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文献詳細

雑誌文献

臨床整形外科51巻11号

2016年11月発行

文献概要

連載 東アフリカ見聞録・11

ナイルに生きる(Living with the Nile)

著者: 馬場久敏12

所属機関: 1福井大学医学部器官制御医学講座整形外科学領域 2

ページ範囲:P.1070 - P.1072

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 19世紀ビクトリア王朝の大英帝国は,アフリカ大陸北端のエジプト王国から英領ケープ植民地(現在の南アフリカ)までのアフリカ大陸を南北に繋ぐ鉄道敷設を企てた.「アフリカのナポレオン」とも呼ばれたケープ植民地政府首相のセシル・ローズ(Cecil John Rhodes,1853〜1902)は,その実現に政治的にも経済的にも画策した.その結果,ローズはローデシアという“ローズの国”を創った(現在のザンビアとジンバブエ).なるほどスーダンから旧英領東アフリカ,旧ローデシアなどは地政学的にほぼ縦直線に英保護領として繋がっている.しかし,7つの海を征しても,ナイル・デルタ(エジプト)から喜望峰まで,鉄路が繋がることは終ぞなかった.

 エジプト奥地(Upper Egypt)のスーダン・サハラでは,ナイルの水利を得て,ブラック・ファラオ治世のヌビア王国などが古代エジプト王国の治世以前に勃興していた.さらにサハラを越えてウガンダまでナイル(白ナイル,ヴィクトリア・ナイル)を上れば,紀元前1,000年頃には西方のカメルーン辺りに興ったバンツー族が東へ遊動(migrate)を開始し,彼らはビクトリア湖周辺に定住しはじめた.しかし,それよりはるか以前の約6,000年前の新石器時代には,もう既にビクトリア湖周辺に狩猟採集文明が興り,下って列強の侵入以前のウガンダでは,最強のブガンダ王国の他にバソウガ,ブニョロ,アンコレなどの高度な文明を持つ諸王国が割拠し繁栄を極めていた.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1286

印刷版ISSN:0557-0433

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