icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

耳鼻咽喉科・頭頸部外科75巻2号

2003年02月発行

雑誌目次

特集 薬物による聴覚障害

1.概 説

著者: 森園哲夫

ページ範囲:P.95 - P.99

I.はじめに

 薬剤性難聴は,薬剤の全身投与,皮膚や粘膜からの吸収,鼓室内への投与などで起こる。薬物性難聴は医原性疾患の1つであり,近年医療事故に関する一般の関心と知識が高まるにつれて,われわれ臨床医にとって薬物性難聴への対処がますます重要性を増している。

 キニーネ製剤による一時的な難聴は既に1696年の文献にその記載がみられ1),アスピリンの前身のサリチル酸ソーダが可逆的な難聴を起こすことも既に19世紀末から知られている2,3)。そのほかに砒素化合物,重金属なども難聴を起こすが,今日最も問題になるのは,以前から抗結核薬として頻用されMRSAにも効果があるアミノ配糖体(ストレプトマイシン,カナマイシンなど),利尿剤(エタクリン酸,フロセマイド,ブメタナイドなど),抗癌剤(ナイトロミン,シスプラチン,カルボプラチンなど)の全身投与による難聴であり,他方,外耳道炎や中耳炎の治療に際して使われる抗生物質や抗菌剤の点耳薬剤,手術野消毒剤の使用による難聴などにも注意を払う必要がある。

 手術野消毒剤による難聴は1971年に最初の臨床的報告がみられ4),その後多数の動物実験がなされている。しかし,蝸牛窓の透過性がヒトと実験動物では大きく異なるので,動物実験の結果を直接ヒトに当てはめるのは賢明ではない。

 薬物の聴器毒性は,アミノ配糖体と利尿剤の同時使用で強く増強することが知られており,これは蝸牛血管条からのアミノ配糖体の透過性が利尿剤によって増強するためであり,他方,腎機能や肝機能の低下した人でも高度の難聴がみられるのは,薬物の血中濃度や内耳液中の濃度がより増加しているためと考えられている。騒音が薬物による聴器毒性を増強することも知られている。

 薬物は内耳の蝸牛系と前庭系の両方に作用を及ぼすので,初期の臨床的徴候は難聴,めまい,耳鳴りであり,注意深い問診や聴力検査によって初期症状を見逃さないこと,前もってのインフォームドコンセントが大切である。

 薬剤の全身投与による薬物性難聴は,必ずしも両耳同時に同程度に起こるとは限らず,難聴の進行速度も同様ではない。

 近年アミノ配糖体に対する高感受性をもつ家系があり,母系遺伝をすることからミトコンドリDNA異常によることが知られて,改めて遺伝性の形質と薬物性の難聴の関連についての研究が脚光を浴びてきた。今後の学問の進歩が薬物性難聴の発現の解明とその予防に大きく寄与すると思われる。

2.アミノ配糖体抗生物質による難聴update―遺伝子学的アプローチ

著者: 宇佐美真一

ページ範囲:P.101 - P.105

I.アミノ配糖体抗生物質による難聴

 ストレプトマイシンを初めとするアミノ配糖体抗生物質は広い抗菌スペクトルをもち,比較的安価であることから現在でも多くの国々で使用されているが,アミノ配糖体抗生物質には耳毒性,腎毒性といった副作用があることからわが国では使用頻度がかなり減ってきている。しかし,アミノ配糖体抗生物質のもつ抗結核菌作用,抗緑膿菌作用,抗MRSA作用などを期待して使用する場合も多く,また最近では副作用の少ない新世代のアミノ配糖体抗生物質も出始めている。表1に現在わが国で用いられているアミノ配糖体抗生物質の一覧を示した。

 アミノ配糖体抗生物質による難聴は両側性,対称性の高音障害型の感音難聴を示す。オージオグラムでは,通常,まず8,000Hzが急墜し進行するに従い中低音域にも難聴がみられるようになる。難聴に先立ち耳鳴を自覚するといわれており,重篤な難聴の予防には耳鳴の発現に注意することが必要である。難聴は非可逆的で,ストレプトマイシン投与を中止した後も進行する場合がある。側頭骨病理および動物実験から,アミノ配糖体抗生物質による障害部位はコルチ器の有毛細胞,特に外有毛細胞が易受傷性が高く,次いで内有毛細胞が障害を受け,引き続いてラセン神経節が変性することが知られている。また,これらの障害は蝸牛の基底回転から始まり,次第に上方回転に及ぶことが知られている1)。この形態的変化は,初期には高音障害型の聴力像を呈し,進行するに従い中低音域も障害されるという臨床像とよく一致する。硫酸ストレプトマイシンには,前述の聴覚障害に比較し平衡障害をきたすことが多いことが知られている。

 これらの副作用の出現には一般に3つの要素が関係しているといわれている。すなわち1)投与量,2)局所の濃度,3)遺伝的要素(感受性の違い)である。

3.白金製剤による難聴の基礎と臨床

著者: 原晃

ページ範囲:P.107 - P.109

I.はじめに

 白金製剤であるシスプラチン(CDDP)ならびにカルボプラチンは,いずれも頭頸部腫瘍に対する化学療法剤としても主流な薬剤であり,その使用頻度は極めて高い。一方,これら白金製剤による難聴も多くの報告があるが,その詳細,機序,治療法は必ずしもコンセンサスを得たものとはいい難い。

 そこで本稿では,白金製剤による難聴の頻度,難聴発現の機序,難聴の最適な検出法,さらには治療法について最新の文献のreviewを中心に詳述する。

4.耳毒性―サリチル酸,ループ利尿剤,リンデロンA点耳薬

著者: 山岨達也

ページ範囲:P.111 - P.116

I.サリチル酸による耳毒性

 サリチル酸のうち一般臨床ではアスピリン(acetylsalicylic acid)が主に使用される。アスピリンは通常小腸上部(および胃)で直ちに吸収され,摂取後2時間以内に血清濃度がピークとなる1)。血清中の半減期は約15分である。アスピリンは全身投与後直ちに蝸牛にも分布する。Ishiiら2)はチタニウムでラベルしたサリチル酸が血管条とらせん靭帯に現れ,1時間以内に外有毛細胞周囲およびらせん神経節周囲に認められたと報告している。血管迷路関門(blood-labyrinth barrier)のため血清と内耳液中の薬剤濃度に時間的ずれがあり,Juhnら3)はアスピリン300mg/kg投与後0.5~1時間以内に血清濃度がピークになったのに対し,外リンパ中の濃度は2時間後にピークに達したとしている。

 臨床におけるアスピリン耳毒性の発現は稀である。1,000例中11例の割合(約1%)で生じたとの報告があり,通常long-actingの薬剤でより起こりやすい1),。通常,軽度から中等度の水平型または高音域障害型の感音難聴を両側に生じ,投与中止後1~3日以内に聴力が回復する(図1)4,5)。Myersら5)とBernsteinら6)は6~8g/日のアスピリンを投与された関節リウマチ症例が20~40dBの水平型または高音漸傾型感音難聴をきたし,投与中止後48時間以内に聴力が回復したと報告している。また,血清濃度が15~40.7mg/dlの範囲では難聴の程度と血清濃度に強い相関がみられたという。McCabeら7)は1日4回925mgのアスピリンを投与されたボランティアにおいて,5日間の間に耳鳴と高音障害型の感音難聴が進行したと報告している。また,投与量および投与期間の増加により難聴の程度は増悪したが,投与中止で聴力は正常に回復したという。これらの報告のようにアスピリンによる難聴は通常可逆的であるが,稀に難聴が回復しない例も報告されている8)。動物実験ではサル,モルモット,チンチラ,ネコなどでアスピリン投与による聴力閾値上昇が報告されている。例えば,チンチラでは300mg/kg腹腔内投与後2時間に200mg/kgを皮下投与したところ約30dBのABR閾値上昇が得られている1)

目でみる耳鼻咽喉科

巨大耳下腺腫瘍症例

著者: 中野宏 ,   杉山庸一郎 ,   大西弘剛 ,   上田大 ,   四ノ宮隆 ,   島田剛敏 ,   中井茂 ,   久育男

ページ範囲:P.92 - P.93

 多形腺腫は長期間放置されると巨大となり,摘出時に顔面神経の温存に難渋する例もみられる1~8)。巨大耳下腺多形腺腫症例の治療経験を示す。

 症例:52歳女性。

 10年ほど前から右耳下腺部腫瘤を自覚していたが放置していた。増大傾向および疼痛の増悪のため,当院形成外科を受診した。自壊した部位からの生検で多形腺腫と診断され,精査・加療目的で当科を紹介され受診した。

 既往歴:特記すべきことなし。

 現症:右耳下部に11×10cm,一部皮膚に露出する弾性硬の小児頭大の巨大な腫瘤を認めた(図1)。触診上,その他に頸部リンパ節を触知せず,顔面神経麻痺を認めなかった。

原著

鼻中隔に発生した修復性巨細胞肉芽腫の1例

著者: 古沢純 ,   古田康 ,   本間明宏 ,   前田昌紀 ,   福田諭

ページ範囲:P.117 - P.119

I.はじめに

 修復性巨細胞肉芽腫(giant cell reparative granuloma:以下,GCRGと略)は上顎骨,下顎骨骨内の出血に対する修復過程に発生し,骨巨細胞腫(giant cell tumor of bone)とは異なる新たな分類を要する病変としてJaffeら1)により最初に報告された。

 今回われわれは,鼻中隔に発生したGCRGの1例を経験したので報告する。

内耳道奇形2症例の検討

著者: 和田由起 ,   清水謙祐 ,   春田厚 ,   君付隆 ,   小宗静男

ページ範囲:P.121 - P.126

I.はじめに

 近年画像技術の向上は,内耳道,蝸牛,前庭などの微細な側頭骨形態の異常所見を提供し,日常診療において感音難聴の原因を推定することが可能となった。その結果,側頭骨形態異常に伴う感音難聴に関する報告も増え,内耳奇形を伴わない内耳道狭窄症例の報告も散見されるようになった1~5)。しかし,内耳道単独形態異常例は極めて稀であり,このため実際にはその臨床像を詳しく検討されているとはいい難い。

 今回われわれは内耳道狭窄,蝸牛神経形成不全症例について,前庭誘発筋電位検査(vestibular evoked myogenic potential:VEMP)を施行し若干の知見を得たので,文献的考察を加えて報告する。

巨大な上皮小体癌の1症例―その診断および反回神経の走行

著者: 林歩 ,   寺田哲也 ,   河田了 ,   竹中洋

ページ範囲:P.129 - P.132

I.はじめに

 上皮小体癌は比較的稀な疾患であり,原発性上皮小体機能亢進症の中で癌の占める割合は0.6~4%程度といわれている1)。上皮小体癌は一般に腺腫や過形成と比較して大きいものが多いが,50mmを超えるものは10%程度と報告されている2)

 今回われわれは,直径60mmの巨大な上皮小体癌を経験した。その症例を報告するとともに,上皮小体癌の診断および反回神経の走行について考察した。

サイバーナイフが著効した鼻・副鼻腔悪性黒色腫の1例

著者: 新井紹之 ,   原浩貴 ,   中野智子 ,   今手祐二 ,   山下裕司

ページ範囲:P.139 - P.143

I.はじめに

 悪性黒色腫は皮膚および粘膜,眼球などのメラノサイトを起源とする悪性腫瘍であり,全悪性腫瘍の中でも非常に悪性度が高く,予後不良な疾患の1つである1)。頭頸部領域では口腔(口蓋,歯肉),鼻・副鼻腔に発生することが多い1)。治療は手術を中心とし,化学療法,免疫療法,ホルモン療法,放射線療法を併用する集学的治療が行われている1)。しかし,頭頸部領域の中で鼻・副鼻腔領域に発生したものについては,解剖学的に眼球,視神経,脳など重要な臓器が近接していることから,十分な安全域をつけての拡大手術は困難になることが多い1)

 今回,われわれは,87歳男性の鼻・副鼻腔に発生した悪性黒色腫に対し,サイバーナイフによる治療を施行し,腫瘍の縮小効果および腫瘍出血に対する止血効果を認めたので文献的考察を含めて報告する。

MRSAおよび緑膿菌感染を伴った好酸球性中耳炎の1例

著者: 濱島有喜 ,   宮本直哉 ,   渡邉暢浩 ,   中村善久 ,   松田太志 ,   村上信五

ページ範囲:P.146 - P.150

I.はじめに

 近年,食生活の欧米化や気密性の高い住居での生活が増加するに伴い,アレルギー性疾患の患者は増加し,アレルギーが基礎にある難治疾患も注目されるようになってきている。好酸球性中耳炎はその1つであり,喘息などを基礎疾患として生じる難治性中耳炎である。未だ原因も十分に解明されておらず,長期的に有効な治療法もないのが現状である。

 われわれは好酸球性中耳炎にMRSA(meticillin resistant staphylococcus aureus)および緑膿菌感染を伴った症例を経験した。好酸球性中耳炎,緑膿菌,MRSA中耳炎はいずれも治療に難渋する中耳炎であり,これらが合併する例は少ない。文献的考察を含め治療経験を紹介する。

手術・手技

アレルギー性鼻炎に対する手術療法―超音波凝固切開装置による治療経験

著者: 谷川徹 ,   佐藤孝至 ,   高橋宏幸 ,   有重秀三

ページ範囲:P.153 - P.157

I.はじめに

 近年,アレルギー性鼻炎に対するレーザーを用いた日帰り手術は急速な勢いで普及し,通年性のハウスダスト(HD)アレルギー1~4)のみでなくスギ花粉症5)に対しても有効な成績が報告されてきている。しかし,われわれの過去の検討1,2)では,無効例が全体の約30%存在していた。

 最近われわれは,このような難治性のHDアレルギー性鼻炎症例に,山西ら6)や柳ら7)の報告を参考にして,超音波凝固切開装置(ハーモニックスカルペルTM:以下HSと略)を用いて下甲介粘膜の凝固手術を日帰りで行っている。ここでは,この手術の概要と治療成績の一部を呈示する。

連載 シリーズ/耳鼻咽喉科診療に必要な他科の知識

②内科:高血圧,高脂血症

著者: 今井富彦 ,   片山茂裕

ページ範囲:P.159 - P.164

I.はじめに

 高血圧,高脂血症患者は,臨床の場において最も多く遭遇する疾患であり,内科領域に限らず他の診療科に携わっている先生方においても,それらの疾患の治療を行っているのが現状ではなかろうか。

 そこで本稿では,耳鼻咽喉科領域の先生方の日常診療において一助となることを願い,また若干のEBMを踏まえながら高血圧,高脂血症の早期診断と治療について述べる。

鏡下咡語

感音難聴と内耳研究

著者: 中井義明

ページ範囲:P.134 - P.135

はじめに

 本稿のご依頼に前後して,日本耳科学会より統合10周年記念事業として昭和58年日本基礎耳科学会と平成6年日本耳科学会をお世話させていただいた関係で回想録をも依頼された。その歴史を調べた関係もあり,私の耳科学,特に内耳研究について略述させて頂く。

基本情報

耳鼻咽喉科・頭頸部外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1316

印刷版ISSN 0914-3491

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

95巻13号(2023年12月発行)

特集 めざせ! 一歩進んだ周術期管理

95巻12号(2023年11月発行)

特集 嚥下障害の手術を極める! プロに学ぶコツとトラブルシューティング〔特別付録Web動画〕

95巻11号(2023年10月発行)

特集 必見! エキスパートの頸部郭清術〔特別付録Web動画〕

95巻10号(2023年9月発行)

特集 達人にきく! 厄介なめまいへの対応法

95巻9号(2023年8月発行)

特集 小児の耳鼻咽喉・頭頸部手術—保護者への説明のコツから術中・術後の注意点まで〔特別付録Web動画〕

95巻8号(2023年7月発行)

特集 真菌症—知っておきたい診療のポイント

95巻7号(2023年6月発行)

特集 最新版 見てわかる! 喉頭・咽頭に対する経口手術〔特別付録Web動画〕

95巻6号(2023年5月発行)

特集 神経の扱い方をマスターする—術中の確実な温存と再建

95巻5号(2023年4月発行)

増刊号 豊富な処方例でポイント解説! 耳鼻咽喉科・頭頸部外科処方マニュアル

95巻4号(2023年4月発行)

特集 睡眠時無呼吸症候群の診療エッセンシャル

95巻3号(2023年3月発行)

特集 内視鏡所見カラーアトラス—見極めポイントはここだ!

95巻2号(2023年2月発行)

特集 アレルギー疾患を広く深く診る

95巻1号(2023年1月発行)

特集 どこまで読める? MRI典型所見アトラス

94巻13号(2022年12月発行)

特集 見逃すな!緊急手術症例—いつ・どのように手術適応を見極めるか

94巻12号(2022年11月発行)

特集 この1冊でわかる遺伝学的検査—基礎知識と臨床応用

94巻11号(2022年10月発行)

特集 ここが変わった! 頭頸部癌診療ガイドライン2022

94巻10号(2022年9月発行)

特集 真珠腫まるわかり! あなたの疑問にお答えします

94巻9号(2022年8月発行)

特集 帰しちゃいけない! 外来診療のピットフォール

94巻8号(2022年7月発行)

特集 ウイルス感染症に強くなる!—予防・診断・治療のポイント

94巻7号(2022年6月発行)

特集 この1冊ですべてがわかる 頭頸部がんの支持療法と緩和ケア

94巻6号(2022年5月発行)

特集 外来診療のテクニック—匠に学ぶプロのコツ

94巻5号(2022年4月発行)

増刊号 結果の読み方がよくわかる! 耳鼻咽喉科検査ガイド

94巻4号(2022年4月発行)

特集 CT典型所見アトラス—まずはここを診る!

94巻3号(2022年3月発行)

特集 中耳・側頭骨手術のスキルアップ—耳科手術指導医をめざして!〔特別付録Web動画〕

94巻2号(2022年2月発行)

特集 鼻副鼻腔・頭蓋底手術のスキルアップ—鼻科手術指導医をめざして!〔特別付録Web動画〕

94巻1号(2022年1月発行)

特集 新たに薬事承認・保険収載された薬剤・医療資材・治療法ガイド

icon up
あなたは医療従事者ですか?