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雑誌目次

雑誌文献

耳鼻咽喉科・頭頸部外科60巻10号

1988年10月発行

雑誌目次

特集 ウイルス感染症

著者: 編集委員会

ページ範囲:P.791 - P.791

 ウイルス感染症に関する研究は基礎医学が先行し,その発症機序や病理などを明らかにしてきた。これらの基礎的研究はさらに発展して臨床面にも及び,応用ウイルス学としてウイルス感染症の診断,治療,予防法を確立し,臨床の分野に大きく貢献した。そのためこれまでの臨床は基礎医学に追随して研究が進められてきた。しかし現在は臨床もこの追随から脱皮し,臨床ウイルス学として新たな展開をみせている。そして数多くの優れた研究業績が発表されるに至った。耳鼻咽喉科領域でも種々のウイルス感染症に対して臨床ウイルス学の立場から取り組んでいる施設もみられるようになってきた。
 また最近,新しいウイルス感染症としてAIDS (後天性免疫不全症)やATL (成人T細胞白血病)が注目されるようになり,臨床ウイルス学にとって大きな課題となってきた。この新たな感染症は耳鼻咽喉科にも関連があり,また耳鼻咽喉科医にとっても医療従事者としての面からも大きな関心事である。

I.臨床のための基礎知識

ウイルス感染症の発症機序

著者: 皆川知紀

ページ範囲:P.793 - P.808

I.はじめに
 ここ10年間におけるウイルス学の進展には目覚しいものがある。その成果の最大のものに人類の科学史上不滅の業績ともいうべきWHOによる天然痘の根絶宣言(1980年)がある。しかし人類は休む間もなくつぎなる難敵に挑戦され悪戦苦闘している。しかし難敵に対する努力は現代バイオテクノロジー応用の飛躍的進歩を生み,その成果はウイルス感染症に対する予防,治療,診断における方法論において大きな貢献をしてきた。現在までのその進歩の軌跡を要約すると,①分子生物学の進歩は主な病原性ウイルス核酸の全塩基配列を明らかにし,ウイルスの病原性発揮のために必要な遺伝子の解析,さらにその機能を発揮する蛋白のアミノ酸組成が明らかにされ,遺伝子組換えによるウイルスワクチンの大量生産が可能となった。②つぎにそれらの成果を用いて,ウイルス感染細胞,感染組織中のウイルスの局在を探ることができるようになった。従来の螢光抗体法によるウイルス感染細胞中のウイルス蛋白の検出に加え,ウィルスmRNA,ウイルス核酸の検出がin situhybridizationによって可能となった。またdothybridizationによって唾液中,血清中のウイルス核酸の検出も可能になった。③これまで原因ウイルスが同定されていなかったウイルス感染症の原因が明らかにされた。たとえば伝染性紅斑のパルボウイルス,成人T細胞白血病(ATL)のヒトレトロウイルス,後天性免疫不全症候群(AIDS)のレンチウイルスが耳新しいところである。④ヒトB型肝炎ウイルス(HBV)は未分類ウイルスに属されていたが,ヒトHBVにウッドチャク(WHV),アヒル(DHBV),リス(GSHV)の肝炎ウイルスが加わり,hepadnaヘパドナウイルスとしてDNAウイルスの一員に加えられた。一方A型肝炎ウイルスの核酸はRNAで,新しいエンテロウイルス72としてピコルナウイルスに加えられた。以前にC型肝炎といわれた非A非B型肝炎ウイルスも近い将来同定されるであろう。さらに劇症肝炎と密接な関係がありそうなD型ウィルス(HDV)のエンベロープ蛋白はHBV由来で,中の核酸は新たなRNAよりなるヘルパーウイルスとしての性格を有していることも明らかとなった。⑤ウイルス粒子の主な構成成分である核酸,蛋白が,それぞれ単独で感染性を有することは想像上の問題であったが,それが現実となってきた。ある種の植物病の原因として,核酸のみよりなるウイロイド(viroid)の研究が進んでいる。ヒト原因不明疾患の原因としての可能性も追究されたが,現在のところ否定されている。一方蛋白質のみよりなる感染物質が羊のスクレピーそしてヒトのKuru,Creutzfeldt-Jacob病(CJD)に共通して検出されている。それをプリオン(prion)と称し,身近にはアルツハイマー病の原因としての可能性も追究されている。⑥腫瘍ウイルスの研究に端を発し,細胞遺伝子中の腫瘍遺伝子の研究が最盛期を迎えているが,これに関しては別に述べられるであろう。⑦一方宿主側の研究も急速な展開を示している。感染防御機構には特異的免疫現象以外に,否それ以上に初感染の結果を左右する要素として非特異的機構が浮上してきた。非特異的機構も細胞性因子(マクロファージ,NK細胞)と液性因子(サイトカイン,補体)よりなり,それぞれ分子レベルでの解明が進み,従来の不明部分を明確にしつつある。⑧特異的免疫学の領域ではT細胞の抗原レセプターの解析が進み,抗原認識のさいヘルパーT細胞は組織適合抗原群(MHC)クラスII抗原を,サプレッサーT細胞はMHCクラスI抗原を,ウイルス抗原との複合体として認識する。その結果非特異的に多機能的に種々の組織へ作用するリンホカインが産生される。⑨B細胞よりの抗体産生の謎も分子生物学的に明らかにされた。ウイルス学の領域ではハイブリドーマを用いた単クローン抗体の作製が全盛をきわめ,分子生物学的手法とともにウイルス抗原エピトープの解析が行われている。中和抗体結合エピトープの解析から合成ワクチンの可能性への道が開けた。さらにウイルス感染によって産生されるサイトカインに対する単クローン抗体も作製され,生体防御機構におけるサイトカインの意義についても明らかにされつつある。⑩生体の恒常性維持のためには神経系—内分泌系—生体防御系の間に密接な相互作用が存在していることが明らかにされつつある。これからの大きな課題であろう。

ウイルス感染症の病理

著者: 倉田毅

ページ範囲:P.809 - P.818

I.はじめに
 天然痘,ポリオなどのウイルス感染症は有史以来人類を悩ませてきた。18世紀も末の1798年にJennerが種痘を開発し,その後天然痘が根絶される(1979年)まで約200年を要した。この天然痘も,ヒトからヒトへしか感染しない,すなわち媒介動物(vector)がないことが疫学的に証明されてから,きわめて素朴に患者と他の健康者との接触を断つという方法で,1960年代後半に西アフリカから東方へ次々と根絶区域を拡げ,1976年には東南アジアから消滅し,1977年秋のソマリアの患者を最後として有史4,000年の悲劇の幕を閉じたのである(1979年10月26日にWHOは根絶宣言を発表した)。人類の英知は科学技術を限りなく進歩させたが,ウイルス病の中で根絶しえたのは今もって天然痘唯一つである。戦後の経済復興に伴う環境改善(上下水道の完全分離,水たまり,どぶ等の消失など)はウイルス,細菌などの感染を大幅に減らしえたし,また媒介動物(蚊など)の大量生息を不可能にし,感染症の伝播を極端に抑えることになった。ワクチンや抗生物質の進歩は欧米日の科学技術と経済力のある国々の感染症を減らすのに大きく貢献はしたが,亜熱帯〜熱帯地方の国々ではそれらの恩恵を十分に受けられる情況とはなっていない。日本を一歩出るとすべての感染症が存在しており,われわれは海外では常にそれらに曝露される危険にさらされているわけである。厚生行政関係者,あるいは多くの識者の「感染症の時代は終った」という見解は,わが国内(見事に隔離された島国として)ではたまたま見られなくなった,あるいは極端に減少した疾患がいくつかあるだけのことであり,本来の世界の感染症の実情を全く無視したものである。1960年代後半からのいくつかのウイルス性出血熱の登場(昨年のラッサ熱の日本での輸入例もある),そして降って湧いたようなエイズ(AIDS:AcquiredImmunodeficiency Syndrome後天性免疫不全症候群)に対し,今までの医学領域の全力を投入しても何一つ解決しえないのが"感染症"に対するわれわれの真の実力である。研究領域の細分化と先鋭化が何かを解決するだろうという甘い発想に対する,レトロウイルスのきわめて厳しい問いかけではなかろうか?エイズは全微生物の急性および持続感染の,ウイルス学,免疫学,分子生物学などあらゆる医学分野への総合的挑戦である。

ウイルス感染症の病原診断

著者: 森田盛大

ページ範囲:P.819 - P.827

I.はじめに
 ウイルス感染症の実験室内病原診断はこれまで主にウイルス分離検査と血清学的検査によって進められてきたが,検査に多くの日時を要し,回顧的な病原診断にならざるをえないこと,検査にかなり高度な施設・設備や技術,あるいは多くの費用や労力などが必要であること,病原が確定しても細菌感染症のような有効な治療法が乏しいこと,一部のウイルス検査しか健康保険が適用されないこと,などから,他の検査のように広く普及していないのが実情である。しかし一部のウイルスについては市販の抗原検出キットを用いて検査時間をかなり短縮できるようになったし,また血清学的検査についても抗体検出キットや民間のウイルス抗体検査機関がかなり利用できるようになった。一方ヘルペスウイルスに対するacyclovirのようなかなり有効な治療薬も開発され,診断価値が出てきた。また風疹のような免疫保有検査やワクチン接種に伴う免疫保有検査のニーズも増してきた。このようにウイルス検査の需要を促進するような状況が少しずつ出てきたが,それでもなおかつウイルス感染症の病原診断検査は臨床側にそれほど身近になっているとはいえない1,2)
 このことから本稿では,検査成績を解釈するに当たっての注意点3)を含めて,ウイルス感染症の実験室内病原診断法について概略紹介する。ただし本稿は検査実務者を対象としたものではなく,実際の臨床に携わっている方々にウイルス検査の概要を理解していただくためのものであるので,詳細な手法は成書に譲りたい4〜6)

II.ウイルス感染症

突発性難聴とウイルス

著者: 寺山吉彦

ページ範囲:P.829 - P.836

 突発性難聴の原因はまだ不明であるが,ウイルス感染説は内耳の血行障害説と並んで最も有力なものである。順序として突発性難聴とはいかなる疾患であるかを表1に示す。
 これは昭和48年に当時三宅教授を班長とする厚生省特定疾患,突発性難聴調査研究班が定めた定義であり,現在も使われている。

前庭神経炎

著者: 喜多村健

ページ範囲:P.837 - P.843

I.疾患概念が確立するまでの歴史 1909年にRuttin1)が報告した聴覚症状を伴わない急性の一側性前庭機能廃絶例が前庭神経炎の最初の臨床例とされている。その後Nylén (1924)2)が同様な症例をvestibular neuritisとして報告している。1950年にはスカンジナビアで流行性に発生しためまいの症例がneurolabyrinthitis epide—micaあるいはvertigo epidemicaとして発表3)されている。また英国では1952年にacute labyrin—thitisとして,流行性に出現しためまい症例の報告4)がある。さらにinfluenzal vertigo, acuteepidemic labyrinthitisとして流行性のめまい症例が報告されている。しかしこれらの流行性に発生した一連のめまい症例には迷路の障害の所見がないものも含まれており,現在の前庭神経炎の範疇に含まれるものか否か詳細は不明である。前庭神経炎としての疾患概念がほぼ確立したのは,Hallpike (1949)5),Dix & Hallpike (1952)6)が100例の臨床例を検討してvestibular neuronitisとして報告した時である。
 Dix & Hallpikeの原著で記載された前庭神経炎の症例は,単一の疾患でなく複数の疾患が含まれている可能性も現在では考えられている。原著の一部を以下に簡略に紹介する。100例中男が57例,女が43例で,30歳から50歳までが主要な年齢分布となっている。蝸牛症状は伴わないが,めまい発作の様式は多彩である。多発性あるいは単発性の回転性めまい発作から浮動感(原著では"feeling top heavy"あるいは"off-balance"と記載されている)までが含まれている。本疾患の病因としては感染が重要な役割を果たしていると想定しており,50例中16例に上顎洞炎,4例に歯の病巣,扁桃炎が2例,他のなんらかの感染を13例に認めたと報告している。温度眼振検査では47例で両側,53例で一側に障害が同定されている。galvanic検査を施行した16例中13例で異常データが得られ,前庭神経,前庭神経節細胞から前庭神経核まで含めた病変の存在を報告している。

顔面神経麻痺

著者: 隈上秀伯

ページ範囲:P.845 - P.851

はじめに
 顔面神経麻痺を起こす原因ウイルスとしては水痘一帯状疱疹ウイルス(VZV),単純ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルス,EBウイルスなどのヘルペス群ウイルス,インフルエンザ,アデノウイルス,麻疹ウイルスなどの報告があるが,この中でVZVが最も注目されている。

ウイルス性耳下腺炎

著者: 今野昭義 ,   伊藤永子 ,   寺田修久 ,   岡本美孝

ページ範囲:P.853 - P.857

I.ウイルス性耳下腺炎の病因ウイルス
 ウイルス性耳下腺炎の大部分はムンプスウイルスによるものである。Meuermanら1)は臨床的にウイルス性耳下腺炎と考えられた100症例についてウイルス分離および抗体検索により病因ウイルスの同定を行ったが,95例ではムンプスであることを確定でき,1例はIgM抗体値の上昇からパラインフルエンザ3型耳下腺炎が考えられ,他の4例ではウイルスの関与を確認できなかったと述べている。われわれも臨床的にウイルス性耳下腺炎と考えられた年齢15歳以上の40症例を対象として,急性期および回復期のペア血清を用い,補体結合反応および赤血球凝集阻止試験を行い,11種のウイルス(ムンプス,パラインフルエンザ1,3型,コクサッキーA9およびB1型,単純ヘルペス,帯状ヘルペス,アデノ,エコー3,7,11型)の関与の有無を検討した。31例はムンプスと診断できたが,他の9例については病因ウイルスは不明であった。文献的にみるとサイトメガロウイルス2),コクサッキーウイルスA型2,3),エコーウイルス,パラインフルエンザ・ウイルス1,3型1,4,5)による急性耳下腺炎の報告もあり,とくに成人における急性非化膿性耳下腺炎においてムンプスウイルス以外のウイルスが関与しているであろうと考えられる症例は確かに存在する。しかし現在ムンプス以外のウイルス性耳下腺炎については不明な点が多い。これらは近年発達しつつある酵素抗体法(ELISA法)を中心とする抗体検査法によるさらに詳細な検索成績と症例の集積を待つことにして,本稿では日常臨床上最も問題となることが多いムンプスウイルスによるムンプス(おたふくかぜ,流行性耳下腺炎)について述べる。

Epstein-Barrウイルス(EBV)と上咽頭癌(NPC)

著者: 古川仭

ページ範囲:P.859 - P.866

I.はじめに
 二十世紀初頭,ウイルスへの関心は医学のいたる分野で高まりつつあった。"ウイルスと腫瘍"についても同様で,注目すべき報告がなされた。1911年Rousがニワトリ肉腫ウイルスを発見し,1933年Shopeが哺乳動物細胞最初のウサキ乳頭腫ウイルスを発見した。しかしヒトの癌の発生とウイルスを結びつけて考えるにはまだ時期尚早だったらしい。癌の発生にウイルスが関与しているとする仮説はその後も容易に証明されなかった。しかし1964年ヒトの悪性腫瘍最初のウイルスとして登場した令く新しいヘルペスタイプのウイルスEpstein-Barrウイルス(EBV)の発見は,分子生物学的技術の急速な進展も加わり,その後の華々しい腫瘍ウイルス研究を推進する契機となった。その結果ヒト癌ウイルスの研究は一段とすすみ,現在ではある種の癌にウイルスが深く関与することはもはや疑う余地がなくなった。EBVとその発見のきっかけとなったBurkittリンパ腫(BL)や上咽頭癌(NPC)の関係のほか,B型肝炎ウイルスと肝癌,ヒトパピローマウイルスと子宮頸部癌,HTLV−1と成人T細胞白血病などがその例である。今回はこれらの中で,NPC発癌に関与するEBVについて総説的に紹介する。

ヘルペスウイルス感染症

著者: 竹崎伸一郎

ページ範囲:P.867 - P.876

はじめに
 ヘルペスウイルスは皮膚や粘膜を侵す代表的なウイルスである。身体の入口と出口に好発するため,耳鼻咽喉科・皮膚科・口腔外科領域と産婦人科領域における重要なウイルス性疾患といえよう。ヘルペスウイルス感染症の臨床像に関しては古くからよく理解されてはいたが,近年の生活環境や疾病構造の変化につれて,多方面で新しい問題を引き起こしている。単純ヘルペスに関していえば,衛生環境の改善と疾病予防が徹底してきたために小児期に感染せず,思春期に初感染を受けることが増えたため,性行為感染症としての性格がクローズアップされてきた1)。水痘・帯状庖疹ウイルスにおいては,高齢化社会になるにつれ,帯状庖疹の増加とその後遺症としての帯状疱疹後神経痛が大きな問題となる。
 ヘルペスウイルス感染症は初感染の後にウイルスが体内に潜伏し,しかも抗体が存在するにもかかわらず,高齢化や個体の免疫能の低下に伴って再発してくることが最大の特徴である。医学の進歩と社会の高齢化を背景とする免疫不全状態患者の増加により,重篤な感染や高い再発率が今日的な問題となってきたといえよう。

かぜ症候群

著者: 梅津征夫

ページ範囲:P.877 - P.883

I.総論
1.概念
 "かぜ"という表現は私たちの日常生活の中でしばしば使用される言葉であり,わが国の一般外来患者を診察する医療施設では患者の過半数が"かぜ"と診断されていることから,医師が診療活動の中で使用する頻度が最も高い病名といえる。
 "かぜ"という病名がもつ疾患概念に対して,使用する医師の間に多少の見解の相違が存在する。すなわち比較的軽症の急性鼻咽頭炎を意味して使われる例から,上気道炎に合併した下気道炎までを意味して使われる例まで,その疾患概念の幅は広い。"かぜ"という病名がこのように多少のニュアンスの違いをもって使用されることは,気道感染症に対する研究,解明の進歩という歴史的経過からみると,ある程度の必然性がうかがわれる。いわゆる"かぜ"症状を呈する疾患の原因のほとんどはウイルス感染であり,ウイルス学の進歩により原因ウイルスの種類とその性質などについて多くの知識が積み重ねられ,同一感染源が気道の解剖学的に分けられる各部位の炎症を単独にまた時には併せて起こしうることや,全く別種類の感染源が同じ臨床病型を起こしうることなどが明らかにされてきた過程で,"かぜ"という言葉が医学的に曖昧な意味をもつようになってきている。このような"かぜ"の概念,定義に関する種々の問題点については,田崎ら1,2)の論文に詳しく記載されている。

インフルエンザ

著者: 中島節子

ページ範囲:P.885 - P.889

はじめに
 毎年冬になるとインフルエンザが流行するが病原体はインフルエンザウイルスである。このウイルスは抗原性が変化しやすく,また呼吸器気道表面の上皮細胞にのみ感染しウイルス血症を起こさないままに発病するため,ワクチンによる制圧が非常に困難である。個々の患者における症状は比較的軽症で短期間で治癒するものではあるが,圧倒的多数の人が罹患し,高齢者においては罹患により肺炎を併発し生命の危険にさらされる場合が多いことを考えると,インフルエンザが一刻も早く制圧されることが望まれる。

伝染性単核症(infectious mononucleosis)の臨床像

著者: 田端敏秀 ,   國本優

ページ範囲:P.891 - P.895

 伝染性単核症は全身疾患であるが,われわれ耳鼻咽喉科医にとっては頭頸部領域に診断上重要な所見を多くもつ疾患の一つである。しかし従来は本疾患は実際臨床の場では誤まって,急性扁桃炎や頸部リンパ節炎とされて見過ごされがちであった。それゆえ発症病因を十分理解したうえで,その診断と治療法に関して正確な知識をもち,的確に対応することが求められる。以下,伝染性単核症の疫学,臨床症状,臨床検査,とくにEBV抗体価について詳細に述べようと思う。本稿が本疾患に対して読者の方々が更に理解を深められる一契機となり,ひいては日常診療の一助となることになれば幸いである。

風疹

著者: 吉田雅文 ,   上村卓也 ,   西田之昭

ページ範囲:P.897 - P.902

I.はじめに
 風疹は「三日はしか」と呼ばれるようにそれ自体は軽症の小児感染症である。しかし妊婦が妊娠中に感染したとき出生児に先天異常(先天性風疹症候群)を生じる恐れがあり,かつ異常のうち最も頻度の高いのが高度の感音難聴であるため,われわれ耳鼻咽喉科医も無関心ではすまされない疾患である。
 本稿では風疹および先天性風疹症候群の臨床の概略とともに,その予防の見地からワクチン接種と再感染の問題について述べたい。

母体ウイルス感染による聴器障害

著者: 鳥山稔

ページ範囲:P.903 - P.909

I.はじめに
 1940年オーストラリアで風疹が大流行したあとに,先天性白内障の子供が多く生まれ,その母親を調べると妊娠中に母親が風疹に罹患していたことをGregg1)が1942年に報告した。当時Greggは風疹によって先天性の白内障と心臓病を生じることに気づいたが,後になって先天性聴力障害の起きることにも気づいた。1943年Swanら2)が風疹障害児31例中,心臓疾患22例,白内障12例,難聴12例,知能障害2例,小脳症3例を認めたと報告したのが,風疹による聴覚障害について記載した最初の論文であった。彼らは,妊娠2か月以内に風疹に罹患すると100%,3か月で50%に,生まれてくる子供に異常があると報告し,1949年Abelらは3か月以内で87%,4〜6か月で42%に異常があると報告した。
 1964年New York市の妊婦の1%以上が風疹に罹患し,翌1965年沖縄に風疹が大流行し,米国で約30,000人,沖縄で約200人の風疹症候群の障害児が生まれた4〜6)。それ以来約10年ごとの周期でわが国でも風疹が大流行をするようになったが,一つには風疹のワクチンの普及,一つには妊婦が風疹に罹患した場合,障害児発生の予防のために人工流産を行うようになったことなどにより,いわゆる風疹症候群児が生まれることは少なくなってきた。それでもなお現在でも風疹症候群児が全く生まれないわけではなく,昭和61年〜62年にかけての流行時などに,散発的に風疹症候群児は生まれている。

III.特殊なウイルス感染症

HBウイルス

著者: 鈴木卓爾 ,   黒沼幸雄 ,   原田尚

ページ範囲:P.911 - P.917

はじめに
 B型肝炎の院内感染はいわゆる医原性疾患の一つとして重視され真剣な防止対策がとられてきたが,昨年7月の大学病院の研修医2名がB型肝炎に感染し死亡した事故をきっかけに再びマスコミに取り上げられるに至った。
 B型肝炎ウイルスは主として血液を介して感染し,ウイルス汚染血液の1mlの1億分の1でも感染するほど感染力の強いウイルスであるが,高熱に弱く,またその本態の解明とともにHB免疫グロブリンやHBワクチンも登場し,その予防対策が可能になってきた。

AIDS(acquired immunodeficiency syndrome;後天性免疫不全症候群)—耳鼻咽喉科領域の症状と治療上の注意

著者: 杉田麟也

ページ範囲:P.919 - P.927

はじめに
 AIDS(acquired immunodeficiency syndrome;後天性免疫不全症候群)は1981年にCenter for Disease Control(CDC)によりMorbidity,Mortality Weekly Report(MMWR)6月5日号に初めて報告された。ロスアンゼルス地区においてカリニ肺炎が半年間に5例,それもいずれも若い人に発生したことを告げる短い記事である。カリニ肺炎とはPneumocystis cariniiという胞子虫に属する原虫の一種が起こす感染性の肺炎で,臨床的には日和見感染として生ずることが多い。
 ところがこの報告が20世紀末のペスト,AIDS発見の発端となった。7月にMMWRは過去2年半の間にニューヨークで20例,カリフォルニアで6例のカポジ肉腫の患者が同性愛の男性の間から発見されたと報じた。しかもそのうちの4例はカリニ肺炎にも侵されていた。一見健康で日和見感染を許すような重篤な基礎疾患をもたない同性愛の男性であるのが共通点であった。

成人T細胞白血病(adult T cell leukemia;ATL)

著者: 山口一成 ,   石川哮

ページ範囲:P.929 - P.934

I.はじめに
 Human T lymphotropic virus type I (HTLV—I)1,2)はヒトで初めて発見されたRNA腫瘍ウイルス(レトロウイルス)であり,西南日本,カリブ海,アフリカに多発する成人T細胞白血病(ATL)3)の原因ウイルスである。日本にはATL患者は少なく見積っても年間300名は発生しており,HTLV-Iキャリアは100万人以上存在する。ATL発症のメカニズム解明のために多くのウイルス学的,分子生物学的な研究がなされている。ATL患者にはすべて抗HTLV-I抗体が存在し,腫瘍細胞のDNAにはHTLV-Iプロウイルスがモノクローナルに組み込まれており,HTLV-Iが細胞に感染したのちある細胞がモノクローナルに増殖して白血病細胞となったことがわかり,ウイルスがATLの原因であることが明らかとなった。
 ATLではウイルス学的検索は病因解明,臨床診断,感染対策に大きな貢献をもたらしている。ここではATLの病態,診断,HTLV-I感染からATL発症へ至る自然史,HTLV-I感染対策,ATLの治療について述べる。

IV.治療と予防

化学療法

著者: 海老名卓三郎

ページ範囲:P.939 - P.945

 現在,細菌感染症に対する抗生物質のような特効薬は,ウイルス感染症に対しては一部のヘルペスウイルス感染症に対するアシクロビル(ACV)を除いて見出されていない。そこで世界中で研究が進行中である。ウイルスは宿主細胞の代謝を利用し増殖するので,ウイルスに直接作用して増殖を防ぐ抗ウイルス剤と,さらに生体の免疫機構を強化してウイルスを排除する抗ウイルス療法剤に分けて,とくに現在まで臨床での適用が認められている薬剤を中心に説明を加えたい。

ワクチン

著者: 平山宗宏

ページ範囲:P.947 - P.951

はじめに
 ワクチンとは申すまでもなく予防接種に用いられる薬剤をいうが,ここでは予防接種そのものの近年の趨勢を解説するとともにワクチンをめぐる最近の話題を紹介したい。予防接種やワクチンについての一般的な解説書は数多く1〜3)出版されており,筆者自身もしばしば執筆の機会を得ているが,本稿では,最近の話題にかかわるものに限るということをご寛恕願いたい。

免疫グロブリン療法—とくにHunt症候群を中心として

著者: 村井信之 ,   馬場廣太郎 ,   古内一郎

ページ範囲:P.953 - P.956

はじめに
 帯状疱疹は内科・皮膚科領域の疾患では比較的遭遇する機会の多い感染症の一つであり,本症は周知のように水痘の起因ウイルスであるVaricella—Zosterウイルス(VZV)による回帰感染症と考えられている1)
 耳鼻咽喉科領域ではこのウイルスによって発症するRamsay Hunt症候群(以下,単にHunt症候群と記述)がある。鼓膜,外耳道,耳介などの耳帯状疱疹(Herpes zoster oticus)とこれに伴う神経痛,それに前後して同側の末梢性顔面神経麻痺や第8脳神経症状である難聴耳鳴り,眩暈などを発症するのが特徴である。本症の病態はVZウイルスによる多発神経炎であるとされ,保存的治療が主体となっている。

V.臨床ウイルス学

ウイルスの分類と病原性

著者: 渋田博

ページ範囲:P.957 - P.965

I.ウイルスの分類法の概要
 病原体として発見されたウイルスは,研究初期の段階ではその病気の特徴で分類されていた。たとえば向神経性ウイルスなどといったものである。その後,培養細胞を用いてウイルスを研究する道が開け,また生化学や電子顕微鏡技術の進歩もあり,ウイルスは形態と化学的組成を中心にいくつかの生物学的特徴を加味して分類されるようになった。化学的組成というのはウイルスのゲノムがDNAかそれともRNAかということ,そのゲノムの形はどうか(環状とか直鎖状とか),ウイルスが脂質性の外皮(エンヴェロープ)を持っているかどうか,などである。ここでゲノムとは遺伝子全体を指す言葉であり,ゲノムの中の個々の遺伝子座をこの文では単に遺伝子と呼ぶことにする。なお細菌から高等生物にいたるまですべての生物のゲノムはDNAでできているが,ウイルスではゲノムがDNAのものとRNAのものがある。生物学的特徴とは,共通の抗原を持っているか,発癌性はどうか,細胞内の増殖部位が核内か細胞質か,逆転写酵素を持っているか,などといったことである。最近,ウイルスゲノムの構造解析が急速に進歩し,ゲノムの中の遺伝子の種類とその配列,すなわちゲノムの微細構造によってウイルスを分類するようになってきた。しかし上記の形態と化学的性質によるウイルスの分類とゲノムの微細構造によるウイルスの分類は大筋において一致しており,前者による分類を後者によってさらに細かなものにするといってもよい。表1に医学上重要なウイルスの分類を載せておく。

ウイルス学の現況と展望—基礎面

著者: 南嶋洋一

ページ範囲:P.967 - P.972

I.はじめに
 ウイルスはもともと動物であれ植物であれ病気の原因として見出された。逆にウイルスが病気を起こさなかったら,ウイルスの発見はなかったかあるいはずっと遅れたに違いない。これは現在のウイルス学についてもあてはまる。ともあれウイルス学は1898年Beijerinckによるタバコ・モザイク病の病原体,LöfflerとFroschによるウシの口蹄疫の病原体の報告に始まる。そして1902年Reedらによりヒトの病気としては初めて黄熱がウイルスによって起こることが人体実験によって明らかにされた。
 当初,ウイルスは細菌濾過器を通過し,光学顕微鏡で見えない,人工培地には増殖しない,しかし本来の宿主に対しては明らかに伝染性(感染性)を示す微小な生物として認識され,"contagiumvivum fluidum"という名称が提唱された。この"伝染性の液状の生物"という名称にはウイルス学の二つの側面がいみじくも表現されている。すなわち,1)"液状の生物"としての実体の解明。ウイルスとはいかなる生物か(what they are)というアプローチ,そして2)"伝染性の生物"としての病気とのかかわり方の解明。ウイルスはいかなる病気を起こすか(what they do)というアプローチである。

ウイルスの現況と展望—臨床面(耳鼻咽喉科)

著者: 小川浩司

ページ範囲:P.973 - P.978

I.はじめに
 今日一般耳鼻咽喉科を訪れる患者のほぼ半数は感染症である。そしてその大部分の患者の病巣からは一般細菌が検出されるので,診療上ウイルスを意識することは少ない。しかし急性感染症の多くはウイルス感染が契機となって発症し,細菌はこれに続く二次的感染が多いといわれている。流行性耳下腺炎や帯状疱疹のように初めからウイルスによることがはっきりしている場合もあるが,多くの場合われわれはウイルスのことをほとんど考えずに治療を行っている。それはヒトがウイルスに侵されても,種々の免疫細胞が動員,活性化され間もなくこれらのウイルスを封じ込めてしまう,あるいは生体から一掃してしまう生体防御能が備わっていることや,伝染病のような強力な感染症に対してはワクチン接種を受け,われわれの免疫能がすでにできあがっているからである。
 しかし突発性難聴やメニエール病,多くの悪性腫瘍がウイルスと関連して発病するとしたら,ウイルスは耳鼻咽喉科医にとってもっと重要な存在となるであろう。AIDSの場合はウイルスが,ウイルスに対する唯一といってもよいかも知れない防衛手段である免疫細胞を破壊することによって生命を奪うという人類存亡にかかわる問題となっていて,ウイルス感染症の重要性見直しの契機となったが,われわれ耳鼻咽喉科医にとっても対岸視できない問題である。

目でみる耳鼻咽喉科

ヘルペス性歯肉口内炎の集団発生例

著者: 竹崎伸一郎 ,   上村仁夫 ,   斉藤昭 ,   西山茂夫 ,   高宮春男

ページ範囲:P.788 - P.789

 単純ヘルペスウイルスに対する抗体保有者が人口の50%となる年齢は1959〜60年では9歳であったが,1984年には28歳と極端に高齢化している1).乳幼児期に感染を受けず,思春期になって初感染を受ける,という今日の状況を端的に表現していると思われる。
 われわれは保育園におけるヘルペス性歯肉口内炎の集団発生例を経験した2)。単純ヘルペスウイルスの古典的な(?)伝播形態を示すものと考えられるので紹介したい。

鏡下咡語

Prof. Ino. Kubo晩年の門下の回想

著者: 河田政一

ページ範囲:P.936 - P.937

 久保猪之吉先生の人となり,偉大な学界における功績等については既にあらゆる面から語りつくされ,書きつくされた感がある。然し久保先生の最も円熟しまさに完成に近い人間像に接し,専門医学を志した若者が受けとめ吸収した事象を,半世紀余の歳月という節にかけたとは言い乍ら,様々の資料を反映させつつ今日辿ってみるのもそれなりに意義があるかも知れない。
 Ino. Kuboは1874年12月26日福島県二本松で士族の家に生まれた。会津戦争の白虎隊縁の地である。東京帝大医学部卒業後1901年耳鼻咽喉科学教室で初代の岡田和一郎教授から臨床の指導を受けた青年久保猪之吉は,1903年に九州帝大助教授(当時は福岡医科大学)として渡欧,Freiburg i. Br. 大学のProf. Gustav Killianの助手となり1906年に及び,1907年帰朝して教授に任ぜられた(明治40年2月19日)。

基本情報

耳鼻咽喉科・頭頸部外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1316

印刷版ISSN 0914-3491

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