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雑誌目次

雑誌文献

耳鼻咽喉科・頭頸部外科61巻10号

1989年10月発行

雑誌目次

特集 耳鼻咽喉・頭頸部領域の痛み—その機序と臨床

特集にあたって

著者: 曽田豊二

ページ範囲:P.773 - P.774

 患者の訴えはどの疾患の場合にも的確には表現されず,そのひとのcharacter,そのときの心理のフィルターにかかり,疾患の成り立ちを覆っているのが常である。痛みの場合は一層その色彩が強い。
 そしてその痛みというものはほとんどの疾患にある症状だが,ある場合は重要な標識であったり,またある場合は痛みだけが症状であったりする。

I.痛みの生理

痛みの生理

著者: 横田敏勝

ページ範囲:P.775 - P.804

I.痛みの末梢機構
A.皮膚の痛覚線維
1.侵害受容
 Sherrington (1903)60)は頸髄下部を切断したイヌ(脊髄イヌ)の足蹠に圧刺激を加えると刺激された下肢を伸展するが,同じ場所をイバラのトゲで刺激すると下肢の屈曲反射が現れて,刺激を避けることを観察した。この観察を踏まえて,1906年に出版された著書61)の中で侵害受容神経という概念を導入した。
 それによると,数多くの脊髄反射のうち,痛覚神経を求心路にもつ屈曲反射がとくに強力で,他の反射と競合する場合,すべてに優先する。したがって,痛みは"至上命令的な防御反射に付随する心理過程"である。しかしながら,脊髄動物が痛みを感じるわけがない。そこで痛覚神経を求心路にもつ脊髄反射を誘発する各種末梢刺激に目を向けると,刺激のエネルギーの種類にかかわりなく有害であるという共通点に気付く。感覚の観点から痛覚神経とされるものを,反射の観点から侵害受容神経と呼ぶことができる。そうすると侵害受容神経を求心路とする反射は侵害受容反射になる。

II.癌性疼痛

手術療法の適応と限界

著者: 高橋廣臣

ページ範囲:P.819 - P.821

はじめに
 癌に罹患すると高い頻度で痛みを伴うことが知られている。患者の最低限の希望は,痛さと苦しさから逃れることであるから,癌を治療する立場からすれば疼痛除去の種々の方法に精通していることが望ましい。
 癌性疼痛に対する処置としての手術的手段は本来最も基本的なものであり,次の3つの方法,1)根治手術,2)腫瘍減量手術,3)神経切除術が行われている。

神経ブロック療法の適応と限界

著者: 湯田康正

ページ範囲:P.823 - P.831

はじめに
 癌による死亡者は昨年,すでに20万人を超し,死亡原因の第1位となった。
 進行癌の70%は主症状として痛みを訴え,耐えがたい痛みは不眠,不安,食欲不振,全身衰弱をもたらしてくる。

X線画像診断ならびに放射線療法の適応と限界

著者: 寺嶋廣美 ,   山下茂 ,   中田肇

ページ範囲:P.833 - P.840

はじめに
 癌による痛みは発生部位,進行度,個人により様々である。癌性疼痛の中で問題になるのは根治不能の進行癌,再発癌や転移癌によるものである。癌による痛みは持続的で肉体的にも精神的にも患者を苦しめる。この苦痛を和らげることは癌治療医の大きな課題である。癌性疼痛の治療は手術,放射線療法,化学療法,ホルモン療法などの根本的治療と,鎮痛剤,神経ブロックなどの対症療法とに分けられる。放射線療法は根治的治療とともに対症的治療としても適応範囲が広い。頭頸部癌は疼痛の発現率が高く80%を超える1)。ここでは痛みを伴う頭頸部癌の画像診断と放射線療法の役割について述べる。

頭頸部癌の痛みと患者の心理

著者: 平賀一陽 ,   福田純子

ページ範囲:P.851 - P.856

I.痛みの出現率と除痛率の推移
 Bonica1)によると,癌性疼痛は慢性疼痛患者の5%と少ないが,他の慢性疼痛より身体的,精神的,社会的要因に起因する因子も多い。1987年,全国の402施設に入院している癌患者(35,683名)を対象に癌性疼痛および鎮痛法の実態をアンケート調査した結果,All Stageでは32.6%,保存的治療患者では48.7%,末期状態の患者では71.3%に何らかの鎮痛対策が行われていた2)。全てのがん患者に痛みが出現するわけでなく,原発部位でも痛みの出現率は異なる。血液癌,肝癌,脳腫瘍患者では痛みの出現が少なく,骨腫瘍・骨転移や頭頸部の癌患者には多い。
 癌性疼痛の除痛率の変化を全国の成人病・がんセンター施設において年次的に比較すると,各病期とも患者が十分に満足する完全除痛率は増加している。特に末期状態では,1986年に37.8%であった完全除痛率が,1987年は42.7%,1988年は48.6%と確実に増加した。鎮痛効果の不十分な非麻薬系鎮痛薬の注射が減少(41.2→32.6%)し,麻薬経口投与が増加(25.7→32.3%)したこと,いわゆるWHO方式癌疼痛治療法の普及が末期状態での除痛率改善につながった3)

末期癌患者における疼痛の看護

著者: 山口世志美 ,   飯田たけ ,   古田洋子

ページ範囲:P.857 - P.860

はじめに
 末期癌患者にみられる痛みは,身体的・精神的・社会的因子が複雑に絡み合って,その人を包括して現れる。なかでも,頭頸部末期癌患者は手術により,失声・構音障害・嚥下障害や顔貌の変化などの障害をきたしていることが多い。その上,病巣部が外部から見えるため,病気の進行は,おのずと自分の目で確認することになる。コミュニケーションの困難さ,味わって食べられないこと,ボディ・イメージの変化は,特に精神的苦痛を深め,痛みとして表現されると考える。
 頭頸部末期癌患者の痛みは,癌性疼痛治療の認識を高め,適切な与薬法を用いることと,患者の精神的側面を支える看護ケアを行うことで効果を現す。癌の痛みを緩和することは,その人がその人らしく有意義に生きることへの援助である。これは家族と医療者の円滑なチームワークがあって成立し,より良い援助となる。

症状の経過と痛み

臨床的特徴

著者: 近藤隆 ,   河辺義孝

ページ範囲:P.805 - P.808

はじめに
 一般的に疼痛はその出現により,早期に生体に危険を知らせるサインとして,また危険からの逃避行動へのシグナルとして(急性疼痛),ある意味では生体にとって有用な働きをするものであるとも言われる。
 癌性疼痛においても勿論,初期の痛みは疾病の存在を知らしむる働きをすることになる。これは頭頸部癌患者にてしばしば無痛性の頸部の腫瘍や口腔内病変,腹声,咳嗽を無視し,いずれかの部位に痛みが出現して初めて受診する場合のあることからも生体防御機構のひとつとして役立っているのは理解できるし,さらに痛みの増強は癌の再発,転移の重要な臨床的サインでもある。

上咽頭癌

著者: 澤木修二

ページ範囲:P.809 - P.812

はじめに
 上咽頭癌は日本人の罹患は少なく,中国南部の住民に多発する疫学的特性をもっている。患者の免疫能が低下し,頸部リンパ節や臓器に転移し易い特殊な病態を示す。それだけに診断および治療に当り,戸惑いが生じがちである。この疾患に伴うさまざまな疼痛の原因を理解し,それをいかに的確に対応するかについて解説する。
 上咽頭は,この部に腫瘍が生じても局所の疼痛はほとんど生じない。したがってこの症状が診断の手がかりになることはない。腫瘍が頭蓋内に進展して頭痛が起き,また脳神経症状として三叉神経痛が現おれる。このほか転移に伴う各臓器に関連した疼痛もある。本稿ではこれらの疼痛を少しでも緩寛させるため,原因を見極める方法と治療法についてできるだけ具体的にのべる。

上顎癌

著者: 宮口衛 ,   酒井俊一

ページ範囲:P.813 - P.816

はじめに
 鼻腔,上顎洞の知覚神経支配は,図1に示すごとく三叉神経第2枝である。したがって上顎癌およびそれに伴う炎症により,歯痛,頬部痛,眼痛,さらに関連痛である頭痛が生じる。これらの痛みと上顎癌の進展度(T分類)および進展方向との関連を自験した上顎洞癌新鮮症例845例を解析して明らかにする。

咽頭癌

著者: 村上泰

ページ範囲:P.817 - P.818

はじめに
 ここでは中咽頭癌および下咽頭癌による痛みについて記載する。いずれの場合も末期には著しい痛みで嚥下困難となるが,早期には軽度で初期症状とは言い難い。しかし注意深く聞き出すと,多くの症例で痛みを伴っている。

薬物療法の適応

消炎鎮痛剤

著者: 岡田純 ,   柏崎禎夫

ページ範囲:P.841 - P.844

はじめに
 非ステロイド系抗炎症剤(non steroidal anti—inflammatory drugs: NSAIDs)は,解熱,抗炎症作用も有する代表的な鎮痛薬である。癌疼痛患者に対しても,本剤は単独または阿片系薬剤と併用し優れた疼痛除去効果が得られる。
 1986年に,世界健保機構(WHO)は,進行癌患者のより確実な疼痛除去を目的とした三段階ラダー法(図1)による薬物疼痛除去プログラムを発表し,癌疼痛の治療法の普及に努めている。本邦でも,WHO三段階ラダー法が評価されつつあるが,阿片系鎮痛剤に比しNSAIDs使用に頼る傾向が現在も強いことも指摘されている。癌疼痛除去の薬物療法は,各薬剤の薬理作用を良く理解した上で,使用することが重要である。NSAIDsも,広い領域で使用されている薬剤ではあるが,消化性潰瘍を初めとする種々の副作用が存在する。そこで,本稿では,耳鼻科系癌患者の疼痛除去におけるNSAIDsの使用法を,その薬理作用,適応症を含めて解説する。

麻薬,麻酔薬,抗うつ薬など

著者: 水口公信

ページ範囲:P.845 - P.850

はじめに
 癌の診断・治療の急速な進歩にもかかわらず,なお1年間に19万の人が癌により死亡し,終末期癌患者の対策は重要な課題になっている。頭頸部領域にみられる終末期の苦痛は他の領域の癌患者と異なる特異性をもつので,その対応に難渋する場合が多い。そこで頭頸部領域の癌患者の病態生理をとりあげ,痛みと薬物療法の適応を考えてみたい。

III.非癌性疼痛

舌咽神経痛の臨床像と治療法

著者: 塩谷正弘 ,   若杉文吉

ページ範囲:P.915 - P.919

はじめに
 頭痛は日常臨床で最も訴えられることが多い症状のひとつである。しかし,それ自身が治療対象となることは少ない。ところが,われわれがペインクリニック科で治療を行う慢性頭痛となると少しおもむきが異なる。これらの患者は,慢性頭痛のため日常生活が満足に送れない。その中でも重症の頭痛がペインクリニック科を訪れることとなる。
 慢性頭痛の大部分は片頭痛と筋収縮性頭痛で占められる。一般臨床においてはその他の三叉神経痛,舌咽神経痛の頻度は限られたものである。しかしながら神経ブロックを主たる治療法として行うペインクリニック科においては,一般臨床と疾患構成が逆転しており,三叉神経痛,群発頭痛などの比較的まれとされている疾患群の頻度が高い特徴がある。われわれは片頭痛の約10倍の三叉神経痛患者を診ているが,それでも舌咽神経痛の患者は非常に低率で三叉神経痛の約1.7%である(表1)。

心因性疼痛

著者: 加我君孝 ,   大蔵真一

ページ範囲:P.943 - P.951

はじめに
 頭頸部領域の疼痛で心身医学的なとりあつかいの必要な対象は,心理的な葛藤がもたらす身体症状としての疼痛と身体疾患がもたらす疼痛による心理反応の2つに分けることができる。本稿では,主に前者についてとりあげる。体性感覚の一つで原始感覚である痛覚は,平衡覚や視覚と同様に発生学的に早期に出現するものの一つである。痛み感覚は①外界からの刺激に対する逃避反応として自己の生命を守る働き,と②生体内部の何らかの刺激によって生じる場合の,障害部位や内容を知らせる警告反応の働き,の2つに分けることができる。いずれにしろ生体の警告信号・反応系としてとらえられる。しかし,痛み自体は,われわれにとって,苦しいものであるため避けたいと願っている。注射時の一時的な痛みですら,苦痛であり,慢性の痛みは,俗にいう針のむしろの上に,身を置いているかのように感じてしまう。
 痛み刺激が強ければ強いほど,われわれはつらく,苦しくなり,ある境を越えると,泣く,叫ぶなどの恐怖状態からパニックに陥る,断末魔の悲鳴などの表現は,このような状態をさす。すなわち,痛みの極限は死の恐怖とつながっている。刑罰の歴史では,自白の強要に拷問を加え,罰としてムチ打ちの刑を加えたりしている。現在でも教育上体罰を加え,同じことを繰り返えさぬように,恐れを抱かせたりする。痛みの背景は,広く深い。頭頸部の心因性の疼痛は心理的葛藤に,どのような特徴があるであろうか。

三叉神経痛の基本的治療

臨床像,神経ブロック療法(アルコールブロック)の適応と効果

著者: 若杉文吉

ページ範囲:P.862 - P.868

はじめに
 ここでの三叉神経痛は,もちろん非癌性で,反射性交感神経性萎縮症や非定型顔面痛でもない,いわゆるこれまで特発性と考えられた三叉神経痛について述べることにする。
 その特徴は,①秒単位の発作性激痛は痛みの王者といわれている。②慢性の経過をたどり,寛解期の長短はあっても,自然治癒はみられない,③疼痛部位は支配神経の領域に限られる。④痛みは外的刺激によって誘発され刺激がなければ痛まない,⑤他覚的所見や随伴症状はほとんどみられない。⑥50歳以上,女性に2倍多い,⑦原因はすっかり明らかになったわけではないが,頭蓋内での小血管の三叉神経への圧迫説が有力である。

グリセリン注入法の適応と効果

著者: 十時忠秀 ,   原野清 ,   峯田洋子

ページ範囲:P.875 - P.879

はじめに
 三叉神経痛の治療法はカルバマゼピン(テグレトール®などの内服薬療法,神経ブロック療法と手術療法に大別されている。従来,本症に対する神経ブロック療法のほとんどは長期間の除痛を得る目的で神経破壊薬であるアルコールを使用しておもに末梢枝を,また複数枝罹患の場合はアルコールのガッセル神経節への注入によりブロックが行われてきた。その結果として当該神経の支配領域の皮膚あるいは粘膜の知覚を犠牲にして除痛が得られてきた。
 我々は,この知覚障害を考慮して1981年スウェーデンのHåkanson1)により報告された三叉神経槽内グリセリン注入法を1984年より追試し,アルコールによるガッセル神経節ブロックに比し顔面の知覚障害の軽減,また単枝の三叉神経痛についても末梢枝のアルコールブロックより除痛期間の延長が認められており好結果を得ている。

手術療法の適応と効果

著者: 福島孝徳

ページ範囲:P.881 - P.884

はじめに
 耳鼻咽喉科,頭頸部外科の領域において,顔面の痛みを訴える患者は多い。顔面痛をきたす原因疾患には種々様々なものがあり,偏頭痛や群発頭痛から始まってSluder症候群,帯状疱疹,副鼻腔炎,悪性腫瘍,歯科口腔外科的疾患,三叉神経痛,舌咽神経痛など多岐にわたる。最も重要なポイントは的確な診断であり,患者の訴える痛みの性質,発作様式,経過等を詳細に問診し,さらにレントゲン,CT,MRIなどの検査を十分に行って原疾患をよく把握せねばならない。本稿では,それらの鑑別診断の要点を述べ,特に三叉神経痛の治療と根治手術(微小血管減圧術)の適応,成績について詳述する。

三叉神経領域の痛みとその臨床

疼痛の臨床特性と治療

著者: 下村登規夫 ,   高橋和郎

ページ範囲:P.885 - P.890

はじめに
 頭痛は日常臨床でしばしば経験する症状であり頭痛が主訴であり,他の疾患が背景に存在する場合もあれば頭痛それ自体が疾患である場合もある。われわれがしばしば遭遇する頭痛には片頭痛・群発頭痛などの血管性頭痛,頭頸部の筋肉の過緊張状態を伴う緊張性頭痛,atypical facial painの一つである下半頭痛,血管炎に基づく側頭動脈炎などあるいは髄膜の炎症による頭痛など様々な頭痛が存在する。本稿では群発頭痛・片頭痛,下半頭痛および側頭動脈炎について概説する。
 頭痛の分類については従来Ad Hoc CommitteeによるClassification of Headacheが用いられていたが,1988年にHeadache classification com—mittee of the international headache societyにより表1のようなClassification and diagnosticcriteria for headache disorders, cranial neuralgiasand facial pain1)が発表された(表1)。この頭痛分類はかなり詳しく分類されており,従来の分類と対比してある。このような詳細な分類は日常臨床では逆に煩雑になりすぎるのでここでは従来からの頭痛の名称を用いて,新しい分類と対比しつつ,それぞれの臨床的特徴や治療について述べていくこととする。

顎関節症

著者: 佐々木好久

ページ範囲:P.891 - P.895

はじめに
 顎関節付近に疼痛があり,関節雑音,異常顎運動や開口障害を示すものを顎関節症という。この疼痛は顎関節部あるいはその周囲の運動痛,圧痛であるが,運動痛が過半数であり,鈍痛が多い。この疼痛には側頭骨下顎窩と下顎骨下顎頭の間にある関節円板など関節を構成する組織,関節を支持する関節包や靱帯,顎関節の運動筋である咀嚼筋群が関与している。
 顎関節症の研究には日本顎関節研究会があり,研究会誌も発刊され,歯科医の人達によって運営されており,多くの報告が発表されている。耳鼻咽喉科領域からはCosten’s Syndrome (咬合異常など顎関節に異常のある場合,難聴,耳鳴,眩暈感,耳内や耳周囲の疼痛を発生する)として既に発表報告されているように,顎関節症と我々耳鼻咽喉科医との関連には深いものがある。我々もこの疾患に遭遇する機会が多く,更に多くの関心を示す必要があるように思う。

急性副鼻腔炎と頭痛

著者: 白幡雄一

ページ範囲:P.897 - P.900

はじめに
 私達,耳鼻科医は頭痛というより顔面痛といったほうがよい顔面中央部の痛みと対峙するとき,まず副鼻腔炎を痛みの原因として考えるだろう。
 頭痛の部位的な特徴を言えば,たとえば前頭部や眉間部に痛みを訴えたとしても,それは急性前頭洞炎や急性篩骨洞炎を必ずしも意味するものではない。頭痛の診断の難しさの一つがここにある。

術後性上顎嚢胞

著者: 飯沼壽孝

ページ範囲:P.901 - P.904

I.特徴的な痛み
 術後性上顎嚢胞(以下,本症と略)を症候から分類1)すると,頬部症状型,眼症状型,鼻症状型,口腔症状型である。痛みについて述べれば,頬部症状型(疼痛,重圧感,緊満感,不快感異常感,しびれ),眼症状型(眼痛,眼圧迫感),口腔症状型(歯痛,歯牙異常感,歯牙浮動感)である。痛みは三叉神経第2枝を介する投射痛か直接の刺激痛である。本症の痛みは嚢胞が拡大して,境界壁の痛みを感ずる構造に接することによって発生する。嚢胞が占拠する部位に応じて異なる境界壁に接するので,表1に示す症状型となる。表1で田村ら2)と村上ら5)の報告は耳鼻科の資料であり,立川3)と毛利ら4)の報告は歯科を含む資料である。耳鼻科側では頬部症状,歯科側では口腔症状の頻度が高い。また,頬部痛と頬部腫脹とには集計上で重複はあるが,頬部痛の頻度は40-50%で,頬部腫脹は50-60%であり,腫脹に疼痛は必発することではない。副鼻腔嚢胞一般に関していえば,症候は大別して炎症症状(激痛,発赤,腫脹),圧迫症状(鈍痛,不快感,圧迫感,腫脹),両者の混合症状となる6)。以下に呈示する症例1は混合症状,症例2は圧迫症状を示した。

帯状疱疹の痛み

著者: 檀健二郎

ページ範囲:P.905 - P.908

I.帯状疱疹痛の治療が今なぜ大切か?
 1)帯状疱疹痛は,皮疹発症前および存続期の痛みが激烈である。痛みは強い交感神経刺激症状をともない,局麻薬による交感神経節ブロック,硬膜外ブロックを含む末梢神経ブロックの除痛効果が非常に優れ,他の方法に代え難い。その有痛期間は普通3週間位である。帯状疱疹は三叉神経第一枝領域に約20%の発症を見る。T2より頭側まで含めると46.5%を占める(図1)。頭・頸部は発症頻度が極めて高い部位である。しかも合併症として,①眼合併症(角膜潰瘍,ぶどう膜炎,視神経炎)の発生率が三叉第一枝領域の帯状疱疹の15〜40%を占める(表1)。重篤なものとして稀ではあるが対側偏麻痺の発生が,頭頸部帯状疱疹の発生例では存在する。水痘帯状疱疹ウィルスが脳血管壁に移行し,動脈炎を起こしたことによる。また動脈瘤形成,その破裂の報告もみられる。しかも,この15年間に帯状疱疹発生数が著しく増加している(図2)。
 2)帯状疱疹の発生と年齢の関係をみると,われわれ福岡大学病院麻酔科の受診者アンケート調査では発症時50歳以上が749例中565例(75.8%),60歳以上が390例(52.0%)と50歳以上の成人に多発している。そしてこれらの年齢層では,大変癒り難い帯状疱庖疹後,神経痛に移行する率が高い。早期から十分に除痛効果のある局麻による神経ブロック療法は,まず皮疹時の大変困る痛みが著るしく軽減される。皮疹治癒促進に貢献することが臨床的に推測され,激しい帯状疱疹神経痛の発生数を抑制する。

眼痛—緑内障を含む

著者: 阿部春樹 ,   岩田和雄

ページ範囲:P.909 - P.913

はじめに
 眼痛はごくありふれた訴えであり,眼科の日常診療において最も多く聞かれる主訴の1つである。しかしながらその原因を正確に診断し,かつ治療することは必ずしも容易ではない。その理由は眼痛をおこす原因が眼病変のみでなく,特に三叉神経の支配領域の眼窩や頭蓋内病変に起因するものがあるからで,原因論的には,脳外科,神経内科,精神科,整形外科,婦人科,耳鼻咽喉科および眼科など多くの診療科にまたがっており,これらの領域の疾患を鑑別しながら診断並びに適切な治療を行わなければならないからである。しかし眼痛の原因の大部分は眼疾患に起因しており,その特徴としては充血,流涙,眼脂,蓋明,眼疲労感などの他に,視力障害,視野障害,複視などの視機能障害を伴うことが多いので問診を詳細に行って,眼痛以外の何らかの眼症状を伴っていたら,眼科専門医の診察をうけるように指導すべきである。
 眼痛を伴う疾患を列挙すると表1のごとく多岐にわたっているが,重要なことは緊急な処置を要する疾患か否かを第一に判断することである(表2)。緊急処置を要する重篤な眼疾患としては,眼内異物(図1),角膜や結膜の化学火傷(図2),眼内炎,全眼球炎(図3),穿孔性眼外傷(図4),急性緑内障(図5),角膜潰瘍,角膜膿瘍(図6),眼窩蜂窩織炎(図7)などがあり,これらの眼疾患はいずれも適切な処置がなされないと,重篤な視機能障害を残すので注意が必要である。それにはまず詳細な問診を行って,原因疾患の見当をつけることが大切で,つづいて視診や触診を行いさらに眼科一般検査により所見を確認し,更に必要に応じてX線検査,超音波検査,MRI検査,血液検査等を行い適切な診断のもとで治療計画をたてる必要がある。

炎症性疼痛の臨床特性と治療

耳の痛み

著者: 坂井真

ページ範囲:P.921 - P.924

はじめに
 「耳の痛み」を訴えている患者を診察する時には,まず耳痛の原因となっている病変が耳そのものにあるのか,耳以外の部位にあるのかを区別しなければならない。患者が「耳が痛い」と訴えるときには,いろいろな部位に起きる疼痛を意味しているが,時には耳痛の部位が何処なのか分からないことや,どうしても耳痛の原因が分からないままに治癒してしまうこともある。たとえば,耳介,外耳,中耳の疼痛以外にも,顎関節,耳下腺,顎下部,耳後部,上側頸部の疼痛を「耳の痛み」として訴えることが多い。

口腔・咽頭・喉頭の痛み

著者: 荒牧元

ページ範囲:P.925 - P.928

はじめに
 口腔,咽頭,喉頭疾患の中で最も多い訴えは,疼痛である。従ってこの疼痛を通し耳鼻科医は,ある程度の診断をなさねばならない。また疼痛の状況をよくきくことにより,それのみで診断可能な場合もある。疼痛は次のように分けることができる。すなわち自発痛,嚥下痛,放散痛である。さらに持続的なもの,間歇的なもの,鈍痛,激痛,刺痛,圧痛等の性状に分けることもできる。

Ramsay Hunt症候群に伴う疼痛について

著者: 小池吉郎 ,   戸島均

ページ範囲:P.929 - P.932

はじめに
 Ramsay Hunt症候群(以下,Hunt症候群)は耳介帯状疱疹,末梢性顔面神経麻痺,第8脳神経症状(めまい,難聴耳鳴)の3主徴を呈する症候群で,顔面神経膝状神経節の水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)の再活性化が原因とされている。しかしこの3主徴のうち特に第8脳神経症状が認められない場合でも,Hunt症候群の不全型とされ,同じ範疇に組み入れられている。さらに原因不明の特発性末梢性顔面神経麻痺(Bell麻痺)のなかには帯状疱疹virusの抗体価が上昇する症例があるが,これはzoster sine herpete(ZSH)と呼び,Hunt症候群には含めていない。
 Hunt症候群とは帯状疱疹と顔面神経麻痺の合併というのが一般的な認識であるが,今後は診断学の進歩に伴い帯状疱疹ウイルス感染症としての第7,8脳神経障害を総称するようになるのではないかと考えている。

顔面外傷後疼痛

著者: 調所廣之

ページ範囲:P.933 - P.937

はじめに
 顎・顔面外傷は種々の顔面骨骨折と軟部組織挫傷に分けられる。また,顔面骨骨折には①前頭骨折,②視神経管骨折,③眼窩底骨折,④鼻骨骨折,⑤上顎・頬骨骨折(Le Fort I型・II型・III型,頬骨体部骨折),⑥頬骨弓骨折,⑦歯槽骨骨折,⑧下顎骨骨折などがある1)(図1)。
 ここで顔面外傷受傷直後から後遺症にいたる経過の上で,疼痛を主眼にその臨床特性と治療について解説する。

歯痛,抜歯後激痛

著者: 都温彦

ページ範囲:P.939 - P.941

はじめに
 口腔に関する痛みの発生部位として,歯髄を有する歯や歯肉・歯槽骨・歯根膜などを含む歯周組織,粘膜,顎骨,咀嚼筋,顎関節,神経,唾液腺などがあげられる。
 本来,痛みの体験は個人的なものであり,他人にわかってもらうことはできない。このような患者の痛みを医療者側は訴えや態度によって,はじめて知ることができる。

IV.外来処置

痛みと外来処置

著者: 八尾和雄 ,   設楽哲也

ページ範囲:P.953 - P.955

はじめに
 痛み症状は,精神的,意思的要素が関与し,外部的影響も受けやすいため,程度に個人差が生じ,他の感覚に比べて客観的に評価しにくい。従ってその対処は,どうかすれば間違った方向に向けられることもある。特に悪性腫瘍の存在では,有害刺激による生体組織の傷害を最小限にとどめる一つの警告信号と痛みを考えると,単に姑息的に痛みを除くことは危険であり,むしろ痛みが続いたとしてもその原因の究明に全力を注ぐべきである。この考えを大前提として,以下にしばしば経験する耳鼻咽喉科疾患,特に三叉神経と舌咽神経に関係する痛みへの処置を検討する。

V.痛みと東洋医学

痛みと漢方

著者: 藤井一省

ページ範囲:P.957 - P.959

はじめに
 中国医学における疾病の認識は病名ではなく,独特の病態認識によっている。この認識を弁証という。本項で述べる"痛みと漢方"に関しても同様で,"痛み"を症状とする疾病(病名)を探り,それに対する直接的な治療や鎮痛剤を投与するという意味ではなく,その"痛み"をもたらす病態(中国医学的病態)に対する根本からの施治(治療)について述べることを目的とするものである。
 耳鼻咽喉科領域の疼痛には種々なものがあるが,紙数の関係もあり,頭痛について述べることにする。また,咽喉痛などについても,これに準じてよいと思われる。

痛みと鍼

著者: 野村公寿

ページ範囲:P.961 - P.963

はじめに
 鍼の歴史は,中国で錐または楔形の鋭い石を用いた石器時代に始まり,その後,春秋・戦国時代から漢時代に製鋼技術が発達し,黄帝内経霊枢には9種類の金属鍼具について記載されている1)。そのうち現在の鍼に受け継がれている代表的なものは鏡鍼ざんしんと毫鍼ごうしんであり,前者は小児鍼,後者は最も一般的な成人用の鍼として用いられている。そして単に機械的刺激のみでなく,電気的刺激(低周波置針療法2)など)やレーザーによる光刺激を加えることも行われている1)
 耳鼻咽喉科領域における鍼治療については,大迫3)が理論的に紹介している。しかし,これらの理論は西洋医学とは異なっており,難解でもあるので,ここでは疼痛を和らげるための治療として,特別な装置を必要としない毫鍼の刺入による機械的刺激について述べたい。

目でみる耳鼻咽喉科

舌咽神経切除術(咽頭法)

著者: 石井哲夫

ページ範囲:P.770 - P.771

 舌咽神経痛において咽頭法によって切断する手技は全麻下の口蓋扁桃切除と同じアプローチで行う。位置は扁桃を摘出した痕の稲桃窩(または扁桃床)の下極に近い部分を直視したいため肩枕を入れ懸垂頭位に近い姿勢をとる。術者は手術台の頭位に位置し,口腔を上下逆にみる形となる。デービスの開口器で舌を十分に圧排する。これにより舌咽神経は緊張し,咽頭収縮筋の線維と容易に区別がつく。
 扁桃の剥離は必ずしも被膜の保存に神経質にならなくてよい。摘出後扁桃窩の出血は結紮せずにピロゾンやボスミン液で止血する。舌咽神経は扁桃窩にもっとも浅い箇所で探すとよい。図1のように扁桃窩を前・後口蓋弓部と側壁に分けると,下極に近い側壁の後口蓋弓の境に近いところである6)。固く捲いた咽頭捲綿子で扁桃窩を中咽頭正中側に押し拡げるようにすると索状の1×2mmの強靱な神経が上下に走っているのがわかる。首の太い人,筋肉質の男性ではこのようにしても神経を見出せないことが多い。咽頭収縮筋が厚いからである。この時に図2のように図1の該当部位の筋を垂直に分ける。その奥に厚い頬咽筋膜がある。これに沿って左右に剥離子で探ると索状の神経を発見できる。舌咽神経は内・外頸動脈を縫うように走行し,この筋膜を上極の位置で貫通して咽頭収縮筋の中を走行して舌根へ侵入する。咽頭法では頬咽筋膜を裂く必要はないが,咽頭収縮筋を鈍的に裂き全長にわたって取り出せば3〜4cmの神経を切断することができる。舌咽神経が再生し,再び痛みを起こすのに0.5cmで半年と推測している。4cm切れば少くとも2年は痛みから開放されるし,再発をみとめない例もかなりある。私の経験では15例中再発5例で33%の再発率である7)。裂いた咽頭収縮筋は術後縫い合せる。後出血には細心の注意を払うとよい。術後は神経の断端の痛みだけで,普通の扁桃手術より痛みは遙かに少い。このため意味もないのに反対側の扁桃を切除することは避けた方がよい。

鏡下咡語

真珠腫手術の本音と建て前—先輩からのメッセージ

著者: 湯浅涼

ページ範囲:P.870 - P.871

 平成元年3月3日,当院において,はからずも3,000例目の中耳手術が行なわれた。17年前の昭和48年1月,私が東北大学から当院に赴任して以来,昭和53年6月に1,000例,59年8月に2,000例,と年間約200例のほぼ一定したペースで中耳症例手術が行なわれ,今回3,000例に達した。
 内訳は慢性中耳炎が41.7%,真珠腫が31.4%,その他,例えば中耳奇形,耳硬化症,顔面神経管開放術などである。全体の73.0%は当院での初回手術例で,残りが再手術,二次手術等である。当院での再手術例が比較的少ない点は,出来ることなら手術は一回で済ませたい,という基本的な考えが貫かれてきたためと思われる。そのためには,まず真珠腫例に対して術後の再発を極力減らすことに努力した。昭和48年から2年間は外耳道保存もしくは削除/形成によるcloscd methodが主体であった。外耳道を一旦削除し,その後Kielboneなどを用いて削開外耳道を再形成した。この方法は従来の外耳道保存法に比べ再発の点で有利であると発表したが,その後術後の経過が長くなると移植Kielboneの異物反応,Kielboneの排泄などのトラブルが続出し,結局術後の成績の訂正を発表せざるを得なかった。

基本情報

耳鼻咽喉科・頭頸部外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1316

印刷版ISSN 0914-3491

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