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盛り上がらない「作業関連上肢筋骨格系障害」の議論
著者: 平田仁1
所属機関: 1名古屋大学医学部手の外科学
ページ範囲:P.191 - P.193
文献購入ページに移動現在欧米では,職場における筋骨格系障害の原因や対策について熱い討論が繰り広げられている.筋骨格系障害には手根管症候群,テニス肘,頚肩腕痛,腰痛などが含まれるが,これらの疾患では1回の負荷では組織損傷を起こさない程度の負荷が骨格筋,靱帯,腱,神経,椎間板といった組織に繰り返し加わること(repeated trauma)により発症する可能性が繰り返し指摘されてきている.アメリカのNational Institute of Occupational Safety and Health(NIOSH)の統計によれば,成人人口の7%が筋骨格系障害に悩み,医療機関を受診する患者の14%,入院患者の実に19%を筋骨格系障害が占めており,最も頻度の高い疾患となっている.さらに,Bureau of Labor Statistics(BLS)の報告では,労働者に発生する筋骨格系疾患の実に62%がrepeated traumaによるものであり,それによる欠勤は70万5,800件に上り,年間130億から200億ドルの費用がその欠勤と補償に費やされている.作業に関連して発生する筋骨格系障害のほとんどは腰痛と手根管症候群をはじめとする上肢筋骨格系障害で占められ,平均欠勤日数は後者が腰痛よりも長く,このため社会経済的負担もより大きいとされる.しかし,これら障害の発生には個人の身体的・心理的要素,職業,仕事以外の活動,社会的要素などが複雑に関与するものと考えられ,発症における作業関連性を判断することは容易ではない.アメリカではこの問題を科学的に検証するため1998年にGovernment Board of the National Research Councilに整形外科,産業医学,疫学,人間工学,人間学,統計学,危機管理の分野の専門家が召請され,過去の疫学研究の大規模なレビューを行い,EBMを検証し,筋骨格系障害の多くに職場や作業という外的因子が関与すると結論した.同様の試みはそれ以前にも前出のNIOSHで行われており1997年にA Critical Review of Epidemiologic Evidence for Work-Related Musculoskeletal Disorders of the Neck, Upper Extremity, and Low Backとして纏められ,ホームページ上で公開されている(http://www.cdc.gov/niosh/docs/97-141/97-141pd.html).これらの情報は日本整形外科学会も見落としていたわけではなく,日本整形外科学会産業医委員会が大井利夫理事,菊地臣一委員長の元でNational Research Councilの報告書を邦訳し,2001年に金原出版から『作業関連筋骨格系障害・エビデンスの検証』として出版している.その序文では菊地委員長が「本書の結論には,反発を含め大きな反響があり,それは今も続いている.本書の翻訳が職場における四肢・体幹の筋骨格系障害を再検証するきっかけになれば幸いである」と結び,この問題への整形外科医の注意を喚起している.
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