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雑誌目次

雑誌文献

臨床整形外科50巻9号

2015年09月発行

雑誌目次

誌上シンポジウム Life is Motion—整形外科医が知りたい筋肉の科学

緒言 フリーアクセス

著者: 柏口新二

ページ範囲:P.838 - P.838

 整形外科医が扱う組織には,骨や軟骨といった硬組織と腱・靱帯・神経といった軟部組織がある.筋肉は人体の中で最大の体積を有する軟部組織であり,関節を動かす際や脊柱を支える際の力源として大いに活躍している.しかし日常診療では肉離れや軟部腫瘍などに限られ,治療対象となることは少ない.整形外科医は運動器の専門家であるが,筋肉についての知識レベルは学生時代に解剖学や生理学で学んだ状態で止まっており,特にトレーニングの理論や実践については素人同然である.ちまたにはダイエットやトレーニングに関するさまざまな情報が氾濫しているが,その真偽を識別して,正しい情報を患者や選手に提供するだけの知識や経験を持ち合わせていない.今回,5名の専門家にそれぞれの立場から整形外科医にぜひ知ってもらいたい筋肉に関する情報を紹介していただいた.

 アリストテレスは多くの名言を残しているが,“Life is Motion”も人の生き方の指針を示している.Lifeは生命や生活だが,人生や生き方という意味にも拡大解釈できる.そしてMotionは身体活動だけでなく精神活動を含む,深遠な意味が込められているように思う.運動器に関わりの深い整形外科医にとって大変意味深いセンテンスである.私は健康運動教室の担当部長としては「ピンピンコロリ」と訳し,アスリートを治療するスポーツドクターとしては「動中静あり,静中動あり」と訳した.さて皆様はどのように解釈するだろうか.

骨格筋—その神秘と可能性

著者: 石井直方

ページ範囲:P.839 - P.844

 骨格筋は主要な運動器であるが,同時に体温維持のための主要な熱源でもある.これらの機能のためのエネルギー消費により,筋は糖代謝や脂質代謝の恒常性を維持している.また,運動に伴って筋から分泌されるマイオカインの中には,脂肪の分解を促す,脂肪の性質を変える,脳の神経細胞を保護するなどの作用をもつものがある.したがって,筋の機能は健康の維持増進に密接に関係すると言える.筋肥大のメカニズムに関する最近の研究から,筋はトレーニングによっていったん肥大した状態を記憶する可能性が示されており(筋メモリー),十分に体が動くうちに筋を鍛えておくことが有用と考えられる.

高齢社会におけるサルコペニア肥満の実態と対策

著者: 久野譜也 ,   方恩知 ,   金正訓

ページ範囲:P.845 - P.848

 サルコペニア肥満とは,筋肉の減少(サルコペニア)と肥満を併せ持つ状態を意味する.サルコペニア肥満は加齢とともに,身体活動の不足や過食など不健康なライフスタイルが主な原因であり,サルコペニアや肥満の単独の状態と比べて生活習慣病や運動器疾患のリスクを高めることが明らかとなっている.したがって,エビデンスに基づくサルコペニア肥満への対策は,要介護の予防や健康寿命の延長に重要な課題であると考えられる.われわれの研究により,サルコペニア肥満の予防・改善のためには,筋力トレーニングと有酸素性運動を組み合わせたプログラムの実施および適切なタンパク質の摂取が有効であることが明らかとなっている.

アスリートにとっての筋トレ—使える筋肉,使えない筋肉

著者: 谷本道哉

ページ範囲:P.849 - P.853

 スポーツの動的な動作における発揮パワーを高めるトレーニングは,「1.力を生み出す筋の基本性能」と「2.その筋の動的動作における力・速度発揮能力」の2つの要素を高めること,の一言に集約される.前者には筋を肥大させるレジスタンストレーニングが最も有効とされる.後者にはプライオメトリクスなどのパワー発揮トレーニングが効果的とされる.生理学的視点から以上の要素とそれを向上させるトレーニング法について解説する.

世界と戦うために—全日本柔道における筋力トレーニングの現状と未来への提案

著者: 紙谷武 ,   柏口新二

ページ範囲:P.855 - P.859

 全日本柔道強化選手に対して筋力トレーニング(以下,筋トレ)に関するアンケート調査を行った.結果,9割の選手が筋トレを実施していた.頻度は週に2回以下の選手が6割を占め,トレーニング頻度が不足していた.また筋トレに否定的な考えを持っている選手や指導者がおり,その理由は「柔道の稽古自体が筋トレになっている」ことや『柔能く剛を制す』が正しい柔道であるという考え方が影響していると思われた.「柔能く剛を制す」という技のみを重視する考え方ではなく,嘉納治五郎師範が目指した原点の「柔剛一体」という技と体力の両方を重視する考え方に戻るべきだと思われた.

モンスターエンジンを手に入れろ—筋トレの取り組み方

著者: 高西文利

ページ範囲:P.861 - P.866

 アスリートの筋力トレーニング(以下,筋トレ)実践において,①種目の選択,②プログラム,③トレーニング処方(頻度・強度・時間)の選定が基本となる.その前提として,筋トレにおける最重要課題としてのコンセプトとオペレーションシステムを明確にしておく必要がある.指導の現場では,安全管理とともに時間管理が必要とされるケースが多く,どのような環境にも適応できるよう,技術面において『最短・最高の効果を上げること』を最重要課題としている.これを実現するために,安全第一(safety first),短時間(short time),簡単(simple)という3Sシステムを作成することになった.

100歳まで歩くために—スロートレーニングの理論と実践

著者: 谷本道哉

ページ範囲:P.867 - P.870

 加齢とともに進行する筋萎縮症(サルコペニア:加齢性筋萎縮症)の予防に最も効果的な方法は,筋肉に抵抗をかけるレジスタンストレーニング(RT)である.通常のRTでは高齢者であっても最大筋力の80%程度の大きな負荷強度を用いなければ明らかな筋肥大は生じない.しかしながら高負荷RTには整形外科的傷害や心臓血管系イベントのリスクが少なからずある.本稿では筋発揮張力を維持しながら動作を行うことで,比較的軽負荷を用いて大きな筋肥大効果の得られる筋発揮張力維持スロー法(スロートレーニング)について解説する.

論述

過度に椎間を持ち上げないPLIFは隣接椎間障害の発生頻度を減少させる

著者: 本田博嗣 ,   海渡貴司 ,   牧野孝洋 ,   藤原啓恭 ,   米延策雄

ページ範囲:P.871 - P.878

 背景:われわれはPLIFにおいて固定椎間の過度の持ち上げが隣接椎間障害(ASD)の危険因子であることを報告して以降,椎間を過度に持ち上げないPLIFを施行してきた.

 対象と方法:PLIF施行後2年以上の追跡が可能であった32症例を対象に,ASDの発生頻度を前向きに検討した.

 結果:本研究のPLIF群ではASDの発生頻度は12.5%と,椎間の持ち上げをコントロールしないPLIF群の31.8%と比して有意に低減された.

 まとめ:椎間を過度に持ち上げないPLIFは,術者の裁量によりコントロール可能なASD予防対策である.

手根管症候群好発年齢(40〜60歳)における電気生理学的重症度と術後1年での回復の検討

著者: 金谷貴子 ,   名倉一成 ,   鷲見正敏 ,   国分毅 ,   黒坂昌弘

ページ範囲:P.879 - P.882

 背景:手根管症候群(CTS)好発年齢(40〜60歳)の電気生理学的特徴を調査した.

 対象と方法:101手での術前の重症度,術後1年の回復を電気生理学検査による重症度(1〜5期)で分類し検討した.

 結果:術前は92%(93手)が4期を中心に3〜5期に分散した.術後は91.1%(92手)が1期以上の改善を示し,軽症(1,2期)例は8手(8%)から73手(72%)と有意に増加した(p<0.0001).

 まとめ:好発年齢層では,術前の重症度は中程度−重症に分散した.術後1年での電気生理学的回復は良好であった.

Lecture

椎間板ヘルニアの発痛機序—その基礎研究の現状と課題

著者: 川上守

ページ範囲:P.883 - P.888

はじめに

 腰椎椎間板ヘルニアは腰下肢痛を惹起する疾患の1つであり,その発痛機序に関する多くの報告がなされているが,いまだ十分解明されているとは言いにくい.椎間板ヘルニア手術で採取した組織を用いた場合には,椎間板ヘルニアそのものか,それに伴う反応性組織なのか検討が必要となる.椎間板ヘルニアの動物モデルを用いれば,椎間板組織のみならず神経根,後根神経節ならびに中枢神経系の変化を詳細に検証することが可能である.また,動物の行動や圧や熱刺激に対する反応を観察することで疼痛を評価することが可能である.われわれは椎間板組織の神経根上への留置や神経根結紮のラットモデルを用いて,椎間板組織による疼痛発現機序の解明を試みてきた17).本稿では,椎間板ヘルニアモデルを用いた基礎研究の現状と問題を検証し,今後の課題について述べる.

整形外科/知ってるつもり

腱板断裂の疫学

著者: 山本敦史

ページ範囲:P.890 - P.892

■はじめに

 腱板断裂は日常診療でよく遭遇する疾患の1つであるが,その疫学についてはいまだに不明な点が多い.本稿ではわれわれが群馬県片品村において2006年から毎年継続して実施している運動器検診のデータをもとに,腱板断裂の頻度,リスクファクター,症候性断裂と無症候性断裂の割合,さらにどのような断裂が症候性となるのかについて述べる.

最新基礎科学/知っておきたい

細菌感染症におけるNETsの役割

著者: 廣瀬智也

ページ範囲:P.894 - P.897

■はじめに

 NETs(Neutrophil Extracellular Traps)とは,活性化された好中球が能動的に放出する網目状の構造物であり,Brinkmannら1)によって初めて2004年に報告された.NETsの放出により感染防御のために病原体を捕獲して排除する好中球の能動的な細胞死は,apoptosisやnecrosisとは異なる細胞死形態として「Netosis」と呼ばれている3,9).今回,新たな概念であるNETsについて概説し,われわれが取り組んできた細菌感染症とNETsの役割について解説する.

連載 運動器のサイエンス・18【最終回】

運動器のサイエンスQ&A—読者からの質問に答えて

著者: 半場道子

ページ範囲:P.898 - P.901

読者の皆さまへ

 1年半にわたり,本連載をお読みいただきありがとうございました.

 私たちはいま,人類史の大きな曲がり角を生き,稀有な瞬間に遭遇しています.これほど短期間に,寿命が倍近くに伸びた“とんでもない瞬間”は,人類史上に例がありません.ひずみとして,老化やさまざまな疾患が噴出しました.しかし一方で,ヒトの痛みが脳画像法で解析され,新しい展望が開かれた時代でもあります.そこで連載では,トピックス「慢性炎症」に主題を置き,最新の神経科学を紹介しました.幸い,読者からいくつも質問をいただきました.心から感謝し,以下のように回答いたします.誌面の関係で全部の質問にはお答えできず,申し訳ありません.

臨床経験

骨粗鬆症性椎体骨折の初発骨折と再発骨折における不顕性骨折と骨密度の比較

著者: 太田孝一

ページ範囲:P.903 - P.906

 目的:高齢者骨粗鬆症性椎体骨折の初発例と再発例における不顕性骨折と骨密度を比較検討した.

 対象と方法:2014年1月〜12月に骨粗鬆症性椎体骨折で入院した65歳以上の19例を対象とし,初発群9例(21椎体)と再発群10例(18椎体)に分けた.椎体をSQ法で,骨密度はYAM値で検討した.

 結果:初発群では,不顕性骨折(SQ法グレード0)が有意に多かった.骨密度については両群間に差はなかった.

 まとめ:椎体変形のない不顕性骨折は,再発群では初発群に比べ少ないが,約20%存在した.骨密度は,両群間に有意な差は認められなかった.

人工関節術前鼻腔MRSAスクリーニング検査

著者: 平井幸雄 ,   原口圭司 ,   津田晃佑 ,   小柳淳一朗 ,   藤原桂樹

ページ範囲:P.907 - P.910

 背景:当科では人工関節(股,膝)を施行した患者494人に対しMRSAのスクリーニング検査を行い,陽性であった患者には除菌処置を施行している.

 対象:本検査を施行する以前の1年間の人工関節患者をコントロール群とし,各々検査の陽性率,術後SSIの発生率を比較検討した.また入院歴,糖尿病の既往のある人工関節患者に対しても同様に比較検討を行った.

 結果:MRSA陽性率は5.3%,MSSA陽性率は17.8%であり,SSIの発生はコントロール群で1.53%,スクリーニング群で1.21%であった.

 まとめ:両群でのSSIの発生率に有意差は認めなかったが,サンプル数の寡少もあり除菌処置についてはさらなる検討が必要と考えられた.

症例報告

嚥下障害を伴う前縦靱帯骨化症に対して骨化巣切除術を施行した2例

著者: 吉岡克人 ,   村上英樹 ,   出村諭 ,   加藤仁志 ,   藤井衛之 ,   五十嵐峻 ,   米澤則隆 ,   高沢宏太郎 ,   茂住宜弘 ,   土屋弘行

ページ範囲:P.911 - P.915

 嚥下障害を呈した前縦靱帯骨化症に対して,骨化巣切除術を施行した2症例を経験した.症例1は7年前に骨化巣切除術を受けた再発例であり,全骨化巣切除術を施行したが,完全な嚥下機能改善は得られなかった.長期間の嚥下障害により変性を来していた迷走神経咽頭枝に,術中の広範囲な展開で牽引力が加わり神経障害を来したと考えた.症例2は狭窄の原因と考えた範囲の骨化巣のみの切除術を施行し,術後速やかに嚥下機能は正常に回復した.

 嚥下障害を呈した前縦靱帯骨化症に対しては,再発のリスクはあるが,術後の嚥下障害残存を予防するために骨化巣限局切除術が望ましいと考えた.

左殿部に発生した侵襲性血管粘液腫(aggressive angiomyxoma)の1例

著者: 森裕晃 ,   中島浩敦 ,   酒井康臣 ,   高津哲郎 ,   伊藤茂彦

ページ範囲:P.917 - P.920

 侵襲性血管粘液腫は青壮年女性の会陰部や骨盤腔に発生する稀な腫瘍で,再発率が高く,体幹,四肢発生は極めて稀である.症例は70歳女性で,腫瘤は,MRIでT1強調像で低信号,T2強調像で不均一な高信号を示し,周囲に被膜様構造がみられ,坐骨結節に接し,大殿筋を圧排していた.また,T2強調像で腫瘤内部に渦巻き状の低信号域がみられた.1cm wide marginでの広範切除を行った.組織所見は,粘液腫様の間質に毛細血管の増生を認め,細胞密度は低く,臨床所見と合わせて侵襲性血管粘液腫と診断した.術後1年半で再発はない.

手指中手指節関節内の遊離体により可動域制限を来した2例

著者: 芝山昌貴 ,   板寺英一 ,   岡本弦 ,   玉井浩 ,   西口薫 ,   宮城仁 ,   北原聡太 ,   及川泰宏 ,   佐藤淳 ,   岡田憲太郎 ,   守屋秀繁

ページ範囲:P.921 - P.925

 手指MP関節内の遊離体により可動域制限を呈した2例を経験した.2例とも受傷から約20〜40年と長期間無症状で経過し,誘因なくMP関節屈曲時に激痛が出現した.画像上の石灰化陰影は1例で多発性,もう1例で単発性であった.摘出術を施行し,直後から疼痛,可動域制限は改善した.手指関節内に関節内遊離体が発生することは稀である.滑膜性骨軟骨腫症や離断性骨軟骨炎を除いた過去の報告は3例のみだった.本症例では,受傷後長期間かけて徐々に遊離体に線維軟骨が増生し,巨大化したため関節症状を呈したものと考えられた.

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欧文目次 フリーアクセス

ページ範囲:P.837 - P.837

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.927 - P.927

あとがき フリーアクセス

著者: 菊地臣一

ページ範囲:P.930 - P.930

 台風一過の7月下旬,この原稿を認めています.

 天からの労いか,下関への日帰りの旅で,関門海峡からの潮の香りと潮の流れに乗った風を味わうことができました.

基本情報

臨床整形外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1286

印刷版ISSN 0557-0433

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