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雑誌目次

雑誌文献

臨床整形外科46巻4号

2011年04月発行

雑誌目次

誌上シンポジウム 運動器の慢性疼痛に対する薬物療法の新展開

緒言 フリーアクセス

著者: 米延策雄

ページ範囲:P.286 - P.286

“Pain is for human kind a more dreadful tyrant than death alone” Albert Schweitzer (1875-1965)

 

 「人にとって,痛みは,死そのものよりも恐い暴君である」このような意味であろうか.密林の聖者と呼ばれたDr. Schweitzerが患者の痛みにどう立ち向かおうとしていたか? この文の数行前に「人は死すべき存在であること」を述べ,その後にこの文がある.このことから推し量るに,20世紀前半において,医学は病気の快癒に限界があり,医療がなすべきは病気に伴う苦痛の軽減であったのであろう.

疼痛治療の今日的意義

著者: 西原真理 ,   牛田享宏

ページ範囲:P.287 - P.289

 運動器における疼痛治療の意義とその重要性は増すばかりである.しかし,特に慢性化する場合には治療が困難になることも多い.疼痛はその定義上,傷害性の要素と同時に大脳皮質の機能障害という側面を含んでおり,統合的な理解を進めなければならない.また今日的意義を考える場合,疼痛治療は社会状況の変化に影響を受けており,その需要を的確に把握するためにも疫学研究が進められる必要がある.今後,新しい薬物療法についても問題点を整理し,それだけで解決しない慢性疼痛への集学的治療を広めていくことが重要である.

筋骨格系の痛み―その慢性化のメカニズム

著者: 仙波恵美子

ページ範囲:P.291 - P.298

 慢性疼痛の特徴として,1)筋骨格系の痛みが多い,2)痛みが全身性・両側性である,3)ストレスにより増強する,ということがある.筋骨格系の痛みが慢性化しやすいのは表在性の痛みと性質が異なり,より不快な情動を喚起するためと思われる.脳画像では,持続的な痛みにより前帯状回,島皮質などの血流が増加しており,これらの領域の過剰興奮は,下行性疼痛調節系を介して慢性疼痛の維持・増強に働く.さらに慢性的なストレス負荷が痛みを増強させるメカニズムにも下行性疼痛調節系が関与している.慢性疼痛では,脳をターゲットにした治療が必要である.

慢性疼痛患者のとらえ方

著者: 村上孝徳 ,   山下敏彦

ページ範囲:P.299 - P.302

 慢性疼痛は身体的症状のみならず心理・社会的プロセスを経て形成されると考えられている.慢性疼痛を考えるにあたり,これまで心理的要素(疼痛性障害)のみが強調されてきたが,神経因性疼痛を含む器質的障害として病態を把握できないかを検討する姿勢が大切である.

 疼痛性疾患の診療では急性疼痛(侵害受容性疼痛,一部の神経因性疼痛)の検索が第一義であるが,病態を合理的に説明する明確な所見が得られない場合,視野を広く持って全人的なアプローチを試みることが重要である.

慢性疼痛に対する新しい薬物

慢性疼痛の評価と治療における薬物療法の位置づけ

著者: 川井康嗣 ,   大賀美穂 ,   原田英宜 ,   又吉宏昭 ,   松本美志也

ページ範囲:P.303 - P.310

 運動器の慢性疼痛に対する薬物療法の最重要ポイントは,痛みの改善とともに日常生活動作の改善,および生活の質の改善を目標とすることである.そのためには,まず患者の痛みがどのような痛みかを評価することが必要である.慢性疼痛の中でも薬物の反応性はどうか,また,主な痛みの構成要素が侵害受容性疼痛か神経障害性疼痛か,などを評価して,痛みの評価をもとにした薬物療法を行う.さらに,痛みの機序や日常生活動作の制限などを評価したうえで,抗うつ薬や抗けいれん薬,オピオイドを活用することを心がける.薬物療法が唯一の治療とならないように,運動療法や理学療法,心理・社会的アプローチを同時に行うことが慢性疼痛マネジメントを成功させるポイントである.

新しい薬物を含む治療法選択の考え方

著者: 飯田宏樹 ,   山口忍

ページ範囲:P.311 - P.316

 治療抵抗性の慢性疼痛の代表である神経障害性疼痛は,神経損傷によって神経機能が変化し,アロディニアや痛覚過敏の病態を伴う.それに対する薬物療法として一般的に受け入れられているガイドライン(世界疼痛学会)では,第一選択として抗うつ薬(三環系抗うつ薬・SNRI)・α2δリガンド(ガバペンチン・プレガバリン)が用いられ,第二選択としてオピオイド系薬物,第三選択として他の坑てんかん薬・SSRIなどが推奨されている.どのような薬物が確実に難治性疼痛に有効であるかは不明であるが,副作用を最小限にして,効果を引き出す工夫が最も重要である.

慢性疼痛治療におけるオピオイド鎮痛薬の適正使用

著者: 吉澤一巳 ,   成田年 ,   今井哲司 ,   葛巻直子 ,   鈴木勉

ページ範囲:P.317 - P.325

 オピオイド鎮痛薬による薬物療法は,がん性疼痛に限らず非がん性疼痛に対してもその有用性が報告されている.しかしながら,欧米では慢性非がん性疼痛患者に対するオピオイド鎮痛薬の使用量が急増するとともに,精神依存を来す患者も増えていることが問題となっており,オピオイド鎮痛薬の適正使用の本質を理解することは大変重要であると考える.そこで本稿では,オピオイド鎮痛薬が有する様々な副作用を中心に最新の基礎研究成果を交えて概説する.

運動器外科医からみた慢性疼痛患者へのアプローチ

著者: 笠井裕一 ,   榊原紀彦 ,   池田雄三

ページ範囲:P.327 - P.331

 運動器外科医は,慢性疼痛のプライマリ医であり,手術という切り札を持っている.本稿では,筆者らが行っている慢性疼痛患者へのアプローチとして,慢性疼痛のプライマリ医として処方する薬物(非ステロイド性抗炎症薬,抗うつ薬,鎮痛補助薬),慢性疼痛患者の手術療法に関する術前・術後のポイント,そして最近の薬物治療(プレガバリンとフェンタニル貼付剤)の実際と注意点,について述べる.

論述

腰部脊柱管狭窄の診断に対する立位伸展負荷試験の有用性―歩行負荷試験との比較―前向きコホート研究

著者: 髙橋直人 ,   菊地臣一 ,   矢吹省司 ,   大谷晃司 ,   紺野慎一

ページ範囲:P.333 - P.340

 立位伸展負荷試験前後での自覚症状と身体所見の変化を検討した.さらに,歩行負荷試験に伴う変化と比較することで立位伸展負荷試験の有用性を検討した.その結果,立位伸展負荷試験は,歩行負荷試験と同程度に,神経障害型式などの病態把握や安静時には顕著化されていない責任高位を明らかにするために有用であることが判明した.

Lecture

ドパミンシステムと痛み

著者: 紺野慎一

ページ範囲:P.343 - P.346

 最近の分子生物学的研究により,心理社会的因子が慢性疼痛となぜ密接な関係を持つかが解明されつつある.最も注目すべきは,中脳辺縁系ドパミンシステムである.ドパミンシステムとは,腹側被蓋野から,側坐核や腹側淡蒼球,前頭皮質,扁桃体などへ軸索をのばしているドパミン回路を言う.

連載 工学からみた整形外科・3

書を捨てず,町へ出よう―科学的事実を生活に結びつける工学

著者: 富田直秀

ページ範囲:P.348 - P.352

■はじめに

 「書を捨てよ,町へ出よう」とは寺山修司が書いた評論の題名だが,その言葉の持つ開放感に共感した人たちが,演劇や映画などの分野で幻想と現実が交錯する様々なパフォーマンスを展開したらしい.らしい,というのは,実は筆者も寺山修司のなんたるかをあまりよく知らない野次馬なのである.ただ,「工学から見た整形外科」という企画と,馬淵清資先生や藤江裕道先生の書かれた第1回,第2回の文章「整形外科を支える工学」を拝見して,はてさてこれだけの文章の後にいったい何が書けるのだろうか,と思案したときに頭に浮かんだのが「書を捨てよ,町へ出よう」という言葉であった.書名だけ盗んでおいて,その内容に触れぬのもあまりにいい加減なので,表題本をはじめ寺山修司の文庫本をいくつか斜め読みしてみた.すると,どの本にも近親相姦,強姦,嬰児殺し,売淫,姦通,殺人,窃盗,獣姦,放火,略奪,親殺し…と,あらゆる悪徳があからさまに論じられている.これは,品位ある学術誌に使うべき題名ではないのか,と諦めかけたのだが,しかし,読み進むうちに,この作者はむしろ徹底的にまじめな人なのではないだろうか,と思えてきた.第一,寺山修司は書を捨てるどころか,むしろ常人離れした読書の虫であったらしい.ではいったい彼は何を捨てようとしているのだろうか,などと迷いながら,やはりこの言葉の類似品を題名に盗用させていただくことにした.

成長期のスポーツ外傷・障害と落とし穴・6

肩部

著者: 石田康行 ,   帖佐悦男

ページ範囲:P.359 - P.361

診断のポイント

・外傷後の反復する肩痛

・日常生活では異常なし

・CT像での関節窩骨病変の証明

最新基礎科学/知っておきたい

1滴の血液からiPS細胞

著者: 関倫久 ,   湯浅慎介 ,   福田恵一

ページ範囲:P.354 - P.357

■はじめに

 人工多能性幹細胞(iPS細胞)は,人工的に作製された幹細胞であり,生体内のどのような細胞にでも分化可能な細胞である.近年,再生医療への応用が大きく期待されているが,臨床応用に際して細胞採取の侵襲性や樹立の際のホストゲノムの損傷などの問題点があった.そこでわれわれは臨床の現場で患者からiPS細胞を樹立するために,リンパ球の一つであるT細胞と,特殊な遺伝子の運び屋であるセンダイウイルスを組み合わせることにより,わずかな血液からゲノムに遺伝子を傷害することなくiPS細胞を作製することに成功した.本稿ではこの新たなiPS細胞樹立法について概説する.

臨床経験

従来型,ナビゲーション使用人工膝関節置換術後のコンポーネント設置角,下肢アライメントの評価

著者: 川村大介 ,   川村五郎 ,   川村澄人

ページ範囲:P.363 - P.369

 従来型の手術(従来群)とナビゲーション使用手術(ナビ群)のコンポーネント設置角と下肢アライメントの変化を比較検討した.コンポーネント設置角は,β角がとくに正確であった.γ角はナビ群で大きく,ナビ群の大腿骨コンポーネントは屈曲位に設置されていた.従来群の75%,ナビ群の89%の症例が,前額面下肢アライメントで内外反3°以内であり,ナビ群でアライメント良好なものが多かった.しかしながら,手術時間は,ナビ群で約16分の延長があった.

症例報告

肩関節部に発生した樹枝状脂肪腫の1例

著者: 浅野尚文 ,   穴澤卯圭 ,   堀田拓 ,   青山龍馬 ,   山根淳一 ,   宮内潤 ,   白石建

ページ範囲:P.371 - P.374

 症例は73歳の女性で,3カ月前から持続する左肩の疼痛と腫脹を認めて当院を受診した.MRIで三角筋下包内にT2強調像で高信号を呈する液体貯留所見と内部にT1・T2強調画像で皮下脂肪と同程度の高信号を呈する不整な滑膜組織の増生を認めた.滑膜切除術を施行し,病理組織学的に樹枝状脂肪腫と診断された.術後から左肩の疼痛・腫脹は軽快し,術後4年の現在,症状の再発は認めない.樹枝状脂肪腫が肩関節の三角筋下包に発生することは極めて稀で,これまでに6例の報告例があるに過ぎない.

陳旧性母指MP関節橈側側副靱帯損傷に対する観血的治療の経験

著者: 櫛田学 ,   宮城哲 ,   真鍋尚至

ページ範囲:P.375 - P.378

 観血的治療を行った陳旧性母指MP関節橈側側副靱帯損傷の臨床像,治療成績について若干の考察を加え報告する.受傷から1カ月以上経過して当院を受診し,加療を行った4例4指を対象とした.4例中2例では著明な不安定性はなく,むしろ痛み,しびれ,Tinel徴候様の放散痛をMP関節背橈側に認めた.それらの症例では,短母指外転筋のexpansion hoodまで及ぶ瘢痕組織を認め,同部で橈骨神経浅枝の母指橈側枝の癒着を認めた.全例にアンカースーチャーを行い,症状は軽快し,原職,スポーツへ復帰した.陳旧性母指MP関節橈側側副靱帯損傷のなかには不安定性よりも痛みを主とする症例があり,そのような例では橈骨神経浅枝の関与も考えられた.

下肢痛を主訴とした低位脊髄円錐を伴う脊髄係留症候群の2例

著者: 古舘武士 ,   駒形正志 ,   五十嵐環 ,   大島功生 ,   佐々木伸 ,   小杉雅英

ページ範囲:P.379 - P.384

 症例は,38歳の主婦と26歳の女性理学療法士である.それぞれ右下肢痛と両下肢痛を主訴として来院した.罹病期間は10年と2年で,前者は頻尿を,後者は頻尿と便秘を伴っていた.腰椎MRIで脊髄円錐は第4腰椎高位まで下垂し,円錐部から続く索状物は硬膜背側を貫通し,1例は第3仙椎棘突起に,1例は皮膚陥凹部に連続していた.硬膜を切開したうえで,索状物を硬膜内で切離し,末梢部を摘出した.術後MRIで円錐部が上昇したことが確認された.下肢痛はVASでそれぞれ7から3,8から3へ改善し,膀胱直腸障害は消失した.低位脊髄円錐を伴う脊髄係留症候群でも,下肢痛を主訴とする場合はuntetheringにより良好な改善が期待できる.

書評

『整形外科SSI対策―周術期感染管理の実際』 フリーアクセス

著者: 山崎隆志

ページ範囲:P.341 - P.341

 清潔手術である整形外科では一般外科などの準清潔手術に比べ,SSI発生頻度は圧倒的に低く,SSIが発生しても不運な出来事と思われがちである.私自身も過去にMRSAによるアウトブレークを経験するまでそう考えていた.しかし,SSIは努力により減少させることが可能で,SSIは外科医の実力を表す,と今では考えている.東郷平八郎は運がよいので連合艦隊司令長官に任命されたとされているが,その運のよさの陰には東郷の不断の努力があったことはあまり知られていない.SSIが起こるのは運が悪いのではなく,常日頃のSSI対策が不十分であった可能性が高いのである.

 本書は整形外科SSIの予防と治療に関して,各種ガイドラインなどの総論から具体的症例まで,幅広く網羅している欲張りな本である.脊椎,膝の項では温度板からの考察,創外固定の項では患者用パンフレットも紹介されており,非常に実際的である.

INFORMATION

第25回日本靴医学会学術集会 フリーアクセス

ページ範囲:P.316 - P.316

会期:2011年(平成23年)9月19日(月)~9月20日(火)

会場:奈良県新公会堂

第22回日本末梢神経学会学術集会 フリーアクセス

ページ範囲:P.346 - P.346

会期:平成23年9月2日(金)・3日(土)

会場:沖縄コンベンションセンター(沖縄県宜野湾市4-3-1) TEL:098-898-3000

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欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P. - P.

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.387 - P.387

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.388 - P.388

文献の書き方 フリーアクセス

ページ範囲:P.389 - P.389

あとがき フリーアクセス

著者: 内藤正俊

ページ範囲:P.390 - P.390

 毎年,4月になると新顔で教室が賑やかになります.新入医局研修医は皆フレッシュで,専門的な知識や技術を身につけさえすれば立派なお医者さんになれる方々が大部分です.しかし,性格はまちまちで,医師としての自覚が足りない人もいます.考え方が自己中心的で精神的にも幼く,幼稚園からやり直したほうがよいのではと思われる未熟者も稀に入ってきます.最近,成人になっても「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な能力」を身に付けていない人が増えてきているとのことです.経済産業省はこの能力を,前に踏み出す力,考え抜く力,チームで働く力の3つからなる「社会人基礎力」と名付け,その意識的な育成を提唱しています.医師にはさらに生命を慈しむ心,誠実性,利他主義を身に付ける必要があります.後期研修では医局と関連施設とが一体となって専門的知識や技能をバランスよく修得できるプログラムの作成を目指していますが,医師としての社会人教育を巧く施すことにも腐心しています.かつての入局時の未熟者が古顔として教室に戻り,立派な上級医として新参の研修医を指導する微笑ましい光景が見られるのも今日この頃です.

 さて,今月号の誌上シンポジウムは「運動器の慢性疼痛に対する薬物治療の新展開」です.整形外科を受診する患者の主訴はほとんどが痛みであり,慢性疼痛で来院される患者も少なくありません.慢性疼痛は長期間の身体活動の低下をもたらし,メタボリック症候群や精神的障害の原因にもなります.特徴は,患者の症状が多岐にわたっているため病態を正確に把握することや適切な治療方法を選択することが困難であることです.本シンポジウムでは,「疼痛治療の今日的意義」,「筋骨格系の痛み―その慢性化のメカニズム」,「慢性疼痛患者のとらえ方」,「慢性疼痛に対する新しい薬物」として疼痛の評価,治療法の考え方,オピオイド鎮痛薬の適正使用,また運動器外科医からみた慢性疼痛患者へのアプローチについて,それぞれの専門家がわかりやすく解説なさっています.日常診療で難渋する慢性疼痛についての包括的な知識を蓄えるのに絶好の機会です.他にも腰部脊柱管狭窄症の診断方法を扱った「論述」,痛みに関する「LECTURE」,ユニークなタイトルの「工学から見た整形外科」,興味ある臨床経験や症例報告など豊富な話題に溢れています.

基本情報

臨床整形外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1286

印刷版ISSN 0557-0433

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