誌上シンポジウム 膝前十字靱帯のバイオメカニクス
緒言
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著者:
藤江裕道12
所属機関:
1首都大学東京大学院システムデザイン研究科機械システム工学域
2首都大学東京医工連携研究センター
ページ範囲:P.547 - P.547
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生体を機械の代表であるロボットと比較すると,骨は構造部材,筋はアクチュエータ,関節は軸受けに相当すると解釈できる.このうち関節は,関節面を形成する軟骨が圧縮に抗して関節運動を拘束し,近傍に存在する靱帯が突っ張って,軟骨では足りない関節運動の拘束を補っている.しかし,生体関節に相当する機械軸受けには,軟骨にあたる軸受け部材は存在しても,靱帯にあたる部材は存在しない.つまり,最も優れた機械といわれる生体の中で,少なくとも運動を構成する基本構造の中では,靱帯のみが一般機械には存在しない,特異な組織といえるのである.その特徴は,圧縮やせん断には暖簾に腕押しで,引っ張りだけに反応して張力を発揮し,関節運動を拘束する点にある.引っ張りだけに抗する典型的な部材はひも状構造体であり,これは圧縮やせん断に抗する一般部材と比べて圧倒的に小型,軽量,そして柔軟である.そのような特異な組織である靱帯を多数有しているのが膝関節であり,その中で最も過酷な力学環境に晒されているのが,本シンポジウムの主人公である前十字靱帯(ACL)である.
残念ながら,ACLの損傷頻度は膝靱帯の中で際立って高く,しかも,損傷による個体の機能低下は大きい.そもそも靱帯は小型,軽量であるがゆえに構造強度が低く,柔軟であっても骨との連結部は力学特性が不連続に変化するため負荷が集中しやすく,損傷しやすい.加えてACLの場合は,関節運動に伴う形態変化が激しく,膝荷重の大半が作用するフェーズもあるため,さらに損傷しやすいのである.当然のことながら,損傷ACLの治療・修復レベルを向上させることが重要となる.そのために必要となるのがACLのバイオメカニクス研究から得られる様々な知見である.