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雑誌目次

雑誌文献

臨床整形外科45巻3号

2010年03月発行

雑誌目次

視座

改革の帰結

著者: 内田淳正

ページ範囲:P.199 - P.200

 明治18年(1885年)に福澤諭吉が脱亜論を唱えました.当時の東アジア情勢を見て彼は次のように主張します.地理的には東アジアに位置する日本であるが,その精神はすでにアジアの古い考えを脱して西洋の文明に移った.しかし,近隣の諸国は政治を改め人心を一新することなく旧態依然であり,真理原則の知見がないのみか,道徳さえ地に落ち,それらに対する自省の念さえもなき者のようだと痛烈に批判します.欧米列強に対抗するために,近隣諸国の開明を待つことやめ,早急にわが国の欧米化を促進し,場合によっては侵略もやむなしと民衆の意識改革を図ろうとしたと思われます.意識の変革に対する強烈なメッセージでした.国を憂う純粋な福澤諭吉の気持ちが一部の思想家や軍部に利用され,戦争への道に盲進することになります.

 今は逆に脱欧の時ではないでしょうか.現在の日本では欧米を見習って性の快楽が母性の喜びのはるか上に位置する価値体系となり,少子化に拍車をかけています.過度の米国式競争原理の導入も日本社会のひずみを増大させています.敗者復活のシステムがないままの勝者礼讃となり,泥沼の精神的格差社会となりつつあると感じる人は少なくありません.日本人の所得格差は他国と比べて極めて小さいにもかかわらず格差社会が広がっていると危惧されるのは,とりもなおさずそれは精神的格差によると考えられます.

誌上シンポジウム 軟部腫瘍の診断と治療

緒言 フリーアクセス

著者: 吉川秀樹

ページ範囲:P.202 - P.202

 軟部腫瘍は,整形外科のなかでも,その対応,治療が生命に直接関わる重要疾患であり,診察,画像診断,病理診断,手術手技,化学療法,放射線治療の知識など,とりわけ集学的知識が要求される.日常診療の場で遭遇する軟部腫瘍の多くは四肢や体幹部の比較的表層に局在しているため,MRIなどの画像検査を行うことなく,局所麻酔下に,安易に切除されることもいまだ少なくない.切除後の結果が悪性であった場合,再発・転移の危険が増大し,その後の生命予後に重大な影響を及ぼすという認識が必要である.したがって,軟部腫瘍の診断を行う際には,まず,その腫瘍が良性か悪性かを念頭に置き,経過観察でよいか,生検術を含め積極的に治療を要するものであるかどうかを適切に判断すること,次に,判断に迷った場合は,安易に生検や切除術を行わずに,骨・軟部腫瘍の専門医に相談することが必要である.

軟部腫瘍の診察・診断の進め方

著者: 松峯昭彦

ページ範囲:P.203 - P.208

 軟部腫瘍の診断はまず症状,現病歴,既往歴,家族歴などを詳しく聴取し,理学所見を丁寧にとることから始まる.次にMRIをはじめとする画像検査を追加することにより臨床診断を行う.さらに必要であれば生検により病理診断を確定する.ここでは,軟部腫瘍の基本的な診察・診断の進め方について概説し,そのプロセスにおいて注意すべき点について言及する.

軟部腫瘍の画像診断

著者: 森岡秀夫 ,   矢部啓夫 ,   西本和正 ,   堀内圭輔 ,   保坂聖一 ,   戸山芳昭

ページ範囲:P.209 - P.213

 軟部腫瘍は種類が多く診断に難渋することが多い.単純X線像は腫瘍内に石灰化や骨化を生じる血管腫や滑膜肉腫,透過性のある脂肪腫や高分化型脂肪肉腫の診断に有用である.MRIは病変の範囲,腫瘍内部の性状,腫瘍の局在や重要臓器との位置関係を把握できるだけでなく,ある程度の組織診断も可能である.

 CTは腫瘍内部の石灰化や骨化,隣接する骨組織への浸潤の有無などをMRIより鋭敏に描出できる.このように,軟部腫瘍はある程度の画像的特徴を有している.しかし,いずれの所見も特異的なものではなく,患者の臨床情報を十分に加味して画像診断を進めることが重要である.

軟部腫瘍類似疾患の鑑別

著者: 久田原郁夫

ページ範囲:P.215 - P.222

 軟部腫瘤には,腫瘍性病変以外にいわゆる腫瘍類似疾患,反応性病変,感染性病変など多くの鑑別疾患がある.軟部腫瘍類似疾患として最も頻度の高いものは,ガングリオン,表皮嚢腫,滑液包(滑液包炎)である.この3つの疾患は穿刺し内容物を確認することで診断が確定する.軟部腫瘤の診断には,磁気共鳴画像(MRI)がよく行われるが,疾患特有の所見を理解しておく必要がある.画像診断で特定できず治療が必要と推定される場合は,針生検を検討する.画像診断,細胞診,生検で良性病変と確定され症状を有さないものは,美容的な意味を除いて切除の適応はない.

整形外科医が知っておきたい表在性腫瘍の病理

著者: 小西英一

ページ範囲:P.223 - P.230

 表在性の病変には反応性のほか皮膚腫瘍と軟部腫瘍が含まれ,それぞれに良性悪性の病変がみられることからその鑑別には非常に多くの疾患が含まれている.皮膚腫瘍には,付属器腫瘍やメラニン細胞の腫瘍が,また軟部腫瘍には深部とほぼ同種の腫瘍が含まれる.日々の診療を行うにあたって整形外科医として知っておきたい代表的な表在性病変を挙げ,病理学的に簡潔な解説を加えてみた.

良性軟部腫瘍の治療―デスモイド,神経鞘腫,血管腫など

著者: 加谷光規

ページ範囲:P.231 - P.234

 一般的に,良性軟部腫瘍のほとんどは増大傾向や症状に乏しいため治療の必要はない.疼痛などにより機能障害が生じている良性軟部腫瘍が治療の対象となり,辺縁切除により良好な局所コントロールが期待できる.しかし,血管腫やデスモイドといった腫瘍では,手術後にも再発を繰り返したり,疼痛が持続したりして,治療に難渋することもあるため,腫瘍切除以外の治療方法が選択されることも多い.良性軟部腫瘍とはいえ,それぞれの腫瘍の特徴を理解することが適切な治療方法の選択と治療成績の改善につながる.

悪性軟部腫瘍の治療

著者: 大野貴敏

ページ範囲:P.235 - P.240

 悪性軟部腫瘍の発生頻度は人口10万人あたり2~3人と少なく,日常診療で頻回に遭遇する疾患ではない.しかしながら,誤った初期治療により患者を不幸な転帰に陥らせ得る疾患であり,一般整形外科医であっても,適切な初期対応が求められる.近年の画像診断や化学療法,手術手技の進歩によって,悪性軟部腫瘍の治療方法は大きく進歩した.本稿では,悪性軟部腫瘍の治療を,これまでに確立されたエビデンスをもとに解説する.

論述

肘関節滑膜ヒダの解剖学的検討―関節症性変化との関連

著者: 大歳憲一 ,   菊地臣一 ,   関口美穂 ,   伊藤恵康 ,   辻野昭人 ,   紺野慎一

ページ範囲:P.245 - P.253

 解剖学実習用遺体42体84肘を用いて,肘関節内滑膜ヒダの局在と性状を観察し,関節症性変化や臨床症状の発現に関与する病的な滑膜ヒダの特徴を明らかにした.肘関節内滑膜ヒダは,腕橈関節ヒダ,後方ヒダ,内側ヒダの3部位に分類した.腕橈関節ヒダは前方部,外側部,後方部の3部位に,後方ヒダは外側部,後外側部,後方部,後内側部の4部位に細分した.滑膜ヒダの肉眼的,組織学的評価とともに,滑膜ヒダと関節症性変化の関連について検討した.腕橈関節ヒダは,前方部と後方部は全例に,外側部は43肘(51%)に存在した.後方ヒダは,各部位とも全例に存在した.後方部は,27肘(32%)が後外側ヒダや後内側ヒダと連続する形状を呈していた.内側ヒダも全例に存在した.腕橈関節ヒダと腕橈関節の関節症性変化との間に,後方ヒダと腕尺関節の関節症性変化との間に有意な相関が認められた.全例において各部位に滑膜ヒダが確認されたことから,滑膜ヒダは先天性に存在する正常組織である可能性が示唆された.また,滑膜ヒダの性状と関節症性変化に相関が認められたことから,滑膜ヒダの性状の変化と関節症性変化が,滑膜ヒダ由来の症状発現に関与している可能性が示唆された.

病院間連携による転移性脊椎腫瘍患者の手術治療

著者: 山田健志 ,   安藤智洋 ,   佐藤公治 ,   小澤英史 ,   杉浦英志

ページ範囲:P.255 - P.261

 転移性脊椎腫瘍に対する比較的緊急性の高い手術を高次機能病院間の連携によって施行しており,これまでの経験について報告する.転移性脊椎腫瘍の治療は保存治療が第1選択であるが,脊髄麻痺を回避するために緊急の手術治療を考慮すべき状況に遭遇することも稀ではない.手術適応の決定に際しては適切かつ迅速な判断が求められるが,単一施設内のみでその決定および実施を完結するには困難な状況が存在する.われわれのシステムは,専門的な分野別医療を有効に提供できる一つのモデルになり得ると考えている.

調査報告

藤沢市における脊柱側弯症学校検診27年間の結果

著者: 檜山建宇 ,   木島英夫 ,   加藤俊明 ,   今井重信 ,   武内鉄夫 ,   渡辺仁美 ,   飯塚健児 ,   赤見恵司 ,   高橋克明 ,   桜田卓也 ,   西村和博 ,   菅原秀樹

ページ範囲:P.263 - P.269

 藤沢市の公立小・中学校において脊柱側弯症検診を行った.1981年から2007年までの小・中学生1,011,664名を対象とし,検診は一次検診を校医・養護教諭,二次検診を整形外科医,精密検診を整形外科医療機関で行った.一次検診陽性率は小学生4.74%,中学生8.24%であった.二次検診陽性率は小学生0.22%,中学生0.74%(女子1.15%)であった.藤沢市における20°以上の側弯症発生率は中学生0.33%,中学生女子0.59%であった.男子の10°未満の側弯症の発見される割合が多く(小学生73.2%),視診のcutting point(10mm)を見直す必要があると思われた.

境界領域

腰椎椎間孔狭窄に対する経椎間孔的腰椎椎体間固定術(TLIF)の治療成績からみた今後の診断法の検討―椎間孔狭窄スコアの有用性の検討

著者: 山田勝崇 ,   中村潤一郎 ,   三ツ木直人 ,   佐藤雅経 ,   齋藤知行

ページ範囲:P.271 - P.276

 腰椎椎間孔狭窄あるいは中心性狭窄との合併に対して経椎間孔的腰椎椎体間固定術(transforaminal lumbar interbody fusion,TLIF)を施行した73例を調査し,その術中所見,治療成績から今後の椎間孔狭窄の診断法について検討した.実際に術中に明らかな椎間孔狭窄所見を認めなかった症例は25例(34.2%)であった.術前の臨床・画像所見について,術中所見を認めた群と認めなかった群を比較し,多重ロジスティック回帰分析を行った.さらに,そのオッズ比を用いて椎間孔狭窄スコアを作成した.

臨床経験

腰椎椎間孔狭窄における複数回手術例の検討

著者: 林哲生 ,   白澤建蔵 ,   山下彰久 ,   芝啓一郎

ページ範囲:P.277 - P.281

 腰椎椎間孔狭窄は診断困難で見逃されることも少なくなく,多数回手術の原因になりうる.そこで腰椎椎間孔狭窄が多数回手術になる原因を検討した.腰椎椎間孔狭窄で手術した21例のうち腰椎手術の既往のある11例を対象とし,各症例で初回手術後の経過・再手術の原因を検討した.初回手術からの症状遺残(見逃し)が5例,脊椎症の進行が4例,初回手術後不安定性の進行が1例,固定隣接椎間障害が1例であった.症状遺残(見逃し)例では同一神経根障害が1例,同一椎間障害が3例,同一椎間の障害の合併が1例であった.

頚髄砂時計腫摘出術における椎弓根をヒンジとした新しい脊柱管拡大法

著者: 北村和也 ,   白石建 ,   青山龍馬 ,   山根淳一 ,   穴澤卯圭 ,   堀田拓 ,   浅野尚文 ,   望月義人 ,   新井健

ページ範囲:P.283 - P.288

 椎弓根部をヒンジとする新しい脊柱管拡大術を用いて頚髄砂時計腫を全摘出した.前方病巣切除は,前側方進入で隣接する2つの横突孔を切除し,椎骨動脈を前方に引き出し,各々の椎弓根も切断して行った.管内病巣の切除には,付着筋を温存したまま棘突起を正中縦割し,椎弓根部をヒンジとして片側椎弓を開大した.利点として,椎骨動脈を直視しながら安全に前方病巣を切除できる,椎弓根部をヒンジとするため,椎弓がより大きく開大し,管内を広く展開できる,椎弓ヒンジ作成が不要のため,後方筋群が完全に温存される,などが挙げられる.

症例報告

踵骨骨折後遺症に対する治療経験

著者: 市村竜治 ,   吉村一朗 ,   金澤和貴 ,   竹山昭徳 ,   唐島大節 ,   萩尾友宣 ,   今村尚裕 ,   内藤正俊

ページ範囲:P.289 - P.293

 踵骨骨折後遺障害に対して距骨下関節デブリドマン,踵骨外側壁切除を行い良好な治療成績が得られた1例を経験した.症例は58歳の男性で,左踵骨骨折に対して保存療法を受けるも踵部痛が約1年5カ月間持続した.診察上,踵骨外側壁の膨隆と距骨下関節の疼痛を認めた.後距踵関節ブロックを行ったところ一時的であるが著効した.手術は距骨下関節鏡視下デブリドマンと踵骨外側壁切除を行った.距骨下関節には瘢痕様の組織が存在し,これを切除した.術後早期から疼痛は著明に軽減し,患者満足度も非常に高かった.

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あとがき フリーアクセス

著者: 糸満盛憲

ページ範囲:P.298 - P.298

 2009年1月20日にBarack H. Obama, Jrが,「Change」と「Yes we can」の2つのフレーズを掲げてアフリカ系黒人初の第44代アメリカ大統領に就任したことは,鮮烈な印象として残っています.日本でもこの「変革」の波にうまく乗った民主党が圧倒的な強さを発揮して衆議院選挙に勝利し,2009年9月に鳩山由紀夫内閣が成立しました.オバマ大統領の「Change」を取り込んで,むちゃくちゃな自民党政権に対する痛烈な批判,最悪の経済情勢に対する国民の間に広がる厭世ムードが「変革」を熱望させたものと思われます.ブッシュ前大統領の強引な政治手法と侵略政策に対する批判と同様,わが国においても医療にまで株式会社の参入を画策した小泉純一郎と竹中平蔵が推進したアメリカ主導の市場原理主義経済が破綻し,国民経済はがたがたにされて修復不能な状態にまで陥ってしまいました.

 新しいものは良いものだという幻想を持ちがちです.病気で困っている患者さんは特にその傾向が強く,マスコミやインターネットを通じて入手した新しい情報を手に受診する患者が増えています.それらの中には何ら科学的根拠に基づかないものが多くあります.私たちは科学的な根拠に基づいて冷静に判断して対応することが求められます.

基本情報

臨床整形外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1286

印刷版ISSN 0557-0433

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