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文献詳細

雑誌文献

臨床整形外科42巻3号

2007年03月発行

文献概要

視座

盛り上がらない「作業関連上肢筋骨格系障害」の議論

著者: 平田仁1

所属機関: 1名古屋大学医学部手の外科学

ページ範囲:P.191 - P.193

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 2005年の労働衛生対策の動向によれば,現在日本の国民が抱えている最も頻度の高い身体的愁訴は,腰痛,肩こり,手足の関節痛であり,また,要介護となる原因の4位,5位にそれぞれ転倒による骨折,関節症がランクインしており,運動器疾患が医療経済に大きな負担となっていることがわかる.さらに骨粗鬆症や変形性関節症など高齢化とともに急速に発生率が上昇する疾患群の存在を考えると,運動器の疾患をどのように抑制していくかを考えることは,高齢化に向かう日本社会にとって喫緊の課題である.この問題は日本に特有のものではなく,全世界で共有されているものであり,2000年に世界保健機関(WHO)によりBone and Joint Decade(運動器の10年)の発足が宣言され,瞬く間に世界的な運動として広がり,既に90カ国以上の国々とおよそ750の学会が参加し,活発に活動を展開している.わが国でも45の学会が参加し,杉岡洋一委員長の下で「運動器の10年」日本委員会が組織され,世界の動きと連動して各地で活発に普及・啓蒙活動が展開されており,読者の中にも既にこれらの活動に参加された方も多いものと思う.運動器の治療をもっぱらとするわれわれ整形外科医にはまさに強烈な追い風が吹いており,急速な発展が期待される黄金の10年を迎えているといっても過言ではない.そんな中私には「作業関連上肢筋骨格系障害」に関してはおそらく日本だけが世界と認識を共有できていないように思えてならない.

 現在欧米では,職場における筋骨格系障害の原因や対策について熱い討論が繰り広げられている.筋骨格系障害には手根管症候群,テニス肘,頚肩腕痛,腰痛などが含まれるが,これらの疾患では1回の負荷では組織損傷を起こさない程度の負荷が骨格筋,靱帯,腱,神経,椎間板といった組織に繰り返し加わること(repeated trauma)により発症する可能性が繰り返し指摘されてきている.アメリカのNational Institute of Occupational Safety and Health(NIOSH)の統計によれば,成人人口の7%が筋骨格系障害に悩み,医療機関を受診する患者の14%,入院患者の実に19%を筋骨格系障害が占めており,最も頻度の高い疾患となっている.さらに,Bureau of Labor Statistics(BLS)の報告では,労働者に発生する筋骨格系疾患の実に62%がrepeated traumaによるものであり,それによる欠勤は70万5,800件に上り,年間130億から200億ドルの費用がその欠勤と補償に費やされている.作業に関連して発生する筋骨格系障害のほとんどは腰痛と手根管症候群をはじめとする上肢筋骨格系障害で占められ,平均欠勤日数は後者が腰痛よりも長く,このため社会経済的負担もより大きいとされる.しかし,これら障害の発生には個人の身体的・心理的要素,職業,仕事以外の活動,社会的要素などが複雑に関与するものと考えられ,発症における作業関連性を判断することは容易ではない.アメリカではこの問題を科学的に検証するため1998年にGovernment Board of the National Research Councilに整形外科,産業医学,疫学,人間工学,人間学,統計学,危機管理の分野の専門家が召請され,過去の疫学研究の大規模なレビューを行い,EBMを検証し,筋骨格系障害の多くに職場や作業という外的因子が関与すると結論した.同様の試みはそれ以前にも前出のNIOSHで行われており1997年にA Critical Review of Epidemiologic Evidence for Work-Related Musculoskeletal Disorders of the Neck, Upper Extremity, and Low Backとして纏められ,ホームページ上で公開されている(http://www.cdc.gov/niosh/docs/97-141/97-141pd.html).これらの情報は日本整形外科学会も見落としていたわけではなく,日本整形外科学会産業医委員会が大井利夫理事,菊地臣一委員長の元でNational Research Councilの報告書を邦訳し,2001年に金原出版から『作業関連筋骨格系障害・エビデンスの検証』として出版している.その序文では菊地委員長が「本書の結論には,反発を含め大きな反響があり,それは今も続いている.本書の翻訳が職場における四肢・体幹の筋骨格系障害を再検証するきっかけになれば幸いである」と結び,この問題への整形外科医の注意を喚起している.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1286

印刷版ISSN:0557-0433

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