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雑誌目次

雑誌文献

臨床整形外科41巻1号

2006年01月発行

雑誌目次

視座

整形災害外科学研究助成財団ならびに今後の骨・関節研究体制について

著者: 山内裕雄

ページ範囲:P.3 - P.5

整形災害外科学研究助成財団

 本財団は1978年,京都で大成功裡に開催された第14回国際整形災害外科学会(SICOT)での剰余金に新たな寄付金を加え,1983年1月に研究助成事業を目的とする財団法人として認可・設立されたものである.初代理事長は故天児民和九大名誉教授,その後,津山直一東大名誉教授に受け継がれ,昨年2月の津山先生ご逝去にともない,5月から不肖私がその重責を担うこととなった.当初は預金利子から研究助成金・外国研究者招聘費などを支出してきた.しかし国からの補助金のない真のボランティア財団であり,近年の超低金利により管理運営費支出もままならない,基本財産さえ食いつぶさなくてはならないという事態となり,一時解散案さえ出たが,いったん解散してしまったら再設立は極めて困難であろう,なんとか細々ながらも存続させよう,そのためにはこの際大いに活性化をはかろう,という理事会の意向で現在動いている.

 諸外国の学会にはその背後に財政的支持基盤としてFoundationを持つところが多く,国によっては寄付金に免税措置が与えられている場合もある.しかし「文化国家」日本にはそのような特典はなく,所轄官庁である文部省は「監督指導」だけという情けない状態にある.

論述

大後頭孔拡大術における手術操作の安全域―解剖学的検討

著者: 渡辺和之 ,   菊地臣一 ,   紺野慎一

ページ範囲:P.7 - P.11

 後頭骨の安全域を明らかにするために,日本人成人頭蓋骨標本52体を用いて解剖学的検討を行った.横洞溝,乳突孔,および顆管を同定し,それらの存在する範囲の計測を行った.横洞溝は.外後頭隆起より2.2cm以上尾側には存在せず,乳突孔は正中から3.6cm以内には存在しなかった.顆管と大後頭孔縁からの最短距離は約4mmであった.以上の結果から,後頭骨の安全域は,外後頭隆起より2.2cm以上尾側で,外側3.6cm以内の範囲で,なおかつ,大後頭孔外側縁から4mm以内の範囲であるといえる.

腰椎変性すべり症に対するpedicle screw併用後側方固定術の術後長期における矢状面アライメント

著者: 森英治 ,   芝啓一郎 ,   植田尊善 ,   加治浩三 ,   弓削至 ,   河野修

ページ範囲:P.13 - P.20

 腰椎変性すべり症に対するpedicle screw併用後側方固定術後に9年以上が経過し,直接検診できた31例(男10例,女21例,平均年齢59.8歳)に対し長期成績を調査した.術後の矯正位は保持されなかった.後弯位すべり群は平行・前弯位すべり群に比し,前弯度の小さな固定角となってしまい,術前からの腰椎前弯減少とあいまって脊柱矢状面バランスが前方偏位する傾向にあった.術後の腰椎前弯増減には近位腰椎前弯増減が関与していた.後弯位すべり例には近位腰椎前弯増加などの代償機能が働かないと矢状面バランスの前方偏位が生じるおそれがあるため,後方椎体間固定術のほうが適切と考えられた.

体幹前屈動作中の腰椎に対する機械的負荷と体幹筋活動の関係

著者: 高橋一朗 ,   菊地臣一 ,   佐藤直人 ,   佐藤勝彦

ページ範囲:P.21 - P.28

 健常者の体幹前屈動作中の椎間板内圧,姿勢変化,および体幹筋活動を同時に測定し,荷重負荷の影響を理論値と比較し検討した.その結果,機械的負荷は体幹傾斜角度に比例して増加し,同時に背筋の筋活動も活発化したが,腹筋はほとんど活動しなかった.一方,荷重による負荷の増大量は,いずれの傾斜角度においても実測値が理論値を上回っていた.この差には主に背筋による負荷の増大が関与していると推定された.すなわち,前屈動作による腰椎への負荷の増大には,体幹傾斜に伴う物理学的増大と,背筋の活動による生体力学的増大がある.

連載 日本の整形外科100年 1

整形外科学導入前夜

著者: 蒲原宏

ページ範囲:P.30 - P.32

西洋外科への夜明け

 江戸期においてすでに西洋の整形外科的治療法は,18世紀初期にフランスのAmbroise Paré(1510~1590)の『Les(Euvres de M. Ambroise Paré(外科全書)』と,ドイツのJohann Schultes〔Scultetus〕(1595~1645)の『Armamentarium Chirurgicum(外科の兵器庫)』の2冊のオランダ語版を主なる幹とし,若干その他の外科書を参考とした抄訳編集が長崎の通詞外科医らによって行われることで,日本に紹介されはじめた.

 楢林鎮山(栄久・1648~1711)が1706年にまとめた『紅夷外科宗伝』と,西 玄哲(1681~1760)が1735年にまとめた『金瘡跌蹼療治之書』がそれであったが,何れも家伝の秘密の書であった.一族の医師か,特別に許された門人だけに写本が許されるだけで,情報の伝達は遅く,普及の範囲は限られていた.ようやく1767年に京都・伏見の外科医 伊良子光顕(1735~1797)が前記2書と極めて似た内容の『金創秘授 外科訓蒙図彙』を出版したが,普及範囲は限られ,16~17世紀の西洋外科の水準にすぎなかった.

医者も知りたい【医者のはなし】 18

日本赤十字創始者 佐野常民(1822-1902) その3

著者: 木村專太郎

ページ範囲:P.34 - P.36

■はじめに

 前回(40巻10号,12号)では,慶応3(1867)年,佐野常民が45歳のときパリ万博に佐賀藩代表として派遣され,そこで欧州にはすでに国際赤十字社が組織されていることを知り,パリ万博が終了して,ロンドンに滞在しているときに,戌辰の役の知らせを受けて,急遽帰国するところまでを述べた.

 今回は,ウィーン万博日本代表副総裁となり,帰国後,明治10年の西南の役のときに,熊本で「博愛社」を結成し,野戦病院を建設して,両軍の戦傷者の救済にあたった,常民の活躍を述べたい.

臨床経験

下垂足を呈した腰椎椎間板ヘルニアの検討

著者: 飯塚陽一 ,   飯塚伯 ,   堤智史 ,   中島飛志 ,   関隆致 ,   高岸憲二

ページ範囲:P.37 - P.40

 下垂足を呈した腰椎椎間板ヘルニアの病態と臨床成績を検討した.前けい骨筋筋力が徒手筋力テスト3以下であった12例を対象とした.男性7例,女性5例,平均年齢は45歳であった.9例には手術を,3例には保存的治療をそれぞれ行った.術中所見ではsequestrationタイプによる複数根障害例が多かった.手術は概ね良好な成績であったが成績不良例も存在した.保存的に経過をみた3例ではいずれも良好な筋力の回復がみられた.

腰部脊柱管狭窄症に対する直視下片側進入両側除圧術

著者: 武井寛 ,   林雅弘 ,   後藤文昭 ,   橋本淳一 ,   千葉克司

ページ範囲:P.41 - P.46

 混合型腰部脊柱管狭窄症に対する片側進入両側除圧術を直視下に行い,その成績を評価した.24例を対象とし,原則として症状の優位側から進入し,全46椎間に除圧を行った.術中所見,術後のCTから,全椎間で反対側神経根の除圧が可能であった.他施設で両側開窓術が行われた16例を比較対象として成績を比べると,手術時間,出血量,術前術後JOAスコア,改善率などにおいて有意な差を認めなかった.脊柱の後方支持組織,ならびに反対側の傍脊柱筋を温存しうる本術式は開窓術に比べてより低侵襲と考えられた.

骨原発悪性リンパ腫の検討

著者: 中島浩敦 ,   紫藤洋二 ,   浦川浩 ,   吉岡裕 ,   片岡孝江 ,   新井英介

ページ範囲:P.49 - P.52

 骨原発悪性リンパ腫(PLB)9例(男性3例,女性6例,平均年齢64歳)について検討を行った.平均経過観察期間は19カ月であった.臨床病期はIE期が6例,IV期が3例であった.病理組織型は全例びまん性B細胞性大細胞型であった.治療は,化学療法が全例に,放射線療法(30~40Gy)が7例に行われた.8例で浸潤性骨破壊を示し,骨外腫瘤が認められた.治療後,6例(66.7%)で完全寛解が得られた.5年累積生存率は58.3%であった.PLBの治療成績は化学療法と放射線療法により,比較的良好である.

PCA(patient-controlled analgesia)を用いた持続硬膜外麻酔(PCEA)による人工膝関節置換術後の疼痛管理

著者: 浅野浩司

ページ範囲:P.53 - P.56

 人工膝関節置換術後(TKA)の疼痛管理にはPCEA(patient-controlled epidural analgesia)が有効であるが,その適切な投与量について明らかにされていない.われわれは,TKA術後に基礎持続投与4ml/時間,ボーラス投与2ml(4ml/h群)と基礎持続投与2ml/時間,ボーラス投与4ml(2ml/h群)にてPCA(patient-controlled analgesia)を行った.どちらの投与法が望ましいかを調べるため,両群について,ボーラス投与の回数,坐剤の使用個数,術後6時間,24時間の疼痛,合併症について検討を行った.2ml/h群では術後24時間の疼痛が少なく,尿閉を生じた症例は認められず,2ml/h群がよりよい投与法と考えられた.

18歳以下の腰椎椎間板ヘルニア手術例の検討

著者: 西登美雄 ,   湊貴至 ,   谷貴行 ,   木島泰明

ページ範囲:P.57 - P.60

 18歳以下の腰椎椎間板ヘルニア手術例は,当科本手術例全体の2.3%に相当する10例(男6,女4)であった.BMI 25以上の肥満症例を5例(50%)に認め,誘因としてスポーツが4例(40%)で関与していた.MRI撮像6例中,4例(66.7%)で当該椎間板以外の変性を,CTでは椎間関節非対称性を4例(40%)に認めた.臨床像は下肢伸展挙上テスト(SLR),腰痛の障害度に著しい特徴があった.ヘルニアは被膜下脱出が9例(90%)を占め,apophysis解離は3例(30%)に上った.手術よる改善率(平林法)は83.1%と良好であった.

症例報告

激しい大腿外側部痛を主訴に初診したcalciphylaxisの1例―calciphylaxisの特徴について

著者: 善家雄吉 ,   馬場賢治 ,   筬島明彦 ,   大西英生 ,   沖本信和 ,   平澤英幸 ,   中村利孝

ページ範囲:P.63 - P.66

 大腿外側部の激しい疼痛にて初診した,末期腎不全患者の約1%程度に発症するとされるcalciphylaxisの1例を経験した.症例は58歳の男性,50歳時に慢性腎不全と診断され,51歳時に腹膜透析(CAPD)を開始,56歳時に,副甲状腺摘出術を施行している症例である.入院後,病態確認のための筋膜切開を行った.しかし創部は徐々に潰瘍化し,会陰部・頭部にも出現した.高圧酸素療法(HBO2)と対症療法を行ったが,創は治癒しなかった.治療の甲斐なく,発症から149日目に敗血症にて永眠された.

投球動作により生じた大腿骨骨幹部骨折の1例

著者: 吉田清志 ,   山本鉄也 ,   斎藤正伸 ,   前田ゆき ,   田村裕一 ,   邉見俊一 ,   金澤淳則 ,   米延策雄

ページ範囲:P.67 - P.70

 投球動作により生じた大腿骨骨幹部骨折の1例を経験した.16歳,男性,野球部の投手.投球動作時に右膝関節痛を自覚するも放置していた.1カ月後に投球動作の際に右大腿部に激痛を自覚し歩行困難となった.単純X線像では右大腿骨骨幹部遠位1/3に転位のある横骨折を認めた.投球動作による疲労骨折と考え,観血的整復固定術を施行した.大腿骨骨幹部疲労骨折は長距離ランナーなどで報告があり,初発症状は膝関節痛が最も多い.スポーツ選手が動作時膝関節痛を訴えた場合,大腿骨骨幹部疲労骨折の可能性も留意する必要性があると考えられた.

経椎体前方除圧術を行った第2/3胸椎椎間板ヘルニアの1例

著者: 出村諭 ,   川原範夫 ,   村上英樹 ,   茂住宜弘 ,   藤巻芳寧 ,   富田勝郎

ページ範囲:P.71 - P.76

 経椎体前方除圧術を施行した第2/3胸椎椎間板ヘルニアの1例を経験した.症例は51歳の男性で,第2/3胸椎椎間板ヘルニアによる急速な排尿障害,歩行障害が出現した.手術は頚椎前方アプローチを下方に延長し,胸骨を縦割せず,T2椎体前上縁からT2/3椎間板脱出部に向かって経椎体アプローチによる前方除圧術を施行した.術後症状は改善し,独歩可能となった.本法は正中ヘルニアを前方,正面から除圧可能である前方進入の利点を有し,また胸骨柄縦割が不要であり,安全に,低侵襲に手術を行うことが可能であった.

壊死性筋膜炎の所見を認めなかった劇症型A群連鎖球菌感染症(TSLS/toxic shock-like syndrome)の1例

著者: 中西美紗 ,   横田和典 ,   下瀬省二 ,   越智光夫 ,   酒井浩 ,   出口奈穂子 ,   谷川攻一 ,   新田泰章

ページ範囲:P.77 - P.81

 今回われわれは早期の減張切開によって救命しえた,壊死性筋膜炎を伴わない劇症型A群連鎖球菌感染症(TSLS)を経験したので報告する.患者は感冒様症状が出現した翌日にプレショック状態に陥り,当科ICUに搬送された.右下肢の壊死性筋膜炎が疑われ,緊急に減張切開を行った.手術中の所見から壊死性筋膜炎は否定されたが,術中採取した浸出液の培養でA群連鎖球菌が検出された.術後抗生剤を変更し,炎症所見,血圧の改善を認めた.本症例は壊死性筋膜炎の所見を認めないTSLSであったが,手術により病巣確認,減圧,検体採取ができ,その後の治療に役立った.また,下肢筋肉内圧上昇から生ずる二次障害を予防することができた.本症は特別な基礎疾患のない患者においても病態が急速に進行し,迅速な治療を行わなければ極めて致死率が高い疾患であるため,化膿性軟部組織炎に全身状態の悪化がみられた時点で早急に手術に踏み切ることが重要である.

髄内髄外に発生した脊髄血管芽腫の1例

著者: 高橋信太郎 ,   宮内晃 ,   白隆光 ,   奥田真也 ,   岩崎幹季 ,   小田剛紀 ,   山本和巳 ,   山本弘志 ,   西塔進

ページ範囲:P.83 - P.86

 硬膜内髄外腫瘍と術前診断したが,実際には髄内から髄外に進展した脊髄血管芽腫の1例を経験した.症例は43歳の男性.主訴は腰背部痛.理学所見は下肢深部腱反射が亢進していたが,筋力・知覚は正常であった.MRI T2強調像でTH9・10硬膜内右側に高信号を示す腫瘍が見られ,カドリニウムで均一に増強された.脊髄造影後CTで脊髄と個別に腫瘍が右側に偏在していた.画像所見から硬膜内髄外腫瘍と診断し手術を行ったが,実際には髄内に腫瘍が存在し髄外に進展していた.病理所見でstromal cellが観察され,血管芽腫と診断した.

基本情報

臨床整形外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1286

印刷版ISSN 0557-0433

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