たちの目でその様子をみていたでしょうから,車椅子になるまで手術を受けなかった理由もよくわかります.しかしながら,私が整形外科医となった約30年前と比べ,ほとんどの脊椎外科手術の方法は様変わりし,手術成績も格段に向上しました.

誌上シンポジウム 関節リウマチ頚椎病変の病態・治療・予後

緒言 フリーアクセス

著者: 戸山芳昭

ページ範囲:P.1254 - P.1256

 わが国における関節リウマチ(RA)の総患者数は約70万人と言われている.ご存知のように,RA病変は四肢関節に多く発症するが,脊椎も特に頚椎では全患者の50~70%と高頻度にRA病変が合併するとされている.つまり単純に計算すると,約35万人ほどのRA患者が何らかの頚椎病変を有していることになる.しかしRAでは変化がとらえやすい四肢の関節病変に目が向けられ,現在でも重要な脊椎病変の診断が遅れたり,見逃される例も決して少なくない.脊椎には支持性と運動性,そして脊髄の保護という3つの重要な役目があるが,RAではこれらが同時にすべて障害されることも起こりうる.その症状も後頭部・後頚部痛などの単なる局所痛から,脊髄麻痺による寝たきりの状態,さらには突然死に至った例まで報告されている.このため,個々のRA患者の治療方針を決定するに当たっては頚椎病変の把握は必須であり,その病態や神経障害発現機序,手術適応とその方法,そして頚椎手術患者の予後などについて十分理解しておくことが必要である.これらのRA頚椎病変は通常,保存的に加療されるが,激しい痛みや麻痺に対して手術療法が唯一の治療法となる場合も少なくない.RA頚椎に対する手術は,以前は困難を極めたが,近年のinstrumentation手術やnavigationシステムなどの開発,進歩により,最近では手術成績の向上と術後臥床期間の短縮が得られている.加えて,薬物療法も新たな展開に入っており,外科的療法を含めたRA頚椎病変の治療体系そのものを再検討する時期にある.
 さてRA環軸椎病変は,一般に四肢のRA関節炎と同様に滑膜炎から始まる.病変は関節包の弛緩と主に靱帯付着部を中心とした横靱帯などの弛緩,断裂へと進み,環軸椎間の支持機構が破綻して徐々に前方への不安定性,亜脱臼が生じる.さらに炎症が波及すると,歯突起と外側環軸関節が侵され,その破壊の程度により脱臼形態が決定される.すなわち,病変は前方脱臼から前方+垂直,前方+後方,さらに垂直や後方,側方脱臼へとRA活動性や罹病期間に伴い進行する.このため,垂直脱臼や後方脱臼は罹病期間の長いRA高度進行例に多い.脱臼により脊柱管は狭小化し,延髄・脊髄は静的に圧迫を受けて麻痺が出現する一方,環軸椎の不安定性による動的因子によっても脊髄麻痺が発症する.さらに前述した骨性因子による脊髄症発現機序に加えて,RAでは歯突起周囲の滑膜炎による軟部組織の腫脹や肉芽組織,さらに硬膜周囲の肉芽組織や索状物による狭窄なども脊髄症発現因子となる.特に歯突起後方の腫瘤はMRIにより画像的に描出される.この歯突起後方腫瘤には2つの病態があり,四肢のRA関節炎と同様に滑液の貯留と,滑膜組織・肉芽の増殖である.不安定性は単純X線機能撮影で評価し,脊髄圧迫の有無についてはMRIを用いて評価することが妥当である.垂直脱臼は多関節破壊型やムチランス型,長期罹患例にみられる.この脱臼・不安定性に伴う神経障害は,脳幹・下位脳神経症状として嚥下困難や構音障害,意識障害,顔面の知覚障害などがある.これに脊髄障害として四肢麻痺が加わると,いわゆるpentaplegia型の重篤な麻痺となる.また,延髄高位で脊髄呼吸中枢が障害されるとrespiratory quadriplegia型の麻痺を呈する.RA頚椎病変は環軸椎の前方不安定性,亜脱臼に関しての詳細な報告は多いが,上位頚椎病変の中でも最も注意すべき病態である垂直脱臼に関してまとまった報告は意外と少ない.このため本シンポジウムでは,特にこの病態の中でも高度,重症垂直脱臼例に対して豊富な経験を有する清水敬親先生に執筆をいただいた.

RA環軸関節亜脱臼に対するMagerl法施行例の検討

著者: 松本守雄 ,   千葉一裕 ,   石井賢 ,   小川祐人 ,   高石官成 ,   中村雅也 ,   戸山芳昭

ページ範囲:P.1257 - P.1262

 抄録:RA環軸関節亜脱臼(AAS)による脊髄麻痺例や激烈な頚部痛例に対しては環軸関節後方固定術が一般に行われる.本研究ではAASに対しMagerl法を行ったRA患者32例(男3例,女29例,手術時平均年齢58歳)を対象に,臨床症状,X線所見,骨癒合状態,周術期合併症について調査した.術前頚部痛は全例に,脊髄症状は11例に認め,それぞれ調査時1例を除いて改善が得られた.骨癒合率は97%であった.合併症はスクリュー刺入不良2例,スペーサーの沈下2例,ケーブルのたわみを15例に認めたが,重篤なものはなかった.Magerl法は固定性に優れ骨癒合率も良好で,AASの頚部痛軽減,麻痺の改善に有用であった.

RA中下位頚椎病変の病態と手術治療

著者: 鐙邦芳

ページ範囲:P.1263 - P.1269

 抄録:RAによる中下位頚椎病変に脊髄障害を伴う場合,手術適応となることが多い.その際,明らかな椎間不安定性や後弯変形を伴う場合,除圧と同時再建が必要となる.様々な病態の頚椎再建に有用な頚椎椎弓根スクリュー固定法はRAによる中下位頚椎病変にも威力を発揮するが,変形によるスクリュー刺入点の同定の困難性,骨脆弱性などにより,その実施には様々なリスクと困難がつきまとう.多くの頚椎手術の経験,胸椎・腰椎における多くのinstrumentation手術の経験を積んでから取り組むべきである.

ナビゲーションシステムを用いたRA頚椎の手術法

著者: 星地亜都司 ,   中村耕三

ページ範囲:P.1271 - P.1276

 抄録:RA頚椎不安定性病変に対し,コンピュータナビゲーションガイド下に行う術式の概要と32例の成績を報告した.1例の深部感染があったが,神経血管損傷,ハードウェア破損などが発生せず,椎弓根経由のスクリューを用いた方法は固定性が良好であった.術後CT評価で骨皮質を越えたものが,椎間関節スクリューで38本中1本,椎弓根スクリューでは55本中7本あった.

頚椎RA病変に対する手術成績と予後

著者: 石井祐信 ,   近江礼 ,   中條淳子 ,   小圷知明 ,   渡邊雅令 ,   小川真司 ,   星川健 ,   両角直樹

ページ範囲:P.1277 - P.1282

 抄録:頚椎RA手術例223例の手術成績,予後について検討した.脊髄症による術前歩行不能68例中38例(55.9%)が術後歩行可能となった調査時のADLは,自立24例(10.8%),ある程度自立35例(15.7%),部分介助33例(14.7%),全面介助29例(13.0%),不明25例(11.2%),死亡77例(34.5%)であった.死亡年齢の平均は69.0歳,術後生存期間は平均4.3年であった.脊髄症は重症化するほど手術成績が劣る.手術的治療は有効であるが,早期診断,早期手術が重要である.

RA上位頚椎病変に対する環軸関節後方固定術の手術手技上の合併症とその対策

著者: 加藤義治 ,   中津井美佳 ,   久保田元也 ,   金谷幸一 ,   和田啓義 ,   伊藤達雄

ページ範囲:P.1283 - P.1289

 抄録:RA上位頚椎病変に対するMagerl & Brooks法を安全に行うためには,術前CTにより椎骨動脈の走行(特にhigh riding VA),奇形(fenestration),安全域などを把握する.カーボン製Mayfieldなどを装着し,脊髄モニタリング(MEP),X線イメージ透視下でC1-2関節の正確な正面像・側面像の確認する.KT-deviceなどでスクリューを安全域に,術後下位頚椎アラインメントに影響を及ぼさない至適なC1-2角で挿入すべきである.さらに完全な整復下にワイヤー(現在は紐)を通すことも重要である.

RAにおける頭蓋頚椎移行部垂直性不安定性の病態と外科的治療

著者: 清水敬親 ,   笛木敬介 ,   登田尚史 ,   井野正剛 ,   田内徹

ページ範囲:P.1291 - P.1298

 抄録:RA頚椎病変における頭蓋頚椎移行部の垂直性不安定性は,後頭環軸関節部に何らかのbone lossを生じた結果であり,保存療法では容易には対処しえない.矢状面における単なる環軸椎亜脱臼に比し全身状態も悪い場合が多い.頭蓋直達牽引による術前整復は,患者の症状変化を確認しながら行える点で安全性が高い有用な手段である.これで得られた整復位をinstrumentationを併用した後方固定で維持する方法が,全身管理上も有効である.固定頭頚位の決定は術後の呼吸・嚥下に大きな影響を与えるため慎重かつ正確な手技が望まれる.

論述

初回手術後遺残軟部肉腫に対する追加手術の治療成績―手術計画におけるMRIの有用性

著者: 山田仁 ,   菊地臣一 ,   田地野崇宏 ,   武田明 ,   佐藤勝彦

ページ範囲:P.1299 - P.1305

 抄録:初回に不十分な手術を施行された軟部肉腫症例は,不幸な転帰となることが多い.これらの症例に対して,予後を改善すべくMRIを用いて切除範囲を決定した後に追加手術が実施された18症例の治療成績について検討した.発生部位は体幹6例,四肢12例であった.術後経過観察期間は14~120カ月(中央値42.5カ月)であった.MRIは,主として造影MRI,あるいは脂肪抑制造影MRIが用いられた.追加手術後の切除縁評価では,広範切除縁が12例(67%),腫瘍辺縁部切除縁が6例(33%)あった.追加手術後の局所再発は4例(22%)に認められた.再発した4例のうち,重複例も含まれるが,脂肪抑制していないMRIを用いた3例,腫瘍辺縁部切除縁3例,および体幹発生が3例含まれていた.脂肪抑制していないMRIを用いて計画した再手術,腫瘍辺縁部切除縁,および体幹発生例に追加手術後の局所再発が多い傾向が認められた.

転移性骨盤部骨腫瘍に対するSAP-MS(superabsorbent polymer microsphere)を用いた経カテーテル的動脈塞栓療法

著者: 濱田健一郎 ,   中西克之 ,   世古宗仁 ,   大野一幸 ,   篠田経博 ,   大須賀慶悟 ,   堀信一 ,   吉川秀樹

ページ範囲:P.1307 - P.1314

 抄録:転移性骨盤部骨腫瘍症例6例に対し,疼痛緩和およびADL改善の目的で塞栓物質としてSAP-MSを用いて経カテーテル的動脈塞栓療法(TAE)を行い,その効果と安全性を検討した.4例は,TAEの前後に放射線療法,化学療法を併用した.全例に疼痛の軽減(平均232日間)およびADLが改善し,画像上もMRI T1強調画像(造影)にて腫瘍内部に壊死像が認められた.皮膚壊死など重篤な合併症は生じず安全に施行可能であった.TAEは,他に有効な治療法のない転移性骨盤部骨腫瘍症例にとって疼痛緩和およびADLの改善が得られる1つの有効な治療法と考えられた.

鏡視下肩峰下除圧術後における単純X線像の経時的変化―前向き研究

著者: 宍戸裕章 ,   菊地臣一 ,   紺野慎一

ページ範囲:P.1315 - P.1319

 抄録:腱板完全断裂に対する鏡視下肩峰下除圧術(ASD)術後の変形性肩関節症と上腕骨頭上方化の経時的変化と自覚症状との関連を明らかにすることを目的とした.術前,術後6カ月,および術後2年に単純X線像を撮影し,変形性肩関節症と上腕骨頭上方化の程度を検討した.さらに,単純X線像の変化と治療成績との関連を検討した.変形性肩関節症の進行は4肩(15%)に,上腕骨頭上方化の進行は3肩(12%)に認められた.ASD術後2年の時点では,変形性肩関節症や上腕骨頭上方化が進行しても,それに伴う治療成績の悪化は認められなかった.

連続講座 整形外科領域の再生医療③

末梢神経領域における再生医療

著者: 村上健 ,   越智光夫

ページ範囲:P.1321 - P.1325

 抄録:自家神経移植で対応できない末梢神経の広範囲の欠損に対して,人工神経の開発が望まれている.しかし非生体材料を用いたチューブでは再生できる神経の長さに限界があることが明らかとなり,現在では各種細胞やたんぱく質を用いた人工神経の研究が行われている.本論文では神経栄養因子やシュワン細胞などの細胞を用いた人工神経の論文およびわれわれが行った神経幹細胞を用いた人工神経について述べた.最近では再生できる神経の距離は飛躍的に向上しているが,今後は採取が容易なドナー細胞を使用し,より質の高い神経再生が望まれる.

統計学/整形外科が知っておきたい

12.比例ハザードモデル―比例という名のハードル

著者: 小柳貴裕

ページ範囲:P.1326 - P.1332

 生存分析に関わる種々のバイアスは判読者はもちろんのこと,解析側ですら完全な掌握は簡単ではない.打ち切りも扱える比例ハザードモデルはいくつもの予後因子を同時に扱え,バイアスを調整しうる画期的手法として脚光を浴びてきた.しかし,一見夢のような解析法である本モデルにも限界と陥穽があることを認識し,批判的に吟味されなければならない.

国際学会印象記

「The Society for Neuroscience」に参加して

著者: 小川祐人

ページ範囲:P.1334 - P.1335

 2003年の11月8日から12日まで,ルイジアナ州ニューオリンズで開催された第33回「The Society for Neuroscience」(アメリカ神経科学会)に参加しました.本学会は中枢および末梢神経系の基礎および臨床的研究をカバーした世界最大規模の学会です.世界各国から演題が寄せられ,今回も15,000を越す演題が5日間にわたって発表されました.口演は演題の約1割で他は全てポスター発表でした.演題はテーマ別に発生,シナプス伝達,運動神経系,感覚神経系,自律神経系・神経内分泌系,認知と行動,神経および精神医学の7つに分類されており,神経系についてのほとんどすべての領域が網羅されています.これだけの規模なので,興味のある演題をすべて見ることは不可能です.私は,われわれの研究チームの研究課題である「脊髄損傷に対する新規治療法の開発」に関連する脊髄損傷と神経幹細胞の2つのサブテーマに絞り,ポスター発表および口演に参加しました.それでも神経幹細胞のセッションが5つ,脊髄損傷のセッションが9つあり,150を越える演題数がありました.
 ここ数年で脊髄損傷の治療に関する研究は大きく進歩しました.その研究の多くはマウスやラットなどの齧歯類を用いたものでした.しかし,齧歯類の脊髄はヒトのそれとは伝導路の配置が異なっており,さらに齧歯類では脊髄にも運動中枢が存在しているため,中枢からの刺激がなくとも末梢からの刺激のみで後肢を動かすことが齧歯類においてはある程度可能です.このようにヒトと齧歯類では脊髄の構造も機能も異なっているため,齧歯類における研究成果のみでは研究成果を実際の臨床へ応用することは難しいと考えられます.今回の学会で目を引いたのは,このことを考慮し,ヒトと同じ霊長類であるサルを用いた動物実験の発表が数題あったことです.具体的には,脊髄損傷後の損傷軸索の再伸長を妨げる因子として知られているNogoの作用を抑制する抗体を,頚髄を半切(右または左1/2を)したmacaque monkeyの脊髄損傷部に損傷後1カ月間持続投与する実験が発表されていました.同様な実験は以前にラットを用いて報告されています.今回の発表では抗体を投与したサルでは投与していないサルに比べ前肢の巧緻運動に改善がみられたとの報告がなされていました.しかし,この発表で使用したサルは合計2匹で,内容的にはこれからというものでした.また,macaque monkeyの胸髄完全切断モデルを作成し,このサルを生存させ,さらに後肢の運動機能をサイベックスを用いて測定することに成功したとの発表がありました.他にも2題サルを実験動物として用いた演題がありましたが,これら4題とも実験に用いたサルの匹数は2~3匹で,機能評価以外には病理解析などの詳細な評価はなされていませんでした.サルは齧歯類と異なり,1匹あたり使用コストが高く,脊髄損傷作成時および作成後の管理が煩雑であることから,なかなか大規模な実験を行うことは難しいと思われます.しかし今後の臨床応用を考えた場合,齧歯類とその構造および機能が大きく異なるヒトの脊髄では,他の臓器と異なりサルを用いた実験が臨床応用の前段階として重要と思われます.今後サルを用いた発表が増えてくると思われました.

連載 整形外科と蘭學・10

奥田万里と木骨

著者: 川嶌眞人

ページ範囲:P.1336 - P.1338

 大坂の各務文献の学問的系統は子孫の相次ぐ夭折のため,門人である奥田万里に伝えられた.万里の父は奥田直行,大坂の整骨医で各務文献の「整骨撥乱」の叙を書いている.万里は字を周道,号を萬里,堂号を釣玄堂といった.父直行とともに,各務文献に整骨術を学び,草野,古墳の間に骨骸を収集して,各務木骨の基礎作りに参画したのみならず,人骨をモデルとして,細工師池内某に木骨を作製させた.蒲原宏氏の著作によれば,友人の尾張藩医で蘭方医の吉雄俊蔵の奨めにより,名古屋藩医学館に木骨と文献の著書「整骨新書」と自著「釣玄四科全書整骨篇」2巻,ならびに「筋骨療治目次」を献納したということから,名古屋における整骨医としては当時を代表する人物であったと思われる.
 「釣玄堂門下誓約名簿」によると,12人の門人が萬里から修行印可を授与されている.弟子たちは福井,鳥取,大坂からも来ていたことからして,その名声は周辺の藩にまで届いていた模様である.万里の著書としては,「釣玄全書外科篇金創方論」3冊,「釣玄四科全書整骨篇」1冊,「釣玄流四科醫術凡例」1巻がある.万里はオランダ語を解読する力はなく,漢方と蘭方の折衷医であった.

症例報告

大転子部に発生したサルモネラ菌による骨髄炎の1例

著者: 松原秀憲 ,   北野慎治

ページ範囲:P.1343 - P.1347

 抄録:大転子部に発生したサルモネラ菌による骨髄炎の稀な1例を経験した.症例は36歳,男性であり,誘因なく左股関節から大腿部にかけての疼痛,39℃台の発熱が出現した.近医内科で抗生剤の点滴投与を受けたが軽快せず,2週間後当院に紹介となった.初診時,左股関節から大腿部にかけて強い圧痛を認め歩行困難であった.体温は38.5℃.消化器,呼吸器症状は認めなかった.臨床検査上,白血球13,000,C反応性蛋白4.2と感染徴候を認めた.MRI,CTより左大腿骨骨髄炎,大腿外側広筋内膿瘍と診断した.入院当日より抗生剤の点滴投与を行い約3日で発熱は治まったが,疼痛が残存しており,手術を施行した.骨孔を開窓し,内部を十分に掻爬した.組織よりSalmonella tennesseeが検出された.術後2カ月の現在,感染徴候は認めず疼痛も消失した.

下肢に発生した巨大グロームス腫瘍の1例

著者: 三輪真嗣 ,   土屋弘行 ,   白井寿治 ,   山本憲男 ,   富田勝郎 ,   湊宏

ページ範囲:P.1349 - P.1353

 抄録:症例は34歳の女性で,右足関節内側に発生した13×14cmの軟部腫瘍を主訴として来院した.X線で石灰化を認め,CT,MRIでは,足関節周囲,膝窩にも多発性に同じ腫瘍病変を認めた.血管造影,201Tlスキャンともにすべての腫瘍に集積があった.以上から悪性腫瘍を疑ったが,生検術の結果はグロームス腫瘍であり,摘出術を施行した.グロームス腫瘍は通常1cm以下で爪周囲に多い単発性の腫瘍であるが,本例は巨大で多発性に発生しており,今後も再発についての注意深い経過観察が必要と考えられる.

両上腕骨に脆弱性骨折を生じた小児大腿骨骨肉腫の1例

著者: 小山内俊久 ,   石川朗 ,   土屋登嗣 ,   小林真司 ,   高木理彰 ,   荻野利彦

ページ範囲:P.1355 - P.1358

 抄録:われわれは左大腿骨骨肉腫の患肢温存手術後,両上腕骨に脆弱性骨折を生じた1例を経験した.症例は7歳の男児である.術前化学療法を1クール施行し,腫瘍切除とパスツール処理骨による患肢再建を行った.術後化学療法は4クール施行した.パスツール処理骨の骨癒合が遅れたため,両松葉杖による免荷を指示した.術後8カ月で右上腕骨に,術後18カ月で左上腕骨に脆弱性骨折を生じた.上肢の脆弱性骨折は稀であるが,松葉杖使用中の小児骨肉腫患者では注意を要する.脆弱性骨折の基盤にはmethotrexate osteopathyがあると思われた.

Cool-tipラジオ波凝固システムを用いて治療した類骨骨腫の1例

著者: 加藤雅敬 ,   穴澤卯圭 ,   矢部啓夫 ,   森岡秀夫 ,   三浦圭子 ,   戸山芳昭 ,   白神伸之

ページ範囲:P.1359 - P.1363

 抄録:近年,類骨骨腫に対する治療としてCTガイド下経皮的切除術が一般化しつつあり,さらなる低侵襲手術を期待したCTガイド下ラジオ波焼灼術(RFA)の報告例も散見される.今回われわれは,夜間痛,X線,CTなどから右けい骨類骨骨腫と診断した10歳の女児に対し,CTガイド下に内部冷却機構を備えたCool-tipラジオ波凝固システムを用いて手術を行った.術翌日より症状は消失し,術後2年の時点で症状の再発はない.CTガイド下RFAによる小侵襲手術は早期より日常生活への復帰が可能であり,今後,症例によってはさらに用いられるべき治療法であると思われる.

有頭骨骨内ガングリオンの1例

著者: 星野祐一 ,   山崎京子 ,   金谷貴子 ,   佐藤啓三 ,   笠原孝一 ,   金村在哲 ,   伊藤研二郎 ,   三浦寿一 ,   井口哲弘

ページ範囲:P.1365 - P.1368

 抄録:症例は13歳,女性,バスケットボール県代表選手.主訴は右手関節痛である.単純X線およびCT検査にて有頭骨内に辺縁硬化像を伴う円形の囊腫様透明巣を認め,MRI像ではT1強調像で低信号,T2強調像で高信号を呈していた.病巣掻爬および自家骨移植術を施行した.術中,病巣部の硬化した壁を切除するとゼリー状の物質を認め,病理所見からも一部粘液腫様変化のある線維性の組織を認めた.手根骨骨内ガングリオンはしばしば報告例をみるが,有頭骨発生例は自験例を含めても12例と非常に稀である.また,本症例は13歳と若年であり,今後長く高いレベルのスポーツ活動(バスケットボール)を行っていくことを考慮し,できるだけ健常組織を温存する目的で背側よりアプローチした.掌側の病巣も十分掻爬可能であり,術後経過は極めて良好であった.

基本情報

臨床整形外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1286

印刷版ISSN 0557-0433

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